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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「潜考と決別」
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隣り合う時間


潜考せんこう決別けつべつ



 Ⅰ


 《アマデウス》後部、通称展望室にリオ・バネットはいた。小型BSのような小さな艦では、娯楽室などという洒落た物はない。普通の小型BSにはあるのかも知れないが、少なくとも《アマデウス》にはなかった。

 だから、どこかに集まるとしたら自室か展望室ぐらいしかない。身体を鍛えるためのトレーニングルームは論外だし、医務室や格納庫は平常時には行かない。となると、自室に引っ込むしかない。引っ込みすぎて他の景色が見たくなったら、ここ展望室に行くしかない。

 そんな経緯を得て、今自分はトワと共に展望室で椅子を占領している。

「うー。うー」

 隣に座っているトワは、見ての通り短く唸っていた。目を瞑り、口をへの字に結び、恐らく本人は必死に考えているつもりだ。何で背筋まで伸ばしているのかは分からないが、これはこれで真剣にやっている。と思う。

 こっちはこっちで、そんなトワを眺めたり、天井をぼうっと眺めたり、流れていく宇宙の黒を横目に見ていたりする。今後を左右する重要なディスカッションは、早速暗礁に乗り上げていた。

 これからの戦いを制するには、まず情報が必要だ。敵は誰なのか、どんな戦いになるのか、どうすれば勝ったと言えるのか。それら全ては、未だ不透明のままだった。そんな状態では、どうしても後手に回るしかない。後手に回ってしまえば、それだけ状況は不利に傾く。

 そして、求める情報の多くはここにある。いや、ここにしかない。自分と、トワの頭の中だ。ファルの残した記憶を辿り、敵を知る。リリーサーとは何なのか、それに打ち勝つにはどうすれば良いのか。それら全ての答えは、もうここにある筈なのだ。

「ある筈なんだけど」

 今一歩思い出せない。一人では限界を感じ、トワと共に考えているのだが。新しい事などそうそう出ては来なかった。

 もう一度頭の中を探ってみるも、芳しくない。輪郭のぼやけた記憶は、目を凝らせば凝らす程歪んで見えてくる。抽象的な物なら幾らでも浮かぶのだが、それを言葉にしようとすると、途端に霧散していくのだ。

「うーん」

 何も思い浮かばない。小さく唸り、同じように考えてくれているトワをもう一度眺めた。

 あくまで本人談であり、本当の所はよく分からないが。色々と賢くなったトワは、服飾や身だしなみに気を使うようになった。前々からそういう所はあったのだが、最近は特に頑張っているように見える。ただ、その頑張りは時々空回りを起こす。これがその空回りかはよく分からないが、ちょっと不思議な格好をしていた。

 レースで装飾された白いシャツが、華奢な上半身を包んでいる。レースは首回りと袖口だけで、控えめな装飾が品の良さを引き立てているように見えた。少し生地が薄いのか、下着の線や水玉の柄が見え隠れしているのはよろしくないと思うが。まあ、可愛らしい服だと思う。

 トワはここに、紺色のプリーツスカートを合わせてきた。目立った装飾はなく、無地と表現していいだろう。濃い色のタイツに包まれた足がそこから伸び、膝がスカートの先から見え隠れしている。トワにしては、丈の短いスカートを選んでいた。

 そこにいつものスリッパを突っ掛けているのだが、まあそれは良い。問題は、この組み合わせが何だか。

「ティーンエイジャーって感じ」

 制服の有無は、地域や学校によって様々だったが。これにシンプルなタイを合わせれば、もうそれだけで学生に見えてくる。

 学生という言葉から、どうしてもあの時の光景が脳裏に浮かぶ。自分が学校ごと押し潰した人達は、どんな格好をしていたのか。他でもない自分自身もそこに通っており、袖を通している筈なのに。いまいち思い出せなかった。

 そして、あの光景を思い出すと。連想して、トワの姿が浮かんできてしまう。互いにただ泣いていただけの時間が、今でも色濃くこの胸に残っている。罪も呪いも消えはしない。だけど、今は少しだけ。少女の影が痛みを和らげてくれている。

