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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「潜考と決別」
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魔女との遊戯


 それぞれの戦闘機動は、先程とあまり変化はない。本当に貧乏くじだと、リュウキはひっそりと笑みを零す。一発でも当たればこちらが負ける。対してこちらは、何発当てても勝てはしない。貧乏くじここに極まれり、だ。

 リュウキの《カムラッド》は、死角から攻めるべく回り込もうとしている。エリルの《カムラッド》は直進し、何も言わずとも牽制と囮を受け持った。そして、リプルの《メイガス》は後退を選んだ。

 異形のプライア・スティエート、《メイガス》は右手に持った大剣の切っ先を正面に突き付けるようにして構えている。あれが見た目通りの大剣ならば、突きでもかましてくるのだろうが。あれは巨大な粒子砲だ。狙いはエリルの《カムラッド》だろう。

「さて、どうするかな」

 リュウキは呟き、ショートカットスイッチの一つを叩く。様々な動作を記録し、即時実行を可能とする操作だ。

 リュウキの《カムラッド》は、右手に持ったTIAR突撃銃を構え直した。右手だけで保持するのではなく、左手を銃身下部に添え、銃床をしっかりと肩に当てる。取り回しは難しくなるが、その分射撃精度を上げる事が出来る構えだ。

 射撃モードも連射から単発に切り替え、照準も手動に変更した。左のハンドグリップで戦闘機動を、右のハンドグリップで照準を操作する。

 あの馬鹿でかい大剣を撃ってやろう。リュウキは素早く照準を調整し、断続的に三回トリガーを引いた。

 リュウキの《カムラッド》が構えているTIAR突撃銃から、三発の鉄鋼弾が吐き出される。それらは異形の魔女、《メイガス》の構える大剣に次々と直撃した。

 大剣が大きく横にぶれ、粒子砲の発射タイミングが若干ずれる。その隙をエリルは逃さない。

 元々前進していたエリルの《カムラッド》が、一気に増速する。《メイガス》が再度大剣を構える頃には、既に至近までエリルの《カムラッド》は詰め寄っていた。

『ちょっと近いって……もー』

 リプルの小さな悪態も、ご丁寧な事に伝わってくる。

 エリルの《カムラッド》は右手に突撃銃、左手にナイフを装備している。前進の勢いを殺さずに、まず左手のナイフが横一文字に振るわれた。

 《メイガス》は後退を続けたまま、右手で器用に大剣を振り回す。胴体に迫るナイフを、苦もなくそれで弾いてみせた。

『見せかけの剣ではない、ですか』

 エリルの呟くような声が、ただの大剣、ただの粒子砲ではないと言っている。

「お得意のチート兵器かねえ。やりづらいが」

 その僅かな攻防を活かし、リュウキの《カムラッド》は《メイガス》の背後を取っていた。

「何事も使いようってな」

 がら空きの背中に、リュウキの《カムラッド》はTIAR突撃銃を向ける。手心を加えるつもりはない。胴体を狙い、ありったけの鉄鋼弾を叩き込む。

 着弾の度に火花が散り、《メイガス》の機影が傾く。

『これを渡しておきます』

 エリルの《カムラッド》は、素早く後退しながらナイフを投擲した。《メイガス》の胴体を狙った鋭い一撃は、またもや大剣の一振りで弾かれる。

『本命はこちらですが』

 エリルの《カムラッド》は、右手に持った突撃銃を一発だけ撃つ。狙いは《メイガス》の方向だが、《メイガス》本体ではない。いつの間に投げていたのだろうか。《メイガス》の真横には、一つの手榴弾が漂っていた。

 ナイフを弾いた時の剣筋は見事な物だったが、それ故に一発の弾丸を防ぐ事は出来ないだろう。振り抜いてしまった大剣では、どう足掻いても間に合わない。エリルの《カムラッド》が撃った鉄鋼弾は、寸分違わず手榴弾を貫いた。

『あら』

 リプルの小さな呟きとほぼ同時に、小規模な爆発が《メイガス》を覆い隠す。

「爆弾の使い方が様になってきたな」

『あんまり褒め言葉に聞こえないんですけど』

 軽口の応酬をいつも通りに済ませ、リプルと《メイガス》の動きを待つ。撃破が目的なら、攻め立てるべき局面だろうが。

「あいつにとっては、それこそ遊びみたいなもんだ」

 エリルもきっと気付いていると、リュウキは自身の考えを再確認する。実力差が分からない俺達ではない。本気で打ち倒そうと動けば、あいつは本気でそれを凌いで反撃してくる。

 リプル・エクゼス、底の知れない相手だ。例えフィルと《スレイド》よりも戦いやすいからと言って、勝てる理由にはならない。

『そうでしょうね。中々厳しいですが』

 エリルの言う通り、これは中々に厳しい。

 《メイガス》は背中にありったけの銃弾を受け、手榴弾の爆発を至近で食らった。通常のifなら、大破どころかとっくに撃破されている。

『ああ、本当に』

 リプルの囁くような声が響き、《メイガス》の装甲を翡翠の線が覆い尽くす。それが瞬いた後には、無傷の《メイガス》が佇んでいた。損傷は確かに与えたが、何の意味もないという事だ。

