第93話 本業は冒険者です。
お待たせしましたm(__)m
バレン村への訪問から二ヶ月が過ぎた。
イデアロードの中央通りは日に日に活気づいており、最近まで廃墟の街であったことが嘘のようだ。
建築した住居はもうかなり埋まっており、着々に人口も増えつつある。
内心不安だったが、流れは良い方向に転がっていると思う。
そんな街の風景を眺めながら、僕はある建物の中に入る。
僕を出迎えたのは強面の男、ベラーシのギルドマスターであったザックスである。
何故過去形かというと、彼こそが新しいイデアロードのギルドマスターに他ならないからだ。
見知った人が来てくれたことは僕にとっては非常に助かるが、彼にとってはどうだろう。
そう思って前に軽く質問したところ、「これが左遷か栄転かはお前次第だ。しっかり頑張ってくれよ!」と逆に発破を掛けられたのは最近の話である。
「おう、領主殿。こっちは順調だぞ。予定通り明日には開けられる」
当然、『領主殿』と呼んでいるのはギルドマスターのからかい半分なのは言うまでもない。
「それは良かったです。あっ、これは追加の依頼です」
僕はザックスさんに紙の束を渡す。
その紙にはそれぞれ街の住民の依頼が書かれている。
これはギルドが出来る前に、街として事前に代行して依頼を受付したものだ。
「おお、すまんな。――おい、これを頼む」
「はいはい、そんな大きな声を出さなくてもわかるわよ」
奥からマリアンさんが出てきて依頼表を受け取る。
ここ数日の忙しさからか、マリアンさんの表情にも疲労の表情が見受けられた。
「大丈夫ですか?」
僕は心配になり声をかける。
そんな僕に対し、マリアンさんは笑顔を向けて答えた。
「ありがとう。でも、自分で望んでここに来たのだから、これくらい平気よ」
そう、マリアンさんは自らここのギルドに転職願いを出してくれていたそうだ。
それに加えて、商売をしていたご両親もイデアロードへの引っ越しを終えていた。
以前僕に言っていた実家の引っ越し検討の話は社交辞令では無かったようだ。
当然、そこにはしっかりと計算も含まれていて――、
「新しいギルドへの転属だから、住宅手当がかなり出るのよね。お蔭で住居が安く手に入れられたわ」とはマリアンさんの談。
その手当とベラーシの店を売ったお金で、ご両親は大通りに商店兼住居を既に構えている。
以前開いていた食堂では無く、雑貨全般を扱う商売のようだ。
この街にはスラ坊の店があるので、賢明な判断と言わざるを得ない。
「街で大々的に入り用の時はよろしく頼むわよ♪」とマリアンさんは笑いながら僕に言っていたが、目は笑っていなかったので、恐らくは本気であろう。
彼女にはお世話になっているので、その時には少なからず注文をしようとは思う。
掲示板に貼られていく依頼票の数々を眺める。
今のところ、街の人達からの依頼は雑用が殆ど。
その中に混じってちらほらと魔物の討伐(素材入手)依頼がある程度だ。
それはこの街が今のところ安全である証拠ともいえる。
僕とミウが頑張って作った城壁のような壁は、よほどの魔物の襲来でもなければ崩すことは不可能であろう。
ただ、魔物の素材が武器の錬成などに必要なこと、南のピューレ山脈の魔物の素材が今までほぼ出回っていなかったことなどから、今後は討伐依頼も増えてくることは予想に難しくない。
そして、それが新たな冒険者を呼び、また街が発展する。
これからも忙しくなりそうだ。
そして翌日、僕は皆と供に再びギルドに来ていた。
もちろん冒険者として依頼を受けるためである。
何と言っても冒険者は僕たちの本業、いくら領主になったからといって、それを辞める気は無い。
その間の街の内政はキマウさんが代官として取り仕切っている。
ああ見えて(といっては失礼だが)かなり優秀なので、全く問題は無い。
可能ならば僕と代わって欲しいくらいだ。
領主として忙しいのだから、初日からいきなり依頼を受けなくても……と思う人もいるかもしれないが、これには理由がある。
現在のイデアロードの冒険者ギルドでは、依頼に対して冒険者の数が格段に少ないのである。
それも討伐系の依頼をこなす冒険者が――。
