ファル・エクゼス
《プレア》の後を追い、リオは死に体の《カムラッド》を酷使し続けた。
追い掛ける事自体は、そう難しくはない。《プレア》はセクションの隔壁を無理矢理焼き切って進行している。こちらは、その大穴を辿っていくだけでいい。
侵入した時とは比べ物にならない程スムーズにセクションを脱出し、《カムラッド》は宙域を漂う。重力下から無重力へ移行したせいで、身体は不調を訴えていたが。いつもの事だと無視をする。
「トワは、どこに」
レーダーには幾つか反応があったが、識別までは難しい。けど、このどれかにまだいる。根拠も何もないが、なぜだかそう思えるのだ。
包囲網を縮めようとしている光点の群を見据え、その動向を探る。すると、表示されている光点が次々と消えていく地点が見つかった。包囲網を食い破ろうとする、がむしゃらな攻勢だ。
「……反応が消えていく。もしかして」
その一方的な戦いは、以前にも見たことがある。間違いない、きっとそこにいる。
「行ってみよう」
《カムラッド》に機動を促し、その激戦区へと赴く。
圧倒的な戦力差でもない限り、こんな反応はあり得ない。それを単独で成し得る存在など、他にはないだろう。
セクションから少し離れた宙域だ。近付くにつれ、残骸の数が増えていく。熱に焼かれ、冷え固まった残骸の群れ。間違いない、トワがこの先にいる。
そうした残骸の塊を、潜り抜けた後にそれは起きた。一際大きな爆発と、反応の消失を感知する。今ここにいるのは、自分とあの少女だけだ。
青い燐光を振り撒きながら、《プレア》がそこに佇んでいた。目の前にはぐずぐずに焼け、瓦解していくBSの姿が見える。トワの《プレア》が、単独で撃破したのだ。
こうして対峙すると、やはり兵器には見えない。ifよりも一回り小さい《プレア》は全体的に細く、搭乗者と同様に華奢な印象を覚える。一対の羽が特徴的で、美しい紋様が刻印されていた。
こうして動いている所を見るのは久しぶりだった。見た目はそう見えなくとも、あれは現行のifを軽く凌駕する。
通信システムを起動し、トワの使っていた周波数に合わせる。緊急時用に、操縦席にはフラット・スーツが入っていた筈だ。《プレア》自体に通信装備はないが、中にあるだろうヘルメットを介して声を届ける。
「……トワ、聞こえる?」
《プレア》のカメラアイがこちらを捉え、戸惑ったように瞬いた。
「聞こえていたら、少し話がしたいなって。今まで、僕は逃げてばかりだったから」
《プレア》の片腕が上がり、こちらにぴたりと突き付けられた。腕に括り付けられた小盾のような装備がスライドし、そこに光が灯っていく。《プレア》の装備している粒子砲だ。あれを、撃つつもりなのだろうか。
『……警告は、したから』
トワの返答は、先程と同じだ。それは拒絶を意味する物であり、《プレア》から漂う冷たい意志も、それが嘘ではないと雄弁に語っている。でも、何か違う。
確かに嘘ではないのだろう。でも、全てが本当でもない。声に滲んだ微かな熱は、きっと間違いではない筈だ。
しかし、《プレア》は構えた粒子砲を下げようとはしない。あれは撃ってくる。思考を中断し、その回避に集中する。
ペダルを踏み込み、バーニアを蒸かす。《カムラッド》を右横に跳躍させたその瞬間に、《プレア》の粒子砲は光の帯を照射していた。
こうして撃たれてみると、思っていた以上に出力が高い事が実感出来る。残留熱波で焼かれた《カムラッド》の左腕を肩ごと切り離し、回避機動に移る。
《プレア》も機動を開始した。縦横無尽に飛び回りながら、立て続けに粒子砲撃を放つ。狙いは甘い、集中していれば直撃は避けられる。
しかし、あの粒子砲の驚異はそれだけではない。光の帯から生じる残留熱波は、《カムラッド》を確実に炙っている。
高速度で飛び回る《プレア》の動きは、視認すら難しい。青い燐光を目で追い、予測される射撃位置から回避方向を判断する。
高速機動からの粒子砲撃は、それこそ四方八方から飛んでくるように思えた。その度に《カムラッド》の操縦席には振動が走り、焼けた装甲が脱落していく。
驚異には違いない。でも、動きは単調だ。《プレア》の挙動に、トワの癖が反映されている。
ここしかないというタイミングで、《カムラッド》の右腕に握らせている突撃銃を《プレア》に向けてみた。
「いや、そうじゃない」
