少女の道標
映し出された情報は、そのどれもが常識外れで。それ故に、それが真実だと強く思えた。他でもないトワが何かをしているのだから、常識的である筈がない。
リオは《アマデウス》ブリッジにて、形成されたウインドウに表示された情報を眺めていた。どれも断片的で、命令が錯綜していると分かるデータ群だった。イリアやミユリが、AGSのサーバーから掠め取ったのだ。
他のブリッジクルーもそれぞれ所定の席に着いており、トワを追い掛ける為にその手腕を振るって貰っている。
戦闘がない以上、if操縦兵である自分は何も出来ないが。こうして、情報だけは頭に入れておこうと思ったのだ。
「《プレア》に、未確認の機体。こいつも、《プレア》と同じようなプライア・スティエートと呼ばれる兵器群、ですか」
呟き、その赤い機影を眺める。画質は相変わらず悪いが、その騎士を模した意匠は見て取れた。
「多分ね。随分めちゃくちゃみたいよ。報告曰く、銃が効かない、無数の自律兵器が襲いかかってくる、撃っても斬っても再生してくる。どこまで事実か分からないけど、主立った攻撃をしているのはこの未確認機だね」
イリアの補足情報を受け、あまりに荒唐無稽な内容に小さく唸る。腕を組み、その情報を整理しようと試みた。
まず、第一に。普通はトリックを疑う。銃弾を弾くやら、自律兵器やら再生やら。そう見えているだけで、そう見せかけていると普通なら判断する。だからこそ、情報は錯綜する。
だが、相手は常識の埒外にいるのだ。それら全てを考慮し、もう一度考えてみる。
銃弾が効かないのは、そういう防御手段があるという事だ。無数の自律兵器は、確かに存在し脅威となっている。損傷を再生するというのならば、少なくとも損傷は与えられる。
ひどく厄介で、捕らえ所のない相手だが。戦いようはあるという事だ。
「その未確認機が、一番の脅威だと思いますけど。トワは率先して戦っていないんですか?」
そこが引っ掛かり、イリアに聞いてみた。前回戦った時の様子とは、どうも違って見える。
「うん、少なくとも情報の中心にいるのはこの未確認機。おかしな話だよね。私達はともかく。他の人達からすれば《プレア》も同じ未確認機なのに。《プレア》を表す単語が、あまり出てこないんだ」
《プレア》の特徴は、青い装甲と尋常ではない高機動、桁違いの出力を持つ粒子兵器といった所だろう。
それが報告に上がらないという事は、確かにおかしい。トワは戦闘に参加せず、そこにいるだけなのだろうか。
「トワは、一体何を考えて」
呟き、表示されているデータをじっと見つめる。襲撃した地点を目で追い掛けて、その赤い光点をなぞっていく。何も考えていない筈がない。あの少女は、何だかんだ言っていつも考えていた。そうして迷って、苦しんで。だから今も、何かを考えている筈なのだ。
「……これ」
目でなぞっている内に、何かが脳裏にちらつく。その赤い光点は軍事拠点であり、状況は壊滅だ。AGS、H・R・G・Eの区別なく、一筆書きの要領でトワは進行している。
「そうだ、あれがトワなら」
目的は、一番始めに言っていた。
「イリアさん、トワの目的は逃走です。追い掛けてくるかも知れない《アマデウス》から、遠ざかるルートを選んでいる」
トワが去っていったあの地点から逆算すると、その答えが浮かんでくる。地球を挟み、出来る限り遠ざかるように動いている。
トワは追い掛けてくるなと言っていた。ファル・エクゼスと名乗り、出会えば殺し合うしかなくなると告げて。それでも、みんなは殺したくないとトワの声色で告げたのだ。
「だとすると、目的は何だろう」
イリアの問いはもっともだ。ここからは推測するしかないが、恐らくこの未確認機が関わっている。
「この未確認機が、トワから見ても危険だと判断していたら、どうです? 危険な個体から、僕達を遠ざけているとしたら」
