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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「青嵐と窮愁」
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劫火の刃



「今一歩及ばず、ですか……」

 エリルは一人呟き、けたたましいアラート音の処理をしていた。

 戦いは終わった。死んではいない。だが、勝利とも言えない。

 赤い未確認機、《スレイド》との戦いは徐々に不利へと傾いていった。あのフィルとかいう操縦者は、直情的だが馬鹿ではなかった。

 こちらは障害物と罠を利用して、多くの時間を稼いだ。しかし、フィルと《スレイド》も戦況の把握を怠ってはいなかった。

 こちらを直接打ち破るのは不利と悟り、まずは大火力で障害物を消し飛ばし始めたのだ。障害物がなくなれば、必然的に罠もなくなる。

 冷静ではないが、判断は間違えない。動きは素人同然だが、機体性能と特殊機能がそれを補う。フィルと《スレイド》は、確かに最強の一角かも知れない。

 こちらも迎撃戦に切り替え、応戦はした。しかし刻一刻と被弾は増え、この様という訳だ。

 緩急を付けた攻防に、面制圧を狙った手榴弾、照準二個使いのダブルトリガーと大盤振る舞いで迎え打ってみせた。それらは確かに機能し、フィルと《スレイド》の猛攻を凌ぐ要因にはなった。なったのだが。

「両腕は全損。頭部は半壊で使い物にならない。両脚とバーニアが使えるのは、本当に幸運ですね」

 もっとも、それ以上の幸運が自分の命を救っている。反撃手段を失い、死に体の状態で逃げ回っていた時に、フィルと《スレイド》は突如反転して去っていったのだ。あと数秒でも追われていたら、とどめを刺されていただろう。

「その幸運のせいで、リオ機は」

 ハチェットリーフに囲まれ、粒子砲撃を叩き込まれた。自分がもっと抑え込んでおけば、ああはならなかったかも知れないのに。その時の光景が脳裏に浮かび、エリルは唇を噛み締める。これでは、勝利とは言えない。ただ生き残っただけだ。

 リオの《カムラッド》は撃破され、トワの《プレア》はフィルの《スレイド》と交戦を開始した。そのままセクションを離脱し、ここに残っているのは自分だけ。

「あの妙な再生能力さえなければ、私でも」

 そう嘯いてみても、何も変わりはしない。言うだけなら誰にでも出来る。

 今は、とにかくこの《カムラッド》を動かして。リオの状況を確かめに行かないと。脱出が間に合っていれば、或いは。そうでなかったとしても、自分には確認する義務がある。どんなひどい状態でも目を逸らす訳にはいかないし、置いてけぼりには出来ない。

 陰鬱な覚悟を抱いて、エリルが操縦システムの最適化を進めているその時だった。

 付けっぱなしにしていたアクティブレーダーに反応があり、レッドアラートとは別の警告音が響き渡る。敵襲を警戒し、ぎょっとした表情でエリルはウインドウを見据えた。

 しかし、そこに映し出された機影はifではなかった。頭部の半壊したこの《カムラッド》のカメラアイでは、明瞭な識別など不可能だが。それがifではない事だけは分かる。

 空を突き抜けた灰色の機影は、真っ直ぐに降下していく。そして、また一直線に飛び去っていった。その愚直な姿を見て、一つの名前が浮かんでくる。

「……リオ、ですか?」

 問い掛けるも答える者はおらず、ただけたたましいアラートが鳴り響くのみだった。





 ※


 宙域のただ中、BSやifの残骸が漂うその場所で、感情が吹き出すままにその少女は怒りをぶつけていた。他の事であれば、きっと耐えられたと思う。フィルが誰かを殺しても、何を求めても。耐えて、それに応えたと思う。

 でもこれは。これだけは。絶対に許せないし止まらない。胸中を焼き尽くす業火は留まることを知らず、全てを焼き尽くす劫火ごうかとなって身体を震わせている。

「貴方の、せいで……!」

 怒鳴りながら、《プレア》の目で逃げる《スレイド》を捉える。右腕をその方向に突き付け、小盾のような装備、イグニセルから立て続けに粒子砲撃を放つ。

 その全てを避け、翡翠の線を煌めかせながら《スレイド》はこちらに振り向く。

 残留熱波で装甲を焼いても、フィアリメイジですぐに再構成されてしまう。直接胴を射抜き、そこにいるフィルを焼き払うしかない。

『お姉ちゃん……。変だよ、どうして本気で殺そうとしてるの? 私、お姉ちゃんの妹なのに』

「あの人を傷付けたでしょ! 絶対に、許さないから……!」

 怒りに身を任せて、人のせいだと喚いて。あれは、他でもない自分が付けた傷なのに。でも、それを思うとどうしようもなく辛いから。

 狙いを付け、もう一度イグニセルによる粒子砲撃を加える。フィルはそれを避けると、緩やかに気配を変えた。そこにあった筈の戸惑いが消えている。代わりに殺意を滲ませ、そう、と冷たい声で呟いた。

