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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「潜考と決別」
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青い兎



 青い《カムラッド訓練仕様》は、千切れ掛けた左腕を棚引かせながら迫る。銃弾を全て弾き、割れかけたバイザーから煌々と光が漏れていた。その様は、復讐に駆り立てられた悪鬼のようだった。

「……それは何だって聞いてるんだよ、ウサギィ!」

 信じがたい光景に、脳が理解を拒否する。ともすれば停止しそうになる思考を、カインは怒声で繋ぎ止めた。

 ハンドグリップを大きく傾け、ペダルを踏み込み。カインの《カムラッド》は、ようやく戦いが始まったかのように動き出した。大きく距離を取りながら、胴体を狙って突撃銃を構え、三発ずつ撃っていく。

 見えない何かに阻まれ、弾丸はやはり届く事なく弾かれていく。いや、違うと冷静になった頭が伝えた。目を凝らせば、弾かれる瞬間に赤い膜が生じているのが見える。

「盾か? 今までそんな……いや、んな事はどうでもいい」

 一つだけ確かなのは、あれを殺さなければ死ぬのは自分だという事だ。あれの本質なんて、理解する必要はない。そのスペックだけを見極め、あのウサギを殺す。

 カインの操縦兵として培ってきた意識が、混乱を押し留めていた。対処し殺す。その単純な目的意識が、目の前の異常を凌駕したのだ。

「ウサギの分際で、生意気なんだよ!」

 それでも、それを異常と訴える理性の一つが、カインに怒声を上げさせる。しかし操縦に淀みはない。冷静に距離を取り続けながら、カインの《カムラッド》は再装填を済ませた突撃銃を《カムラッド訓練仕様》に向ける。

 吐き出された弾丸が、頭部に向けて殺到する。その全ては、やはり赤い膜に阻まれていた。

 ならばとカインは別の照準システムを起動する。カインの《カムラッド》は、空いている左手でナイフを抜き、次の瞬間にはそれを投擲していた。

 頭部を狙った鋭い投擲は、やはり赤い膜に阻まれている。それが弾かれる瞬間を見計らい、カインは素早くハンドグリップを傾ける。

 右手に持った突撃銃の照準を、完全なマニュアルで操作したのだ。頭部の対極に位置する部位、脚先に狙いを付ける。

 カインはトリガーを一度だけ引く。《カムラッド》の右手に保持された突撃銃から一発の弾丸が放たれ、《カムラッド訓練仕様》の脚に飛来する。

 そして、防がれる事なく着弾した。立て続けに脚に向けて放った弾丸は、それ以降はやはり赤い膜で弾かれてしまう。

「盾だな。稼働時間は不明、効果は充分だが範囲に制限あり。使ってるのが素人なら殺せる」

 カインは自身の見極めた情報を、声に出しながら整理した。これならば充分に殺せる。

 カインは距離を取り続ける振りをして、徐々に《カムラッド》の速度を落としていった。至近に誘い込む為だ。

 うまく誘い込む為に、散発的に突撃銃を撃つ事も忘れない。あくまで、相手のペースに乗せられた振りをするのだ。

「来い……来いよウサギ……」

 徐々に距離を詰め、迫ってくる《カムラッド訓練仕様》を見据える。相手は健在な右手を握りしめ、殴りかかるつもりなのか振りかぶっている。徒手空拳の筈だが、あれを食らえば死ぬと本能が訴えていた。その本能に異論はない。

 至近に滑り込んだ《カムラッド訓練仕様》が、その右手をがむしゃらに振り抜く。芸も何もないストレートを、カインの《カムラッド》は僅かに後退する事で回避した。

 そして、第二撃が振るわれる前に。

「……持って行けクソウサギがあ!」

 カインはショートカットスイッチを押し、武装の緊急展開を選択した。《カムラッド》の右手は突撃銃を構えたまま、左手は腰にある手榴弾を掴む。こういう時の為に残していた、文字通りの隠し玉だ。

 カインはトリガーを引き、三発だけ突撃銃を撃つ。赤い膜が生じたのを確認してから、もう一度ショートカットスイッチを押し込んだ。

 カインの《カムラッド》は、無駄のない下手投げで手榴弾を正面に放り投げた。本来、この手榴弾は起動してから数秒後に炸裂する。しかし、これは投擲した瞬間に炸裂し、煙幕と破片を撒き散らした。誤作動ではない、そのように調整していたのだ。

