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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「潜考と決別」
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一人の戦場


 随分と無茶をしたけれど、そのお陰でここまで辿り着けた。リオは《イクス》の目を用い、目の前のプライア・スティエートをじっと見据える。

 間違いない。夢の奥で見た不可視のプライア、《メイガス》だ。

『あれがリプル。リプル・エクゼス』

 トワの言葉は、誰かに向けられた物ではない。目の前の事実を、ただ音にして確認しただけだ。

 トワの《プレア》は、《イクス》よりも前に出ている。その理由は、《アマデウス》から最短ルートでここまで来たからだ。《プレア》の両腕にある粒子砲を用いて、強引にルートを確保した。残骸の間を進むよりも、手っ取り早い方法をトワは選んだ。

 結果的には早く到達出来たのだが、トワの体調が気掛かりだった。プライアの力を使えば使うほど、こちらは消耗していく。

「トワ、僕が前に出る。援護をお願い」

 返事を待たずに前進し、トワの《プレア》を追い抜く。トワは何も言わず、黙ったままリプルの《メイガス》に視線を向けていた。

 周囲を見渡し、最悪の状況はとりあえず避けられたようだと安堵する。リュウキとエリルの《カムラッド》は、それぞれ損傷していたが。致命傷ではない。

『ようリオ。こっちはこの様だ。奴の粒子砲に気を付けろ。銃口と銃身を、自由自在に構築している』

「ええ。もう‘見て’きました」

 リュウキの助言にそう返した。夢の奥で、《メイガス》の戦術は見てきた。あの手に持った大剣、モノリス粒子砲の性能は一定ではない。その場で中身を作り替え、変幻自在な攻め手を可能としている。

『エリルは大丈夫?』

『大丈夫です。少し悔しいですが』

 トワの問い掛けに、エリルはそう答えた。少しと言っているが、かなり悔しそうに聞こえる。

 二人の無事を確認し、注視すべき相手に集中する。待っていてくれたのか、《メイガス》は未だに動こうとしない。しかし、視線が集中している事に気付いたのだろう。

『あ、初めまして。私はリプル・エクゼス。妹が……ふふ、お世話になっているみたいで。《イクス》に乗っているお兄さんは、何て呼べばいいのかな?』

 リプルの声が頭に直接響き、《メイガス》は流れるような動作で頭を下げる。その名前は、もう既に知っていた。

「リオ・バネット。どう呼んだって構わないけれど」

 《メイガス》の一挙一動を見逃さないように、警戒を続けたままそう答える。

『んー。ねえファル、ファルは何て呼んでるの?』

 突然リプルに話を振られ、トワは少し言葉に詰まっている。そもそも、ファルはもうここにはいない。

『……リオはリオだよ。あと、私はもうファルじゃない』

 トワ自身も、それは分かっているのだろう。ファルとトワは、最早同じ存在ではない。

『ファルなのにファルじゃないって、変なの。まあいいけど。じゃあ、私もリオって呼ぶわ』

 だが、それはリプルにとってどうでもいい事なのだろう。特に気に掛けた様子もなく、リプルは望む答えだけを拾い上げた。

『早速なんですけど、リオ。私と戦って貰えますか? あ、ファルは動かないでね。二人で踊りましょ? ふふ』

 そして、リプルはそう提案してきた。《メイガス》の肥大した左手が、《イクス》に向かって差し伸べられる。

「……何がしたいの、君は」

 目的はトワだとばかり思っていた。まさか名指しで戦いを挑まれるとは。

『まあ、ちょっと色々ね。断ってもいいけど、その場合は』

 《メイガス》がちらと横を見た。その方向には、手負いの《カムラッド》が二機いる。リュウキとエリルのifだ。

『そこの二人を撃つわ。勿論リオも撃ち抜くし。邪魔をするならファル、貴方も撃たないとね』

 くだらない脅し文句だ。おどけた調子で話すリプルが、どこまで本気かは分からないが。今言った事を、実際にやってみせる自信があるという事だろう。

『……そんな事させない』

 しかし、トワはそう思わなかったようだ。トワの《プレア》は右腕を突き出し、リプルの《メイガス》に狙いを付ける。

「分かった。一対一で戦えばいいんでしょ」

 《プレア》の右腕、その粒子砲が光を放つ前に答えを告げた。リプルは自分と戦いたいと言っている。それが何を意味するのかは分からないが、せめてリュウキとエリルが撤退するぐらいの時間は稼ぎたい。