『お姉ちゃん、おかしくなったんだ。またいつもみたいに。そう。それなら仕方ないよね』

 フィルの《スレイド》からハチェットリーフが展開される。二十機の狡猾な猟犬が、今解き放たれた。

『一度殺して、綺麗にしてあげる。そうすればまた、私の事を好きになるよね!』

 感情を全て詰め込んだ、咆哮のような声だ。フィルの《スレイド》が両腕の実体剣を展開し、こちらに向かって距離を詰め始めた。ハチェットリーフがそれに先行し、視認するのも難しい速度で殺到する。

 ifを相手にしている時とは、その殺気も動きも違う。フィルは本気で、こちらを殺すつもりでいる。

「ッ!」

 同じく距離を詰めようとして、冷静な部分が警鐘を鳴らす。ハチェットリーフを無視して接近は出来ない。

 《プレア》を後退させ、一気に最高速度に持って行く。追い縋るハチェットリーフに向け、両腕のイグニセルから粒子砲撃を連射する。

 ハチェットリーフが幾ら頑丈とはいっても、イグニセルの粒子砲には耐えられない。ハチェットリーフは次々と溶解し、小爆発を起こしていく。

 反撃を加える。大きく弧を描くようにして、《スレイド》に接近を試みた。遠方から粒子砲を撃っていても、フィルは避ける。近距離で斬り払うしかない。

「フィル!」

 《プレア》が青い燐光を棚引かせながら、フィルの《スレイド》に突っ込んでいく。両腕のイグニセルから粒子剣を展開し、両腕を思うままに振り上げる。

『おいでよ、お姉ちゃん!』

 接近と同時に《プレア》の両腕を振り下ろし、《スレイド》の胴めがけてイグニセル粒子剣を叩き付ける。肩口から斬り、そのまま胴を焼き払う為の斬撃だ。

 《スレイド》は両腕の実体剣をそれぞれ構え、その粒子剣を受け止めた。二つの粒子剣と二つの実体剣がぶつかり合い、夥しい光がそこに生じる。どちらも規格外の得物、それ故に空間ごと振動しているようにも感じ取れた。

 実体剣ごと焼き斬ろうと、思い切り《プレア》の両腕に力を込める。

 《スレイド》の実体剣は、翡翠の線が無数に踊り狂っていった。フィアリメイジを連続で稼働させ、粒子剣をも受け止めているのだ。焼き斬ろうにも、焼いた傍から再構成されている。

「どう、して……!」

 微動だにしない《プレア》の両腕を見て、そんな言葉が口から出た。それを聞いたフィルは笑い、逆にこちらを突き放すようにして弾き飛ばす。

『それはそうでしょう? お姉ちゃんが私に勝てた事なんて、いつだってないんだから!』

 翡翠の線が踊り、《スレイド》のハチェットリーフが再構成される。

「私、は」

 そう。そうだった。フィルには勝てないと、正確には《スレイド》には勝てないと。そう、自分の感覚も、自分の物ではない筈の記憶も。確かに伝えてはいたのだ。

 なら、どうして。こんな勝てない筈の戦いをしてしまったのか。

『でも安心して。お姉ちゃんをおかしくしたあいつは、お姉ちゃんの後にちゃんと殺してあげるから。どうせ無様に生きてるんでしょ? 私がちゃんと、この手で殺すから!』

 フィルのその言葉を聞いた瞬間に、冷静になりかけていた自分が消えてしまった。目眩にも似た感覚を覚え、一気に温度が上がっていく。《プレア》が何かを言っているが、もう聞こえない。

 飛び込んできたハチェットリーフが、棒立ちになった《プレア》に突き刺さる。《プレア》自身の右手が動き、操縦席を守ってくれていた。

 でも、それすらどうでもいい。

「……接続開始。固有識別認証、ファル・エクゼス」

 認証は一秒と掛からない。自分の為に用意された領域を使い潰し、その権能を発揮していく。

 自分の物ではない記憶が、それはいけないと警鐘を鳴らす。サーバーとの接続は、それこそ取り返しの付かない事態を招くのだと。でも、もう何を言っているのか分からない。分かる気もない。

「フィル、貴方を終わらせる」

 《プレア》の装甲に翡翠の線を走らせ、突き刺さったハチェットリーフを取り除く。傷付いた装甲を修復し、自分自身の身体もデフォルトに戻していく。頭痛は治まり、吐き気もなくなり、震えていた両手は力を取り戻した。でもその代わりに。大切だった何かも、少しずつ消えていくような。

