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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「青嵐と窮愁」
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本当の声



「トワ! 目を覚まして!」

 そうリオは呼び掛けながら、《イクス》で回避機動を続ける。通信機器も何もないが、伝わる筈だと信じて声を上げていた。

 黒く染まった《プレア》は、一定距離を離れては粒子砲撃を繰り返している。機械的な動きであり、回避は難しくない。

 漂い続ける《プレア》には、すぐに追い付けた。しかし、近付いた途端にこれだ。《イクス》の説明を受けても、はっきりした事は何一つ分からない。だが、要するに。

「寝起きの悪いトワを、無理矢理起こせば良いんでしょ」

 手が震えていたが、恐怖からではない。この身が潰えようとしているのを、必死に繋ぎ止めているのだ。身体は限界を迎えていたが、退く訳にはいかない。破裂しかねない勢いで鼓動を刻み続ける心臓が、止まってしまうその前に。

 距離を開き、こちらに両腕を向けている《プレア》を見据える。

「分かってるよ、《イクス》。少しは信用してくれ」

 苦言を呈する《イクス》にそう返し、全身に力を込める。

「行くよ」

 呟き、《イクス》を一気に飛び込ませる。その場に留まったまま、《プレア》は両腕の粒子砲を連続して照射する。こちらは武器も盾もない。ただひたすらに避け、それでも速度は殺さずに《プレア》に迫る。

 近付かれると判断したのか、《プレア》がようやく後退を始める。その瞬間を見計らって、《イクス》の速度を限界以上に跳ね上げた。

 自分の身体が、致命的なダメージを受けているのは分かっていたが。それはもう、全て意識の外に放り出している。

「多少荒っぽいけど!」

 いつものようにぶつかってやるだけだ。後退していく《プレア》にめがけ、《イクス》は一直線に‘着弾’した。もつれ合う《イクス》と《プレア》が、それぞれの目的の為に動く。

 こちらは《イクス》の両手で、《プレア》の両手を拘束しようと動いた。粒子兵器を撃たせなければ、その分時間が稼げる。

 《プレア》はその拘束を抜け出そうともがいていた。しかし、この距離ではこちらの方が有利だ。

 このまま拘束し、トワに呼び掛ける。そう思った矢先の事だった。

「ぐ……!」

 意識が乱れ、《イクス》との接続が瓦解していく。限界を迎えていた身体が、激しい痛みを用いてこちらを止めようとしたのだ。だが、余計なお世話だ。もう少しで、トワは帰ってくる。だというのに、こんな所でうずくまっている訳にはいかない。

 強引に意識を繋ぎ止め、《イクス》の目を開く。一瞬の事ではあったが、この距離での一瞬は途方もなく長い。

 《イクス》の拘束を抜け出した《プレア》が、少しだけ距離を取る。その右腕が振るわれ、粒子剣が構成された。

 しつこい追跡者にとどめを刺そうと、《プレア》が身を翻してこちらに迫る。横一文字に斬り払うつもりだろう。動きは読めているのに、うまく《イクス》が動かせない。身体の不調が、まるで《イクス》の方にも影響を及ぼしているように思えた。

「つ……!」

 それでも何とか後退し、その一撃を避けきった。

「でも」

 その一撃が限界だろう。《プレア》は加速し、突きの構えのまま再度飛び込んできている。今の自分では避けきれない。圧倒的な熱量を誇る粒子剣が、目前に迫っている。《イクス》は何も言わない。あれだけ文句を言っていたのに、もう何も喋らない。

「……トワ」

 力なくそう呟いた時、宇宙の黒が瞬いて見えた。粒子剣の放つ拒絶の色ではない。《プレア》の装甲から青い燐光が噴き出し、宇宙の黒を青く染めているのだ。

 それだけではない。必死な声で、形振り構わず叫びながら、それでも懸命に操縦しようとしている少女の姿が、確かに見えた気がしたのだ。

 青い燐光に包まれ、粒子剣の熱量が霧散していく。青の刃が粒子剣を覆い隠し、燐光へと変換しているのだ。ここへ到達する筈だった致死のつるぎは、その全てが青い燐光となって宇宙を輝かせる。

 勢いまでは殺せず、《イクス》の胸に飛び込むようにして《プレア》は突っ込んできた。再びもつれ合うようにして二機は宙域を漂うが、先程と違って今度はどちらも動こうとしない。

