5
宿屋に今晩泊まる予約を立てることはできた。けれど、知らない事実も多い。
内心、異世界に飛ばされたとは思っていなかったこともあって少し余裕を感じていたが、異世界に飛ばされたとなると、世界の常識を知っておかなければ、この先大変なことにつながるかもしれないと思い始めていた。
宿屋の入り口にはカウンターを囲み跨いで上に続く階段がある一方で、カウンターの右の部屋には止まった人たちのための厨房と食事するスペースがある。まだ、時刻が昼頃でもあるためか、人数は少ない。
情報収集のために宿屋でゆっくりしていた種族たちにたわいもない会話から始めることにしたカムイは、彼らに近づき、「お疲れ様です」と軽く礼をする。男女も「お疲れさん」や「お疲れ様です」と、返してくれた。
「見かけない種族だね。よかったら話し相手にならないかい」
と、心行く男が誘ってくれた。誘いを断る理由はない。これを狙っていたというのは内緒である。誘いを受けたことにチャンスだと言わんばかりに、軽く会釈して男の横の席に座る。すこし図々しいところもあったが、その辺については特に彼らから口に出ることはなかった。
席は円型のテーブルで椅子は彼らを含めて4つあった。残り空いた2つの席をミルカとカムイが座る。
「そうか、君たちはあの道楽たちの抜け人なのか」
ウルフ族の男が手を組んでそう言った。
「抜け…人?」
「そうか知らないのか。ならば、教えてあげるよ。”抜け人”とは大きなギルドや道楽から無断で抜け出した人のことを示すのさ」
どうやら“抜け人”とは、道楽たちに飼われていた人たちがいろいろとあって追い出された・逃げてきた人たちのことも指すようだ。階級は奴隷より少し上のランクに値するらしく。一般人とも平凡よりも下のランクに位置することを指すのだという。
「すごいよね~あの道楽から抜け出してきた人なんて、数年ぶりだよね~」
金髪のショートヘアにきらきらとした髪の隙間からウサギ耳とおもしきの耳をした女性が目を閉じながら感心していた。
「しかし、“抜け人”となれば、地元では有名になるだろうね、ましては試合中に逃げ出すなんて、道楽たちは賞金首にするだろう」
ウルフ族の男がそう言った。
「“賞金首”?」
カムイが疑う目でウルフ族に見つめた。
「そうか、それも知らないのか。1年前の話だ。道楽たちに飼われていた一匹のドラゴンが道楽たちを皆殺しにして逃げ出したらしい、その時に『飼われた奴隷が逃げ出すとはけしからん。契約批判だ!』と、言って逃げ出したドラゴンに大金の賞金首にした挙句、捕まえた相手に多額を与えるなり、ドラゴンは一生世に姿をさらけ出すことができなくなるほどひどい有様だったと聴く」
ウルフ族の男はコップに入った水を豪快に飲み施すと息を吐く。
「そんな道楽から逃げ出す君たちは我らの種族から見れはかなり勇敢な人たちだと尊敬するよぅ」
男は空になったコップを見て、主人に「おかわり」とコップを差し出した。主人はそのコップを手に、奥の厨房へ駆け出していった。
あの道楽たちから逃げてきたのはよかったらしい。あのまま、勝負をしていては自由というものはひどく遠かったのだろうか。
カムイはコップに入った水を一口だけ口にする。
「まあ、暗い話はあとだな、俺たちはこの後、ギルドへ行って申請してくる用事があるから、一旦ここを離れるわ。だから、続きは帰ってからでいいよな」
ウルフ族の男はそう告げると、相方のウサギ耳の女を連れて、猫人族に先に前払いである通貨BDを4つほど手に載せた。腰を上げウルフ族の男は「また後で」と告げるなり、玄関から出ていく。
「ああ、そうだ。俺の名はバイだ。隣の相棒はイッチだ!」
軽く手を振り、白い光の中へと消えていく。単に出口から出ていっただけだけど、なぜか永遠に会えないような姿にも見えた。
残された主人公とミルカ、カムイは胡坐をかくかのようにしてゆっくりと腰を下ろしていた。