『何言ってるの、お姉ちゃんが私に』

 フィルが何かを言っているが、心底どうでもいい。

 青い燐光と、翡翠の線を振り撒きながら、《プレア》を目前の《スレイド》へと飛び込ませる。

 これまでの最高速度を遙かに越えた速度域を以て、《スレイド》の脇を通り抜けた。ただ通り抜けた訳ではない。交差と同時に右腕のイグニセルから粒子剣を形成し、振り抜いたのだ。

『くっ!』

 それでもフィルと《スレイド》は、その一撃を避けた。留まっていては不利と判断したのか、フィルと《スレイド》は同じように高速機動を始める。

 だが、今の《プレア》からすれば止まっているように見えた。《プレア》を反転させ、もう一度《スレイド》を正面に捉える。相手が反撃を思う前に、《プレア》はまた最高速度を以て突き進む。

 両腕の《イグニセル》から粒子剣を形成し、すれ違い様に斬撃を繰り出す。すれ違うと同時に斬撃を加え、すぐさま反転し直進、再度斬り付ける。それを高速度で、何度も行ったのだ。

 フィルの《スレイド》が見せた反応は、徐々に変わっていった。一撃二撃目は避け、三撃四撃目は実体剣で弾き、五撃六撃目で実体剣ごと両腕が落ちる。

『うそ、嘘でしょ!』

 七撃八撃目で装甲を引き裂き、九撃十撃目で胴を狙う。

『こんな……こんな事!』

 フィルの驚愕の声とは裏腹に、《スレイド》は息を潜めてその瞬間を待っていた。分かっている、勝てない。これだけやっても尚、《スレイド》には勝てないのだ。フィルは諦めるだろうが、その瞬間に操縦権は《スレイド》に移行する。そうなれば最後、どんなに全力を注ぎ込んでも勝てはしない。

 だから、十撃目でとどめを刺さずに。

 《プレア》の両腕、イグニセルの粒子剣を消し去り、思い切り《スレイド》に組み付いた。両腕を失い、装甲の所々が引き裂かれた《スレイド》を、抱き抱えるようにして抑えつける。

『お姉ちゃん、まさか!』

「そうだよ。《プレア》」

 接続されたサーバーを通じて、必要な情報は得ている。普通に戦っても、《スレイド》には勝てない。だが、この手なら勝てる。

「フィアリメイジ逆接続。フィル、貴方は私ごと、全部」

 ここで消え去る。これぐらいしか、フィルに勝つ方法はない。

 フィアリメイジは、こういう使い方も出来るらしい。物質の再構成というのは、度が過ぎれば世界の許容量を越える。その結果もたらされる破壊は、確実にフィルを消し去るだろう。

『馬鹿言わないで! それに何の意味があるって言うのよ! そんなに私を殺したいの? 自分も死ぬのに!』

 そうかも知れないけど。放っておいたら貴方はリオを殺すじゃない。そんな事は許せないから、私は。

 《プレア》の中枢温度が上昇していく。何か言いたげだが、サーバー接続者の発言は絶対だ。命令を守る他ないだろう。

 強引な接続を繰り返したせいで、自分自身が次々と消えていく気がする。忘れたい事も忘れたくない事も。忘れちゃいけない事も。全部消えていく。

『いやだ、そんなの嫌! 《スレイド》!』

 フィルは喚き、操縦権を《スレイド》に移行した。《スレイド》の装甲が赤から黒に染まり、暴れ出すが。パワーだけなら同格である。この状況に持ち込んだ時点で私の勝ちなのだ。

 ハチェットリーフが《プレア》を啄もうと飛来するも、翡翠の線がそれを弾き返す。この場の優位者は私だから、そんな物はもう効かない。

「……でも」

 せめて、あのエンゲージリングは受け取りたかった。まさかリオがあんな事を言うなんて、思ってもみなかったから。凄く嬉しかったんだ。

 世界なんてどうでもいい。終わりたいのなら終わらせておけばいい。でも、君ごと終わると言うのなら、僕は。

 世界ごと、君を救う。

「私の……ばか」

 あれだけの事を言わせたのに、自分はここで終わろうとしている。それが、何だか凄く申し訳なくて。でも、他に方法なんてなくて。

 頭にノイズが走る。意識が断線していく。大切な言葉が消えていく。次の瞬間には、何を思っていたのかすらよく分からなくて。

 強制使用による限界が来たのだ。でも、もう大丈夫だ。フィルにも《スレイド》にも、これを止める事は出来ない。ここで私の意識がなくなっても、綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれる。

 意識が消えかけたその時、懐かしい声が聞こえた気がして。消えてしまった言葉が、熱が。少しだけ脈打つ。それが自分の作り出した、都合の良い幻聴だと分かっていても、それでもやっぱり。

 凄く、嬉しかったんだ。

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