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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「潜考と決別」
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ちゃんと笑って


 ベッドの上に並べられた数々の衣服は、殆ど自分が買ってきたものだった。リーファは懐かしく思いながら、難しい顔をしているトワを眺める。トワは床に座り、ベッドに並べられた服を睨み付けている。自分はそんなトワの横に座り、それを見守っていた。トワは淡い黄色のワンピースを身に付けていたが、それだけでも様になって見えるのだから大したものだ。

 トワの自室は、部屋とは名ばかりの物置と化していた。まあ、格好良く言うならばウォークインクローゼットだ。片付けるという概念がないのか、好き勝手に散らかしている。最初こそ面食らったが、今ではもうすっかり慣れてしまったとリーファは溜息を吐いた。これに関しては、あまり慣れてはいけない気がする。

「これと……これならかわいいのかな。うーん」

 トワは服の組み合わせに四苦八苦していた。だが、分からないと言いつつも、手に取っている組み合わせは悪くなかったりする。少なくとも、最初の方に比べればかなり良くなったと言えるだろう。謎の言い分、タイツを穿いているからズボンやスカートは不要論は、無事に是正出来たようだ。本当に良かった。

「いいと思いますよ。もうちょっと髪が長ければ、それに合わせて結ったり出来たんですが」

 そう言って、リーファは自身の髪がトワに見えるように横を向いた。リーファはいつものように、長髪をポニーテールに結っている。

 トワが手に取っている組み合わせは、シンプルな白のブラウスに水色のサロペットデニムだった。組み合わせが男の子のようなので、髪を後ろで結ってキャップでも被せたいと思ったのだ。

 勿論、トワの髪の長さでも結わける事には結わけるが、短めのポニーテールに仕上がってしまう。それより、長めのポニーテールの方が女の子らしさが強調されて良い。

「リーファは髪が長いから。私も放っておけばそうなるかな」

 両手に持っていた服をベッドの上に戻し、トワはそう言う。トワらしい短絡的な考え方に、リーファはいつものように苦笑を返した。放っておけば、確かに長髪にはなるだろう。ただ、それは綺麗な長髪には程遠い。

「無造作に伸ばしてもダメなんです。ちゃんと手入れしないとこうはなりません」

 そう言ってリーファは自身の長髪、ポニーテールに結わいた後ろ髪をひょいと摘み上げた。この長髪は、リーファにとって数少ない自慢の一つなのだ。ちょっとした努力の結晶である。

「ふうん、大変なんだ。手入れかあ」

 トワは自身の髪を触りながら、何やら考えている。長髪を抜きにしても、きちんと手入れはした方がいいだろう。そうリーファは考え、ハサミと櫛をポーチから取り出した。

「でも、結構伸びましたね。少し短くした方がいいと思いますけど」

 肩口に付いていた灰色の髪は、今は肩に少し掛かっている。前髪は多少目に掛かっているのだが、あれは鬱陶しくないのだろうか。

 そう思ってリーファは手に持ったハサミを見せたのだが、トワはいやいやと首を横に振った。

「もうちょっと伸ばすもの。リーファ、長いのはすぐ短く出来るけど、短いのはすぐ長くならないんだよ」

「なんかトワさんに指摘されると微妙な気持ちになりますね。じゃあ切らないですけど」

 リーファはハサミを仕舞い、櫛だけを持ってトワの後ろに回る。灰色の髪を手に取り、慣れた手付きで櫛を入れていく。細く柔らかい髪質をしているので、こうして髪をとかしていると気持ちがいい。手の中をさらさらと流れていく灰色の髪は、照明の光を反射してきらきらと輝いているように見えた。

「せっかく良い髪を持っているのだから、もう少し丁寧に扱った方がいいと思うんです。最初に比べれば大分マシになったみたいですけど」

 自分がこんな髪を持っていたら、なんて思いが湧いてくる。ほんの少しだけ僻みも込めて、リーファはそう話し掛けた。

「私は、あんまりこれ好きじゃない。リーファみたいな綺麗な黒い奴が良かった」

 そう返してきたトワの声色は、本気で拗ねているように聞こえた。どう見てもトワの髪の方が上等だが、本人はそう思っていないらしい。でも、それこそ勿体ないとリーファは考えていた。