イリアは難しい顔をしたまま、じっと考える。根拠も何もない推測だ。それを肯定するのは難しいだろう。だが、トワならそう考える。なぜだかそう思えるのだ。
「ひとまず保留。でも、その線は強いかもね。確かに、遠ざかるように動いている。じゃあ、問題が一つ」
ぴっと指を立てイリアは話し始める。
「進行ルートの予測が付くなら、近い内に追い付けるよ。先回りすればいいだけだからね。本題はそれから。この未確認機が、本当に危険な個体だった場合。絶対に戦闘になる。この未確認機を退けて、トワちゃんを説得する。どう思う?」
トワ単独でも、説得には困難がつきまとう。だというのに、トワと《プレア》以上の脅威をがそこに随伴している。
「厳しいとは思いますけど。他に道はないと思います」
だからそう答えた。何の根拠もない言葉だったが、事実他に道はない。
イリアは口を噤むと、じっと考え始めた。この脅威に対する策を考えているのだろう。
そんな沈黙の中、ブリッジへの入室を示す扉の駆動音が聞こえた。
「状況は必然的に二対二。ならば、一対一に持ち込めば良いのです」
ブリッジへ入室するや否や、彼女はそう言い放った。
「エリルさん、どういう」
自信ありげなエリルに、問う目を向ける。エリルは頷き、歩み寄ると横に並んだ。
「目標と未確認機は一機ずつ。常に二機編成です。なら、こちらも二機で迎え撃つ。片方が未確認機を抑え、目標をリオ、貴方が説得するのです」
確かに、それが理想だが。この未確認機は、そう簡単に抑えられるようには見えない。
「となると。私と《シャーロット》で相手をするよう、かな」
エリルの進言を受け、イリアがそう呟く。この未確認機を相手取るには、その手しかない。
「いえ。状況が流動的で掴めません。私が抑えます」
しかし、エリルはそう返した。すると、今まで黙っていたブリッジクルー、ギニーが慌てて立ち上がった。
「ちょっと待って、エリル! 情報は見てるんでしょ? 無理だよ、普通の操縦兵で太刀打ち出来るような相手じゃない……!」
エリルはその言葉を受けても尚、首を横に振った。そして、いつもの口調で気負わずに話し始める。
「ですが、兄様。先程も言ったように、状況は流動的です。私達は覚悟をして、クルーを助けると決めましたが。玉砕するつもりはありません。そこまではいいですね?」
淡々と説明し始めたエリルに、ギニーは無言で頷く。渋い顔をしているが、ギニーは話をちゃんと聞く人だ。
「となると、出撃出来るifは二機が限度です。兄様もリュウキも、《アマデウス》の操艦には必要ですし。場合によっては、即座に対応する必要があります。同じ理由で、イリア艦長もここに残るべきです。となれば、残っているのは私だけでしょう?」
「でも。でもさ」
エリルの意見は正論であり、どこまでも正しい。それでもギニーが納得しないのは、家族という括りがあるからだろう。
「リオ、貴方はどう思います? 私が未確認機を抑えるというのは、不可能だと思いますか?」
真摯な光を携えた瞳をこちらに向け、エリルはそう問い掛ける。
私の腕は信用出来ませんかと、その目は語り掛けているように見えた。
「……僕は、不可能ではないと思います」
他に道はない。それに、エリルは信用出来る。本人が言うように、玉砕なんてしない。自身のやれる事を把握し、それに全力を注ぎ込める彼女なら。確かにあれを抑えてくれるだろう。
「兄様の言いたい事は分かりますし、立場が逆なら私も同じ事を言いますけど。贔屓は良くないです。私も活躍したいですし」
黙ったままのギニーにエリルはそう返す。それでもギニーは肯定しようとしない。しかし、沈黙がその場を支配する前に、ギニーは背を叩かれてよろめいた。
「エリルの嬢ちゃんがやるって言ったらやるさ。信じてみようぜ。お前の妹は、自暴自棄になって勝てない戦いをするような女か? 俺は違うと見てる」
