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夕方過ぎに、バイたちが変わり果てた姿で発見されたのは宿屋の前で偶然通りかかった鳥族のアヒルのような姿をした女性から耳鳴りの情報と引き換えに教えてくれた。
「ウルフ族の男とウサギ耳の女が路上で倒れていたのよ、身体中は鋭利な刃物で切り付けられたようで血まみれだったて、最後まで必死に守ったのかウルフ族の男は息をしていなかったという。ウサギ耳の女は重傷で、いま病院で緊急搬送したようだけど、どうなるのかわからないわ」
「…そうかニャ」
予想的中とも思わしき状態で猫人族から報告があった。
ウルフ族の男“バイ”は殺されたらしい。犯人は人間であったという。それも貴族に近い風防の者たちだったと。一方で、連れの女性は何とか助かったようだが、容態事態では危険な状態らしい。
「これが、吾輩たちの現状なのです。吾輩たちは何をしましたか!? 吾輩たちは仲間だったはずですニャ。どうして、邪神を倒したらお払い箱ですニャ。おかしいニャ…貴方達に訴えても仕方がニャいと分かっているニャ。けど、辛い事叫びたくても、彼らは支配してくるニャ。今までたくさんの人を招いたニャ。けど、無事に帰ってきた人たちは少なかったニャ。あのとき、吾輩が止めていたら……」
猫人族は黙った。そのまま、「今日は、お金はいらないニャ。吾輩はもう寝るニャ」と、来ていたエプロンを外すなり、自分の部屋へとカウンターの後ろにあった扉に手をかけた。
「お休みニャ」
すっかりと元気がなくなり寂れてしまった猫人族の後姿をただ見つめておくことしかできなかったカムイ。
カムイも元をたどれば人間である。
邪神で苦しまれていたとはいえ、解放後のことを考えていなかった。
邪神が倒された後の世界は誰しも笑顔を上げる世界になるはずはなかった。
どうして、そこまで考えられなかったのか、カムイなりに自身を責め込んだ。カムイ自身が倒したわけではない。けれど、責任を感じる。
そこでカムイなりに一つの提案/答えを出した。
「ミルカ、俺はあの男からいろいろと教わった。再び会って話し合う約束を交わしたが、その人は戻らなかった。だから、ミルカ。俺の頼みを聞いてくれないか」
「その頼みというのは復讐ですか?」
沈黙した。カムイなりにもし、この世界が未来であるのなら、自分なりのけじめをつけたいと思ったから。
「それに近い。そして、俺なりにも人間にも屈しない世界にしたい」
突破的すぎた言葉だっただろうか。けれど、今のカムイではあの力以外ではまともに戦えない。だけど、未来にいるのなら、邪神を討つのではなく、誰かのために成し遂げたいと思ったかもしれない。
「いいでしょう。わたしにもあなたと同じに近い使命もあるのですから。しばらくは、あなたと同行いたしましょう」
ミルカはそう暖かく言ってくれた。
今晩は遅い、明日の朝に決行しよう。
まず、情報集めとしてあの猫人族に話しを聞いてみよう。
翌日の朝、まぶしい光が窓側から指すあたりに、小さなガラスの欠片のようなものが転がっているのが見えた。その光は太陽の光を吸収し、ガラスの中でまるで生きたような光を発していた。
「これは?」
それに手を伸ばすにも、ガラスの破片は光となって消えてしまった。触れることもなく、ただ見えただけの光。だけど、この光が今後どのようにして変わるのか、カムイもあまり考えなかった。
「何だったんだろうか…」
カムイは不振な気持ちのなか、隣のベッドで寝るミルカにふと視線をそらした。パジャマのような毛皮で編んだ革製の服に身を包み、その上にゆったりとした雲のように浮かぶ白い綿がかぶされていた。
ミルカはカムイに視線をとらないように反対に顔を向かせていたので、寝顔は拝見できないが、ミルカなりに安心した夜を明かすことができたのだろうか。
カムイはとりあえず、再び寝ることができず、光が咲く窓際から、外の景色を見た。
外は朝日の光が照らしていたのだが、なんだか、朝日というような輝しいものには見えなかった。
「…嫌な予感がする」
カムイは窓際から外の様子を見渡すも、外には誰もおらず、鳥も虫の声も聞こえない。それだけでなく太陽といった光以外のものがなにやら幻影のようにユラユラと揺れている。
「これは、なんだ!」
異変を感じたカムイは早々にミルカを起こそうと近づくも、ミルカの寝顔はなくあるのは顔なし人形がミルカの代わりに寝ていた。
「うわー!!」
驚くあまり尻もちをついてしまった。寝ていたと思わしきミルカの姿がそこにはなかったのである。
これは、現実か幻か、カムイには把握できないがこれは現実であるのだと尻もちについたときに床から突き抜けていた木の破片が手に刺さっていた。痛みがなく気づくのを遅れてしまったが、しっかりと赤い血が流れていた。
「いったい、どうなっているんだ」
カムイはミルカらしき人形をまず、気にするのをやめて外の廊下につながる扉に近づいていった。
木製の扉のノブに手が触れると、あったはずの扉は花弁となって散り、空洞のようなものがそこに姿を現した。空洞の先には“なにか”が居座っており、その者は手を上下に振りながら「こっちに来い」と言っているようにも取れた。
カムイは唾をのみ込み、あたりの出来事が分からないいま、奥にいるものが誰であろうと確認してみたいと思った。
「君は、誰なんだ!?」
カムイはゆっくりと一歩ずつ進み、目の前に見えている人物に問いかけた。その者に近づくとともに、その姿が鮮明になっていった。
その者はドス黒い靄上に身を包んでおり、顔も外見もはっきりと見ることができない。だけど、それが人型であることはなんとなくわかった。カムイでもわからないが、それは黒い人型のなにかが、カムイに向かってなにかを囁いているようにも見えた。
口だけは見える。だけど、声は聞こえない。
カムイはゆっくりと口を開き、その者に問うた。
「あなたは、いったい何を言っているのでしょうか」
黒い人型は口元が少し笑った。
その途端、黒い靄がカムイを覆い尽くすなり、その者は暗闇の中へと消えていった。
―—おい―――
「朝ですよ、カムイ」
ハッと目を開けたさきにはいつもと変わらないミルカの明るい表情と窓側に差し込む暖かい光が差し込んでいた。カムイは起き上がるなり周囲を見渡した。
木造の部屋づくり、床には固めな絨毯が引かれ、一人用の机といす、二人分のベッド、子供ほどの大きさの窓。昨夜、泊まった時の部屋そのものだった。
カムイはひと段落つくも、自分が寝ていた場所が濡れていた。どうやら、汗で濡れてしまったらしい。
カムイは廊下から階段へ、1階にいるミルカと猫人族にあいさつをした。
「おはよう」
「おはようニャ」
「おはようございます」
猫人族、ミルカという順番であいさつが返ってきた。
昨晩のことと夢のことといろいろなことがあったのだが、整理が追い付かずうまく説明できないでいた。結局、何も言えず3人しかいない広すぎる部屋で食事をする3人はとりあえず今後の日程を考えることにした。