「まず、自分の髪を好きになった方がいいですよ。嫌いだと思ってると、どんどん綺麗から遠ざかりますから」

「うーん。でもね、なんか変な色だなって」

 リーファはトワの髪を丁寧に整え、一人で頷いて櫛をポーチに収める。灰色の髪、変わった色をしている事は確かだが、それも魅力の一つだろうと思う。

「色なら変えられますけど。変えない方が良いですよ。こうやって見ていると、トワさんの髪はきらきらしてるんです。好きになってあげて下さい」

 リーファはそう言って立ち上がり、服が占領しているベッドに腰掛けた。

 トワは口をへの字にして、じっとこちらを見ていたが。こくりと頷き、ぽんぽんと自身の頭を両手で軽く叩いた。

「リーファがそう言うなら頑張ってみようかな。好きにはなれなくても、嫌いじゃないようにしたい」

 トワらしい妥協案だとリーファは頷き、ベッドに並べられた服の一つを手に取る。控え目なフリルで装飾された白のブラウスだ。自分が買ってきた物であり、トワも気に入ったのかよく着ている。

 自分では到底似合わないだろう服も、トワなら着こなせる。

「着せ替え人形で遊ぶ少女の気持ちが、ちょっと分かる気がしますね」

 自分の手で一人の少女を、かわいく綺麗にしていく。トワの服を選ぶのは、正直に言って楽しい。

「私はリーファをお人形にしたい。小さくてかわいいもの」

 まったく悪気がないトワを相手にムッとするのもどうかと思うが、やはり聞き捨てならない。リーファはじとりとトワを睨み付け、眉をひそめた。かわいいはともかく、小さいは余計だろう。

「トワさんも小さいでしょう。人の事は言えないですから」

 トワも立ち上がり、リーファの隣へ腰掛けた。こうして並ばれると、頭一つ分トワが大きい。

「うん。私とリーファだと、私の方がおっきいよ」

 むうとリーファは唸り、少しだけ、ばれないように背伸びをした。

「そうでもないです。おんなじぐらいです」

 確かに私は背が大きい方ではない。そうリーファは胸中で前置きした上で、大体は同じと評してもいいだろうという結論にした。

 百歩譲って考えれば、どっちも小さいのだ。

「ふうん。不思議だねえ」

「未来分を加味すれば私の圧勝ですけど。私はここからの成長が凄いんです」

「そっかあ。じゃあしょうがないね」

 何がしょうがないのか分からないが、まあ納得して貰えたのならそれでよし。リーファは力強く頷き、自分より頭一つ上にあるトワの頭に手を伸ばした。

 さらさらと流れる髪に触れ、やっぱりもう少し手入れをしたいと考える。だが、自分がやるよりも、もっとうまい人間に任せた方がいいだろう。

「今度イリアさんに頼んで、髪の面倒を見て貰いましょう。短くしなくてもいいですが、無造作に伸ばし続けるのもダメです。女性にとって髪は大事ですから、ばっちり綺麗にしてリオさんに見せましょう」

 トワはこくりと頷き、照れたように俯く。リオを引き合いに出すと、大抵言う事を聞いてくれるのがトワという人だ。

「詐欺には気を付けて下さいよ」

 リオが事故にあったのでお金を用意して欲しいとか言われたら、簡単に出してくれそうだ。そんな失礼なイメージ映像を頭の中で浮かべながら、リーファはそう言う。

 トワは小首を傾げており、何を言われているのか分からないといった様子だった。

「何でもないです。そうだ、トワさん」

 きょとんとしているトワと視線を交わした時に、リーファは一つ用事を思い出した。

「視力、悪くなったんですよね。どれぐらい悪くなったんですか? 場合によっては、色々ちゃんと手伝いますから。何でもかんでもリオさんに頼る訳にもいかないでしょう。女の子なんだし」

 悪くなったとは聞いているが、どの程度かは把握していなかったのだ。きちんと状態を把握して、手伝うべき所は手伝わなければいけない。そう考え、リーファはトワにそう問い掛けたのだ。

 それに、女性の事は女性じゃないと分からないだろうし。

「えっとね。何だか色々ぼやっとしてるんだけど、意外と何とかなるの。眼鏡? 掛ければちゃんと見えるし、そんな事をしなくても近付けば見える。時々転んじゃうけど、転ぶのも慣れたよ」

