騎士の鎧
警戒はすれど、出撃はない。そういった何もない日々は、あっと言う間に過ぎていくものだ。そうリオは考え、以前とは大違いだと鼻で笑う。
以前の自分は、時間を正確に知覚していた。時の流れに長いも短いもない。楽しんでいても苦しんでいても。心のどこかで、正確に時を刻み続けていたのだ。
それが、この三日間はあっと言う間に思えた。賢くなったと言っていたのに、どこか抜けているトワの暴走劇を一手に引き受けたり。傷の完治判定によって再開された、鬼のようなトレーニングメニューに目を回したり。トワとの事をみんなにからかわれたり。
大変だったり、恥ずかしかったりしたけれど。何だか随分と久しぶりに、人間らしく過ごせたような気がする。
ちゃんと大切だって、少しでも思えたのなら。それを縁に、ちゃんと戦えると思う。罪も呪いも、消えはしないし消してはいけないけれど。
「ちゃんと帰ってこないと」
そう小さく呟き、格納庫へと出る。操縦兵用のフラット・スーツを着込み、ヘルメットのバイザー越しに格納庫を見渡した。《アマデウス》格納庫は、今日もミユリらしい整理整頓が為されている。要するに散らかっているのだが。
『リオ。こっちだこっち。ちゃんと仕上がってるぞ』
ヘルメットに仕込まれた通信装置から、格納庫の主であるミユリの声がした。遠方で手を振っているのがミユリだろう。出撃前という事もあり、ミユリもフラット・スーツを着込んでいる。
ゼロ・ポイント……無重力状態になっている格納庫を、滑るように進んでいく。ミユリの元まで辿り着き、手近な足場へ取り付いて慣性を止める。
「……塗装までしたんですか」
目の前に佇んでいたのは、プライア・スティエートである《イクス》だ。三日前に改修を頼んだが、どうやら完璧に仕上げているらしい。
その隣には、同じくプライア・スティエートの《プレア》もいた。今は灰色に染まり、じっとそこに佇んでいる。
『これな、下地塗りなんだよ。ここからリオの好きな色に塗ってやろうと思ったんだが、よくよく考えるとリオの好きな色なんか知らなくてな』
濃い灰色を基調としていた《イクス》だったが、今は白に近い灰色に塗装されていた。全体ではなく部分部分ではあったが、大分印象は違って見える。
「別に何色でもいいんですけど。何ならこのままでもいいですし」
正直に言うと、色なんて何でもいいのだが。強いて言うなら、その戦場に合わせた迷彩を施して貰えば、多少は戦いやすくなるかも知れない。その程度の感覚しかない。
『うーん、そういうもんかねえ。ま、それ以外は完璧だ。どうよ?』
ミユリに促され、もう一度《イクス》をまじまじと見る。こちらの依頼通り、各所にハードポイントが増設されていた。両肩、両腕、背中、腰、両大腿部横、両脚、充分な数のハードポイントだ。これなら武装を満載し、予備弾薬も搭載する事が出来る。
それに伴い、間接部などの脆弱な部位も補強してあった。こちらの戦闘スタイルに合わせた、ミユリの配慮だろう。
そして、何よりも目立つのが頭部だった。特徴的なツインアイは、今は見る事が出来ない。人がゴーグルを付けるように、《イクス》の頭部にはバイザーが被せられていた。
「何て言うか、特殊部隊みたいな」
騎士然としていた《イクス》だったが、今は別の見方も出来る。各所のハードポイントと間接部等の増強、そしてそのバイザーが加わり、特殊部隊の兵士のような印象を覚える。正確には、騎士と兵士のハイブリッドなのだが。
『これはこれで格好が付くだろ。少なくとも私は好きだ。あのバイザーは目の保護だよ。交換部品がない中、二つしかないツインアイが壊れたらどうしようもない。仕方がないから付けたんだが、意外と様になってるだろ』
まあ確かに、様になっているのは事実だ。こちらは何の異論もない。
「聞いていると思いますが、今回は調整も兼ねて《イクス》で出ます」
対リリーサー戦の切り札として、《プレア》と《イクス》は温存する。そう取り決めたが、今回は出撃をしたいと進言したのだ。
相手はH・R・G・Eの哨戒部隊だ。目標地点に向かう前に、ここで叩く必要があるらしい。