『リオ、私も! 私も戦わないと!』

 思っていた通り、トワはそう食い下がる。何せ、相手はリリーサーだ。

「トワは二人の援護をお願い。二人の安全を確保して、それから僕を助けに来て」

 ただ行ってくれと伝えても、トワは絶対に首を縦に振らない。

「出来るだけ急いで助けに来てね。待ってるから」

 だから、その一言を付け足した。元々トワは、一つの事に対してじっくりと考えて答えを探す子だ。揺れ動いている時にこういう言葉を掛ければ、そっちに傾いてくれる。

『……急いで戻るから!』

 勢いよくそう答え、トワの《プレア》は二機の《カムラッド》を引っ張って下がっていく。

『うお、っと!』

『申し訳ないです、リオ。気を付けて』

 《プレア》に引っ張られながら、リュウキとエリルがそう言った。トワはかなり強引に引っ張っている。その分速度は出ているのか、すぐに通信機器は遮断された。それだけこの場から離れたという事だろう。

 今この場には二人と二機しかいない。自分と《イクス》、そしてリプルと《メイガス》だ。

「一人の戦場、か。久しぶりかも」

 いつもトワがついてくるから、一人自体が久しぶりかも知れない。かつての自分が慣れ親しんだ、いつも通りの場所だ。

『逃げていいとは言ってないのに、何だかあっと言う間に行っちゃったのね』

 リプルが感心したようにそう言う。確かに言っていなかったが、ああなったトワを止めるのは不可能に近い。リュウキとエリル、二人の無事は保証されたようなものだ。

「別にいいでしょ。トワは戻ってくるし。君の目当ては僕みたいだし。いや、《イクス》に用があるとか?」

 自分はただの操縦兵に過ぎないが、《イクス》は本来リリーサーの物だ。奪い返すなり破壊するなり、幾らでも用事は考えられる。

『んー。まあ、ただの《イクス》なら気にもしないよ? 騎士の名を剥奪された弑逆者(しいぎゃくしゃ)だもの。だから、そうね。目当てはやっぱり貴方だわ。リオ』

 弾むようにリプルは言う。姿は見えていないのに、なぜだかリプルが笑っているように思えた。楽しそうに、どこか慈しむように。

「一つだけ、質問してもいいかな?」

 真意は読めないが、話が通じる相手かも知れない。少なくとも、フィルのように最初から襲い掛かったりはしてこない。その分、何を考えているのかはさっぱり分からないが。

『うん、どうぞー。何でも聞いてよ。答えられるといいなあ』

 随分と曖昧な返事だが、そう難しい事を聞くつもりはない。

「リプル。君は敵なの?」

 夢の奥で見た光景は、明らかに敵意と殺意が込められていた。今、目の前の少女からはそれを感じ取る事が出来ない。だから、最も分かりやすい方法を選んだ。直接聞いて、答え如何で行動を決める。

『優しいのね、リオは。敵じゃないと殺せない?』

 リプルの返答に、こちらは無言を返す。確かに、自分は敵を殺してきた。敵だと思う者を、こちらに敵対する者を殺してきたのだ。だから、返す言葉などない。

『ふふ。そうね、どうしたって私は敵よ。だから、安心して戦っていいよ? リオが……《イクス》が私を打ち倒すのなら。それはそれでありじゃないかしら』

 リプルは、言外にそれはあり得ないと言っている。自分と《イクス》では、リプルと《メイガス》には勝てない。少なくとも、向こうはそう思っている。

「ならいい。話し合いが出来れば一番良いんだろうけど」

 ここに残っている二人は、どうにも戦った方が手っ取り早いと考えている。

『ええ。お話しましょ?』

 どちらも戦いを始めるとは口にせず、だがその一言が決定的な契機となった。

 まず動いたのはリプルの《メイガス》、紫に染まった異形のプライア・スティエートだ。肥大化した肩から伸びる制御翼が反転し、瞬くと同時に後退していく。その速度は、瞬間的であるが故に何よりも速い。距離を取った《メイガス》は、腰にある二枚の装甲板を解き放った。盾にもなるその二枚の自律兵器が、《メイガス》の正面を不規則に漂う。

 こちらはそれに対して、愚直に前進するしかない。呼吸を、意識を整え《イクス》との同調を済ませる。《イクス》の目で見て、《イクス》の手足で戦う。

 こちらの装備はそう多くはない。右肩にはいつもの長刀、E‐7ロングソードが括り付けられている。右脚にはTIAR突撃銃と予備弾倉が、腰にはトライデント粒子砲が下がっていた。左脚にはSB‐2ダガーナイフが六本あり、両腕にもそれぞれ一本ずつ装着している。

