第96話 襲来
今回は三人称視点です。
ピューレ山脈の中腹、そこに存在する二つの人影。
いや、その輪郭はおおよそ人とは言い難い。
その影は、高い場所からある一点を見下ろしていた。
「くくっ、とうとう見つけたぞ」
笑いが漏れる大きな口からは、鋭い牙が見え隠れする。
「まさかこんな場所にあったとはな……、盲点だったよ。だがそれももう終わり、餌の分際で今まで我らを謀った報い、万倍にして返してくれよう」
「勿論です、シャーザ様」
シャーザと呼ばれた魔物は、部下の言葉に満足そうな笑みを浮かべる。
「兵を集めろ! 狩りの時間だ」
「はっ!」
魔物は自らの集落へと踵を返す。
ここ何年もの間、危ういながらもバランスを保っていたピューレ山脈の勢力図。
それが今、奇しくもイデアロードの誕生を境に動き出そうとしていた。
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「今日も植物たちは元気です〜」
敷地内の植物に水を撒きながら、その育つ様子を見て目を細める。
彼の名はポンポ、隠れ里に住むぽんぽこ族の少年である。
「あっ、実をつけてるです〜」
ポンポは植物の一つが小さな山吹色の実をつけているのを発見する。
今年から植物の世話という仕事が割り振られていたポンポ。
初めて与えられた仕事の成果が、こうして見た目の現れることが何より嬉しかった。
「さあ、植物さんのお食事も終わったし、次はポンポのお昼です〜」
家に帰ればいつもの様に母親が美味しいご飯を用意してくれている。
ポンポは母親の手料理が大好きだ。
「今日は何かな〜」
ポンポははやる気持ちを抑えながら、ゆっくりとした足取りで家へと向かう。
「ここで慌てないのが大人なのです〜」
そんな誰に聴かせるでもない独り言を呟く。
何故だか周りが普段より騒がしく感じていたが、ポンポは特に気にしていない。
家に辿り着き、元気よく扉を開ける。
しかし、いつもの食欲を誘う香りが今日はしてこない。
ポンポは首を傾げつつも家の中に入り、きょろきょろと周りを見回して母親を探すが、その姿は見当たらない。
「ポンポ! ここにいたか!」
扉から飛び込んできたのは年若いぽんぽこ族の青年、オルロだ。
「どうしたのです? 大人たるもの、慌てちゃいけないのです〜」
そんな間の抜けたポンポの言葉を受け流し、オルロは慌てたように告げる。
「敵襲だ! 避難するからついてこい」
その言葉の終わらぬうちにポンポはオルロに担ぎ上げられ、その場を後にするのであった。
ぽんぽこ族の集落を取り囲むように炎が舞い踊る。
それを見て、満足そうな笑みを浮かべる蜥蜴頭の魔物。
「シャーザ様。ご命令通り周りに火を放ちました。これで奴らは逃げられないでしょう」
シャーザは片膝をついた部下の報告を受け、控えている戦士たちに激を飛ばす。
「お前ら! これで奴らの逃げ道はこの入り口ひとつ。このまま燻り出すのでも構わないのだがそれではつまらん。俺の言いたいことはわかるな!」
蜥蜴族の戦士は武器を掲げ、怒号ともいうべき叫びにてその言葉に応える。
「これから全軍で突入する! 決して後れを――んっ!?」
今まさに攻め入らんとする蜥蜴族の前に巨大な龍が出現する。
そのあまりの迫力に、蜥蜴族の戦士たちは武器を構えつつも後ずさる。
しかし、シャーザは意に介さず、部下たちを怒鳴りつける。
「偽物だ! 狼狽えるな!! それでも蜥蜴族の戦士か!!」
部下に見せつけるように自らの槍を目の前の怪物に突き立てる。
その穂先は目の前に何も無いかのように龍をすり抜けた。
「わかったか! 奴らが得意なのは幻術、見かけに騙されるな!」
いつの間にか龍の姿は消え、門の向こうには背を向けて離れていくポンポコ族の姿が――。
シャーザはその後ろ姿を確認し、軽く舌なめずりをする。
「かかれっ!!」
「「「「「おおおおおおっ!!!!」」」」」
蜥蜴族たちは群がる蟻の如く、目の前の門に押し寄せていった。