 それが良い事なのか悪い事なのかは、あまり考えたくなかった。意識を切り替え、隣で真剣に唸っているトワをもう一度眺める。

 学生のような格好をしているトワだが、学生の中に溶け込むのは無理だろう。

 綺麗な白い肌に加え、灰色の髪は淡く柔らかい印象を見る者に与える。更に血のように赤い目と、トワ自身に派手な特徴が多い。それらが組み合わさり、こうして息をしているだけで。どうしたって視線を集めてしまう。

 服装だけを見るとただの学生なのだが、トワが着ているとどうもアンバランスに見えてくる。かわいいはかわいいのだが、ちょっと不思議な光景に見えてしまう。

「というか、改めて見ると結構小さいね」

 小柄でスレンダーな体型だとは重々承知しているし、そこもトワの魅力の一つだと思っているが。こうして学生のような格好をされると、より幼さが際立って見えた。初等部ではないが、高等部でもない。中等部だろうが、そうだとしても何だか幼い。

「リオより少し小さいだけ。大体おんなじだからね」

 目をぱちりと開け、トワがそう返してきた。ちゃっかり聞いていた、というより隣にいるのだから聞こえて当たり前なのか。

「おんなじじゃないです、僕の方が大きい。それ、自分で選んだの?」

 きちんと訂正しつつ、服について聞いてみた。自分で選ぶ時もあれば、リーファやイリアが選ぶ時もある。今回は誰のアイデアを採用したのだろうか。

「おんなじです。これはね、私が選んだの。このシャツはよく着るから着て、このスカートはあんまり穿いた事がないから穿いた。これ短いでしょ?」

 トワはスカートの裾を摘み、ひらひらと振ってみせた。濃い黒に包まれた太股が顕わになり、何だか無性に悪い事をしている気分になる。

「スカートで遊ばない。下着見えたら困るでしょ」

「私はそんなに困らない。あと、これ下着見えないもの」

 言うが早いか、トワは盛大にスカートを捲って見せた。恥じらいも何もあったものじゃない。スカートの内側には、黒のタイツとは対照的に、白いシャツの裾が見え隠れしている。突っ込んだ後は大して気にしていないのか、シャツの裾は折れてシワが付いてしまっていた。

 そして下着が見えるか見えないかだが。濃い黒のタイツを着用している為、確かに目立たないと言えばそうだ。でも、そういう問題ではない。

 うっすらと線は見えてしまうし、柄は上下で違うのだろうか。少なくとも水玉ではないように見えるけれど。じゃなくて。

「僕は困る。ほら、スカート戻して」

 何も知らない人から見たら、相当に危ない光景が仕上がっている。幼げな学生にスカートを捲るように強要しているとか、まあそんな感じだろう。

「ふうん。そうなんだ」

 トワは小首を傾げ、よく分からないといった表情を浮かべていた。だが、特に拘る事もなかったのだろう。スカートを摘んでいた手をぱっと離し、捲り上げられていたスカートは元の形に戻ってくれた。

「そういえば、よくタイツを穿いてるけど。それ、気に入ったりしてるの?」

 ここ最近のトワは、大抵タイツを身に着けている。長い丈のスカートやワンピースを着る時は、その限りではないが。身体を締め付ける物は苦手と言っていたトワが、タイツを好んで身に着けている。それがちょっと不思議に思い、そう聞いていた。

「これ……これはね。うーん」

 簡単に返事が貰えると思っていたのだが、思いの外考え込んでいる。

「えっと、言いづらい事だったり?」

「言いづらくない、けど。これはリオ用なの」

 どうして自分の名前がそこに出てくるのか分からず、今度はこちらが疑問符を頭に浮かべる事になった。トワはこくりと頷き、困ったように微笑んだ。

「足、ほら。傷がいっぱい残っちゃったから。私はあんまり気にしてないんだけど、リオは見てないでしょ? 気にするかもって」

 ああ、そういう事だったのかと合点がいく。捕らわれていた時に負った傷は、決して小さな物ではない。そういえば、これだけ一緒にいるのに。その傷を見たことは今までなかった。トワがあまりにも自然に振る舞うから、ついそれに甘えてしまうのだ。傷を負い、視力も落ちているというのに。