 射撃兵装が少ないが、相手はプライア・スティエートだ。自分の得意な距離まで近付いて、斬り付けてやった方が早い。

「だから、まずは近付く」

 後退していく《メイガス》を見据え、一息に加速していく。《イクス》の速度なら、充分に追い付ける筈だ。

 《メイガス》の右手が動く。そこに握られているのは、長方形をした無骨な大剣、モノリス粒子砲だ。銃口から翡翠の線が瞬き、次いで粒子光が漏れ出す。

『普通の人間が、プライアをどこまで動かせるのか。まずは試してあげる』

 ご丁寧にそう宣告してから、《メイガス》のモノリス粒子砲から死の光が照射された。光を見てから避ける事は出来ない。銃口から逃れるように《イクス》は真横に飛び退き、その光の帯を躱す。

 その一射で大まかな効果範囲を割り出し、再び前進を続ける。

 《メイガス》は後退を続けながら、また同じように粒子砲撃を行った。モノリス粒子砲から吐き出される光は、確かに威力は高い。だが、狙いは甘かった。自分と《イクス》に避けられない物ではない。

 一定間隔で撃たれる粒子砲撃を、確実に躱して前進する。距離は着実に縮まっていた。あと五回程躱せば、強引に斬りにいける。

『ま、これぐらいはやるよね。じゃあ』

 《メイガス》の右手にあるモノリス粒子砲から、翡翠の線が溢れ出す。

 その瞬間、《イクス》の警告が頭に響く。それと同時に、《イクス》との同調が一瞬にして強まった。後頭部を中心にひどい頭痛に襲われ、思わず呻き声を上げてしまう。

 だが、それ以上に。その警告と目に映る光景が、痛みを意識の外に閉め出した。

『こういうのはどう?』

 《メイガス》のモノリス粒子砲から放たれる粒子砲撃が、何となく分かる。今から撃ち出されるのは、ただの粒子砲撃ではない。五十に分割され、散弾のように広がる細い針のような粒子砲だ。

 撃たれるであろう粒子砲撃のイメージその物を、くぐり抜けるようにして《イクス》を前進させる。

「……これ、は」

 そのイメージ通りに粒子砲撃は放たれた。五十に分割された、細い針のような拡散粒子砲だ。既に回避機動を取っていた《イクス》には当たらない。

『……ふふ』

 短い笑い声と同時に、第二射が放たれる。今回も、撃たれる前にその攻撃範囲が読み取れる。八つに分割された、細い線のような粒子砲撃だ。

 イメージ通りに《イクス》を動かし、放たれた粒子砲撃を避けきる。八つの細い粒子砲撃の間をすり抜け、また一歩距離を詰めた。

 あと三回程躱せば、この手が届く。そう思った瞬間だった。

「……くッ!」

 視界が乱れ、一切のイメージが読み取れなくなる。こちらに向けられたモノリス粒子砲から、どんな砲撃が来るのか予測出来ない。

『ん、二回程で限界かあ。それ、結構きついでしょ?』

 ただ銃口を避けただけでは、確実な回避とは言えない。次放たれる粒子砲撃が拡散粒子砲だった場合、運が悪ければ直撃する。

 運が良いか悪いか。そんなあやふやな目算で、命を張れる所に自分はもういない。

 《イクス》が警告を重ね、再度同調を強めようと試みている。だが、自分の身体の事だ。これ以上はどうにもならないと、他でもない自分がよく分かっていた。どんな機能かは知らないが、連続稼働は二回が限度のようだ。今はとてもじゃないが使えない。

 《イクス》の申し出を退け、いつもと同じように同調を続ける。それでは撃ち落とされるだけだと、《イクス》は訴えてくるが。

「分かってる。あれは‘見ない’と避けられない。でも」

 それは《イクス》の考えたやり方に過ぎない。他にも手はある。周囲を見渡し、やれる筈だと自分自身を鼓舞する。こんな所で呆気なく死んでいたら、トワに申し訳が立たない。

「ここは僕のやり方で通す!」

 《メイガス》のモノリス粒子砲が、光を放つその前に。

 《イクス》を思い切り後退させ、一気に降下した。降下と言っても宇宙空間だ。《メイガス》を中心として、下方に回り込むように動いたのだ。

 その先には残骸群が広がっている。多少の傷は覚悟の上で、速度を殺さずに残骸の群れへと突っ込んだ。《イクス》の装甲に小さな破片が当たっていくのが分かる。

 傷と残骸に塗れながら、それでも前だけを見据えて前進を続けた。

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