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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「潜考と決別」
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扉の鍵



 煌々と光を発するモニターが、暗い室内をぼんやりと照らしている。照明は最低限の物しか機能していない。特殊研究施設カーディナルの復旧は、未だに完了していないからだ。

「ケースナンバー12(トゥエルブ)、試験開始位置に到達しました」

 報告を受け、セイル・ウェントは祈るような面もちでメインモニターに視線を寄越す。白衣を羽織ったその少女は、不安を覚えながらも成功の確信があった。

「では、稼働試験を開始します」

 そう指示を飛ばし、セイルはちらと横を盗み見る。同じようにメインモニターを眺めていたミサキが、その目に微かな感情を抱いているように見えた。哀愁、憐憫、諦念、そういった感情だろうか。

 この少年兵士も、このような実験の繰り返しで作られ、調整されたのだ。何かしら、同じ立場である‘あれ’に感じ入るものがあるのかも知れない。

 メインモニターの中で、if‐01《カムラッド》が動き始めた。数は四機、一応二対二の構図を取ってはいる。

 メインモニターを通して、稚拙な戦いが始まっていた。攻撃、防御、回避のタイミングがちぐはぐで、中には一発も撃てていない《カムラッド》もいる。だが、当人達は至って真剣だ。これは実弾使用の、自由になる権利を賭けた戦いである。少なくとも、彼らはそう思い込んでいる。

「戦況の流転における兵員徴収。勝利者は優先的に部隊へ配属され、戦いの日々に放り出される。つまり」

 それを眺めていたミサキが、淡々と話し始める。そう、つまり。

「実験動物からの解放。このカーディナルから、大手を振って逃げられる。あの子達にとっては、またとない機会でしょうね」

 ミサキが言おうとした続きを、セイルは雄弁に語る。ちょっとした希望、戦う為の理由付けだ。

「それが本当だったとしても、あれじゃすぐに死ぬと思うけど」

 ミサキの言う通りだと思う。それこそ児戯でしかない戦闘機動を見ていると、熟練の兵士にはまるで通用しないだろうと分かる。腹に爆弾でも巻いて、突っ込ませた方がまだ活躍出来そうだ。

「まあ、本当でもないし。本質はそこじゃないから、これはこれでいいのよ。そろそろね。BFC稼働実験、プロセス開始」

 オペレーターが了解を返し、実験開始を一人の操縦兵に伝える。メインモニターで踊る四機の《カムラッド》、その一機が、急に挙動を変えた。

 稚拙だった戦闘機動が、徐々に兵士のそれへと変わっていく。それもそうだろう。四機の《カムラッド》、その内の一機はプロの操縦兵が搭乗している。その(くびき)を、今解き放った。

「残る三機は素人同然。勝負にもならない」

 ミサキがそう呟く。確かにそうだろう。事実、一機の《カムラッド》は早速火の玉となって消えた。必死に逃げ回っていたが、背中を向けて逃げていればそうもなる。背中を突撃銃で穴だらけにされ、動力に被弾して爆散した。あまりに意味のない負け方だが、乗っているのが年端も行かない少年少女なら仕方のない事だろう。

「アルファに指示。ifはなるべく爆発させず、殺す場合は操縦席を潰して。中身はともかく、ifもBFCも、限りがあるんだから」

 ああも爆発してしまうと、再利用も難しい。だからセイルは、操縦兵に注意するよう通信士に指示を飛ばした。

 この実験はケースナンバー12(トゥエルブ)、つまり十一回は失敗しているのだ。貴重な資源を、そうそう浪費させる訳にはいかない。

 この操縦兵は、実験に参加してからかなりの数の戦闘をこなしている。一回三機と計算すれば、通算三十三機の残骸と、三十三体の死体か廃人を作り上げた。BFCが正常に稼働しない以上、それは仕方のない事だが。もう少し再利用の容易な戦い方をして欲しいものだ。

 メインモニターの中では、残る二機の《カムラッド》が追い詰められていた。

「BFC……絶対にうまく行く」

 セイルはそう呟き、自説が間違っていない事を頭の中でもう一度確認する。

 BFC、今抵抗している二機の《カムラッド》……爆散した一機にも積まれていたシステムだ。

 BFS、バイオ・フィードバック・システムの応用編と言えるものであり、その開発はこうして難航している。

 元々、BFSは直感的な操縦を実現する為のシステムだ。遺跡から発掘される三十センチ四方の物体、通称キューブを加工して作られる。

 そのキューブをifに組み込むことで、自分の手足を動かすようにifの手足を動かせるようになるのだ。操縦訓練を受けていない素人でも、動かし戦う事が出来るようになる。私が完成に漕ぎ着けた代物でもあり、振り撒いた極大の地獄、その一つを象徴する物だ。

