おとぎ話の魔女
敵はリリーサー、未確認のプライア・スティエートだ。対するこちらはif、自分の《カムラッド》とエリルの《カムラッド》が二機だけ。戦力不足は承知の上、時間稼ぎさえ出来ればそれでいい。
リュウキはちらと装備を確認する。今回は場所が場所なので、狙撃銃は持ってきていない。《カムラッド》には、代わりにTIAR突撃銃を握らせてあった。右脚には緊急用のタービュランス短機関銃、左肩には近接戦時に用いるES‐1ナイフが装着されている。各種予備弾倉は腰にまとめてあったが、長期戦に耐えられる量ではない。
『リュウキ。狙われていたH・R・G・Eの哨戒機が戦線を離脱。狙いがこちらに集中します』
H・R・G・Eの《カムラッド》は無事生き延びたらしい。
「無駄な死が出なくて良かった、なんてね」
リュウキはそう嘯き、撃ち落とされていた方が面倒がなかったと胸中で続ける。
あの哨戒機が生き延びた以上、遅かれ早かれ本隊が増援としてやってくる。精鋭達が、敵がいると確信してやってくるのだ。それまでに、ここを離れる必要がある。
自分たちの身も《アマデウス》も危険な状況だが。何も知らずにやってくるH・R・G・Eの本隊にとっても、同じかそれ以上に危険な状況だろう。彼等は何を相手にしているのかまだ知らない。不用意に近付けば、被害だけが大きくなっていく。
「時間を掛けたら負けだな。エリル、頼むぞ」
『リリーサーの相手は慣れてます、頼まれました』
エリルの力強い返事を受け、リュウキも気を引き締める。
戦い方自体は単純な物だと、リュウキは操縦しながら考えを纏めていた。
敵リリーサー、《アンノウン》は定点射撃を繰り返している。それを可能としているのは、ステルス機能と粒子砲の存在だ。ステルス機能によって狙撃地点をぼかし、高火力の粒子砲により射線を通す。
こちらはそれに対し、更に単純な手を使う。囮を用いて、知覚外から奇襲する。
エリルの《カムラッド》は注意を引く為に、率先して前に出ていた。残骸の海を泳ぐように、速度を殺さずに前進し続けている。
エリルの《カムラッド》は、いつもと変わらない装備をしていた。今は突撃銃を構えているだけだが、狙える距離に入ったら腰にある大型拳銃も抜き始めるだろう。
「距離はそれなり、障害物も沢山。動くだけで一苦労って奴だが」
エリルの《カムラッド》は直進している。敵リリーサー、《アンノウン》の粒子砲撃が、それを迎撃しようと瞬く。致死の光だ。
エリルの《カムラッド》は真横に飛び跳ね、残骸の群れの中に消える。若干の軌道修正を行い、エリルの《カムラッド》はまた前進を開始した。
「さすがはエリルの嬢ちゃん。その程度じゃ当たらないってか」
『というより、狙いが正確に過ぎる感じがします。射手は素人でしょうね』
エリルの分析は恐らく正しいとリュウキは頷く。となれば、それは付け込む隙になり得る。
「うし。楽が出来るなら御の字って奴だ」
そんな軽口を叩きながら、リュウキも《カムラッド》の操縦に集中する。迫る残骸を最小の動きで躱しながら、《アンノウン》の真横を目指して進んでいく。
「ま、これはこれで慣れてるからな」
残骸を掻き分け、残骸に潜んで。裏手から騙し討ちをする。正直、得意分野だとリュウキは冷ややかな笑みを浮かべた。
エリルの状況を確認するも、向こうは向こうで慣れているらしい。高火力の粒子砲撃に怯みもせず、一定速度を維持したまま着実に距離を詰めている。
こちらも遅れる訳にはいかない。リュウキは《カムラッド》の操縦を続けながら、粒子砲撃の規模と照射タイミングを見極めていく。
威力の割には連射力もあり、同じ事をifでやればすぐにエネルギーが尽きるだろう。リリーサーの使う兵器だけあって、やはり性能は段違いのようだ。
「同じ武器が使えれば、カウンタースナイプ一発で終わるのになあ。っと!」
リュウキはぼやきながら、目の前に迫る残骸を間一髪で回避する。静止している残骸だけなら楽なのだが、大なり小なり動いているのが常だ。気を抜けばリリーサーだなんだと言う間もなく、激突しておしまいだ。
『気を付けて下さいよ。慣れているんでしょう?』
エリルの呆れたような物言いに、リュウキは笑い声で返す。そして、右手の人差し指をハンドグリップのトリガーに絡めた。これでいつでも撃てる。最初の一手を決める為に、少しだけ気を引き締める。
「慣れっこだよ、庭みたいなもんだ。そろそろポイントに出る。多少は開けた場所って感じだな。言い換えれば、素人が陣取りそうなとこだ」
