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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「潜考と決別」
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繰り返される死


 つまらない夢をよく見る。あの悪夢でなければ、大体がそのつまらない夢だ。

 それは、平和だった日々の焼き増しに過ぎない。学校に行って、友人と過ごして。自らが押し潰した日常を見ていると、すぐにこれが夢だと気付いてしまう。

 リオは溜息を一つ吐き、いつの間に眠ってしまったのだろうかと首を捻る。自室で横になって、いつものように微睡んでしまったのだろうか。

 一度気付いてしまえば、その夢は跡形もなく崩れる。廊下を歩いていた人達は消え、それらが発していた音も消えた。時間ごと世界が止まってしまったようにも思える。

 窓に近付き、外の景色を眺めた。もしかしたら、ここは悪夢の平行線上にあるのかも知れない。そう考え、ifの姿を探してみたのだ。自分が操縦していた、あの悪魔の姿を。

「……見える訳ない、か」

 何せ、自分は客観的にそれを見た事がない。再現できる筈もないだろう。自分が見る夢は、基本的には過去の繰り返しに過ぎないからだ。

 まあ、どちらにせよ夢の話に過ぎない。焼き増しされた世界は、もうその輪郭を保つことが出来ない。

 何度目かのまばたきで、いつもの天井が見えてきた。夢を夢だと気付いた後は、大抵こうして目が醒める。うつ伏せに寝転がって、惰眠を貪っていたのだろう。

 左腕が妙に温かい。寝惚け眼で左腕を確かめると、やはり予想通りの姿が見えた。

 薄いワンピース一枚だけを身に付けたトワが、穏やかな寝息を立ててそこにいる。こちらの左腕を抱き留めるような体勢だ。こちらの肩、二の腕に鼻先と唇を埋めている。 少しくすぐったいし、ワンピース越しに少女の感触が伝わってくるのは大変よろしくない。だが、率先して引き剥がす気にもなれない。左腕から浸透してくる熱に、一番惹かれているのは他でもない自分だ。

「まだ、時間はあるだろうし」

 一人呟き、その温かな熱に身を任せてみる。呼び出されていないという事は、まだ眠っていてもいいという事だ。怠惰かも知れないが、少しぐらいはいいだろう。

「なんだか……やけに眠たいし」

 目が醒めた後にしては、やけに瞼が重い。いつもならば、すぐに起き上がろうと身体が動き出すのだが。今日は珍しく、もう一度寝てしまいそうだ。

 吸い込まれるような眠気を覚えながら、トワの姿をもう一度眺める。

 穏やかな寝顔、小さな肩、無防備に晒された白い肌を見て、もしかしたらと突拍子のない考えが浮かんできた。

 この子が、僕を呼んでいるのかも知れない。同じ場所に来て欲しいと、こちらの手を引いてくれているような。

 それは何の根拠もない、ただの思い付きに過ぎない。

 でも、それがきっと正しいのだろう。そんな事を考えながら、導かれるように瞼を閉じた。







 目を開けてすぐに、これが自分の記憶ではない事に気付いた。この感覚は以前にも体験したものだと、リオは少女の内奥で確信する。ファルの記憶が、また流れ込んできているのだ。

 恐らくは、以前見た記憶の再演だろう。脳裏に残っていた一欠片が、形になろうとしているのだ。

 ファルはトワと瓜二つの姿をしている。正確に言えば、身体は同じなのだが。やはりファルはどこか物静かで、トワを見ている時とは違う印象を受ける。

 ファルは《プレア》と共に、今とあまり変わらない宇宙を駆け巡っていた。

 味方は誰もいない。ファルはたった一人で、効率的に戦いを進めていた。そこには容赦も遠慮もない。たった一つの勝利条件を満たす為に、ファルは迷いなく戦っていた。

 迷いなどない。少なくとも、結論だけを見ればそうなる。内心でどんなに苦悩しようとも、ファルは戦い続けた。長い時間の中で、諦めようとした事もあったが。結局諦めきれず、もう一度何度でも戦い続けたのだ。

 味方は誰もいない。この時も、ファルは一人でその脅威に立ち向かっていた。

 《プレア》が洗練された挙動を見せ、断続的に放たれる粒子砲撃をかわしていく。

「……《スレイド》じゃない。フィル・エクゼスとは違う奴、なのかな」

 ファルの《プレア》に粒子砲撃を放っているのは、《スレイド》ではなかった。

 《プレア》と争っている以上、あれもプライア・スティエートだろう。その機体はかなり特異な形状をしており、《スレイド》とは似ても似つかない。《スレイド》は外套を羽織った黒騎士という印象を覚えるが、あれはまるで。

