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刃‐ブレイド 悠久ニ果テヌ花  作者: 秋久 麻衣
「困惑と黎明」
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静けさの日々


「補給部隊、ですか」

 リーファは目の前の資料見ながら呟く。小さな呟きだったがイリアはしっかりと拾い、微笑みながら頷いてみせた。今現在、《アマデウス》のブリッジは、休憩時間につきイリアと私の二人だけしかいなかった。

「そそ。もう話は通してあってさ。正規ルートからの部隊はどうにも信用できなくてね」

「非正規の補給ですか。そんな無茶な要請聞いてくれるとこ、あるんですか」

 ふふん、とイリアは不敵な笑みを浮かべる。

「あります。まあ、昔のよしみって感じでね。快諾、とはいかないまでもばっちりオッケー出してくれたよ」

 相変わらず広い交友関係を持っているイリアだが、そういった人を惹き付ける何かがあるのだろう。

「そうですか。どんな人なんですか」

「あのおっさんはね、頑固だよ。なーんかね、軍人さんみたいな人? ああ、でも慣れるとそんなでもないかなあ。少なくともジョークのセンスはないよ」

 イリアの説明では全然イメージが浮かばない。大体、軍人さんっぽいって自分も軍人なのに。確かにイリアは軍人らしからぬ人ではあるが。この説明の仕方ではジョークのセンスがないということしか頭に入ってこない。

「悪い人じゃあないよ。怖い人でもないしね。ただジョークのセンスはないけどね」

「その人のジョークに恨みでもあるんですか」

 ぽつりと呟くが、イリアはしっかりと聞き取っていた。

「ふふ、リーファちゃんはセンスあるね」

 イリアの判断基準自体がずれている可能性を考慮しつつ、ジョークのセンスがないという一文を頭にしまい込んだ。

「昔のよしみって言ってましたよね。顔見知りってことですか」

 楽しそうにイリアは頷く。

「そーなのよ。昔一緒に働いた事があってね。その時は私の上官だったよ。今はBSの艦長だけど、その時はif乗りでさ。私と違って真っ当な人だから、優秀な人なんだと思うよ」

 懐かしそうに空を仰ぐイリアだが、少し寂しげにも見える。それはきっと、自分自身を真っ当な人ではないと思っているからだろう。ほとんどの難関を鼻歌混じりで捌いていくイリアだが、時折こういった表情を見せる。何も言えない私は、ただ気にしないふりをして無関心を装うしかない。

「if操縦兵からの叩き上げですか。実戦経験豊富な指揮官というのは、安心できます」

 率直な感想を述べる。それはイリアにも言えることだったが、わざわざ言わなくとも伝わるだろう。面と向かって言える自信もない。

「豊富だねえ。もしかしたら、今もちょいちょいifに乗ってるかもね。私の所見でしかないけど、あのおっさんは身体動かしてる方が好きなんだよ」

「なんだか、イリア艦長と似てますね」

 そう返すと、イリアは珍しくぽかんとした表情を浮かべた。一拍おいてから、ぶんぶんと首を振り始めた。

「いやいやいや、似てないですし。もう訳が分からないよリーファちゃん。少なくとも私の方がジョークのセンスあるしさ。全ッ然似てないからね」

 全力で否定するイリアだったが、どうもそうは思えない。

「ちなみにですけど。その人にもし、イリア艦長と似てますね、って言ったらどう返してきますか」

「そりゃあもう、おっさんのことだから全ッ然似てないって言うに決まってるでしょうよ! あ」

 何かに気付いたような表情を浮かべ、イリアは困ったように頭を抱える。

「うう、リーファちゃんに誘導尋問されたあ。本当に似てないってばー」

 不満顔で文句を言うイリアに、最後に一つだけ質問する。

「それで、その補給部隊はいつ頃に現着する予定ですか」

 人さし指を唇に当て、イリアはじっと考える。

「あー。出発したって報告があったから、順当に行けば三十六時間後だね。でも、この宙域はばっちり敵地だから、もう少しかかるかも。一応敵さんがいないような場所を選んで合流するけど、まあ一悶着あるかもって感じがするし。おっさんのことだから四十時間以内には意地でも来るよ」

 その時間になるまでは大きな仕事はなさそうだ。まだ少しばかり、こんな休憩時間が続くのだろう。

「まだまだ時間はありそうですね。少し休んできます」

 そう言って席を立ち、歩き出す前に少し考える。最後に言うべきかどうか悩みはしたが、やはり言っておくことにした。

「ちなみにですけど。私はイリア艦長もジョークのセンスはないと思いますよ」





 ※


 イリアが言っていた通りの時間に、その補給部隊は現着した。船外カメラを介した映像には、《アマデウス》と比べると遙かに軍艦らしい姿が映し出されていた。中型BS《レファイサス》、部隊コードBOTの旗艦だそうだ。

 《アマデウス》格納庫で、いつものように装備を点検していく。今自分はws《ラインパートナー》に乗り込み、待機している状態にある。

 今回は船外活動こそしないが、格納庫内のハッチを開けっ放しで作業するため、しっかりとフラット・スーツを着ている。ヘルメット越しでも視界は確保されているし、パイロットである以上慣れてもいるが、やはり若干の息苦しさを覚える。

『リオ、そろそろ仕事だぞ』

 同じくフラット・スーツを着て、《ラインパートナー》に乗り込んでいるミユリが時間を伝える。

 ws《ラインパートナー》は、いわば作業用重機のカテゴリーに属しているが、操縦系統はifと似通っている。全長二メートルの人型重機、という表し方が一番しっくりくる。

 ifの整備を目的に設計されたこの《ラインパートナー》は、目視での作業も出来るように、オープンハッチの状態で使用することが多い。今は、自分もそのオープンハッチで待機している状態にある。