サブウインドウに表示された地形データを見る限り、敵リリーサー《アンノウン》が居座っている場所は残骸の密集度が少ない。それだけ動きやすく、逃げやすく、狙いやすい場所だが。プロならそこは選ばないと、リュウキは経験上分かっていた。推測されやすい場所に潜伏する狙撃兵なんていない。
この広さなら、ある程度の戦闘機動も行えるだろう。
『了解、備えます』
エリルの簡潔な応答は、どんな言葉よりも頼もしい。
「よし、次の射撃を待ってから行く」
言うが早いか、エリルの《カムラッド》を狙って粒子砲撃が照射される。残骸を盾代わりにして、エリルは何度もそうしてきたようにその一撃を躱す。
「見えた」
リュウキの《カムラッド》は最大加速を以て残骸群から飛び出し、当たりを付けておいた場所に突撃銃を向ける。正確には、場所はもう割れていた。最後にエリルを狙ったあの一射から、既にそこに何かがいる事は分かっている。
相も変わらず何も見えず、正常な意識も無駄な事をしていると訴えてはいたが。
「こいつで仕舞いだ」
囁き声と共に、リュウキはトリガーを引く。《カムラッド》の構えていたTIAR突撃銃が、フルオートで弾丸を吐き出す。
断続的に飛来する鉄鋼弾は、何もいない筈の空間に‘着弾’し火花を散らした。空間が傾げ、動き始める。恐らく、《アンノウン》が後方に飛び退いてこちらの銃火を躱そうとしているのだ。
「エリル!」
《アンノウン》の回避機動をなぞるように銃火を叩き込みながら、リュウキは相方の名前を呼ぶ。
『ええ』
エリルの《カムラッド》が、残骸を抜けて真っ直ぐに突っ込んでくる。未だに姿が見えない《アンノウン》は、恐らくその接近を嫌うだろう。
リュウキの《カムラッド》は突撃銃を左右に振り、広範囲に残りの銃弾をばらまく。姿が見えなくともそこにいる。着弾の火花が、一瞬だけその姿を浮き彫りにした。
それは、誰が見ても危険だと分かるだろう。《アンノウン》の手に持った、長大な粒子砲のシルエットが見え隠れする。その照準は、近付こうとするエリルの《カムラッド》に向けられていた。
《アンノウン》が、これまでと同じように粒子砲撃を放つ。絶大な破壊力を持つそれは、掠めただけでifを焼き切る。
『私にも見えています』
しかし、残骸の群れから飛び出したエリルの《カムラッド》は、それ以上に速かった。いや、恐らくこの展開を読んでいたのだ。横合いに飛び退いて粒子砲撃を躱すと、直角を描くように軌道を変更、再度《アンノウン》に接近を試みる。
エリルの《カムラッド》は、速度を緩めようとしない。あのままでは、ただ通り過ぎるだけで攻撃を加える事は出来ない。
そう考えたリュウキだったが、エリルの動きはその予測を越えた。
エリルの《カムラッド》は、《アンノウン》とすれ違う瞬間に大型拳銃を抜いていた。右手に持った突撃銃では、取り回しが効かない。だからこそ、エリルの《カムラッド》は左手で大型拳銃を抜き、《アンノウン》とすれ違うその僅かな瞬間に。
「西部劇も真っ青だ」
三発の弾丸が《アンノウン》を貫く。エリルの《カムラッド》が、《アンノウン》との交差時に叩き込んだのだ。それは大口径故に、鉄鋼弾と同じかそれ以上の打撃力を持つ。如何にプライア・スティエートと言えど、ただでは済まないだろう。
随所に被弾した《アンノウン》は、手近な残骸に降り立った。そして、徐々にその姿を現し始めた。
「ようやっと顔が拝めるな」
『ですね』
リュウキの軽口にエリルが簡素な言葉を返す。たったそれだけの時間で、《アンノウン》は既に全身を晒していた。
誰がどう見ても、それは特異な機体だ。同じプライア・スティエートである《イクス》や《プレア》、そして《スレイド》に比べると、どこかアンバランスで不気味に思えた。
細身の胴体に、すらりと伸びた鋭利な両脚まではいい。そこに、肥大化した肩と両腕が付いているせいで、全体のシルエットを酷く歪にしている。
頭部は帽子を被ったような造形をしていた。更に、腰回りを保護する二つの装甲板は、どこかローブのようにも見える。その印象を一言で表すなら、そう。
「おとぎ話の魔女、だな」
リュウキは思ったままを口にした。装甲が深紫に染まっていく様も、どこか魔法じみている。事実、さっきまでこのプライア・スティエートは不可視の存在だった。それこそ魔法でも使わないと、あんな芸当は出来ない。
『あの大剣、あれが粒子砲ですか』
戦闘機動を止めたエリルの《カムラッド》が、少し離れた位置で観察の目を向けている。エリルの言っている大剣とは、紫のプライア・スティエートが右手で持っている長大な得物の事だろう。確かに、銃というよりは大剣の方がしっくりと来る。
「多分な。大剣を持った魔女、ねえ」