そうなると、必然的に僕たちが率先してそれを始末しなければいけないことになり、早めに動かざるを得ないという現状が出来上がる。
そう、これは仕方が無い事なのだ。
「よし、これから行ってみようか」
「うん、そうだね」
選ぶと言っても、どれから先に片付けるかの順番を決めているだけ。
早めに冒険者が集まってくれることを願おう。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
マリアンさんがベラーシの頃と変わらぬ雰囲気で見送ってくれる。
何気ないやり取りだが、少しホッとした気持ちになるのは有り難い。
僕たちは颯爽と街を出て目的地に向かった。
向かった先はイデアロードの裏庭とも言うべきピューレ山脈。
今回の依頼はバーバリアンシープの角の入手である。
単独ではCランク、群れを成していればBランクの魔物、油断は禁物だ。
「がんばるの、ミウちゃん!」
「うん、アリア!」
ミウとアリアはいつになく気合が入っている。
久しぶりの依頼とあって、その気持ちはわからなくはない。
「……慎重にいきましょう」
ミサキはあくまで冷静だ。
長らく未開の地となっていたピューレ山脈ではあるが、イデアロードの開発に伴って獣道以外の道も増えつつある。
その道に沿い、山の中腹を目指し歩き続ける。
「カナタ、何か来たよ!」
早速ミウが何者かの襲来を感知する。
それを合図に、僕たちはそれぞれが臨戦態勢に入った。
現れたのは獰猛そうな狼の群れ。
主に山岳に生息するハイランドウルフだ。
口元から溢れんばかりの涎を垂らし、餌としての僕らを値踏みしている。
「先手必勝なの!」
「ミウもだよ!」
流れるような動作で弓を引くアリア。
ミウは既に詠唱を完成させている。
速攻ともいうべき矢と魔法に意表を突かれたハイランドウルフは、その攻撃に為す術なく蹂躙されていく。
うん、僕の出番は無さそうだ。
気が付けば既に大勢は決していた。
生き残ったウルフたちも、命が危険と見るや素早く撤退した模様。
この地域最弱とはいっても引き際を心得ているのは、さすがピューレ山脈で生きている魔物といったところか。
僕たちはしっかりと素材の剥ぎ取りを行ってから、休みなく山を登る。
途中から道らしき道は無くなっているが、バーバリアンシープはさらに奥地に生息しているらしいので、今のところ引き返すという選択肢は無い。
「出てこないね〜」
目的の魔物が現われないことにミウがため息を漏らす。
そろそろ休憩でも入れたほうが良さそうかな。
そう思った矢先、ミサキが僕の腕を取り後方に引き寄せた。
「……何かいる」
ミサキの指し示す方角に視線をやるが、特にこれといった気配は感じない。
木々が開けたような空間の中央に巨大な岩が存在しているのが見えるのみ。
何かが岩陰に隠れているのだろうか?
僕たちは警戒しつつもその場所に近づいていく。
そして、僕はその間違いに気づいた。
一見、岩のように見えたそれは、鋭い眼光と大きな顎と持つ巨大生物。
ファンタジーの世界の有名どころであり、龍と呼ばれている最強の種族、それが今、僕たちの目の前に現れたのだ。
以前出会った亜龍と呼ばれるワイバーンなどとは比較にならないその迫力に、僕は自然と圧倒される。
龍はその巨大な瞳で僕たちを睨みつけ、僕らに語りかける。
「人間よ、ここは我の土地である。早々に立ち去るが良い」
大地をも震わすような重低音の声が僕たちの耳に届く。
だが、恐れとは逆に、理知的な生物であったことに心の中で安堵する。
どうやら無差別に襲いかかるということは無いようだ。
「う〜ん」
そんな龍の迫力に物怖じする素振りさえ見せずにミウが首をひねる。
そんな雰囲気が気に入らなかったのか、痺れを切らしたように龍は声を荒げて僕たちに再度警告した。
「何をしている! 立ち去らねば、お前らを一瞬で消し炭にしてくれようぞ!」
龍の吐き出す息に混じって炎が見え隠れする。
これは早々に立ち去った方が良さそうだ。
しかし、そんな撤退間際の僕にミウが小声で話しかけてきた。
「カナタ、――」
僕はミウの言葉を信じ、行動に移すことにした。
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