第95話 たまにはピクニックでも
一日一日と賑わいを増すイデアロードの商店街。
その大通りを今日もギルドに向かって歩いていく。
僕たちの歩く横を大きめの馬車が二台、ゆっくりとした速さで通り過ぎた。
あの大きさの馬車は、間違いなくグルメツアーの馬車であろう。
二台ともに乗客は満員、スラ坊の張り切る姿が目に浮かぶようだ。
アルフレッドさんに聞いたところ、既にツアーは一か月先まで予約で満杯とのこと。
先日も、ツアー馬車の増車について彼から相談を受けた。
ただ、美食亭の収容人数や提供時間の兼ね合いもあるので、この件は一旦持ち帰るということで保留になっている。
ここで無理をしても、『折角引っ越して来たのに、お目当てのものがツアーでなくては食べられない』とあっては、一般客である街の人から不満が出るのは明らか。
スラ坊がさらに分裂出来るなら店の拡張も含めて考えるが、それが出来ない以上、この件は当分現状維持ということになるだろう。
ふと見ると、公園の中を妖精たちが楽しそうに旋回している。
最近の彼女たちは、屋敷の庭を出てイデアロードの様々な場所を自由に飛び回っている。
公園はもちろん、街路樹や街の人が植えている家庭菜園まで――。
その恩恵を受け、この街の植物は多少肌寒くなった今でも青々と緑を主張していた。
無論、人々に妖精たちの姿は見えない為、単にイデアロードの土地が良いということになっているようだ。
ギルドの入り口をくぐると、そこには見慣れた冒険者の姿があった。
「やあ、久しぶりだね」
こちらに気がつき、笑顔で近づいてきたのはジンさん。
ペタの村の騒動でお世話になった緑の旅団のリーダーである。
その後ろにはペールさんとシアラさんもいる。
「はい、お久しぶりです」
僕は軽く頭を下げ、挨拶をする。
「おう、何やら大活躍だそうじゃないか。いつの間にか領主様とは、物凄い出世だな、おい。俺にもその運を分けて欲しいもんだ。何だったら物でも良いぞ!」
「ペール、やめなさい。それだけ大変な思いをしたって事なんだから」
ペールさんのからかいの言葉をシアラさんが制止する。
「何だよ、ただの挨拶じゃないか。だから冗談の通じない女は……」
「聞こえてるわよ」
そのやり取りに僕は苦笑いで返すしかなかった。
でも、皆さん元気なようで何よりです。
「それで、どうしてここにいるんですか?」
「ああ、暫くはここで依頼を受けようかと思ってね。急成長のイデアロードの街は結構噂になっているよ。これも領主が良いからかな?」
「いや、そんな事は無いですよ」
ジンさんのお世辞に謙遜で返す。
正直、僕の力なんて微々たるものだしね。
「まあそれはそれとして、ここならまだ冒険者は少ないと思ってね。我々のように拠点を持たない冒険者が稼げる場所に移動するのは当然の摂理さ」
なるほど――。
理由は兎も角、腕利きのベテラン冒険者がこの街に滞在してくれることは大歓迎だ。
「……住居も安い。……検討よろしく」
ミサキが割り込み気味に住宅の宣伝を入れる。
「ははっ、そこら辺はある程度過ごしてみてだな」
ジンさんはミサキのぶっきら棒な言葉にも笑いながら答えていた。
緑の旅団と別れた僕たちは、いつものようにマリアンさんに依頼票を提出する。
手馴れた動作で素早く受付が終わり、依頼票を再度受け取る。
「気をつけていってらっしゃい」
マリアンさんに見送られ、僕たちはギルドを出る。
相変わらず討伐依頼を片っ端から受けているのが現状だが、緑の旅団が来てくれたことにより負担も減っていくだろう。
彼ら以外にも、腕っ節の強そうな冒険者が何名かいたのを確認した。
これならば僕たちが本当の意味での依頼の選別が出来る日も近い筈。
完全休養日まであと少しの辛抱だ。
「今日はロックゴブリンの討伐だね」
「頑張るの!」
最近休み無しにも関わらず、ミウとアリアは今日も気合十分だ。
若いっていいな。
「……カナタもまだ若い」
珍しくいつもとは逆にミサキからツッコまれてしまった。
――でも、それ以前に心の声にツッコまないで欲しい。
