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3 桐生菜津

 「ナツ〜、文化祭なんかあるー?」

 文化祭も目前に迫り、準備も大詰めになった教室。1年生といえども先輩方に負けるわけにはいかない! なんてよくわからない気合が入った飾りつけと衣装。うちのクラスはそもそもなにやるんだっけ、と考えた自分を笑った。

 「えっと……特にはないよ、だってあたし暇人だもん」

 一瞬言い淀む。あの人なんて言ってたっけ。

 「一緒に回ろうよ。チカなんて実行委員なんだよ。ほかも彼氏とか部活とかでいないの。みんなジュージツしちゃってさ。暇なのカナとナツだけ」

 自分のことを名前で呼ぶのは誰が見てもいつ見ても頭が悪そうだって、この子には教えてくれる人がいなかったんだろうか。

 4月からなんでこんなところにいるのだろうと思いながらも、なんだかんだあたしのいるグループは少なからず自分が「見れる顔」だと思っていて自意識を少しこじらせたのが5人くらい集まったものだ。クラスの中心に居るのは否定しないけど、正直面倒くさい。

 カナは可愛く見えるのだと思ってやっているのかもしれないけど、どうしても馬鹿に見える。ふわふわの天然パーマと眠そうな目は確かに可愛いと見ることも出来るかもしれないけど、やっぱりこいつはただの馬鹿だ。

 「分かった、クラスのシフトも合わせちゃおう」

 「あー、嘘つきがいる~~」

 放送部で仕事もあるくせに実行委員になったチカがいきなり会話に入ってきた。こっちはショートカットでいかにも運動が出来そうだが、実は運動音痴だ。だからといって何かができるわけでもなく……つまりはあたしと同じだ。

 「放送部も仕事、あるんでしょ。前川先輩言ってたし、会長だってなんか言ってたよ」

 「……いつあるか分かんないんだ〜」

 おどけて言うとチカが書類を取り出してきた。なんだこいつ。仕事してるじゃん。普段は不真面目なくせになにを張り切ってるんだろう。いやその前に部活やれよ。あたしが言えたことじゃないけど。

 「放送部もあるのかな、班分けとかシフトとか、この前忙しいんですって言っておしまいなんだよね」

 首を振る。そんなの知らない。

 「放送部とうちがお仕事するのはステージとライブ。あと映画部の上映会も担当するって聞いた気がする」

 聞いてない。だってあたしは前川先輩から逃げてるから。

 「あ〜、もしかしてマニュアルがどうのって話も断っちゃったの? 今日見た前川先輩やつれてたけど」

 「だってさ〜、仕事したことない人にマニュアルかなんか知らないけど作れって言うんだよ、理不尽じゃない? 頭どうかしてるんじゃないのって感じ」

 そう、前川先輩がおかしい。あたしは悪くないし、もう放送部もやめるつもりだ。

 「ん〜おかしいな、手直しって言ってた気がするけどまあいいや、そっちは人数足りないだろうしナツ仕事しな〜〜」

 おまえもその要因だろ。と吐き捨てて小走りで教室を出ていったチカを見送ると、カナがため息をついた。

 「ふーん、結局カナだけじゃん」

 「あたしは放送部の仕事するつもりないし、いいよ?」

 こいつと回ってイライラするか、気まずい雰囲気で音響かなんかするかと言われれば、あたしはこいつを選ぶ。だってイツメン、でもあるし。

 


 ビラ配りをしていた男女の先輩は、あたしから見ても息がぴったりだった。中学の頃入っていた放送部が楽しかったから、高校も放送部に入ろうって思っていたし、女子の先輩の素敵な笑顔と男子先輩の優しそうな雰囲気が気に入って、すぐに入部届を出した。

 ところがだ。想像していたものと全然違う活動内容にあたしはやる気をなくした。

 毎日昼の放送なんてやらないし、行事のたびに機材は自分たちで組み立てる。原稿を貰ってそれを読んで、馬鹿みたいに褒めあいっこをしていればよかった放送部に入っていたあたしはもうショックだった。

 中学時代は菜津ちゃんがいちばん上手い、ってよく言われていたしあたし自身だってそう思っていた。これは自惚れなんかじゃない。世界が狭かっただけだ。

 とにかく活動内容なんて聞かずに入部届を出した阿呆なあたしは、3人入った部員に喜んでいる先輩の手前やっぱりやめますなんて言えなくて、結局5月になってからは1回顔を出して、マニュアルがどうのなんて話を分かんないですとか適当に断って。それっきりだ。