残りの情報は後でバイたちが帰ってきたときに訊けばいいと思っていたからだ。主人にも訊くという方法もあったが道楽たちから逃げ出してまだ1日もたっていないこともあり、疲労が先に来ていたカムイは、宿屋でゆっくりするため、先にベッドの中で過ごすことにミルカに告げた。
数十分後、ギルド申請をしに目の前の会場まで来ていたバイたち。バイはようやくギルドを申請し、自分たちの理由を告げたギルドを創りたいという思いで足をつけていた。
「始まるのですね」と、イッチがそう告げ「ああ、そうだ」と言おうとした矢先、バイは飛ぶようにして吹き飛ばされた。地面に叩きつけられたバイは一瞬なにが起きたのか理解できなかったが、イッチの叫び声を耳に、顔を上げるとそこにはイッチが人間の男らによって首を絞められている光景だった。
「ここは、貴様らのようなゴミが来るところではないぜ! 冒険者たちが来るところだ、ゴミは大人しくゴミ箱に入っていな」
と、ゲラゲラと笑いを飛ばしバイたちをコケにした。
バイは「俺の名はバイだ。いぬっころなんかじゃねえ」と吠えるも、人間たちは笑いを飛ばすだけで訊く耳をもたない。
そこにイッチは苦しそうに叫んだ。
「そう…やって……バカに…しないで」
イッチはバイを庇うようにしながら男たちに訴えた。自身が苦しいはずなのに。バイはイッチに「イッチ…貴様ら、イッチを放せ!」と叫ぶ。男たちは笑いながらイッチをバイのそばまで強く投げ飛ばした。
ドサと強い地面に叩きつけられたイッチは男たちに反論した。
「痛…。わたしは相棒。あなた(バイ)の相棒よ。あなたがやられたら、私はあなたを守る。あなたはいつも私にそうしてくれたのだから」
バイに泣き顔で必死に訴えた。バイは照れ臭そうにしながらもバイはバイなりの反論で返した。
「だったら、ココは逃げるべきだ。俺は――」
グサと鈍い音がした。鋭利な刃物がウサギ耳の女の腹あたりからバイの左胸にかけて貫かれていた。
「グハッ!」
血反吐を吐くと同時に、ウサギ耳の女は血反吐を吐きながらも涙声になりながらも訴えていた。バイは目の前にいた相方…相棒であるはずの、彼女がいまも必死で訴えている。
そんな相棒を見て、バイは決心した。
バイたちを見送った後の宿屋にて―――
「そういえば、あなたたちに言っていなかったわね」
猫人族(宿屋の主人)がコップを片付けながら言った。
「ここではね、人間が偉いの。昔、邪神を打ち破ったおかげで、世界は平和とニャった。魔物も力を失い、勢力は衰えたニャ。だけど、それからが地獄の始まりだったニャ。人間は暴力・欲望などで互いに助け合っていたはずの種族に手を出しては飼うようになったニャ。そのおかげで、“人間は邪神のなれの果て、救世主じゃない”と、我が祖先たちが言い残してきたニャ」
それは信じられない言葉だった。
(邪神が打たれた? どういうことだ? この世界は異世界ではないのか?)
異世界…そう思おうとしていた矢先、自身が倒そうとしていた敵の名前を挙げられたことにカムイは思い切って、猫人族に訊いた。
一番気にしていることを先に挙げて。
「今は何時代で、この世界のことはなんていうのですか?」
数秒の沈黙の後、猫人族は答えてくれた。
「碧歴1280年。邪神が打たれたのは420年。今から860年前ニャ」
一つの嫌な予感が脳に横切った。
カムイは異世界へ移動したのではない、時代を超えて未来に来ていた。
そしてあの日、邪神だと打たれたとき、フードの者たちは邪神を倒すために力を必要としていた誰かがカムイの力を根こそぎに奪い去り、邪神を討ったと。
そして、勝利を導いたフードの者たちは人間で、人間たちの欲望の世界を作り上げた…。
「まさか、邪神がもう滅んでいたなんて――」
「?」
邪神を討つために何年も修行し、仲間に愛することを辞めてまで邪神を討つことに専念したあのときが、まさか時代を超えることになるとは思いもしなかった。
邪神は打倒された。あのとき、根こそぎに魔力を奪われた後、カムイは意識を失った。なぜ、この時代に飛ばされたのかは謎だが、現代に蘇えった邪神を討つということに変わりはないということかとカイムなりに結論付けた。