 少し視界を動かすと、奥にいる《ラインパートナー》の胸部にはフラット・スーツを着たミユリが見える。目に見える位置なのに、通信機を介して会話するというのは不思議な感覚である。

「了解です。僕はここで荷物を受け取って、それをミユリさんの方へ流せばいいんですよね」

 補給物資は、このハッチまでは向こうのBS《レファイサス》のクルーが運んでくれるらしい。方法は知らないが、おそらく向こうもws《ラインパートナー》を使用しての作業となるだろう。

『おう。その通りだ。流石に飲み込みが早いな』

「それ、皮肉ですか?」

 この配置は、自分の要領が悪いからこその采配となっていてる。元々は、自分もミユリもハッチ前に置かれていく補給物資を所定の位置に運ぶつもりだったが、遂に覚えきることはできなかった。もっとも、床にマーキングもせずに、ミユリが自分ルールで細分した物資の置き場所なんて覚えられる気がしなかったが。

『え? 今私は誉めたつもりだったんだが』

 とぼけている訳ではない。ミユリは一度過ぎた事は終わった事としてさっぱり片付けるタイプだ。

「いえ、何でもないです」

 結局、自分は物資を受け取り、それを受け取ったミユリがその物資を好きな場所に置いていくという状態になっている。個人的には助かったが、作業効率は大幅に下がりそうだ。

『BS《レファイサス》が位置に着いた。作戦開始だな』

 ミユリが仰々しく言ってみせる。《レファイサス》後部カーゴハッチから大量の物資らしき影が見え、それらを小さな機影が抱えてこちらに接近している。ws《ラインパートナー》が二機、物資を抱えてこちらの下部ハッチ前までやってきた。

 その物資をハッチ前で受け取り、ミユリの方へ軽く押し出す。無重力下であるため、それだけでも充分流れていってくれる。

 そうして淡々と作業を行っていたが、《レファイサス》側からもう一機《ラインパートナー》の光が見えた。手慣れた様子で下部ハッチを潜り、物資を同じようにミユリへ流してくれた。こちらの輸送を手伝ってくれるようだ。お互いオープンハッチで作業していた為、向こうの操縦者の姿も見える。フラット・スーツを身に纏った姿は細くすらっとしている。その身体のラインから、もしかしたら女性かも知れないと思ったが、詳しくは分からなかった。

 互いに目が合い、向こうがぶんぶんと手を振る。こちらも会釈を返し、そのまま作業を続けた。

 単純な作業は思考の余裕を生み、空白のできた頭には様々な事が浮かんでは消えていく。これまでの事、これからの事、その要素全てに掛かってくるトワという存在が空白を埋めていく。

 この補給作業を始める前に一声掛けておこうと思ったが、本人はばっちり寝ていた。当然のようにこちらのベッドを占領して、穏やかな寝息をたてるトワを起こすことはできなかった。

 あの様子だとまだ起きそうにはなかったが、もし目覚めてこの格納庫まで来てしまったら大変だ。

 作業の合間を縫ってショートカットキーを操作し、ブリッジへと通信を繋ぐ。

「リーファちゃん、聞こえる?」

『はい。どうかしましたか』

 作戦中だから待機していたのか、直ぐにリーファに繋がってくれた。

「トワのことが少し気になって。今は僕の部屋で寝てるんだけど、起きたら多分僕のこと探し回ると思うんだ。対処できるかな?」

 遠くでキーボードを叩く音が聞こえる。少し合間を置いてから、リーファの声が届いた。

『部屋の開閉状態をモニタリングするので、開いたらアリサさんに頼んで保護して貰いましょう。もしくは、ブリッジで面倒を見てもいいですが』

「うん。とりあえず格納庫まで来なければどっちでもいいよ。重力も酸素もないし、コンテナがあちこちにあるから」

 トワのことだから、気密チェックも何もせずに扉を開けかねない。当然ロックされているが、トワが開けられない理由にはならない。

『分かりました。でも、今自然に部屋で寝てるって言いましたけど、それって何か勘違いされそうですね』

「え、なんで?」

 作業を続けながら考える。

『いえ、自覚がないならいいです』

「よく分からないけど、自覚がなくて勘違いされそうって全然良くない気がするなあ」

 まだまだ補給物資はある。思っていたより時間がかかりそうだ。

『異性が自分の部屋で寝てるって公言してるんですよ、リオさん』

「うん、そうなんだけど。困るんだよね、何で自分のベッドで寝ないんだろ」

 リーファの溜息が聞こえる。

『そうではなくて……いえ、もういいです』

 からかい甲斐のない、とリーファが呟く。何をからかうつもりだったのかは、聞いても教えてくれないだろう。

 作業を続けながら、先程の自分の発言とリーファの発言を照らし合わせていく。もしかして、点と点、それが一気に繋がる。

「いやいや違うから! 勝手に入って寝ちゃってたんだから別に、僕は何にもしてないから!」

『分かってますって。というか気付くの遅いですよ』

 呆れたようなリーファの声は心なしか楽しそうだ。

『良かったですね、リオさん。今の通信は私しか聞いてませんから』

 それは果たして良かったのかは分からないが、少なくともブリッジクルー全員に聞かれるよりは良しとしよう。

『リオさんは時折本音がぽろっと出たり、失言を自覚無しでやってみたりしますからね。気を付けないとダメですよ』

 十四歳の女の子に諭されるとは情けないが、割と当たっているので何も言えない。只でさえリーファには日常的に、考えてから喋るよう注意されているのに。

 大体リオさんは、と説教口調にシフトしているリーファの話は少し長くなりそうだ。

 この様子なら、少なくとも作業中に退屈はしないだろう。相槌を打ちつつ、補給作業を続行した。

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