ギニーの背を叩いたリュウキが、そう言ってにやと笑みを浮かべる。エリルは頷き、表示された情報を指差す。
「前提として、撃破は考えません。適当に煽って、ターゲットを引き付けます。これらの情報を見ている限り、小型の自律兵器が厄介ですが。回避に徹すれば対処は出来ます」
そこまで話し、エリルはこちらをちらと見る。分かっている、抑える事は問題ではないと、エリルは言っている。問題はその先だ。
「その間に、僕がトワを何とかする。でしょう?」
そう返すと、エリルは無言で頷いた。そして、それらの承認を得るために、イリアをじっと見つめる。
イリアは考え、それでも小さく頷いて返した。
「その作戦を主軸に考えようか。ギニー、良いかな?」
イリアが、黙ったままのギニーにそう聞いた。ギニーはじろとエリルを見るも、諦めたように溜息を吐く。
「良くないですけど、仕方がないんでしょ。エリル、無茶はしてもいいけど。こんな所で死なないでよ」
そう言って、ギニーは武装管制席に座り直す。リュウキもエリルに手を振り、操舵席に座り直した。
「死にませんよ、兄様」
それだけ返し、エリルはイリアに向き直る。
「未確認機の情報を、あるだけ私に下さい。追い付くまでに、そのベールをはぎ取ります」
「うん、頼んだよ。こっちも動き始めようか」
咳払いをし、イリアは広域レーダーをじっと見据える。
「トワちゃんが《アマデウス》から遠ざかろうとルートを考えるなら、予測地点は大分絞り込める」
広域レーダーに表示されていた光点が、一つを残して消えていく。
「AGSの軍事セクション、アノードK。ここだね。ここに先回りすれば、最短で追いつける」
アノード・シリーズの軍事セクションは、一般的な軍事セクションと言える。BSを駐留させ、兵站の中継点としても、疑似的な要塞としても機能するように作られていた筈だ。
距離はあるように見えるが、それでも最短だとイリアは言う。ならば、今はその時を待つしかない。
「……トワ」
形は歪でも、その意思はみんなを守ろうとしている。どうすればいいのか分からないと困惑しながら、それでもトワは、きっと守る為に戦っている。
だけど、その意思は裏切らせて貰う。そのやり方では、いつまで経っても何も変わらない。ちゃんとトワが笑ってくれないと、何の意味もない。
その笑顔を、一番近い所で見ていたいのだから。
「……諦めた訳じゃないんでしょ? 僕だって」
諦めていない。小さな声で呟き、左手の薬指に通されたエンゲージリングの感覚を確かめる。
その目は真っ直ぐに、たった一つの願いだけを見据えていた。
目的地へと向かう《アマデウス》のクルー達は、それぞれがそれぞれの最善を目指して時間を過ごしていた。
作戦を考え、少しでもその精度を上げようと時間を使う。片っ端から情報を得て、その一戦に備える。そんな中、自分だけ黙っている訳にはいかないだろう。
そうリオは考え、今出来る事について思考を重ねる。
戦況や未確認機については、自分は考えなくていい。最低限の知識が頭に入っていれば、妨害してくる脅威という括りでしかない。それに、あれはエリルが抑えると言った。
だから、どうやってトワを止めるのか。それが一番の問題だと思うのだ。
今のトワは、よく分からないが非常に混乱している。殺さなくてはいけないという感情と、殺したくないという感情が入り交じっているように見えた。
恐らく、自分と出会ったら更に混乱するだろう。あの少女は色々な事を考えているが、聡明ではない。どうしようもない問題にぶち当たった瞬間、大体暴力的に解決しようとする。
そして、今のトワが抱えている問題は、どうしようもない問題の方だ。出会ったら最後、混乱し暴れ回る姿が目に浮かぶ。そんな危険極まりない状況から、話が出来る状態にどうやったら持ち込めるのか。
「そこで考えたんです。お願いできますか?」
《アマデウス》格納庫で、整備を進めるミユリを呼び止めてそう頼んでいた。