今撃てば、戦局を有利に傾ける事が出来るだろう。反撃されないという前提で、トワは攻勢を続けている。突撃銃による反撃で出鼻を挫き、その隙にこちらが攻勢に移る。
不可能ではないが、そうではないのだ。今必要としているのは、敵を殺す為の術ではない。
だから、撃発を示すトリガーではなく。解除を示すスイッチを押していた。《カムラッド》の右手が開き、突撃銃がそこに取り残される。
そんな動作など、多分トワには見えていないだろう。《プレア》はこちらの死角に滑り込むと、容赦なく粒子砲撃を続けてくる。確かに死角だが、位置が分かっていれば避けられない事もない。こちらも回り込むように動き、光の帯を回避していく。
「ねえ、トワ」
強力な粒子砲撃だ。一度でも当たれば。いや、掠めただけでも死に至るだろう。だというのに、その攻撃には全く殺意が伴っていない。動作と思考があまりにもズレている。
「願いって、これなの?」
だから、その問いを投げ掛けた。カーディナルの前で、トワがそう言っていたような気がしたから。
そう、そうだった。私の。しっかりと聞こえたのはその部分だけだったが、その後にこう続けられた気がしたのだ。たった一つの願い、と。
《プレア》の動きが止まり、焼かれた残骸の中で、ゆっくりと腕を下ろす。こちらも《カムラッド》の動きを止め、《プレア》の目を見返す。
「トワの願いは、僕を殺す事?」
恐怖に駆り立てられ、自分がトワを殺そうとしたように。トワも、何かを恐れているのだろうか。
静寂の中、《カムラッド》の駆動音だけが鳴り響いていた。その沈黙を受け入れながら、じっと答えを待つ。
『……そんな訳、ないでしょう?』
そして、とても小さく。震えたままの声でそう言ったのだ。しかし、その言葉を覆い尽くすように声は続けられる。
『でも、だけど……!』
悲痛な声だった。それに応えるかのように《プレア》が両腕を振り抜き、括り付けられた小盾から粒子剣を展開した。先程まで粒子砲として機能していた装備だが、今は粒子剣となっている。形を変えても驚異は変わらない。いや、むしろ。
青い燐光を棚引かせながら、《プレア》が一直線に突っ込んでくる。展開されたままの粒子剣が、周囲の残骸を再び熱していた。
『目の前にいられたら、私は!』
後退は間に合わない、粒子剣による一撃は凌げない。
《プレア》は両腕を交差させ、目前に迫っている。X字の斬撃軌道が来る。そう判断し、《カムラッド》で《プレア》の下方を潜り抜けるように前進した。他の方向に避けたら、二振り目で両断される。ここで避けきるのならば、前進しかない。
『こうするしかないんだもの!』
予想通りに振るわれた粒子剣を、背後に回り込んで回避する。やはり、残留熱波は健在だ。《カムラッド》の背中が熱せられ、小型バーニアの幾つかが使えなくなる。
粒子剣を振り抜き、背中を晒している《プレア》は隙だらけだったが、反撃は考えない。その為にここに来た訳ではない。
「じゃあ、トワの願いは何?」
《カムラッド》を後退させながら、そう問い続ける。
『だから私は、もうトワじゃないんだって。そう、言ってるでしょ!』
どう聞いてもトワだろう口調と声色で、トワではないと訴える。それが本心ならば、もうどうしようもないけれど。
「違う。僕は、今もトワと話をしている」
目の前で暴れ回っている少女は、今もトワのままだと思っている。だから、そう伝えたのだ。
『だから、もう違うんだって……!』
再び《プレア》が飛び込んでくる。《カムラッド》を後退させながら、その太刀筋を見極めようとする。両腕とも左右に広げたままであり、どちらが振るわれるのか予測が出来ない。
だから、動き出すその瞬間を見極めるしかない。《プレア》の右腕が直上に上げられ、そのまま縦一文字に振り下ろされる。大きく右側に避け、次いで横一文字に振られた左腕の粒子剣をかい潜る。
避け続けられる。そう頭では判断していたが、《カムラッド》の限界はとうに迎えていた。大きく距離を取るも、あらゆる項目が真っ赤に染まっていく。
もう一度《プレア》と向き合った時には、殆どのシステムが再起動を要求していた。近距離間合いでは、残留熱波を避ける事は出来ない。完全な回避とはいかず、背部のバーニアも機能を停止した。もう、無茶な回避機動は出来そうにない。
『私、ちゃんと言ったもの。もう違うから、追いかけちゃだめだって。なのに、それなのに!』
