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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「潜考と決別」
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答えの見えない敗北


 突如として訪れた暗闇に、リオは目を見開いて周囲を見渡す。混乱しそうになる頭に、冷静にならなければ全て終わると言い聞かせる。夢も幻もここにはない。あるのは傾いだ現実だけで、今こうしている内にも戦いは続いているのだ。

 《メイガス》との戦いは、こちらの勝利で終わる筈だった。だが、今こうして暗闇の中にいる。とどめを刺す寸前に、いきなり目の前が暗くなって。

「違う、元に戻ったんだ。ここは」

 暗闇の中で自分の身体を、その輪郭を知覚する。ここは《イクス》の操縦席だ。同調が解除されたのか、自分は暗い操縦席の中で目を開けている。

「……《イクス》?」

 それにしては、何かおかしい。《イクス》が一言も話そうとしない。どこか空虚で、まるでただの機械を相手にしているような。

「いや、今はいい」

 深く考えている暇はない。この状況を、打開しなければ。

 操縦桿代わりの球体に再び手を重ねる。目を瞑り、この身体を動かすイメージを強く思い描く。

 恐らく、《イクス》は今動けない。こちらの手助けが出来ない状態にあるのだろう。理由も原因も分からないが、それは止まる要因にはなり得ない。

 がちりと、何かが繋がった気がした。研ぎ澄まされた意識を、その何かに突き刺して。

「く……!」

 痛みが頭の奥で警鐘を鳴らす。しかし、それは繋がったという確かな証拠となる。

 目を開き、自らの四肢を確認していく。同調は果たされ、《イクス》の目で周囲を見渡す事が出来た。

『再起動なしで意識同調(アプレット)もこなしちゃうのね。まあ、目が見えるだけかな。それ、まともに動かないでしょ?』

 目の前には《メイガス》が佇んでおり、リプルの言う通り身体は動きそうにない。握り締めていたE‐7ロングソードやSB‐2ダガーナイフも、手を離れそこに漂っている。《イクス》の手足を動かそうとするも、ぴくりと震えるだけで力を入れる事すら出来ない。