 チカのほうが何倍もましだ。悔しいけど思う。ちゃんとやることをやってる。

 ……もういっそのこと高校は部活なんかやらずに遊びまくろうかな。それなりに楽しい生活は送れそうだし。なんて今更だ。あたしは何もやってない。

 


 「前川莉子いる? ……莉子あんたさ文化祭暇でしょ。仕事しない?」

 文化祭2日前。大体飾りつけも終わり、楽しそうにエプロンつけて接客の練習なんかしてるクラスメイトがいる教室に、あたしの1番聞きたくない声が響いた。

 「お姉ちゃん人使い荒すぎだよー。私何も分かんないよ? 下手したら浅葉のほうが使えるかも」

 待て。待って。

 「お姉ちゃん」?

 お姉ちゃんって言った?

 前川さんとはあまり話したことがない。けれども部活は一緒。なはず。彼女は入部届を出したくせして1回も放送室に踏み入った事がないとも聞いた。でも前川先輩は

 「莉子? ああ、あの子は良いの」

 ……そうか、そういうことか。だから最初からあの子だけ名前呼びだったんだ。どうせ妹だから名前を借りたのだろう。

 「データ飛んだマニュアルをイチから打ち込むのに駆り出さなかっただけ感謝しな。しかもあのまっずい珈琲飲んでやったんだからね。あれは頼んだわたしが馬鹿だった」

 ……どうやら前川さんが何かやろうとするたびに浅葉さんがあわてて止めに入っていたのはそういうことだったかららしい。最終的に彼女はすることがなくて寝ていたけど。

 前川先輩のきれいな長い髪。あたしもあんな髪が欲しい。その上品に整った顔立ちはとうの昔にあきらめた。

 「……あ、桐生さん」

 隠れていれば良かった。


 「機材を組み立てろとまでは言わない。アナウンスと音響はわたし1人で事足りる。あなたたちはそこにいて、実行委員会の人たちと連携をとって次の団体を呼びに行けば良い」

 やっぱりアナウンスはできないんだ。顔に出たのか前川先輩の涼やかな視線があたしに向いた。

 「アナウンス部門も去年まではあったんだけどね。人数足りなくて結局部門なんて機能しなくなって全部まとめたは良いんだけど、ほかの2年生はアナウンス以外やりたくないなんてゴネやがったから、それなら何もしないでくれって言ったら向こうも拗ねて、来なくなっちゃった」

 今回は開始前後の影アナしかないし。それなら体育大会で思う存分やってもらう。

 「あれ、違った?」

 あたしは先輩に何も言っていない。ただふてくされていただけだ。つまり、見抜かれてた。

 「……はい」

 タイムテーブルは浅葉に貰って。余計に5枚くらい持たせているから。

 気付いたら目の前から先輩はいなくなっていた。

 先輩、すごい。

 口に出してしまっていたのだろう。前川さんが無邪気な笑顔をこちらに向けた

 「でしょ! お姉ちゃんすごいんだよ、放送原稿見ずに行事の前になると家でなんかのアナウンスしてるの」

 覚えている、ということか。何かあっても対応するのは簡単なのだろう。

 「頭も良いし、淹れてくれる珈琲は美味しいし。もう自慢のお姉ちゃん」

 あ、珈琲飲めないから牛乳淹れちゃうんだけどね。

 へへ、と笑う彼女にあたしもつられて笑顔になっていた。

 「当日、よろしくね!」

 「よろしくね。あたし迷惑かけるかもだけど」

 「その点は大丈夫だよ」

 だってお姉ちゃん私たちが仕事出来ないって知ってるもん。無理なことはさせないよ。


 

 久し振りに放送室に行く。名前で呼び合うようになった莉子と廊下を歩いていると、女子の怒鳴り声と男子の宥める声が聞こえた。

 「きええええ!! なんなのよ! ドタキャンなんて許さないからね!? は? うちの可愛い後輩なんか素人劇やってんのよ!? ライブとステージだから関係ないけど! それなのに? なにそれやる気がなくなったからやめますって! 2日前よ2日!」

