第94話 隠れ里
「サーチ!」
眼前の巨大な龍に向かって解析の呪文を詠唱する。
通常ならこの場面で何の意味も為さない魔法。
だが、結果はミウの予想通り、魔法は目の前の龍に絶大なる効果を発揮した。
圧倒的な存在感を誇っていた龍の姿が掻き消え、代わりに四匹の生物が現れる。
丸い耳と目の周りの黒い縁取り、さらには小刻みに動く縞模様が入った太めの尻尾。
見た目だけなら僕の知っている動物にそっくりだ。
僕の胸くらいまでしかない身長の彼らは一つ所に固まり、忍者のポーズのような人差し指を立てる格好で何かを念じている。
「さあ、さっさと退散するが良い!」
先程までの重低音とは打って変わって可愛らしい声が僕の耳に届く。
さらには正体までわかった今、そこに威厳は全く感じられない。
ふと、彼らの一匹と僕の目が合った。
その一匹は僕の視線を受け、目をパチクリさせて二度見する。
僕は無言で頷いてそれに答えた。
「た、た、た、隊長〜ぉ! ばれてます〜!」
「何ぃ〜!」
他の三匹も一斉に僕を見る。
そして僕たちの視線を確認するやいなや、隊長と呼ばれていた一匹が叫んだ。
「た、退却〜!」
「「「わ〜っ!」」」
その『魔物?』たちは、素早い動きで脇目も振らず森の奥へと退散した。
まさに一目散という言葉が相応しい逃げっぷり。
僕らは茫然とそれを見送った。
「何、あれ。タヌキ?」
僕はミサキに質問するが、ミサキには通じなかった。
どうやらタヌキという生物の概念はこの世界には無いようだ。
「……見た事ない生き物」
ミサキも知らないとなると、あまり世に知られていない生き物なのだろう。
「あっちに逃げていったよ。行ってみようよ!」
「ミウちゃんに賛成なの」
ミウとアリアの言う通りに、僕たちはタヌキが逃げた方向へと足を進める。
どんな生物かわからないけど、見た目から呼び名はもうタヌキで良いよね。
周りには緑が生い茂り、同じような景色ばかりが続く。
目印になるものが無いので、自分たちが何処にいるかの位置取りが掴みにくい。
ゲートがあるから遭難の心配はしていないが、それでも迷うのは勘弁してほしい。
「カナタ。あっちだよ」
そんな時、ミウが何か見つけたようで、僕たちを誘導する。
僕たちはミウの感覚を信じ、ミウの指示する方向へと進んでいく。
「カナタ、さっきのお願い」
行き止まりに差し掛かったところで、ミウが僕に魔法を要求した。
僕はミウに言われた通り、サーチの魔法を唱える。
すると、僕らの目の前に道のようなものが突如現れた。
まるで森を二つに分けたようなその道は、一直線に奥へと伸びている。
「大丈夫なの。罠は無いの」
アリアもダークエルフの力で森の危険を確認してくれている。
うちの自然児たちが大活躍である。
そしてとうとう終着点とも言うべき場所に到達。
手作り感たっぷりの高い木の柵にトゲの生えた植物が鉄条網のように巻き付いていた。
周囲をよく観察すると、その中に扉のように開く場所を発見。
ここが入り口のようだ。
鍵はかかっていなかったので、罠が無いことを確認して中に入る。
「集落なの」
「こんな山奥に、凄いね〜」
その土地には木造の簡素な住居が規則正しく建てられていた。
これが先程のタヌキの集落なのだろうか。
その問いの答えはすぐに出た。
「ここまで発見されるとは……、このまま屈すると思ったら大間違いだぞ!」
「差し違えるです〜」
「ただではやられないぞ〜」
槍や鍬を構えたタヌキたちが続々と建物の影から出てきて僕らを牽制する。
中には小さい子供もいて、大人たちに混じり、懸命に木の棒の切っ先を僕らに向けている。
あれ……、ひょっとして僕らが悪者?
「いや、ちょっと待って! 別に戦いに来たわけではないから!」
決死の表情で身構えているタヌキの集団を慌てて制止する。
だが、それを素直に受け取る者はいない。
「人間にはもう騙されないぞ〜」
「昔、仲間もそうやって連れ去られたです!」
彼らの人間に対するイメージは最悪のようだ。
これは僕とミサキでは無理か……、となると――。
「大丈夫、敵じゃないよ!」
「信じて欲しいの」
僕に代わってミウとアリアが説得に入る。
それと同時に、アリアは帽子を外してその正体を顕わにした。
その姿に驚きの表情を浮かべるタヌキたち。
「ダークエルフが人間と一緒にいるぞ!?」
「奴隷?」
「でも、そうは見えないよ」
「騙されているんだ!」
人間と違いダークエルフに偏見は無く、むしろ同じく人間に敵対しているということで親近感を覚えている様子。
残念なことではあるが、この際仕方が無い。
ここはアリア先生の力を借りるとしよう。
暫くの説得の後、アリアとミウを連れているということで多少の信用を得たのか、何とか武装は解除してくれた。
代表者らしいタヌキが一歩前へ出て僕に話しかける。
「貴方がたに敵意が無いことはわかった。だが、ここは人間とは相容れない里。早々に出ていって欲しい」
敵対していないから歓迎されるか? というと、それはまた別の話。
早々に退去するよう促される。
「……仕方ない、出ましょう」
ここまで来ると、わかり合うのには時間が必要だろう。
少し寂しさを感じるが、いつまでもこうしている訳にもいかない。
残念ではあるが、僕たちはタヌキの里を出ることにした。
その後、隠し通路を出た僕たちは、運良く群れからはぐれたバーバリアンシープを発見。
苦戦すること無く角を入手した。
その帰路でも、僕はタヌキの里のことが頭から離れなかった。
強い魔物が多いピューレ山脈に存在するか弱い里。
多分、これまでも幻術を使って必死の思いで強敵から身を守っていたのだろう。
出来れば友好的な関係を築いていきたい。
何故なら、それが僕のこの世界での願いでもあるのだから……。
しかし、今の僕には何のアイデアも浮かんではこなかった。
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