「だから、あんまり綺麗じゃないし」

 ぽつりと呟いたトワの言葉は、多分僕に向けたものではない。それ程に小さく、意識していなければ聞き逃していただろう言葉だ。

 その傷を、見せたくないというのならそれでもいい。けれど、そうではないとしたら。ただ僕を思いやり、見せていないのだとしたら。

「僕は、ちゃんと見ておきたいって思うよ。他でもないトワの事だから」

 これが別の誰かであれば、そういうものかと片付けるだろう。だが、トワの話となるとそうはいかない。そう強く思ったからこそ、そのまま言葉にしてみたのだ。

「ふうん。そう。そっかあ。それじゃあ、うん。仕方ないもの。ちゃんと見て貰うからね」

 トワは若干顔を赤らめながら、ぱたぱたと足を振っていた。なぜだか嬉しそうにしているトワを見て、言葉にした甲斐があったと安堵する。

「それで、トワは何か思い出した?」

 だが、本題はこっちだ。楽しげな雰囲気のトワには悪いが、念の為確認しておかなければ。

「うーん。全部ふわふわしちゃってるから、何て言っていいのか分からない。困った」

 そう言って、トワは神妙な表情で頷く。これは本当に困っているのだろうか。

「まあ、僕も似たようなものだけど」

 結局、分かった事は少ない。それでも、完全に収穫がなかった訳ではない。

「リリーサーは十二人。トワとフィルを除いても、あと十人はいるなんて」

 不確かな記憶の中から、何とかその数字を拾い上げたのだ。もっとも、これは既にイリアへ報告済みだった。このディスカッションは通算三回目となる。それなりに有用な情報を引き出しもしたが。三回目の今日、遂に暗礁へ乗り上げた。

 まあ、元々脱線の多いディスカッションだったが。トワの集中力はそこまで持続しないので、それはそれで仕方がない。

「うん。どんな人だったとか、そういうの全然思い出せないけど。それぐらいはいたと思う。でも、今はまだフィルしかいない」

 トワの言うように、どんな人物がいたのかはまったく思い出せなかった。せめて使っているプライア・スティエートの情報ぐらいは欲しい所だが、それすらも思い出せない。

 そして、その中でも別格に厄介なのがフィルと《スレイド》だ。特に、《スレイド》との戦いは未だに勝てる気がしない。残る十人がどんな相手かは知らないが、結局プライア・スティエートである限り、あの再生能力は使えると見ていい。

 フィアリメイジと呼称されるそのシステムは、損傷や疲労を瞬間的に再生する。正確にはデフォルトに戻しているらしいが、どちらにせよ厄介な事に変わりはない。

「まあ、今の所は。フィルだけに集中しないとだね」

 トワは頷いて返し、無言のまま宇宙の黒に視線を落とした。不安げな表情に、一抹の悲しみを添えて。それでも、結局やる事だけは変わらない。それを、トワは誰よりも理解している。

 その表情を押し込め、トワがまたこちらを振り向こうとした。しかし、その視線はこちらを素通りしていく。

 トワの視線を追っていくと、そこには珍しい来客者がいた。

「あれ、もしかしてお邪魔しちゃった?」

 唇に人差し指をあてがい、イリア・レイスは挑戦的な笑みを浮かべていた。いつものからかいであり、多少は慣れた……かも知れない。イリアは美人でモデル体型なので、こういうちょっとしたポーズが随分様になる。

「うん、ちょっとだけ」

 こういう時のトワは、思った事をそのまま口にしてしまう。イリアは苦笑しながら、展望室の敷居を跨いだ。

「ごめんねー。でも私も休憩時間なので! 仲間に入れて下さいな」

 苦笑してはいても、特に気にした様子はない。自分と同じで、トワの言動には慣れているのだろう。イリアはこちらへ近付き、トワの隣へ腰掛けた。手に持っていた小さなボトルへ口を付け、ふうと溜息を吐いている。