『本当に強いのね。貴方達はどんどん強くなる。分かってはいても、何だかなーって思っちゃうよ。ただの歯車でしかない私だって、こんな在り方は歪だって思えるのに』

 リプルの声に込められた感情が揺らいだ。自嘲と諦念の内側から、仄暗い感情が湧き出ている。空気の変質に、エリルは気付いていないようだ。

 リュウキは息を呑み、リプルの言葉を待つ。何か、とてつもなく大切な事を言おうとしている。そう強く感じたのだ。

『強くなって、何をしたかったのかしら。私には分からない』

 感情が渦を巻いている。リプルの声から読み取れるそれは、先程とはまったく違う。恐らくこれが、リプル・エクゼスの本心だろう。

『リプル。貴方の言う、‘貴方達’が誰かは知りませんが。私達は、簡単に言えば生き残る為に戦っています。こんな終わり方はしたくない、こんな終わり方を誰かに押し付けたくはない。だから、戦える人は戦うんです』

 何も言えずにいたリュウキだったが、エリルの返答を聞いて一人頷く。独り言に過ぎないリプルの言葉に、これ以上ない程の答えを返してみせた。

『そうだよね。生きる為に、守る為に。ねえ、誰もがその答えを言える筈なのに、未だに強い貴方達が必要な訳は何だと思う? 私が分からないのは、そういうとこなんだ』

 リプルの返答は、感情は。一切揺らぐことなくその言葉を突き返してきた。

『……何を聞いているのか、よく分かりません。戦える人が必要な理由、ですか?』

 エリルはそう返すが、そうではない。リュウキはそう感じ、恐らくリプルも……そう感じているのだろう。

『……ふふ』

 リプルの短い笑い声が、それを何より雄弁に物語っていた。

『ごめんねー、私変な事言ってたよね。何て言うか、うーん。まあ、あまり気にしないでね? 恥ずかしいから忘れちゃって下さい。ふふ』

 あの笑い声を契機に、空気が元に戻った。リュウキは深く息を吐きながら、呼吸すら満足に出来ていなかったと自身を振り返る。リプル・エクゼス、彼女は何かを知っている。何かを隠している。あれだけ複雑な感情を秘めておきながら、今はもう自嘲と諦念しか感じ取れない。本当に、底の知れない。

『あ、そろそろみたい。じゃあ、二人にはちょっと協力して貰うね』

 リプルの弾むような声は、どこか親しげにも聞こえるが。目の前の《メイガス》は、大剣を一振りして構え直していた。

「くッ! 散開(ブレイク)!」

 殺気はないが、あれはやる気だ。そう本能で感じ取ったリュウキは、指示を出しながらハンドグリップを傾ける。リュウキの《カムラッド》は、エリルの《カムラッド》から大きく離れるような挙動を取った。

 エリルもすぐさま反応し、リュウキの《カムラッド》とは逆方向に動く。

 リュウキの《カムラッド》とエリルの《カムラッド》は、大きく散開しながら《メイガス》を囲い込むような軌道を描いている。挟み撃ちも十字砲火も容易だが、互いにまだ撃たない。相手の出方を見る為だ。

『優しいんですね、撃たないのかな?』

 リプルはどこか楽しげにそう問い掛けてきた。答える余裕は、こちらにはない。《メイガス》の腰を保護していた二枚の装甲板が脱落し、周囲を漂い始めた。

「自律兵器、か?」

『ただの盾です。まあ……』

 リュウキの独り言に、リプルが律儀に返す。そして。

 二枚の装甲板、本人が言うには盾が鋭利な面をこちらに向けた。挙動は突如として変わり、その内の一枚がリュウキの《カムラッド》目掛けて飛来する。もう一枚は、エリルの《カムラッド》を狙っているようだ。

『……当たればそれなりに痛いでしょうけど』

 リプルの返答を聞く迄もない。あんな物でも当たれば致命傷だ。

「……っと!」

 迫る盾を、リュウキの《カムラッド》は寸前で回避する。動きは早いが、軌道は単純だった。エリルの《カムラッド》も問題なく避けていた。

 だが、一度の回避で安心は出来ない。恐らくこの盾は、反転しまたこちらへ向かってくる筈だ。

 そう考え、リュウキが避けた盾の方を注視した瞬間だった。

「ん?」

 確かに目で追っていた筈なのに、跡形もなく消えている。

『リュウキ、やられました! 《メイガス》が!』

 エリルの言葉に、リュウキはそういう事かと歯噛みする。少し目を外しただけだったが、リプルと《メイガス》にとっては充分だったのだ。《メイガス》は二枚の盾と共に、忽然と姿を消した。

 自身の《カムラッド》に回避機動を続けさせながら、リュウキは索敵を行う。さっきまでそこにいた筈なのに、今はもう跡形もなく消えている。

「くそ、見当も付かない。というか、何で撃ってこないんだ?」

 あの大剣にしろ、粒子砲にしろ。二枚の盾にしろ、こちらを倒しきる要素は充分にあるとリュウキは考えていた。姿を消し、奇襲でこちらを仕留める。それは、今の《メイガス》にとっては容易な筈だ。

