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翼を力強く羽ばたきながら少女をお姫様抱っこしながらどこか安全となる場所を探して飛行していた。
無言なまま風にあおられ、翼が力強く羽ばたかせる光景をエルフの少女は黙って見ていた。
「すまないね手荒いな行為に及んでしまってね」
少女は「えっ!?」と口を漏らした。
「だって、翼をもたらしたり竜巻をよんだり…」
と、カムイは説明する。
エルフの少女は口元に手で隠しながら少し笑ってからこういった。
「たしかに手荒だった。けどね、私をあそこから連れ出してくれたのは感謝しているよ。あんな汗臭い場所で一生暮らすよりは外の空で飛んでいきたいと思ったから」
カムイの両手に抱きかかれるまま少女は「感謝しているよ」とつげ、隠し持っていた剣で自らの手を切った。
「あ」
言葉に出す前にも、少女は手から出血しながら、カムイに出血した手を向け言い放った。
「向こうへ!」
大きな煙と一緒にカムイは吹き飛ばされた。
飛行のバランスを崩れた鳥が空で無我夢中に安定しようと必死になるなか、少女はそのまま地へと降りていく。いや、カムイを吹き飛ばして、少女は黙って地面へととんだのだ。
それは、少女なりの感謝と自らの負けを意味をした行為だった。
カムイはなんとか体勢を整え、少女のもとへ羽ばたかせ、地面すれすれで助け出す。
エルフの少女は「なんで助けたの?」と、聞かれたがカムイは「助けたのに、これで恩を返してもらわずに離脱されると困る」と告げた。すると、少女はおもしろい人なのだと言いながら笑っていた。
どこかおりれそうな場所を探して、森の中へ降り立ったあと、翼は消え、服も元の荒れた服へと変わった。あの力のことについては分かりじまいだったが、少女と旅ができるものかと少し嬉しさもあった。
「私の名はミルカよ、よろしくねカムイ!」
そう紹介し、せかせかと煙が立ちこむ煙突に向けてミルカは歩き出した。
カムイもおいていかれないように駆け出し、ミルカの後を追った。
エルフの少女を連れて、ある小さな宿へ宿泊を決めた。お金は、あのとき風で舞いあげた宝石のようなものを拾い上げていた。
あれがエルフの少女がいうには、この辺の通貨であることを教えてくれたことで知った。
カムイがいた場所では通貨はギルと呼ばれ、金貨・銀貨・銅貨という順番でギルの値の差を分けていたが、この辺の文化では違うようで、宝石の大きさで通貨の差を分けているようである。
今持っている宝石は、欠片なみの青色の宝石が4つ、少し大きめの赤い宝石が10個近く持っていた。
あのとき、舞い上がった通貨はこの辺までしか得られず、他の色はエルフの少女を抱いていたこともあり、拾うことはできなかった。
宝石の通貨の差は大きさともあって、色の違いについては使い道の違いであるということらしい。
空から地へ舞い降りたときには、能力が自然消滅し解除されてしまった。
元の姿に戻ったのだが、能力は以前と変わらず精神的にも肉体的にもひ弱であったのが、地面に到着したときに気を失ったことで気づかされた。
能力を開放しても、元に戻った時の代償が大きいと初めて知った。
目を覚めた後に、エルフの少女から通貨のことを気かされたのがここで初めてのまともな会話だった。
「拾い上げた通貨はBDのようね」
少女はまじまじと見つめると、青色の宝石を布きれの上に丁寧におく。青い宝石とは少し離れたところにおいてあった赤い宝石を拾い上げるなり、まじまじ見つめた後にこういった。
「こちらはRD。希少価値は青より少し低いわ」
青い宝石と分けるかのように別の切れ布を拾い上げると、そこに丁寧においていった。
疑問がわいたので質問をしてみる。
「BDとRDでどう違うの?」