 BFC、バイオ・フィードバック・コンバーターは、それを発展させたモデルだ。キューブへ接続する配線量を増やし、バイパスを調整し、よりその本質を引き出す。

「トワの残したデータを元に、あの力を再現する」

 虫食いだらけのデータを解析し、力の源流、その片鱗を垣間見た。その形さえ見えていれば、中身を作る事など容易い。

「聞けば、リオ・バネット特例准士の操るifは、時に不可思議な力を発揮したそうね。そして恐らく、トワの搭乗したifも」

 つまりあの二人、リオとトワはBFSを用いてその扉を開いたのだ。トワだけではない、リオもそれを成し遂げた。ならば。

「それが再現出来ないという理由はない。これは人の手に届く力、誰だって扉を開ける」

 自身の理論が間違っていない事を再確認し、セイルはメインモニターを見据える。

 二機の《カムラッド》は、未だにいたぶられていた。二対一だというのに、完全に相手のペースに持ち込まれている。

「……本気で抵抗なさいな。扉はすぐ傍にあるのに」

 セイルは呟き、兆しの見えないメインモニターをじっと睨み付けた。





 ※


「おいおい、こんな事いつまで続けるんだ?」

 if《カムラッド》を操縦しながら、カイン・ロックウェルはそう口走る。

「これじゃあ鴨撃ちもいいとこだ……楽しくてしょうがねえ」

 ふらふらと逃げ回る二機の《カムラッド》は、数える程度の反撃しかしてこない。最初にお友達をスクラップにしてしまったので、萎縮しているのだろう。

 カインの使う《カムラッド》はその限りではないが、相手をしている二機の《カムラッド》は、よく見ると細部が違う。頭部が大きく、背中には追加の装備が増設されていた。あんな位置に物を付けてる以上、脱出装置は外されているだろう。お気の毒に。《カムラッド訓練仕様》とか言われていたが、その実棺桶仕様でしかない。ああ本当に、お気の毒に。

 二機の棺桶は、赤と青に色分けされていた。自分が楽しんでいるのは、主に青い方だ。

「残骸にしないように殺せとか。ははッ! 難しい事言ってくれるぜ」

 カインはにやと笑いながら、ハンドグリップを少し傾ける。再装填を済ませた突撃銃を、二機の《カムラッド訓練仕様》に向けた。指示通り、まだまだ痛めつける為だ。

「ほおら! 楽しいかあ? ウサギちゃんッ!」

 慎重に狙いを付け、脅えたように引き下がる青の《カムラッド訓練仕様》に一発ずつ撃ち込む。肩や腕を狙い、執拗に弾丸を叩き込んでいく。《カムラッド訓練仕様》の左腕は穴だらけになり、千切れかけても尚未練たらしくぶら下がっている。その無様という他ない姿に、カインはくつくつと笑みを零す。

「あのウサギは良いもん持ってる。脅えてるガキの顔が目に浮かぶんだよなあ、その動きはよお!」

 その頭を砕いてやろうと、カインはハンドグリップを操作して照準を動かす。すると、今まで大人しくしていたもう一機の《カムラッド訓練仕様》、赤い方が、こちらへ突っ込んできた。横に回り込み、一気に距離を詰めてきている。

「おいおい……見えてないとでも思ってるのかよ」

 相手の現在地点を把握せずに戦っている訳がない。カインは装備変更を行い、《カムラッド》の左手にナイフを握らせる。

 真横に回り込んだ赤の《カムラッド訓練仕様》は、ナイフを抜き近付いてきていた。ヒーロー気取りで大変よろしい。

 詰め寄ると同時に、その《カムラッド訓練仕様》はナイフを振り抜いた。力一杯に振るわれたその刃を、カインは最小の挙動で《カムラッド》に回避させる。

「ナイフってのは」

 カインは手慣れた様子でブレードレティクルを起動する。一文字の斬撃軌道を描くそのレティクルを、《カムラッド訓練仕様》の腕に重ねた。

「こう使うんだよ、ガキィ!」

 カインの《カムラッド》が振ったナイフは、隙だらけの《カムラッド訓練仕様》の右腕を斬り飛ばした。右手に握られているナイフが、腕ごと宙域を漂う。冷却材と緩衝材が、色味のない血のように散らばっていく。