目標地点はポイント・ルーベンスという場所らしいが、現在《アマデウス》は違う進路を取っている。ここでH・R・G・Eの部隊を叩き、《アマデウス》の現在地点を知らせる事が目的らしい。それによって、ポイント・ルーベンス周辺を手薄にしたいというのがイリアの考えだ。実際はここで叩く以外にも情報操作や複雑な航路設定等が絡んでいるのだろうが、自分はとにかく部隊を叩けばいい。
奇襲を仕掛ける上、相手は通常のif部隊だ。本来ならリュウキとエリルが出撃する予定だったが、今回は自分が出る。《イクス》の改修が済んだのなら、状態を確かめておきたかったのだ。いざという時に不調に気付いても遅い。
『ああ。ばっちり試してこい。ちょっとしたサプライズも用意してるしな』
それはサプライズではなく、普通に教えて欲しかった。
「説明はして貰いますからね。搭乗します」
そうミユリに返し、足場を蹴って《イクス》の胴まで身体を流す。独りでに開いたハッチを潜り、暗闇の中に沈んでいる座席へ腰掛ける。
ハッチが閉まっていく。照明のないこの操縦席では、もう何も見えない。だが、どうすればいいのかは分かっていた。左右に備え付けられている球体が、操縦桿の代わりを果たしてくれる。それに手を伸ばした時、透明な声が耳に届いた。ヘルメットの内側にある通信装置からだ。
『……リオ、話は聞いたからね。私も行くから』
有無を言わさぬ口調で、いつもよりも大分頑固そうなトワの声だ。
「行くからって、ちゃんと説明したでしょ」
トワに返事をしつつ、左右にある球体に触れる。目を瞑り、気負わずにその瞼を開く。
《イクス》の目から捉えた世界は、いつも通りに見えた。バイザーを付けていたが、索敵能力に変わりはないようだ。
そして、ご丁寧にフラット・スーツを着込み、こちらをじっと見据えるトワの姿も見えていた。ヘルメットも被っており、表情は見えづらいが。口をへの字に結んでじとりと睨み付けているのは分かる。
トワにはちゃんと説明し、待機しているように言ったのだ。自分は《イクス》のテストを兼ねて出撃するが、いざという時に備えてトワは残っていて欲しいと。確かにそう言ったのだが。あれは、出撃する気満々じゃないか。
『《イクス》、おめかししてご機嫌そうね。でも、そういうの初めてでしょ。私も初めてお化粧をした時は大変だったもの。イリアは凄いんだね。私、まだあれよく分からなくて』
トワは自身の引き起こした、初めてのお化粧事件を思い出しているのか。ちょっと苦い顔をしている。一瞬で脱線し始めたトワだが、かといって引き下がりそうな雰囲気はない。
「トワは待っててくれないと。フィルと《スレイド》が、いつ来るか分からないんだから」
分かって貰おうと、再度説明しようとする。しかし、トワはむうと眉をひそめた。
『これは《イクス》にとって初めての事だから。《イクス》はなんかやる気みたいだけど、私は心配でしょうがないんだから。宇宙の真ん中で動けなくなったらどうするの? 何を言われても一緒に行くから』
言うだけ言って、トワはぷいとそっぽを向いてしまう。トワは無重力下を流れるように移動し、隣にある《プレア》に近付いていく。
「あー、どうしよう。あれ止まらない奴だ……」
頑固一辺倒なトワになってしまうと、もう絶対に止まらない。これは困ったことになった。
『まあ、トワ嬢が言う事も一理あるっちゃあるな。ifと違って、今回ばかりは絶対大丈夫だと太鼓判を押せる訳じゃない。私にとっても未知、《イクス》にとっても未知だって言うなら、不測の事態にトワが控えるのも仕方がない』
その考えも分かる。だが、前もってちゃんと話しておいたのに。
『それに、あれを止めるのは正直無理だし。あのお嬢が何回無断出撃したと思ってるんだ』
それを言われると弱い。実質止められる気がしない。
「仕方がない、で済ます訳にもなあ」
大体、トワは我が儘が過ぎる時が多々あるし。その度に何だかんだで許してしまっているが、これはトワの為にならないのかも知れないし。
『それにね、リオ。私も確かめなきゃいけない事があるの』
先程とは違う、どこか真摯な声色でトワはそう告げた。