少女は驚いた表情を見せた。まさか、知らないのかと疑う目だった。
少女は少し沈黙した後、ゆっくりと説明してくれた。
「RDとBDの違いは、使い方の違いよ。BDは基本的な基本で、これを使って宿に休んだり、商人からアイテムを買ったりすることができるの」
青い宝石を指で軽くつかみながらカムイに説明をした。青い宝石を再び布の上に丁重におくと、次は赤い宝石を持ち上げた。
「RDは交渉する際に使うものよ。BDと違って希少価値が少々上なのよ、何かと取引をするときにこの宝石を使うわ。さすがにあの男から出たことがない私にとっては赤い宝石を見るのは初めてなのよ。詳しいことはわからないけど、本で読んだあたりだとこのあたりだと思うわ」
エルフの少女はそう説明を終えると、布の上に置き、紐で結び終える。
RD、BD。カムイにとって初めて聞いた通貨だ。
世界が違うだけでここまで通貨の扱い方も変わってくるのかと心の中で少し興味がわいた。BDはアイテム売買・宿屋などの一般的に使用される通貨。RDは交渉用の通貨。
通貨は金や銀と違って大きさで判別する。
「なるほど、理解したよ。ありがとうミルカ」
「どういたしまして」
微笑む可愛らしいミルカにカムイはつい笑顔を見せた。
さて、問題はここからだ。
ミルカの知識のこともあり助かるが、どうやらカムイが知っている知識はこの辺ではほとんど通用しないことが分かった。特に、魔法といった概念に対する知識がないのだ。
ミルカに魔法のことを尋ねたが、ミルカは「そうね、私が知る限り魔法は10年前から使っている人は見かけていないわ」と、言っていた。
カムイが知る世界では魔法は科学と同じように扱われ、魔法を知らぬもの・科学を知らぬものはいないに等しい世界だった。
魔法は基本イメージで発動できることもあり、子供から習わせる親もいたほどだ。それが、この辺の地域では魔法といったものが聞かないという情報だ。
だけど、あのとき試合中に魔法を放った。だけど、誰も知っているようで気に留めなかったが、もしかしたら――。
「ねえ、ミルカ。あの試合で魔法を使ったんだけど、魔法というものを見ていないのなら、なぜ反応しなかったの」と聞いてみたところ、ミルカは驚愕な顔をしながら信じられない発言を返した。
「ええ! あれって魔法だったの? てっきりトリックか脅しだと思っていたわ」
まさかの反応だ。あの時は感動したような素振りを見せていたが、まさか魔法というものがそのようにして扱われていたとは思わなかった。
ということは、この世界ではカムイが知る魔法の使い手はいないということだ。
(それなら、なぜ道楽たちはなにも言わなかった?)
新たな不条理が浮かんだ。
道楽となれば、お金でいろいろな情報をつかむはずだ。魔法を知らなければ歓声を呼ぶかもしれなかった。あの時は、衣装に関してでしか反応しなかった。それはどういうことなのか。
(この辺ではまだ俺自身でも知らない世界があるのかもしれない)
そう思うと、身体全身から未知なるゾクという心を震わせるような快感にいたる。今まで鍛錬だけではえられなかった感覚だ。面白・興味を一度に引いたのは何年振りだろうという感覚を直感で感じた。
「ミルカ、俺にこの辺のことをいろいろと教えてくれ。そして、俺の仲間になってくれ」
カムイはいま知識を教えてくれる人物は目の前にいるミルカしかいない。カムイはミルカに頼むことにしたのだ。もちろんミルカから帰ってきた返事は「はい」という、一言だった。
それは了承したという返事だった。
仲間を加えたカムイは、少し歩いた先に民家があることに気づいた。ぷくぷくと浮かぶ白い湯気と何かをゆでるかのような熱気と匂いが一緒になって漂ってきていた。
そのあとをたどった先に、宿らしき民家が立っていたのは今回の大きな収穫だった。