 破片が降り注ぐ時の、肝を冷やす衝撃が操縦席に走る。しかし、それでもカインは冷静に操縦を続けた。

 ハンドグリップを大きく傾け、思い切りペダルを踏み込む。カインの《カムラッド》は、最小の動きで《カムラッド訓練仕様》の背後に回り込んだ。

「くたばれよウサギ」

 カインはそう呟く。至近距離での爆発に、あのウサギは対応出来ないだろう。意識していなければ、あの盾は機能しない。死角からの一撃を与えれば、それで片が付く。

 とどめを刺す。そう思い、カインがトリガーを引いた瞬間、今度こそカインの思考は停止した。

「何で……弾が出ないんだ?」

 何度もトリガーを引く。緊急用のショートカットスイッチを何度も押す。しかし、ぴたりと静止したまま、カインの《カムラッド》は動こうとしない。

「ウサギがやってんのか、いや違う」

 この《カムラッド》に仕込まれていた観測用のシステムが、操縦システムを遮断している。プログラムのバッティング、相互干渉による停止なんてあり得ない。そんな初歩的なミス、整備班が見逃す訳がないだろう。ましてやここはカーディナル、AGS最高峰のスタッフが集まっているのだ。

 つまり、これは。

「……セイル・ウェント、お前かああ!」

 繋がっている筈の通信システムに、カインは怒号を浴びせる。観測用のシステムを用いて、こちらの操縦システムを遮断したのだ。

 何の為にこんな。自分はただ、言われた通りにやっていただけなのに。

 しかし、聞こえている筈なのに管制室は誰も答えようとしない。いや、この場で一人だけ。カインへ返事を寄越す者がいた。

『許さない……許さない!』

 脳裏に響く、その怨嗟の声に気付いた時には全てが遅かった。体勢を立て直した青の《カムラッド訓練仕様》が振り返り、最後の距離を詰めてそこに迫っていた。

 振りかぶった拳が、赤い膜に包まれている。

「……ウサギィ!」

 カインは怒鳴り、身体に染み着いた殺しの動作がそれに応えるかのように操縦を行う。

 ナイフを突き立てようとしたその操縦は、当然のように機能する事はなく。

 カイン・ロックウェルは、振るわれた拳に粉砕された。





 ※


 雌雄は決した。それは、同時に実験の終わりを意味する。その推移を見守っていたセイルは、理論は証明されたと一人頷いた。隣にいるミサキも、息を呑んでその顛末を見届けている。

 《カムラッド訓練仕様》は、人間その物といった動きを見せた。振り返り、自身の背後に回り込んでいた《カムラッド》の胴に拳を叩き込んだのだ。その数瞬後、《カムラッド》は爆発もせずにバラバラになった。

 それを成し遂げた《カムラッド訓練仕様》は、微動だにしていない。ただ、拳を纏う赤い膜が、徐々に霧散していくのが見える。

 実験は成功した。だが、やはりまだ不安定だ。熟練した操縦兵を相手取るには、少し足りないようだ。

 貴重な成功例を失わないで良かったと、セイルは内心で安堵する。《カムラッド》の操縦システムを切断していなければ、あの操縦兵が勝っていただろう。

 そう言えば、名前も一切知らないまま粉々になってしまった。まあ、あまり興味もないのだが。

「博士、凄いですよこれは! あり得ない数値だ、あの力場が持つ膂力は、生半可なものではない!」

 観測員の一人が、興奮した様子でまくし立てる。

「BFCの稼働を確認。被験体のバイタルは危険域ですが、成功と言って良いでしょう。やりましたね、博士」

 そう言って手を差し出してきたのは、この実験において助手を勤めた男だ。その手を握り返し、形だけの握手をする。

「これは本当に、凄まじい発見です」

 握手の最中、その男はそう続ける。

「ええ。私の首もようやく繋がったわ」

 そう、セイルは冷たく言い放つ。しかし、男は握手を終えても興奮した様子でモニターを見る。

「この力がどこから生じたものなのか、それすら分かっていないのに。我々は確かにこの力を得た。この力の根本は何なのか、それはどこにあるのか。それを考えるだけでも、心が躍りませんか?」

 男の言っている事は一理あると、セイルは小さく頷いた。力があると証明されたという事は、その大本へ至る道標を手に入れたという事だ。

 或いはそれが、トワに至る道かも知れない。

「ええ。でもまだ始まったばかり。被験体の回収を急いで。ここからが本番なのだから」

 そうセイルは、全員に聞こえるように言った。皆、実験の成功に浮かれながらも、その言葉の意味を理解している。まだここから、より高い完成を目指す。そこへ到達して初めて、この力を科学でねじ伏せたと言えるのだ。

 それぞれがそれぞれの了承を返し、その到達点に意識を向けていく。

 その中でミサキだけがやはり、悲しそうな目をしたままモニターを眺めていた。何を考えているのかは分からない。その横顔を見据えていると、同じようにこちらを向いたミサキと視線が合わさった。

 表情は読めない。ただ……これでいいのかと、いつものように問う目を私に向けていた。

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