「……魔女、みたいな」

 細身の胴体とは打って変わって、肩と両腕はやけに肥大化している。だというのに、脚はなぜか嫌に細い。腰回りにある二枚の装甲板で、かろうじて守っているようにも見える。

 頭部のパーツは、まるで帽子を被っているような造形をしていた。帽子のデザインは、言うまでもなく魔女の物だ。

 そこに深紫(こきむらさき)の塗装を施している為、否が応でも魔女という印象を受ける。アンバランスな見た目とは裏腹に、機敏な動きで《プレア》の接近を拒んでいた。

「メイ……ガス。《メイガス》って言うのか、あれ」

 ファルの記憶を強引に手繰り寄せ、目の前の敵に関する情報を引き出していく。プライア・スティエート、《メイガス》と呼称される個体だ。

 この戦いの全貌が見えてくる。これは、《プレア》と《メイガス》の戦いだ。

 それは、決して無謀と呼ばれる戦いではない。《メイガス》は特徴的な粒子砲、無骨な大剣にも見えるその兵器を使い、的確に《プレア》を狙い撃っている。だが、《プレア》の回避機動を前にして的中は望めない。ファルの判断は素早く的確だ。端から遠距離戦では分が悪いと考え、反撃をせずに回避に専念している。

 回避に徹した《プレア》の動きは、目で捉える事すら困難だろう。徐々に、少しずつファルの《プレア》は《メイガス》に近付いていく。幾度も放たれる粒子砲撃を、するりと避けながら距離を縮めている。

 無謀な戦いではない。この場で有利を取ってるのは、《メイガス》ではなくファルの《プレア》だ。

 負けるような戦いではない。《メイガス》の用いる大剣のような粒子砲は、どういう原理か放たれる度にその威力や照射範囲が変わっていく。変幻自在なその攻め手は、近付けば近付く程に脅威ではなくなる。どんなに奇怪な術を用いても、結局粒子砲撃は銃口から放たれるものだ。近付けばそれだけ、最小の動きで回避出来る。散弾と同じような物だ。

 殺されるような戦いではない。事実、ファルの《プレア》は全ての粒子砲撃を躱した。後は、その過剰に過ぎる機動力で《メイガス》に詰め寄り、得意の近接戦でとどめを刺すだけだ。

「……な」

 驚愕が声となって音を振るわせる。恐らく、ファルも同じだろう。

 ファルの《プレア》は最後の加速を済ませ、両腕の粒子剣を展開する。《メイガス》が苦し紛れに振った大剣型粒子砲を両断し、返す刃でその胴を貫こうとした瞬間にそれは起きた。

 何かが切り替わり、《プレア》の動きがぴたりと止まる。意識同調(アプレット)が解除され、ファルは暗い操縦席で目を開けるしかない。動かそうとしても、《プレア》とのリンクが強制的に切断されていく。

『それで、どうするの? 答えてよ、ファル』

 聞いた覚えのない声が、どうするのかと問う。この声の主が、《メイガス》の操縦者なのだ。今はもう体勢を立て直し、ファルの《プレア》にあの大剣を突き付けている事だろう。

 無謀ではなかった、負ける筈はなかった、殺される筈がなかった。だというのに、《プレア》はもう動けない。どう足掻いても、この状況を打破出来る術が浮かんでくれない。

 でも、それでも。

「……そこを退いて、リプル。私はあれを」

 トワの声が、ファルの声が答えを返そうとする。しかし、短い笑い声がそれを遮るように響いた。嘲笑うように、そしてどこか悲しげに。

『何度も言ってるその言葉に、何度でも返してあげる。私が邪魔なら、退かせて見せなさいなって』

 ファルの目が最後に捉えたのは、目の前から突き出してきた死の塊だった。《メイガス》が、その手に持った大剣を《プレア》の胴に突き刺したのだ。

『……何度も、言ってるじゃない』

 リプルと呼ばれた少女の声が、すり潰され跡形もなくなった操縦席に響く。

 視界が暗転し、また別の場面を手繰り寄せる。ファルとリプルの、《プレア》と《メイガス》の戦いが、次から次へと脳裏に流れ込んでいく。

 あまりの情報量に、自分という意識が保てなくなる。抵抗など出来る筈もない。

 弾かれるように身体が浮上していく。実際にどうなっているかなど分からないが、少なくともこの頭はそう感じた。

 見た筈の映像が、得た筈の知識が。あまりに膨大過ぎるが故に零れ落ちていく。

 強く意識をし、それらを取り落とさないようにする。今見た物は、探し求めていたリリーサーの情報に他ならない。絶対に、憶えていないと。

 そんな決意などお構いなしに、眩い光が容赦なく世界を粉砕していった。

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