民家を目の前にするなり、木製の扉に軽くノックした。
コンコン
「はーい」
少しトーンが高い女性の声がするなり、扉がゆっくりと外側へと開いた。そこに立っていたのはエプロン姿の猫耳を生やし、猫のような尻尾をもった人獣だった。
猫人族だ。
「おやまあ、旅人たちかニャ。珍しいニャ。エルフとハーフウルフの人間さんと組み合わせなんて、数年ぶりだニャ」
猫人族はそう告げるなり、中に入れと誘った。
その誘いに感謝し、心ゆく中に入ると2人の男女がすでに仲でくつろいでいる姿を見かけた。人間とは違う種族であった。
「ここで、待つニャ。準備するからニャ」
猫人族はそう告げるなり、カウンターの中へそそくさと入るなり「ようこそ“ネニャイデ”へようそこ。ここは、宿屋でございますニャ」
軽くお辞儀をした後、そう出迎えてくれた。
「わざわざ、言うために」と、ミルカはツッコミを入れた。「これが、お客さんが要望した仕来りニャ」と返す。
どうやら、猫人族(主人)が決めたのではなく客の要望でこういう風に出迎えることにしたようだ。
しかし、人間が見かけない。あの試合では人間はいたのだが、この宿屋には人間はいないのだな。それに、不可解なこともある。
(なんだか、嫌な予感がするな)
不安な気持ちがこみ上げる。あの日、邪神だと言われ封じられた後、カムイは別の世界へ飛ばされたのだろうか、それとも別の時間帯に飛ばされたのだろうか、そう思わせるような気がしていた。
「さて、開いている部屋は一人用ですかニャ? 二人用ですかニャ? それとも吾輩好み専用コースですかニャ」
と、最後の言い回しの辺ではすでに猫人族の対応が少し温厚な言い方になっていた。なにか特別な意味を込められているような。
「…個別の部屋で頼めませんか」
率直にいうと「すまにゃいが、個別用はいっぱいだニャ。2人部屋か、吾輩専用の部屋しか空いてニャいのニャ」と申し訳なさそうに告げた。
「それでは、ミルカと一緒の部屋で頼みますよ」
「了解したニャ」
「…男と一緒……」
小さくつぶやくミルカ。
「ん?」
「いや、なんでもないよ。仲間…だからな」
意味ありげに終わらせる言葉。その意味を知ったのはもっと先のことだった。
猫人族はしぶしぶとしながら名簿に借りた人の名前を記入していく。そこにふと目を伺ったがどうやら、書いている文字が知らない文字だ。知っている言語ではない。
名簿に珍しそうに見つめていたカムイに気が付いた主人は不思議そうに尋ねた。
「どうしたかニャ」
「あ…いいえ」
そっぽを振り向いてごまかした。
文字も違うということは異世界に来てしまったのか、内心そう焦りの気持ちを思い浮かべる。
カムイが異世界に来たという事実は実際に受け取りたくないものである。なぜなら、村のみんなのために邪神を打つために修行に出かけ、邪神と間違われた挙句、異世界へ飛ばされてしまったのなら、残されてきたみんなはどうなるのか、邪神はどうなったのか、カムイ自身の努力はどうなるのか、それらが危ういと気づき始めてきた。
当初は、別の場所へ飛ばされたと思いこんでいたが、文字や通貨が異なる、魔法の常識が違うなどといったものが組み込まれてくると、さすがに少し戸惑いを感じていく。
何よりも、人間の姿ではなく別の種族の姿に変わり、魔力も体力も子供並に縮まってしまっている事実が、カムイにとって困惑を重ねる。
「どうしましたか? カムイさん」
心配したミルカが顔を覗き込んできた。カムイは息を軽く吐いて、少し気持ちを抑え込むなり「いや、緊張しただけだよ」と、告げた。
異世界のなら、仲間を集めて本を読んで、感覚をつかんで通り抜けるしかない。そういうイメージを浮かばせて、帰る方法を探すしかないと心なしかそう思い込むことにした。