「おいしいやつ?」

 そのボトルを見つつ、トワがイリアへ問い掛けていた。濃い黒の液体に、香ばしい香り。まず間違いなくブラックコーヒーなので、トワの趣向には合っていない。

「おいしーやつ、多分。ていうか普通のコーヒーだね。頭をすっきりさせる為に飲んでるから、味とかよく分からないけど。私、違いの分からない女なもので」

「ふうん。そう」

 素っ気ない返事に聞こえるが、これは興味がなくなった時の声ではない。むしろコーヒーと聞いて、トワが期待値を上げてしまっている。

 トワは我が物顔でイリアの手に触れ、ひょいとボトルを拝借した。相当な人見知りの癖に、慣れた相手にはまったく遠慮がなくなる。これはトワの悪い所かも知れない。

 だが、そんな悪癖を注意している暇はない。

「トワ、それはやめた方が……」

 間に合うよう声を掛けたつもりだが、トワはこちらの注意をスルーしてボトルに口を付けた。迷いなく黒い液体を口に含み、そして。

「ん……!」

 すぐにボトルを離した。結構な衝撃だったのか、目をぱっちりと見開いてこちらとイリアを交互に見ている。口を一文字に結び、少し頬が膨らんでいる。さっさと飲んでしまえばいいのに、これはまだ口に含んだままだ。

「だから言ったのに。トワの知ってるコーヒーとそれは別物だよ」

 コーヒーに砂糖とミルクを総動員し、チョコレートのチップと生クリームを添えた物は、最早コーヒーとは言わない。少なくとも、今トワが口に含んだものとは違うだろう。

 トワの趣向は分かりやすい。はっきりとした、ある意味大雑把な味の物を好んでいる。要するに、砂糖の自己主張がひどい食べ物が好きなのだ。反対に、苦みのある物や辛い物は好まない。ブラックコーヒーなんて、トワが飲める訳がない。

「あー。苦いのダメな子だった? ごめんねえ。それどうする?」

 イリアはにこにこしながら謝罪する。イリアが聞いているそれとは、口の中に入っているコーヒーについてだろう。どうするも何も、それは飲んで貰わないと困る。トワは飲み込もうとはせず、とりあえずボトルをイリアに返していた。そういう所はちゃんとしている。

「大丈夫? 私が口移しで貰ってあげようか?」

 冗談めかした口調でイリアがそう提案した。ちょっとそれは、絵的にどうなのだろうか。

「ん……ほれは、ひゃんとられるひろがひるかあ」

 口を閉じたまま、ごぼごぼと喋られてもよく分からないが。どうも拒否しているらしい。

「何でもいいから、トワはちゃんとそれを飲むこと。というか飲んだ方が楽だよ」

 いつまでも口に含んでいれば、延々と苦い思いをする羽目になる。

「んー」

 不満げな顔をしても、こればっかりはどうしようもない。しばらくこちらをじとりと睨んでいたが、意を決して飲み込み始めた。

「うええ」

 トワは呻くように口を開き、小さな舌を晒している。眉根をひそめ涙目になって、何かを訴えるようにこちらをじっと見ていた。

「ほら、甘いの取ってきていいから」

 端にある自販機を指差し、恨みがましい目を向けているトワにそう伝えた。トワはこくこくと頷きながら、展望室の端にある自販機へ駆け出そうとする。

 少し待って貰おう。走り出す前にトワの肩をぽんと叩き、傍らに置いてある小さなケースを開く。

「はい、ちゃんと眼鏡掛けて。走ったらまた転ぶよ」

 トワの視力はかなり低下している。だが、トワはポケットに入らないという理由で、眼鏡の所持を拒んだ。仕方がないので、持ち歩こうとしないトワの代わりに、自分が持ち歩く事にしたのだ。

 ケースからトワの眼鏡を取り出す。眼鏡一つ取っても、この子の物はサイズが小さい。黄色のフレームが印象的なその眼鏡を、トワの顔にそっと掛けた。

 トワは両手で眼鏡の位置を直すと、自販機に向かってやっぱり走り出した。転ばないといいのだが。

「うんうん、退屈しないねえ」

 その様子を見ながら、イリアはやはりにこにこしている。

「トワと一緒に、リリーサーについて考えてたんですが。何も思い出せませんでした。イリアさんの方はどうです?」

 口の中は未だに苦い筈なのに、随分熟考しているトワを遠目で見ながらそう切り出す。

 イリアはイリアのやり方で、情報を収集している。

「こっちも収穫なしだね。色々な方向からアプローチしてるけど、肝心な部分は一切不透明。さすがの大企業ってとこ」

 軍事組織であるAGSとH・R・G・Eは、大企業の持つ戦闘部署でしかない。AGSを有するロウフィード・コーポレーションに、H・R・G・Eを有するルディーナの二つだ。