 きええええなんて本当に言っている人は始めて見た。

 「委員長、そうは言っても仕方ないじゃないですか……出ないものは出ないんですし」

 叫んでいるのは実行委員長さんか。ボブカットの茶色がかった髪を振り乱し、つかつか歩いてくる……かと思えば放送室に入っていった。

 「あのひと……放送室に入っていったね……」

 「澪さん怒ってたね……」

 知り合いなのか。びっくりして隣を見るとえへへーと笑いながら莉子は言った。

 「お姉ちゃんのお友達だよ」

 「だから放送室なのか……」

 「だからって?」

 答える前に放送室の扉を開ける。途端に響いてくる怒鳴り声。思わず扉を閉めた。

 「な、菜津……」

 「取り敢えず入ろうか」

 一気にドアを開け、そのまま転がり込む。

 怒鳴り声は止んでいて、委員長さんは大人しく椅子に座って、前川先輩と話していた。

 「副委員長君の言う通りだ。仕方が無い。ただこの微妙に空いた10数分をどうするかだね……5番目だし」

 「時間通りに進めなきゃ他のグループからもクレームが来るのよ。ほら客も目当てのグループがあったりするし」

 「5番目ってあれ?」

 久し振りに顔を見る田村先輩が赤ペンを止めて首をかしげた。放送室で勉強して集中出来るのだろうか。

 「ああ、この前のですね。オーシャン・ロッカー」

 なるほどねーと言いながらまた赤ペンを走らせる。

 「ねえ悠なんとかならないの? この天才的な頭でなんとかならないの?」

 天才じゃないしそもそも大して頭は良くないからね。と窘めながらこちらに前川先輩が視線を向けた。

 「なにかある? だって」

 「ちょっと悠あんた考える気あんの? 委員長様に逆らっていいわけ!?」

 だいぶ委員長は疲れてるらしい。

 「その時間をまるまる休憩にしちゃうとか……澪さんどうですか?」

 「あたしだってそれくらい考えたわよ……。でも休憩なんて入れると盛り下がっちゃうんだよねえ」

 「もういっそ誰か歌えよ」

 前川先輩が吐き捨てたところで閃いた。

 「誰か歌えばいいじゃないですか! 歌の上手い奴なんていくらでも捕まえられますよあたし!」

 「あ、後輩ちゃんどうも。それも考えたわよ……抽選で落ちちゃった団体に頭下げて出てもらうとか。でもパンフレット印刷してあるんだよね……2000部」

 ポスターとかビラならなんとかなるんだけど。2000部は修正効かないし、当日やりませんっていえばそれで終わるけど変に時間空いちゃまずいのよね。出場団体もみんな忙しくてここの時間しか入れませんって聞かないのをなんとか押し込めた結果これだから。

 「パンフレットってバンド名しか書いてませんよね? たしか去年行った時そうだったと思いますけど」

 「そうだよ、それがなにか?」

 多分ここ数カ月で一番まともな答えがあたしの脳から弾き出された。

 「引っ張ってきた団体、オーシャンなんとかにしちゃえばいいじゃないですか」

 前川先輩が笑った気がした。

 「大胆だがみんなが幸せになれる方法だな」

 「最初からそれくらい思いついてたくせにね。本当この子性格悪い」

 「先輩うるさいです。間違いだらけの数学なんとかしてください」

 前川先輩、可愛い。

 昨日まで想像もしなかった感情が湧いてきたことにびっくりした。

 「お姉ちゃん可愛いー」

 「莉子、お前はもっとうるさい。せめて学校では大人しくしててくれ」

 あたしが可愛いですなんて言ったら前川先輩はどんな顔をするだろう。

 そう想像すると面白くて仕方がなかった。



 部活にちゃんと入れた。これを機に面倒な人間関係もやめよう。

 前川先輩と委員長みたいな気を使っていないような、自分を取り繕っていなくても大丈夫なような、そんな友達が欲しい。

 大したこともないのに群れることによって自分の価値観を鈍らせて、クラスの中心に立った気でいるようなグループにいるのには疲れた。

 「ごめん、やっぱりあたし仕事するわ」

 「えー! 有り得ないよ裏切るの?」

 こんなタイミングで裏切るなんて言葉を選ぶ感性を、あたしは持っていないから。

 この面倒なグループにいることもやめるね。ばいばい。

 文化祭の前日の朝。あたしは莉子と一緒にシフトを外してもらった。莉子と仲の良い浅葉さんとは文化祭の仕事を通じて仲良くなれるだろう。オーシャンなんとかは実行委員長さんが無理矢理引っ張って来るらしい。

 これまでの態度をなかったことにしてくれたように接してくれてる前川先輩には仕事をすることで恩返ししなきゃいけない。

 あたしはちゃんと出来るだろうか。ちゃんと。きちんと。具体的にはまだ分からないけれど。

 放送室のドアを開ける。

 さあ。リハーサルだ。


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