 おまけに、ひどく頭が痛い。元の自分の身体が、限界だと訴えかけてくる。

『プライアの補助なしで、強引に意識同調(アプレット)を行えばそうもなるよ。そのままじゃ死んじゃうけど、うーん。そうね、それは面白くないわ。はいっと』

 リプルの間の抜けた声と同時に、全身の感覚がいつものように感じ取れるようになった。《イクス》の声も聞こえる。

 今なら動ける筈だ。そう確信し、右手をE‐7ロングソードに伸ばす。無重力に晒され、ゆっくりと回転するそれに指を掛けた。

『もー。さすがの私でもそれよりは速いよ?』

 《メイガス》は、右手に持ったモノリスをこちらの胴体に突き付けた。あれは、粒子砲の状態だろうか。《イクス》の動きを止め、問う目を《メイガス》に向ける。

『あれ、聞かないの? 何で殺さなかったのって』

 リプルはそう、楽しげに問い掛けてくる。だが、聞くとしたら一つだけだ。

「何をしたの? あの状況なら、僕が勝ってた」

『もうさー。気にしてる事言わないでよお。私、負けてばっかりでちょっと落ち込んでるんだから。ふふ』

 答えるつもりはない、という事だろうか。

『でもまあ、納得したかも。フィルと《スレイド》が一撃貰ったのも頷ける。リオ、貴方凄いのね。私達リリーサーよりも、よっぽど殺し合いに向いているわ』

 リプルは本心からそう言っているのだろうか。どちらにせよ、気持ちの良い物ではない。

『まあ、私達戦うのが本当じゃないし。そういうものなのかもね。ん?』

 《メイガス》が視線をよそに向ける。それが誰かは、見ていなくとも分かった。

『リオから離れて!』

 トワの声が聞こえ、青い燐光を振り撒く《プレア》が残骸の群れから飛び出した。

 トワの《プレア》は右腕をこちらに向ける。が、ここでは巻き込んでしまうと判断したのだろうか。粒子砲は撃たず、加速を続けて一直線にこちらへ向かってくる。

『……あら? おかしいわ』

 その様子を見て、リプルがそう呟く。その声は小さく、意識していなければ聞き取れない程だった。

 《メイガス》は《イクス》を馬鹿でかい左腕で突き飛ばし、モノリス粒子砲を《プレア》に向ける。

『……やっぱり。うーん』

 しかし、《メイガス》は粒子砲を撃とうとしない。トワと《プレア》は、形振り構わず直進を続けている。

 《イクス》は吹き飛ばされ続けている。急いで体勢を立て直し、周囲にある武器を探った。近くには何もない。ならばと、《イクス》の腰辺りにあるケーブルをぐいと引っ張った。放っておいたままのトライデントを、ここに手繰り寄せる為だ。 

 しかし、それが《イクス》の手に収まる前に二機は衝突した。

 最高速度のまま、トワの《プレア》はリプルの《メイガス》に肉薄する。粒子兵器は双方使わず、まずはトワの《プレア》が蹴りをかました。

 《プレア》の速度と相俟って、その蹴りは研ぎ澄まされた刀剣のように鋭い。

『はあ……』

 対してリプルの《メイガス》は、それを下方に滑り込むようにして避けた。呆れたような溜息が耳を打つ。

『え、きゃ……!』

 トワの短い悲鳴が聞こえる。《メイガス》は、蹴りを回避すると同時に左腕で《プレア》の胴を掴んだのだ。異形の腕が、《プレア》の細い胴を締め上げる。そしてそのまま、くるりと宙返りするように《メイガス》は回転した。

『あ……!』

 トワが息を呑む。《メイガス》は回転の途中で左手を放し、《プレア》を自由にした。

 その結果、《プレア》は回転の勢いをそのまま引き継ぎ、目の前にあった巨大な残骸へ突っ込んでいった。

 《メイガス》は蹴りを回避し、カウンターで《プレア》を投げ付けたのだ。

『う、くう』

 それは、とてつもない衝撃だったのだろう。《プレア》は残骸に伏したままであり、動く気配がない。

「くそ! リプル!」

 意識をこちらに向ける為、リプルの名を叫んだ。手繰り寄せ、ようやく手中に収まったトライデントを粒子砲に切り替え、《メイガス》に突き付ける。

『あ、リオはちょっと静かに。私、ファルに聞かなきゃいけない事があるんだ』

 突き付けられた粒子砲など、リプルは気にも留めていない。《メイガス》はそのまま、《プレア》の方をじっと見据える。

『何だか、ファルらしくないね。ただぶつかってくるなんて、まるで子どもみたい。まあいいわ』

 リプルは、《メイガス》は両手を広げて首を傾げる。

『ねえファル、貴方はどうするの? いつもの選択肢よ。戻ってくる? それとも』

 《メイガス》は右手でモノリスを器用に振り回し、ぴたと《プレア》にその銃口を向ける。

『いつもみたいに、最後まで続ける?』

 トワは、《プレア》は無言のままモノリスの銃口を見ている。何も答えられないのだ。トワはもうファルではない。今言われた殆どの言葉を、トワは理解していないだろう。言葉の意味は分かっても、何を聞かれているのかが分からない。

『……あら、残念。騒がしくなるわ』

 《メイガス》がモノリスを下げ、明後日の方向を見る。何を見ているのかは分からない。そこは、ただ残骸が広がっているだけだ。

『沢山人が来ちゃうと、お話どころじゃなくなっちゃうものね。何だかファルはぼうっとしてるし。そうね、じゃあこうしましょう』

 リプルは一方的に話を続ける。

『次に会う時までに、答えを決めておいて。うん、それがいいわ。代わりにここは私が受け持ってあげる』

 そうリプルは言うと、《メイガス》のモノリス粒子砲をあらぬ方向に突き付けた。間髪入れずに特大の粒子砲撃が放たれ、残骸を一息に焼き尽くしていく。

 その光は、残骸を貫通して一体のifに直撃していた。あの方向、恐らくここの防衛部隊だろう。これだけの騒ぎを起こしたのだ。H・R・G・Eの防衛部隊が向かってきてもおかしくはない。