隣で固定されている《プレア》の装甲が、灰色から青に染まっていく。トワが搭乗したのだ。
「それは、今じゃなきゃダメなの?」
何を確かめるつもりなのか。直接聞いても、答えてくれないような気がする。だから、そう聞いてみたのだ。
『……うん。ちゃんと確かめて、ちゃんとするの』
トワの答えに迷いはなく、やはりこれは止められないと再認識する。溜息を一つだけ吐き、ならばうまくやってみせるだけだと意気込む。
「目標はH・R・G・Eのif部隊。四機編成で哨戒中だけど、規模によってはもう四機程度は来るかも知れない。月並みだけど気を付けてね。あと、ヘルメットは外さないように。通信出来ないと不便だから」
ざっと思い付いた注意をしながら、意識を戦いに切り替えていく。敵がリリーサーでないとしても、侮る理由にはならない。
『大丈夫、私賢いもの』
うん、一番不安になる返事をしてくれた。賢いアピールをしてくるトワは、大体賢くはない。
「まあ、でもそれがトワだし」
いつも通りのトワが傍にいれば、いつも通りの場所に辿り着ける。何の根拠もないが、そう思ったのだ。
「僕も準備しないと」
《イクス》の目で周囲を見渡し、並べられた武装を視界に入れていく。
フィルと《スレイド》、奴等との再戦はそう遠くない内に行われる。目の前に迫る戦いは、それに向けた第一歩だ。
使い慣れた得物を《イクス》の手で拾い上げ、その感触を確かめる。まずはこの第一歩を制す。油断はせず、必要以上に気負わず。
その戦いに向け、《イクス》を武装させていった。
※
「あら……動いたのかしら」
暗闇に沈んだ操縦席で身体を起こしながら、リプル・エクゼスはそう呟いた。
リプルは専用の装束、トゥニカ・レヴを身に纏っている。身体の線をなぞるように、幾つもの紋様がそこには刻まれていた。リプルは同じリリーサーであるファルやフィルと比べて、幾分か成長した身体付きをしている。少女らしい華奢な面と、成長した女性としての面を持ち合わせた、どこか妖艶な少女だ。
「待ちぼうけはおしまい。ふふ」
リプル特有の短い笑いを響かせながら、乗機である《メイガス》に動くよう指示する。不可視の権能を発揮したまま、《メイガス》は動き出す。
離反に離反を重ねているファルに、進退を問わなければならない。だが、肝心のファルの位置が分からなかった。サーバー検索を併用しても、ファル・エクゼスの活動を示すシグナルは確認出来なかったのだ。
ならば仕方がないと、乗機の《プレア》と随伴の《イクス》をモニターしていた。どちらかの反応が検知出来れば、それを足掛かりにファルへ近付ける。時間だけは幾らでもあるから、のんびりと待っていたのだ。
そして、この反応を得た。《プレア》と《イクス》が起動している。
「うーん、遠いね。急いで行っても間に合わないかあ」
恐らく、《プレア》と《イクス》は戦闘をしている。そこに飛び込めれば一番だが、その場所は随分と遠い。今から向かっても、戦闘には間に合わないだろう。
だが、大まかな位置は割り出せる。《プレア》と《イクス》が再び反応を消したとしても、その周辺まで行けば感知出来る筈だ。
「どうやって自分の反応を消してみせたのか、それも気になるけど。プライアの方は対策してないんだ。詰めが甘いのはいつも通りなのかなあ」
だが、とリプルは笑みを浮かべる。やはり、何だかいつもと勝手が違う。ファルが策を仕掛け、それがある程度機能している。いつもとは違う。速さだけを頼りに、がむしゃらに飛び込んでくるような子なのに。何かを考え、未だ諦めず、きっと抵抗の刃を研ぎ澄ませている。
「ふふ。本当にあの子は面白い」
短く笑い、リプルはその時を思い描く。きっとまた、いつものように抵抗してくる。数え切れないくらい撃ち抜いたというのに、それでもまだ抵抗を止めようとしない。
「隠すなんて無理だわ。私にとって、あの子だけが楽しい」
決まりきった役割に決まりきった終焉、その中で、ファルだけが別の道を模索している。その全てを撃ち抜いてきたけれど、今度こそは。
「貴方の勝利が見たいわ、ファル」
本心を言葉に変換し、リプルはやはり、決まりきったように短く笑った。




