死が眠る場所
《アマデウス》ブリッジにて、イリアは中空に浮かべた電子ウインドウを順番に確認していく。艦長席に腰掛け、いつものように無数の情報に囲まれていた。全ては次の一手を有利なものにする為だったが、早速問題が発生していた。
「動きが追えなくなったかあ。情報隠蔽? いや、隠すなんて無理でしょ」
「そうね。《スレイド》のもたらす破壊の爪痕は、どうやっても露呈するわ」
イリアの呟きに、副艦長であるクストが肯定した。今、ブリッジにはイリアとクストしかいなかった。
問題を話し合うには丁度良い。リリーサー、フィルと《スレイド》の動向が読めなくなった。AGSやH・R・G・Eの情報網を盗み見て、位置を逆算するつもりでいたのだが。ここに来て、ぱたりと情報が入らなくなったのだ。
AGSやH・R・G・Eも、それを問題視している。あれだけの破壊をもたらした対象が、綺麗さっぱり消えてしまったと。混乱に混乱を重ねているような状態だが、それには同意だった。
こちらも結構混乱している。
「だよねえ。となると答えは一つ。フィルと《スレイド》は姿を消した」
あり得ない話だけど、とイリアは胸中で付け足した。リオやトワ、そしてエリルの話から、フィルは形振り構わず追い掛けてくるという線が濃厚だった。こちらはそれに備え、こうして僻地までやってきたのだが。
「大人しく動く術を身に付けた、なんてオチじゃないといいけど」
冗談めかしたクストの意見を受け、イリアはどうだろうかと思惟を広げる。
フィルの性格については、想像で補うしかない。自信家で熱くなりやすく、一人の対象に異常とも言える固執をしている。直情型と断定しても、相違はない筈だ。
そう仮定すると、やはりこれはおかしい。クストが言うような、隠密行動を併用して追い掛ける必要がない。フィルと《スレイド》には負ける要素がない。どんな大部隊を相手にしても、それを殲滅出来るだろう。わざわざ隠れて進むなんて、時間の無駄遣いにしかならない。
「多分、本当に動いていないか。何か別の事柄が動いたのかもね。やだねえ、分からない事ばっかりなんてさー」
これでは見通しも立ちやしない。そうイリアは内心で毒突く。こんな事では、どうしても後手に回ってしまうし、後手に回ればその分不利を抱え込む。ここで自分が、何か手を考えなければいけないのに。
「本来戦いはそういうものよ。貴方が先読みばっかりしてるだけ」
「違いますー。戦いは戦う前に決めるものです。それが一番手っ取り早い」
クストの苦言は正しい。そうイリアは思ったが、口から出たのは虚構と強がりだった。
「未知を相手にするのだから、予測なんてそれ以上でもそれ以下でもないわ。強がり言ってないで、どうするか決めないと」
クストの言葉は、相変わらず真っ正面から叩き斬りにくる。イリアからすれば、それは何よりも有り難い。
自身の唇に人差し指をあてがい、イリアはじっと考える。どうすれば、この状況を有利に傾ける事が出来るのか。
「動向が読めなくなっただけで、フィルと《スレイド》が一番の脅威なのは変わらない。フィルの主目的も変わっていないとしたら、結局それに備えるのが一番確実。かな?」
現状、もっとも警戒しなければいけないのはフィルと《スレイド》による強襲だ。真正面から戦うのは愚策だろう。
卑怯で姑息な人間らしく、大量の罠と策謀で押し切る。それらが実際に効くか効かないかはどちらでもいい。大量の罠と策謀により、フィルの意識が乱れたその瞬間に。恐らくリオなら致命を入れる。随分と博打な上に、個人頼みになる戦術だ。だが、今取れる手段はそれぐらいしかない。
「そうね。私もそう思う。当初の作戦通り、対《スレイド》戦闘を主眼に置いて動く。となると、まずは」
クストが高域レーダーに視線を向ける。簡略化された宙域図には、書き込んでおいた光点が明滅していた。
「ここに行くよ。現H・R・G・E領域内、かつての激戦区」
激しい戦いは、相応の結末をもたらす。数多くのBSやifが戦い、破壊し尽くされた場所だ。
「ポイント・ルーベンス。多くの死が眠る場所、ね」
多くの死が眠る。クストが言うように、あそこには多くの死が漂っている。滞留する残骸の数は、他の比ではない。戦いが起きれば残骸が生じ、それらは後々になって処理されるものだ。だが、あそこは些か数が多すぎた。
攻めたAGSは勿論、領主であるH・R・G・Eも手を付けられないでいる。だから、あそこには多くの残骸があるのだ。それらを操っていた人達も、またそこに眠っている。
「平等な遺体安置所とか言われてたっけ。死の先人達には悪いけど、ちょっと騒がしい事になるかな」
エリア全域を覆い尽くす残骸の群れは、フィルと《スレイド》にとって不利となる。速度を殺し、集中力を分散させるのだ。遮蔽物だらけの戦場では、あの自律兵器の制御も困難となるだろう。そこに罠が加われば、充分に隙を作ることが出来る。
「墓荒らしなんてしたくないけど」
イリアはそう本心を漏らすも、優先すべきは死人よりも生者だと割り切っていた。感傷を捨て、同じ思いでいるだろうクストと目を合わせる。
「私達はあれに勝つわ。でしょ?」
そう言ってクストは挑戦的な笑みを浮かべた。寄り添い、鼓舞し、この選択が間違いではないと教えてくれる笑みだ。
「勿論。まずは勝たないとね」
だからイリアも同じ笑みを浮かべ、そう返したのだ。