 リーファは溜息を吐き、なぜ転ぶ方に慣れてしまったのかと頭を抱える。普通に眼鏡を掛ければいい話なのではないか。

「まあいいです。近眼って奴ですね。私は視力矯正のお世話になった事がないので、想像しか出来ませんが。どれぐらいの距離なら見えるんですか?」

 リーファの問いに、トワは小さく唸って周囲を見渡す。何を基準に説明しようか迷っているのだろう。

「うん、全部ぼやけてる。そだ」

 そんなトワの呟きの後に、頬に仄かな熱を感じた。

「ふえ……?」

 視線を追っていたリーファは、あまりに自然だった為に何の抵抗も出来なかった。トワはこちらの頬を両手で押さえ、強引に振り向かせたのだ。遠慮も何もない手付きだったが、それは些細な問題に過ぎない。問題なのは。

「ち、近いですって……!」

 トワの整った顔が、すぐ目の前に迫っていた。たった数センチしか離れていない。

「大体、これぐらいならちゃんと見えるよ。ふふ、リーファ顔ちっちゃい」

 吐息がかかり、一気に体温が上がっていく。どうして女同士なのに、こんな恥ずかしい思いをしなければいけないのか。妙な背徳感を覚えながら、リーファは顔を逸らそうとする。

「なんで逃げるの。リーファが聞いたのに」

 結構がっしりと掴まれている為、身をよじった程度では逃げられない。

「分かりました、視力の事はいいです、もう離して下さい!」

 目を閉じ、極力息を止めながら、リーファはそう懇願した。目を閉じていれば見ずに済むし、息を止めていれば自分の呼気がトワにかかる事はない。

「うん。じゃあ離すけど」

 トワはすんなりと手を離した。その瞬間、リーファは飛び退くようにしてベッドに倒れ込む。

「……パーソナルスペース化け物ですか」

 他人に近付かれると、不快感を覚える距離というものがある。それをパーソナルスペースと言うのだが、トワのそれは異様に狭いらしい。

 まあ、不快には思わなかったとリーファは手元にあった枕を手繰り寄せる。ただ恥ずかしくて、同性相手にどきどきしてしまったのが何だか悔しいだけで。

「あ、私もそれする」

「へ? ひゃあ!」

 リーファは短く悲鳴を上げる羽目になった。トワはすぐ傍に寝転がると、何の躊躇いもなくこちらに抱き付いたのだ。ぴたりと身体を寄せ、されるがままにされている。この状態を端的に表すなら、そう。

「私は抱き枕じゃありません!」

 そうリーファは訴えるも、トワは離そうとしない。しかも、なぜかご機嫌になっている。楽しそうにしている所へ水を差すのはどうかとも思うが、このままでは自分の心臓が保たなくなる。

「離して下さい! そういうのはリオさんにやればいいんです!」

「もうやってるよ?」

 ああ言えばこう言うの典型的な返しを受け、リーファはじたばとと暴れる。

「もう! 離さないと嫌いになりますよ!」

 どんなに暴れても離さなかったが、その一言は効いたようだ。トワは渋々手を離し、その瞬間にもう一回リーファは距離を取った。

「離したので好きになった?」

 ああ言えばこう言う。とんでもない目にあったが、にこにこしているトワを見ていると秒単位で毒気が抜かれていく。リーファは溜息を吐き、結局いつものように不問とした。

「はあ。もう疲れました」

 リーファはそう言いながらも、ちょっとした充足感を得ていた。それは別に、抱き付かれたからではない。

「でも、楽しそうにしてくれてるので良かったです。ちゃんと、トワさんが戻ってきました」

 私は分からないけど、リーファはみんなの所に戻れるから。そう言って、トワが助けてくれた時の事を思い出す。戻りたいけど、自分は戻れない。そう諦めて、悲しげに微笑んで見せたトワが。今はこうして、ちゃんと笑ってくれている。

「リオもみんなも、呼んでくれたから。だからね、大事な事が沢山あるから。ちゃんとありがとうって笑うの」

 そう言って、トワはもう一度ふわりと微笑む。トワの言っている言葉は、うまく理解出来なかったけれど。何を言いたいのかは充分に分かる。

 だから、それでいい。リーファは小さく頷き、トワと同じような笑顔を浮かべて見せた。

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