「情報隠蔽なんて、どうやっても限界が出てくるのにね。結構手こずりそう。というか手こずってる」

 あのイリアがこうも苦戦するのだから、本当に手強い相手だという事だ。

「AGSもH・R・G・Eも、本当は何も知らないとか。そういう訳ではないんですか?」

 ない情報は、どうやっても得る事は出来ない。

「それなら、分かりやすくて助かるんだけどねえ。どうもそうは思えないというか。違和感、みたいな。こればっかりは勘頼みだけど。あ、そうだ」

 思い出したかのようにイリアが声を上げ、こちらの目を見る。

「リリーサーの語源、というか意味って知ってる? 解発因って言うんだけど」

 リリーサーに意味がある、という事すら知らなかった。首を横に振り、イリアの説明を待つ。

「えっとね、動物行動学の言葉なんだ。リリーサー、或いは解発因。造語とかじゃない、本当にある言葉でね」

 イリアはボトルを唇に押し付け、じっと考えている。

「何て言ったらいいのかな、動物が元々持ってる本能的な行動を、触発する因子って感じかなあ」

「危ないから逃げるとか、そういう事ですか?」

 イリアは首を横に振り、それは違うのだと訂正した。

「これね、同種の仲間が持つものらしいよ。リオ君の言った、危ないから逃げるっていうのは、外側からの刺激でしょ? それとは違って。例えば、同じ動物が発した警戒の鳴き声を聞いて逃げる。とか。そういうのが解発因。まあ、ちょっとした例外もあるみたいだけど。基本的には同種の動物だね」

 いまいちよく分からない。そう思っているのが表情から伝わったのか、イリアはまたじっと考える。

「例えば……小鳥が餌を貰ってるシーンがあるじゃない? ぴよぴよって」

 そう言いながら、イリアは片手を動かした。ぱくぱくと開いては閉じ、餌を待つ小鳥のくちばしを再現している。

 親鳥が巣に戻り、小鳥達が我先にと口を開ける。確かに、そういう映像を見たことがある。

「あれね、親鳥さんにある印を小鳥さんが見て、自然と口を開けるんだって。それとは逆に、小鳥さんの口の中が赤いから、それを見て親鳥さんが餌をそこにあげたり。そういう色、音、匂いとかで、備わっている本能的な行動を引き起こす因子。それがリリーサー、解発因だよ」

 分かったような、分からないような。でも、そうだとしたら。

「どうしてリリーサーって名前を付けたんだろう」

 イリアは頷き、トワの方に視線を向けた。トワは両手に一本ずつ、計二本のボトルを持ち、それと睨めっこをしている。

「私達人間が、リリーサーにとっての解発因なのか。それとも、リリーサー自体が人間にとっての解発因なのか。それとも、意味のない言葉遊びなのか。今はまだ、なんにも分からないね」

 そう言って、イリアは椅子に深く腰掛ける。そう、何も分からない。だからこそ、何か新しい情報を得たかったのだが。

 左手に持っていた方のボトルを選んだのか、トワはそれをこちらに向かって掲げて見せた。心なしかやりきった表情をしている。元気だ。

 ちょうど掲げていたからだろう。左手の薬指に通されたエンゲージリングが、照明を反射して煌めいていた。

 こちらの左手にも、同じようにエンゲージリングがある。何一つ分からなくても、やっぱりやる事だけは変わらない。

「……まずは、あれに勝たないと」

 そう遠くない未来、フィルと《スレイド》はここへやってくる。勝算など何一つないが、まずはそれを退けなければどうにもならない。

 エンゲージリングを指でなぞりながら、こちらに駆け寄ってくるトワの姿を見据えた。

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