 自らの粒子砲撃でこじ開けた通路に、《メイガス》は飛び込もうとする。が、最後に一度だけ《プレア》を振り返った。

『いい、ファル。大事な……大事な事だから。ちゃんと考えて、ちゃんと決めるんだよ』

 その言葉だけは、なぜか真摯に聞こえた気がした。トワもそう感じたのだろう。《プレア》の首が、こくりと一回だけ頷く。

 それを見届けた《メイガス》は、何も言わずに飛び去った。もう、伝えるべき事は全て伝えたと言わんばかりに。

「いや、もしかして」

 最後のあの言葉だけが、リプルの目的だったのではないか。他は全て些末事に過ぎない。あの一言を言う為だけに、リプルはここまで来た。

 なぜか、そんな考えが頭を過ぎった。

『……よく、分からない』

 トワの小さな囁きは、紛れもない本心だろう。誰も、本当の事など何一つ分かっていない。

「今は逃げよう。逃げないと、リプルの言う次はすぐにやってくる」

『……うん』

 迫るH・R・G・Eの防衛部隊と、リプルの《メイガス》は交戦状態に入った。その隙に、こちらは《アマデウス》と合流してこの場を離れる。

 二人目のリリーサー……リプル・エクゼスとの邂逅は、こちらの敗北に終わった。誰も欠けてはいないが、それはリプルが手を抜いていたからだ。

 文字通り逃げるように、《アマデウス》に向けて《イクス》と《プレア》は撤退を続けた。





 ※


「ふう。大体こんな所かしら」

 リプルは溜息を吐き、暗い操縦席の中で伸びをする。

 《メイガス》の周囲には、新たに作られた残骸達が漂っていた。熱せられたそれは、すぐに冷え固まっていく。

 緊急出撃したH・R・G・Eの防衛部隊は、その半数が残骸の仲間入りを果たした。半数で済んだのは、その時点で撤退を選んだからだ。

「強さもそれぞれって事かしら。まあ、私も今回は本気で戦ったから、そのせいかもだけど。ふふ、私ちゃんと戦えるじゃない」

 《メイガス》は長方形の大剣、モノリスを右手の中でくるりと回した。翡翠の線が瞬き、モノリスが無数の光に還元されていく。

「さて、ファル達は……うん。ちゃんと逃げたのね。あーあ、逃げられちゃったあ」

 リプルは笑顔を浮かべながら、そう歌うように言った。とても楽しげに、そして寂しげに。

「しょうがないもんねー。他に敵が来ちゃったから、そっちを優先しただけだもの。仕方ない仕方ない」

 そう嘯きながら、不可視の権能を発揮していく。《メイガス》の姿は、暗い宇宙の中に溶けていった。もう誰も、《メイガス》を見つける事は出来ない。

「……さて、少しゆっくりしてから追い掛けましょうか」

 そう言って、リプルは座席に深く腰掛ける。

「少し疲れたわ。眠たい……」

 疲労も不調も、立ち所に消し去る事は可能だ。それでも、リプルはこうして微睡んでいるのが好きだった。うつらうつらとしながら、微かな望みを思い描いていく。

「今度は少し、勝手が違うみたいね。ファル、何だか別人みたいだったけど」

 暗闇の中、リプルは少しだけ身を捩って体勢を変える。こうして、横向きに寝るのが好きなのだ。

「リオは……とても強かったわね。私じゃ勝てないや」

 何もかも、いつもとは違うとリプルは目を瞑る。もう開けているのも億劫になってきた。ふわふわとした感覚の中で、もしかしたらとその夢物語を考える。

 今度こそは、現実になってくれるかも知れない。もう何度、そう考えてきたのか分からないけれど。何度でもそう願える辺り、充分に私も狂っているのかも知れない。

「今度のファルは……どんな道を選ぶのかしら」

 囁くようにリプルは呟き、押し寄せてくる眠気に身を任せる。

 後にはただ、暗闇と穏やかな寝息だけが残された。

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