リュウキは警戒しながら、再装填の操作を実行した。《カムラッド》の右手に持たせていたTIAR突撃銃の弾倉は空になっている。いつあれが襲い掛かってくるのかは分からない。今のうちに備えておいて損はないだろう。
エリルの《カムラッド》も同じように、使用した突撃銃と大型拳銃の再装填を行っていた。
『何だか、私負けてばかりだなあ。フィルにも負けたし。あんまり戦い、向いてないのかもね。ふふ』
突然聞こえたその声に、リュウキは肝を冷やす羽目になった。通信機器を介さず、頭に直接その声は響いたのだ。透明感のある綺麗な声は、本来心地よく聞こえる筈だが。こうも無遠慮に響かせられると、不快感の方が先に立つ。
「エリル、これってあいつの声か?」
『恐らくはそうです。フィルの時もこうでした。そうでしょう? 名も知らぬリリーサー』
リュウキの問いにエリルは肯定を返し、後半は直接リリーサーに問い掛けた。エリルはフィルと戦った際に、同じような体験をしている。その為か、あまり動じた様子はない。
『あら、フィルまでお世話になってたなんて。それじゃあ強くて当然かも。あ、じゃあ自己紹介しますね』
敵リリーサー、《アンノウン》が滑らかな動作でお辞儀をする。その動作は、カーテシーと呼ばれる動きだ。スカートの裾を摘み上げ、片方の足は内側に引き、もう片方の足は膝を曲げる。そうして深々と頭を下げる訳だ。バレエのレヴェランスとも表現出来る。
まあ、その動作の事はどうでもいいとリュウキは顔をしかめる。《アンノウン》が頭を下げ、もう一度姿勢を正した。その時にはもう、被弾など消え去っていたのだ。翡翠の線が僅かに瞬き、その機能が使われた事を視覚的に伝えてきた。
トワの言っていた、フィアリドールとかいう機能だ。損傷も疲労も始めからに巻き戻す。これは、確かに手に負えない。
『私はリプル・エクゼス。この子は《メイガス》。えっと、ファルやフィルのお姉さん、って事になってるわ。ふふ』
何がおかしいのか、リプルは短く笑った。嘲笑っているように聞こえるが、それは上辺だけだとリュウキは感じた。自嘲的で、諦念が色濃く浮き出ている。これは、そういう笑いだ。
『おかしな言い方をしますね。フィルは家族に執着しているような子でしたが。リプル、貴方はどこか突き放した言い方をしている』
エリルはエリルで何かを感じ取ったのか、そうリプルに問い掛けていた。
『うーん、フィル基準は厳しいよお。家族……家族かあ。そうだよね、私もフィルみたいに一途だったら良かったのかもね』
リプルは飄々と言葉を返しているように見える。実際、エリルはそう感じ取っただろう。だが、とリュウキは目を細めた。やはり、その声の端々には自嘲と諦念がこびり付いている。こいつは、フィルのように分かりやすい目的では動いていない。
「あんた、リプルとか言ったか。何をしに来たんだ?」
エリルがそうしているように、リュウキも声に出してリプルに問い掛けてみた。
『えっとね、妹? ふふ。妹に会いに来たんだ。私、お姉ちゃんなので』
短く笑いながら、リプルはそう答える。多分、嘘は言っていない。リュウキはそう判断するも、何かを隠しているとも感じた。嘘は言っていないが、肝心な事は伏せている。
「姉が妹に会いに来るってのは道理だが。気のせいかも知れないが、あんたの‘会う’は‘殺す’に聞こえる」
実際はそこまで読み取っている訳ではないが、はったりを掛ける為にリュウキはそう言い放つ。この質問に対する答えで、リプルの真意が推し測れる筈だ。
リプルの返す答えは。
『……ふふ』
耳に残る、短い笑い声だ。多くは語らず、しかしどんな言葉よりも雄弁にその意思を表している。
敵プライア・スティエート、《アンノウン》……いや、《メイガス》が右手に持った大剣をその場で振るう。話は終わりだと、そう言っているように思えた。
「……エリル、通信機能とレーダーの調子は?」
『同じ装備でしょう? 聞くまでもなく不調です』
エリルのもっともな答えに、リュウキは一人肩を落とす。
「だよなあ。リオとトワがいつ来るか、まったく見当も付かないって訳だ」
『リリーサー、リプルはやる気みたいですね。ならば、私達がすべき行動は一つだけです』
リュウキはにやと笑い、ハンドグリップを軽く握り込む。承知の上だが、そうやって改めて声に出して貰えると気合いが入る。
「だな。遊び相手になってやるよ」
リュウキは力強く答える。すると、あの短い笑い声がまた響いた。
『そうね、遊びましょ』
リプルの返答が契機となり、二機のifと一機のプライア・スティエートはそれぞれ別の方向へと弾け飛んだ。
第二ラウンドの開始だ。