最初は話半分という様子だったが、説明していく度に手は止まっていく。そして、今ミユリはコンソールの上に座り込み、両腕を組んで考え込んでいた。
「盾。盾って言ったのか? 《プレア》の粒子砲撃にも耐えられるような?」
そして、じろとこちらを睨んでそう言った。ミユリの言いたい事は、充分に理解しているつもりだ。《プレア》の粒子砲撃を受け止める。絵空事や夢物語と思われても無理はない。
「ええ、盾です。それも至近距離から受けます」
ミユリは唸り、頭をガリガリと掻く。
「あのなあ。《プレア》の粒子砲の出力は桁違いなんだよ。圧縮純度が、再現不可能な程に高い。BSや拠点防衛で用いられる粒子砲よりも、遙かに出力が高いんだ」
この目で何度も見てきた。それは分かっている。《プレア》の粒子砲は、現行の兵器を軽く凌駕しているのだ。それを、《プレア》は矢継ぎ早に撃ってくる。
その粒子砲撃をif単位で防ごうなんて、誰も考えないだろう。命中した瞬間に死が確定する光の帯を、受け止めようなんて馬鹿はいない。
誰もがそう考える。トワだって、そう思っている筈だ。
「一撃だけで構わないんです。その一撃で、トワの目を覚ます」
出会えば最後、戦いは避けられない。応戦は論外だ。敵意の欠片を見せた瞬間に、トワの本音は消えてしまう。
だから、一切の反撃はしない。その代わりに、一発だけ受ける。混乱し、暴れ回っているだろうトワが放つ、当てるつもりのない一撃を。
トワが本当にトワであれば、それで答えは決まる。
「お前が何を考えているのか全く分からん。その自信はどこから来るんだ?」
こちらをじろと睨んだまま、そうミユリは聞いてきた。別に、自信がある訳でもない。ただの思い付きに過ぎないからだ。
トワと話をする為には、普通の手段では無理だ。自分はトワじゃないと言って、永遠にはぐらかされる。あの少女は超が付くほど頑固なのだ。
「自信は特にないですけど。トワが一番ショックを受ける事を考えてたら、こういう結論に」
その答えを聞き、ミユリは呆れたように溜息を吐いた。そして、腰掛けていたコンソールからひょいと飛び降りた。
「お前はそんな事考えてたのか。意地が悪いな」
「怒って投げつけてきたフライパンに、わざと当たる感じです」
そう茶化したが、ミユリは苦笑して頭を抱える。
「どこの世界に、怪獣大決戦みたいな痴話喧嘩をする奴がいるんだよ。他に代案は?」
代案も何もない。トワの意識を変えてやるには、これ以上の方法はないと思う。
「ありません。頼みます、ミユリさん」
そう言って頭を下げた。ここ最近、頭ばっかり下げている気がする。
「……到着までの時間と、作戦参加機のメンテ状況と、残る資材と」
そう呟き、ミユリはうんうんと唸る。こうなったらもう勝ちである。悩み考えた時点で、ミユリは実行出来る術を持っている。
「ありがとうございます、ミユリさん」
「うるさい、思い通りだって顔しやがって。他でもないお前が、それでやれるって言うんなら。それに賭けてやる」
そう言って、ミユリはこちらの肩をグーで殴りつける。それなりに痛いが、我が儘放題言っているのは事実なので、甘んじて受け入れよう。
「ただ、想像している盾とは少し違うかもな。装甲板を張り巡らせても、粒子砲は防げない。構えてれば万事オッケーみたいな、そういうもんじゃないからな」
想像している盾とは違う。正直、盾などあまり使った事はないので、漠然としたイメージ図しか持ち得ていない。
「というと、どんな感じの盾ですか?」
素直にそう聞いてみる。すると、ミユリは脇にあった工具を掴み、こちらに放り投げた。結構な速度で飛んできたそれを、慌てながらも両手で受け取めた。
その様子を見て、ミユリはふんと鼻を鳴らす。
「反射神経を鍛えておけ。何しろ、それは光の速さで飛び込んでくるんだからな」
そう言うと、ミユリはにやと笑みを浮かべたのだ。