《プレア》が迫る。両腕を交差した構えは、最初に見た物と同じだ。X字の斬撃軌道は、《カムラッド》の胴をいとも簡単に両断するだろう。
『貴方が……貴方が悪いんだから!』
そう。そうだよ。事情はまったく分からないけど、多分大体僕が悪い。
なぜだかくすりと笑ってしまい、やはり目の前にいる少女はトワだと確信する。だとすれば、諦めていい理由にはならないだろう。だって、僕は僕の全力を用いて追い掛けると決めたのだから。
呼吸を整え、《カムラッド》の深奥にあるBFSを強く意識する。ハンドグリップを握り締め、だけどそれらを操作する事はしない。《カムラッド》の右手が右肩に伸び、そこにあるE‐7ロングソードを掴ませる。いや、この手で掴む。
それを引き抜き、上段に構えた。片腕だけの《カムラッド》が、馬鹿でかい長刀を抜いて構えている。それに対して、トワの《プレア》は二振りの粒子剣を構えている。
本来なら戦いにすらならない。実体剣で粒子剣は防げない。防いだ所で焼き斬られる。
《プレア》は近接間合いに飛び込み、その交差した両腕を開いた。
声にならない叫びが聞こえる。これは自分の発した物ではない。目の前の少女が、その結末を受け入れられずに泣いている。
そう、なぜかは分からないけれど。トワが泣いているような気がしたのだ。こんなつもりじゃなかったのだと。一番望んでいなかった結末を、自分自身で選んでしまったと。
本当に、泣かせるつもりで来たんじゃないんだけど。そう思いながら、強く右手に力を込めた。
粒子剣と粒子剣が交差しながら迫る。その絶大な熱と光に向けて。
自身の、いや、《カムラッド》の右腕を振り下ろした。握り締めたE‐7ロングソードが、二つの粒子剣と鍔迫り合う。
夥しい残留熱波が《カムラッド》を焼いていく。だが、真っ先に溶解する筈のE‐7ロングソードはその形状を保ったままだった。正確には、胴体と右腕も焼けてはいない。
なぜそんな事が出来るのか、自分自身でもよく分かっていない。けれど、今ここで殺される事だけはいけない。多分、それが一番トワを傷付ける。
だから、こうして防いだのだ。それ以上もそれ以下もなく、ただこれだけは防いで見せると。
だが、やはり。視界が赤く染まり、吐き気が込み上げてくる。息が詰まり、その癖心臓だけは膨張したかのように鼓動を鳴らしていた。
耳鳴りが止まない。自身の心音だけがうるさく体内にこだましている。もう、これ以上は。
視界が切断され、前後も何も分からなくなる。自分自身さえも知覚出来なくなり、奇妙な浮遊感だけがそこに残る。そんな意識の水底で、まだ終わっていないと呟く。
そう、まだ。何も終わっていない。
操縦席を揺さぶる衝撃を受け、感覚がはっきりとしていく。周囲を漂う残骸の群れに突っ込んだのだ。頭上には、といっても宙域に上も下もないだろうが。粒子剣を振り切った《プレア》がそこに佇んでいた。多分、あそこからここまで吹き飛ばされたのだ。《プレア》の粒子剣は消え、呆然とこちらにカメラアイを向けている。
『……生き、てるの?』
そして、消え入りそうな声でそう呟いた。やっぱり、トワだと思える震えた声で。
「……なんとか。死んでた方が、良かった?」
口の中が鉄臭い。視界は真っ赤に染まったままだし、指一本動いてはくれない。それでも、こうして喋ることぐらいは出来そうだ。
『……ばか』
トワに言われたらおしまいだ。そう返そうとして、盛大に咳き込んでしまった。赤かった筈の視界が暗くなっていく。
『敵が来た。良かった、これで』
殆どスクラップと化した《カムラッド》だが、レーダーだけは辛うじて動いていた。トワの言葉を裏付けるように、新たな反応がここを囲っていた。BSを中心としたif部隊、AGSの寄越した増援だろう。
『もう一度、言うからね。私を追いかけちゃだめ。私はもう、トワじゃないけれど。貴方を殺したくないから』
それだけを告げ、《プレア》は動き出す。青い燐光だけがそこに残され、呼び止める間もなく消えてしまった。
「……嘘、ばかり言って」
そう強がってみるも、もう言葉は届かない。追い掛けようにも身体が動いてくれない。
まだきちんと話していない。謝ってもいないし、エンゲージリングを渡せてもいない。何一つ出来ていないまま、あの少女をまた一人にしてしまった。
まだ動ける、こんな所で諦める訳にいかない。頭の中では、必死に抵抗したつもりだったが。
身体は、いとも簡単に意識を手放していた。