「隊長! 駄目です! 幻術が見破られています! このままでは――」
報告を受ける警備隊長の視線の先には、門に群がる蜥蜴族の姿が見える。
(門は長くは持つまい。そして、下手をすれば――)
その場の誰しもが感じていること、それを言葉には出さずにぐっと飲み込み、目の前の仲間たちを見回す。
彼らの目には一点の曇りも無く、隊長の言葉を待っていた。
後方には女子供が集められ、身を寄せ合っている。
母親たちは自らの子供をぐっと抱き寄せ、何があっても守り通すという決意がその腕の力に込められていた。
「一点突破で打って出て、そこに出来た包囲の穴から子供たちを逃がす」
「はい、隊長」
「やるですよ〜!」
隊長は女子供に向かい、最後の言葉を伝える。
「ぽんぽこ族の未来はその子たちに掛かっている。頼む、逃げ果せてくれよ」
そう言い残すと、隊長はゆっくりと門へ向かう。
その後に続くのは里に住む男たち。
妻や子供たちは唇を噛みしめ、ただ黙ってそれを見送った。
そして破壊される門。
そこから鉄砲水のようになだれ込む蜥蜴族。
「いくぞっ!」
隊長の掛け声を合図に、放たれた一本の矢の如く一点突破を試みるぽんぽこ族。
だが悲しいかな、二倍近くの体格差がある魔物相手ではどうしても分が悪い。
逆に相手の突進に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「「隊長!!」」
諦めずに再度試みるも結果は同じ。
蜥蜴族はニヤつきながら何度でも弾き飛ばす。
「くくくくっ! 何だ、お前ら。ひょっとして後ろにいる奴らでも守ろうとでもしているのか?」
シャーザは後方の建物の影をちらりと見て嫌らしい笑みを浮かべる。
他の蜥蜴族もニヤニヤとそれを見ていた。
「そうだ! 良いことを思いついたぞ! お前らより先にそいつらを喰ってやろう! 助けを求め、泣き叫びながら喰われていくさまを見て、お前らは果たしてどんな絶望の表情を見せてくれるのか……」
「「「「ひゃっはっはっはっ!!」」」」
シャーザはもう勝利を確信したとばかりに、ぽんぽこ族を嬲り殺すことにしたようだ。
ぼんぽこ族の男たちの懸命の抵抗も、どこ吹く風で殴り倒し黙らせる。
蜥蜴族の何人かはそんな男たちの後方に回り込み、隠れているであろうぽんぽこ族の探索を始める。
そんな時、建物の後ろから一つの影が飛び出した。
「そんなこと、させないです~!」
そこに立っていたのはポンポ。
いつもの間延びした口調は影をひそめ、膝をがくがくと震わせながらも木剣を構えていた。
「ポンポ、出てくるんじゃない!」
蜥蜴族に足蹴にされていた隊長の叫びがポンポの耳に届く。
だが、ポンポは歩みを止めない。
一歩一歩前進を続けるポンポに、侮蔑の笑みを浮かべた蜥蜴族の一人が近寄る。
「ボクちゃん、いい度胸してるね。おじちゃんが食べてあげよう」
蜥蜴族の男は、頭から喰らおうと大きな口を開けてポンポに迫る。
しかし、ポンポが偶然にも突き出した木剣が、蜥蜴族の喉へと吸い込まれた。
「ぐえっっ!!」
声にならない声を上げその場に蹲る蜥蜴族。
「えっ!?」
訳がわからないうちに目の前で倒れた蜥蜴族を見て、ポンポは驚きの声を上げる。
自分がしたことに気付くのには数秒の時間を要した。
「この野郎っ!」
別の蜥蜴族がポンポを蹴り上げる。
空高く宙に舞うポンポ。
上空にて最高点に達した後は、そのまま重力に逆らわずに頭から落下していく。
警備隊長はただ悔しそうに地面の砂を握ることしか出来ない。
その瞬間の訪れを嫌うかのようにぐっと目を瞑る。
そしてとうとう地面に激突するかと思われたその時、唐突に現れた人影がポンポを優しく抱き留めた。
意識が朦朧としているポンポに、良く分からない安心感だけが伝わる。
「……母様」
そのぬくもりを感じながら、ポンポの意識は闇へと落ちていった。
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