『撃たないんじゃなくて、撃てないんだよね』

 エリルではなく、リプルの声がリュウキの問いに答えた。

『ッ! 右側面です!』

 エリルが《メイガス》の居場所を探り当てる。それが出来たのは、エリルが優秀だからではない。《メイガス》は、ここから見て右側面の位置に姿を現した。距離は離れている。大剣の切っ先は、つまり粒子砲の銃口はこちらを向いていた。

 狙いは恐らくこちらだろうと、リュウキはその構えを見て悟った。だが、まだ発射まで猶予はある。リュウキは全力でハンドグリップを傾け、ペダルを踏み込んだ。

 次に放たれるだろう一撃から逃れる為に、リュウキの《カムラッド》は銃口と直角に回避機動を取る。

 そして、こちらを援護する為にエリルの《カムラッド》は動いていた。逆方向に動きながら、突撃銃を《メイガス》に向ける。

『うんうん、それでよし』

 リプルの声が響くも、その真意を推し量る余裕は既にない。《メイガス》の構えた大剣、即ち粒子砲に光が灯る。いや。

「あれは」

 粒子光が瞬く前に、翡翠の線が大剣から漏れ出ていた。

 リュウキは意識を切り替え、今はこの一撃を避ける事だけに集中する。考察は後だ。

 銃口はろくに動いていない。この分なら、問題なく避けられるだろう。その一撃を躱したら、エリルが攻勢に出る。そこで生じるだろう隙を活かし、こちらも有利な位置に滑り込む。

 反撃する術を思い描き、その瞬間を待つ。もうすぐ、あの粒子砲が致死の光を放つ。

 その瞬間は近い。銃口から目を離さずに、銃口に重ならないように《カムラッド》を動かす。

 そして、その瞬間はすぐにやってきた。大剣の切っ先から、眩い光が放たれる。そして。

「な……」

『……え?』

 二つの声は、それぞれが違う感情を内包していた。リュウキの驚愕と、エリルの呆然だ。だが、どちらにせよ変わらない。その二つは結局、敗者の音に過ぎない。

 《カムラッド》二機は爆発に煽られながら、それでもまだ原型を留めている。

 《メイガス》の大剣から放たれた粒子砲撃は、一撃ではなかった。

「……同時に四発、か?」

 少なくとも、こちらからはそう見えた。あの大剣、粒子砲が瞬いた瞬間、一条かと思われた砲撃は確実に拡散していた。四つに分かれた光の線は、それぞれがそれぞれの破壊を成し遂げた。

 リュウキの《カムラッド》は、右腕と右脚を撃ち抜かれた。エリルの《カムラッド》は、右腕と左腕を撃ち抜かれた。

『その、ようです。何ですあれは。ただの拡散粒子砲とは思えない』

 エリルの声は失意に沈んでいる。それもそうだろう。たった一撃で雌雄は決した。

 エリルの言う通り、これはただの拡散粒子砲ではない。さっきまで、《メイガス》の粒子砲は通常の物だった。威力の高い、光の帯とも言える一撃だ。だが、先程撃ったのは細い光の線と表現した方が近い。それを四つ、同時に照射した。

 通常の粒子砲を、拡散粒子砲として照射する技術は既にある。だが、それは散弾に近い照射になる。粒子のシャワーを広範囲に浴びせかけるようなものだ。断じて、狙撃が出来るような代物ではない。ましてや、別々の位置にいるifの手足を射貫くような精度など。絶対に不可能だ。

「もしかして」

 そこまで考えて、リュウキは発射の直前に見た光を思い出す。粒子光が灯る前に、翡翠の線が瞬いていた。あれは、《メイガス》が装甲を修復する時に見た光と同じ物だ。

「銃口を……銃身を作り替えたのか?」

 あり得ない発想だが、そうでも考えないと辻褄が合わない。

『ん、まあ大体せいかーい。出力も抑えたから、二人とも無事でしょ?』

 リプル本人がそう言うのだから、あり得なくともそれが正解という事だ。銃身も出力も自由自在に調整出来る。つまり。

『殺そうと思えば、殺せたんですね』

 エリルの言葉は、必要のない確認だ。こちらは本気で戦ったが、リプルにとっては遊びに過ぎなかった。その遊びのお陰で、こうして二人は生きている。

『まあ、そんな事はもういいでしょ。じゃあ二人は大人しくね。私は、ほら』

 リプルの声が響き、《メイガス》がどこかに視線を向ける。釣られてその方向を見ると、また異変が起きていた。

 残骸が赤熱化し、粒子の帯に引き裂かれていく。あれは、誰を狙った物でもない。

 粒子砲で強引に道を切り拓きながら、ここまで進んできたのだろう。待ち望んでいた二機が、その姿をようやく見せた。

 青い燐光を振り撒く《プレア》に、白に近い灰色で染まった《イクス》だ。リオとトワが、ここまで辿り着いた。

『……確かめないといけないから、ね』

 リプルの囁くような声が、新たな戦いの始まりを告げた。

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