 自分の物ではない嗚咽が聞こえ、痛みだらけの身体に戻る。暗い操縦席が見える筈だったが、目を開けるとそこはどうにも違う。

 目の前でトワが顔を伏せ、溢れる涙を必死に拭っている。ここがどこで、今どうなっているのか。理解するのはひとまず後回しにして、この泣いている少女を何とかしないと。

「トワ。顔上げて」

 びくりと身体を震わせ、恐る恐るトワがこちらを見る。気持ちは分かるけど、幽霊でも見るかのような目付きをされると少し傷付く。

「リオ、生きて……?」

「なんとか。死んでた方が良かった?」

 三度目になる冗句だが、タイミングが悪かったようだ。トワはわなわなと震え、割と思い切りこちらの胸を殴り付けてきた。当然のようにグーで殴ってきている。

「ばか、ばかあ! 私が今どんな! どんな……うぐ」

 言葉に詰まったかと思うと、またぼろぼろと涙をこぼし始めた。この冗句はちょっと封印した方がいいか知れない。

「ごめん。そんなに泣かなくても」

「泣いてない!」

 分かってる。怒ってるんでしょ。

「最後はちょっと失敗しちゃったけど。トワを迎えに来たんだ。帰るよ」

 そう伝えるも、トワの顔は浮かない。まあ、そうだろうと思ってた。誰よりも素直なトワは、誰よりも頑固で素直じゃないのだ。

「私、みんなに迷惑掛けて」

「僕もみんなに迷惑を言ってここまで来たから、一緒に謝ろうか」

 再度言葉に詰まり、トワはでも、とこちらの目を見る。

「私のせいで、関係ない人が沢山死んじゃって」

「それを言われると、僕も関係ない人を何人も手に掛けたから、立つ瀬がないんだけど」

 やっぱり言葉に詰まったトワへ、他の理由はないのかと目で問い掛ける。

「私、その」

 何か思い出したのか、トワが悲痛な表情を浮かべながら続ける。

「私、人じゃないよ」

「いいよ。今更それを言うの?」

「……私、人類の敵みたいな気がするんだけど」

「僕はトワの敵なの?」

 トワは少し考え、首を横に振った。

「じゃあそれでいいでしょ。他には何かある?」

 トワはうんうんと唸りながら考え、困ったようにこちらをちらと見る。

「私は今何を考えているの?」

「トワが僕と一緒に帰らない理由じゃないの?」

 納得のいく理由があるのなら、是非とも聞かせて欲しいものだ。

 トワはばつが悪そうな顔をしたまま、こちらをじっと見ている。怒られる前の子どもは、きっとこういう表情をしているのだろう。

「私……帰ってもいいの?」

 そして、ようやくその本心を引き出せた。ずっと押し殺し、閉じ込めてきた本当の声を。

「うん。帰ろう」

 その為にここまで来たのだ。だから、何を言われても揺るがない。

 トワは自身の胸に手を当て、そっと目を瞑る。

「……あの言葉、もう一回言って欲しいなって」

 多分、エンゲージリングを渡す前に言っていた事だろう。思い付きと勢いで言葉に出していたが。それ故にきっと、自分にとっては真実に違いない。

 自分自身すらどうでもいいと投げ捨てていた。ましてや世界なんて、それ以上にどうでもいい。好きに存在して、好きに滅びていればいい。それはきっと、どこまでも変わらない世界との付き合い方なのだ。でも、ただ一つ例外を加えるとしたら。

 そう、君ごと終わるというのなら、僕は。

「世界ごと……君を救う」

 どうすべきとか、そういう事は何一つ分からないけれど。これが、自分の決めた答えだ。

 だから、君の答えを聞かせて欲しい。絵空事でも夢物語でも、今この瞬間だけは真実にしてみせる。

 トワは目を開き、嬉しそうに……本当に嬉しそうに微笑んで見せた。悲哀も諦念もない、純粋な笑顔だ。ずっと探し求めていた、トワの寂しくない笑顔だ。

「じゃあ……救ってくれる?」

 そう言って、トワは両手を広げた。顔を真っ赤にして、少し震えながら。じっとこちらの様子を窺っている。

「うん。喜んで」

 その為に来たのだから、言われるまでもなく救ってみせる。一歩踏みだし、トワとの距離をゼロに近づけていく。

 未だに震え、どこか怯えているようにも見える少女の身体を、そっと両手で抱き留めた。力を入れると壊れてしまいそうに思えたから、手を添えるようにしてゆっくりと包み込んでいく。

「……あたたかい」

 囁くようなトワの声が聞こえ、小さな両手がこちらの背中に触れる。仄かな熱が、少しずつ身体に浸透していく。

 トワの表情は、顔を埋めてしまっているから見えないけれど。穏やかに上下する背中を見て、寝てしまったのだと気付いた。確かに、やけに暖かいし眠い。

 地に足を付けて立っていた筈なのに、いつの間にか浮かび上がっているような。そんな浮遊感も、こちらを眠りへと誘ってきている。

 大丈夫、この熱に身を任せていれば何の心配もいらない。なぜだかそう思えて、ゆっくりと目を閉じた。

 熱と熱が溶け合って、身体の輪郭すら曖昧にしていく。それでも、抱き留めた物だけは離さないようにして。

 そっと、その熱に身を任せたのだ。







 青い燐光が、暗い宇宙をその時だけ鮮やかに染めていた。淡い光の奔流が、二対の騎士を包み込んでいる。

 《イクス》と《プレア》は、互いを抱き留めて離さない。慣性に流されるまま、青い燐光を振り撒きながら。じっとその帰結を見守っていた。

 やがて、その光も宇宙の黒に吸い込まれていく。それでも二対の騎士は手を離さず、互いを強く抱き留めていた。

 遠方に白亜のBS、《アマデウス》が見えてきた時もそれは変わらない。主の思いを汲み取っているかのように、互いを包み込んだまま離さなかった。

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