 腕を切断された《カムラッド訓練仕様》は、まだ抵抗してくれるようだ。残る左手が、苦し紛れに突撃銃を突き付けてくる。

 フルオートで吐き出された弾丸は、しかし《カムラッド》を捉える事は出来ない。カインは素早く《カムラッド》を横に跳ねさせ、距離を詰め直すともう一度ナイフを振るった。

 回避出来る筈もない。《カムラッド訓練仕様》の残る左手は、突撃銃ごと切断された。

「さあて、おお?」

 両腕を失った《カムラッド訓練仕様》を、どう料理しようか考えていると、カインにとっては嬉しい誤算が生じた。

 銃弾を撃ち込んでやった、左腕が千切れかけている《カムラッド訓練仕様》……青い方が、残る右手で突撃銃を構えている。そして、果敢にもこちらへ近付こうとしていたのだ。

「お友達のピンチは見逃さねえってか。まあ」

 カインの《カムラッド》はナイフを振り、両腕を斬ってやった赤い《カムラッド訓練仕様》の首を刎ねた。

「俺も見逃さねえけどな」

 カインはショートカットスイッチを操作し、自身の《カムラッド》に特殊な挙動を取らせた。

 カインの《カムラッド》は、頭部、両腕を失った赤の《カムラッド訓練仕様》を左手で拘束する。人がするように、《カムラッド》の左手で《カムラッド訓練仕様》を押さえ込んだ姿は、さながら人質を取った凶悪犯といった所だろう。

 左手で拘束し、右手にはナイフを握っている。それを《カムラッド訓練仕様》の胴体に突き付けると、青い方の動きはぴたりと止まった。

 膠着状態という奴だ。青い《カムラッド訓練仕様》は、どうしたらいいのか分からずに銃身をふらふらとさせている。

 拘束している赤い《カムラッド訓練仕様》は、両腕を失っても尚足掻いていた。残る脚が、こちらを蹴り付けようと動いている。

「どうすんだ。ああ? どうするんだよウサギィ!」

 カインは怒鳴りつけるようにそう叫ぶも、その声は届かないと知っている。通信回線は遮断されているのだ。せめて、向こうの声だけでも聞こえればもっと楽しめるのに。

 膠着状態は終わらない。動こうとしない青い《カムラッド訓練仕様》を見て、カインは深く溜息を吐いた。まあ、そうだろう。素人の子どもが、この状況から派手に立ち回れるとは思えない。

「初体験じゃ仕方ねえな。俺がリードしてやるよ」

 カインは下卑た笑みを浮かべながら、ハンドグリップのトリガーを名残惜しそうに引いた。

 カインの《カムラッド》は、設定された動作を粛々と行う。右手で握ったナイフを、拘束した赤い《カムラッド訓練仕様》の胴にゆっくりと突き立てた。操縦席を狙った一刺しは、確実にそこへ座る誰かさんを貫いた事だろう。

「必要以上に壊すなって言われてるしな。クリスマスの七面鳥みたく、中身だけくり貫いてやる」

 ナイフを引き抜いて、動かなくなった赤い《カムラッド訓練仕様》を突き放す。慣性を受けて、胴に穴を空けられた《カムラッド訓練仕様》がお友達の下へ流れていく。

 突撃銃を手放し、青い《カムラッド訓練仕様》はその亡骸に手を伸ばす。二機の《カムラッド訓練仕様》は、またこれで一緒になれたという事だ。

「感動の再会だ! ははッ!」

 カインは手を叩き、目の前で繰り広げられている喜劇を鑑賞する。これがサイレントムービーじゃなければ、もっと良かったのだが。

「さあ、舞台をどう締めてくれるんだ! ああ?」

 カインの《カムラッド》は、青い《カムラッド訓練仕様》に突撃銃を向けた。狙いは頭部だ。命令通り、すぐには殺さない。

 あとは、残ったウサギと戯れるだけ。そう考え、カインがトリガーを引こうとした瞬間だった。

『……許さない』

 少女のものだろう声が聞こえ、カインはトリガーに掛けた指を離す。通信システムを確認するも、やはり目の前の《カムラッド訓練仕様》とは繋がっていない。

 いや、むしろ。今の声は、脳裏に直接響いたような。

『……許さない!』

 二回目のそれは、ぞっとする程明瞭に響いた。自分の頭の中に、直接少女の声が届いている!

 その声を契機に、青い《カムラッド訓練仕様》が動き始めた。真っ直ぐに、形振り構わず。千切れ掛けた左腕を棚引かせながら、こちらに突っ込んでくる。

「気味の悪いガキが」

 この声の主は、目の前のウサギだ。そんな突拍子のない事を、既に事実として認識してしまっているカインは、もう一度トリガーに指を掛けた。頭部を穿てば何も出来ないだろうと踏み、その指を動かす。

 カインの《カムラッド》は、冷静に右手で保持した突撃銃を単射した。飛来した弾丸は、突撃しか能のない《カムラッド訓練仕様》の頭部を寸分違わず捉え……。

 ‘何か’に阻まれ、火花へと転じた。

「なんだ、あれは」

 カインは目の前の光景が信じられず、何回もトリガーを引いた。その度に《カムラッド》は突撃銃を撃ち、その度に、青の《カムラッド訓練仕様》は銃弾を弾く。

 何度もその動作をカインは繰り返すも、銃弾が届く事はない。

 カインが楽しんでいた喜劇は、今この瞬間に消え去った。その演目は、悲痛な復讐劇へと変わったのだ。

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