今回の依頼対象はロックゴブリンという魔物。
背丈が人間と変わらない位のゴーレムで、ゴブリンの名を冠するがゴブリンでは無い。
単にその大きさと形からゴブリンと名付けられているとのことだ。
ロックゴブリンの身体を作っている岩には微量に魔力が内包されており、それが武器や防具の錬成の素材となる。
僕たちは女神様から貰った巾着で丸ごと持って帰れるため、この依頼は打ってつけと言えよう。
既に何度か往復を繰り返しているピューレ山脈。
いつもの登り口からある程度の距離までは、もう地図無しでも迷うことは無い。
周囲を警戒しつつも軽い足取りで山を登っていく。
登り始めて約二時間、まだ魔物たちの姿は無い。
僕の実感として、回数を追うごとに魔物たちに出会う頻度が減ってきている気がする。
イデアロード立ち上げ時の大討伐以来、もしかしたら生息地の移動があったのかもしれない。
ピューレ山脈自体に住む絶対数は減っていないのだろうが、近隣だけでもいなくなれば街の安全度はグッと増す。
安全な街という宣伝の為にも是非そうであって欲しい。
「カナタ、おなか減った」
ミウが僕の頭をぺちぺちと叩き、食事休憩を要求する。
そういえば今日は朝が少し早かった。
「よし、どこか休憩できる所を探すか」
「……あっちが良い」
ミサキが高台のようになっている岩場を発見。
どうやら裏から登れるようになっているようだ。
早速と上まで登ってみる。
見晴らしがよく、眼下には見渡す限りの自然が溢れていた。
景色としては最高だ。
僕は適当な場所にシートを広げる。
そして取り出したのはスラ坊特製のお弁当。
シートの上に並べられた三段の重箱、その中の色とりどりのおかずが僕たちの食欲を増進させる。
「「「「いただきます!」」」」
青空の下で食べる食事は良いものだ。
しかも今日は雲一つない快晴、さらには眼下に広がる自然のパノラマ。
それらが美味しい食事に更なる補正効果を生み出している。
「ミウちゃん、これ美味しいよ」
「ホントだ!」
仲良く食べるミウとアリアを微笑ましく見つめている僕の視界に、いきなりおかずが飛び込んできた。
「……カナタ、あ〜ん」
ぐっ! いきなりハードルの高いことを……。
気がつくとミウとアリアもそれに注目している。
「……カナタ、あ〜ん」
僕に向かって優しく微笑むミサキ。
確かに可愛い、可愛いのだが……。
様々な葛藤が僕の頭を駆け巡る。
「カナタ、食べなよ」
「好き嫌いは良くないの」
ミサキの友軍ユニットと化したミウとアリアが僕に決断を迫る。
いや、アリアは若干違うような気もするが――。
「……カナタ」
ミサキがふと悲しげな顔を見せる。
その表情は僕を決断させるのに十分だった。
意を決して、僕はそのおかずを口に入れる。
「「おお〜っ!」」
ミウとアリアから感嘆とでもいうべき言葉が漏れる。
その二人に向かって、ミサキは親指をぐっと突き立ててポーズを決めている。
何やらどっと疲れた僕だが、気を取り直して再び食事に戻ることにする。
しかし、そんな僕の安堵はミサキの次なるミッションによりことごとく破壊された。
「……あ〜ん」
ミサキは小さな口を僕に向かって精一杯開ける。
まさか、僕に同じことをやれと……。
「……あ〜ん」
いや、さすがにそれは恥ずかしい。
僕はミウとアリアに目線を配るが、どちらもわくわくした目でこちらを見ている。
くそっ、駄目か。
僕は思わず目線を逸らす。
その時、僕の視界の片隅に白い何かが映る。
「ちょっと待って!」
僕はミサキを制止してから立ち上がり、岩場から眼下を見下ろす。
そこでは森の一部が白煙を上げながら燃え盛っていた。
「カナタ! あの辺って、確かタヌキの里だよ!」
ミウの言葉にミサキとアリアも立ち上がる。
「行こう!」
皆にはその言葉だけで十分。
僕たちは食事もそのままに岩場を駆け下りていった。
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