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第92話 近況報告

まったり平常運転です。

 イデアロードの開発は順調だ。

 数日前、アルフレッドさんが街の空き店舗を幾つか賃貸契約してくれた。

 それはベテラン商会から見て街が魅力的に映ったということであり、そのことが素直に嬉しい。

 更に、契約完了から開店準備までの流れるような手際の良さは目を見張るものがあり、プロの技術が見られて色々と勉強になった。

 あと数日の内にアルフレッド商会直属の商店が開店するそうだ。

 どんな物が売られるのか、僕も楽しみにしている。


 それに加えて、先日からギルドの本部職員二名が街を視察しに来ている。

 大通りの一角にはギルド用にも使える建物を建ててあったので、併せてそこも案内した。

 感触としてはたぶん悪くなかったので、誘致失敗ということは無いと思う。

 ただし、いつギルドが出来るかはわからないが……。


 肝いりのグルメツアーも順調、現在ではツアー専用の馬車が一日二回に増え、街に活気を与えてくれていた。

 中には、そのツアーによってイデアロードへの移住を決めた人もいるようで、改めて胃袋を掴むことの重要性を認識したのは余談である。

 土産物などの商店の売り上げも上々、そろそろ生活雑貨に力を入れることも考えよう。


 そして本日、僕たちは揃ってバレン村まで来ていた。

 無論、ダグラスさんとアリシアさんに近況報告するためである。


「あら、いらっしゃい」


 何者をも魅了するような笑顔で出迎えてくれたアリシアさん。

 その懐に向かってミウが飛びつく。

 手慣れたもので、アリシアさんはミウを難なく受け止めるとその胸に抱いた。


「お久しぶりです」


「……師匠、ご無沙汰しています」


 僕とミサキが挨拶する後ろで、アリアが隠れるようにしてアリシアさんを伺っている。


「変わりは無いようで良かったわ。そっちの子は恥ずかしがり屋さんなのかしら」


 アリシアさんはミウの頭を撫でながら僕の後ろを覗き込む。

 アリアはその視線から逃れるように身を隠す。


「……アリア、大丈夫。……心配ない」


 ミサキは、アリアの肩に優しく手を置いて前方へと促す。

 おずおずとアリアが前に出た。


「よろしくね。アリアちゃん」


 帽子の上からアリアを撫でるアリシアさん。


「よ、よろしくなの」


 アリアは俯きながら、それでも懸命に挨拶をしていた。




「ダグラスは夕方には帰ってくると思うわ」


 何でも近くにゴブリンの巣が発見され、ダグラスさんが一人でそこに向かっていると、アリシアさんが笑顔でそのことを教えてくれた。

 ついていないゴブリンたちだ。

 きっと今頃、迷わず昇天しているに違いない。

 

 ダグラスさんには後で話すとして、先ずはアリシアさんに僕たちの近況を伝える。

 アリシアさんは頷きながら僕の話を聞いてくれた。


「あらまあ、カナタくんが貴族になったなんて……、大変ね」


 僕の話が一通り終わり、「ご愁傷様」とでも言うかのようにアリシアさんが嘆く。

 彼女にとって貴族とは面倒くさいものと捉えられているのがその一言でわかる。

 当然、僕も同意見である。


「ええ、何かわからないうちに決まっちゃいました」


「でも、街を何も無かった所からそこまでもっていくのは、案外向いているのかもしれないわよ」


「いえ、手伝ってくれている人たちがいましたから……。僕一人じゃ何も出来ません」


 それを聞いてアリシアさんはにっこりと笑う。


「うん、その言葉が言えるのならこれからも問題は無さそうね。――さて、お話はここまでにして昼食にしましょうか。ミサキちゃんにアリアちゃん。手伝ってくれるかしら?」


「……はい、師匠」


「わかったの」


 ミサキに続いてアリアもそれについて行く。

 二人に代わり、ミウはアリシアさんから離れ、テーブルの上で待機する。


 アリアは現在耳は隠したままだが、頃合を見計らってダグラスさんたちにはそのことを伝えようと思っていた。

 ダグラスさんとアリシアさんならば、アリアを異質な目で見ることは無いであろうと確信している。

 

 


「帰ったぞ! ん!? 坊主、いたのか」


 僕らが美味しく昼食を食べている最中、一家の主であるダグラスさんが帰宅した。


「あら、早かったわね、ダグラス。問題は無かった」


「ああ、高々百匹程度の群れだ、問題は無い。俺にも飯をくれ」


「ご苦労様。ちょっと待っててね」


 ごく自然なやり取りが終わり、ダグラスさんが空いている席に着く。

 但し、その内容は一般的な家庭とかけ離れているのはご愛嬌だ。


「それで、元気にやっているか?」


 背中を強烈に叩かれ、僕は口に入っていた物を思わず吐き出しそうになるのを何とか堪える。


「は、はい。それなんですが――」


 僕はアリシアさんに話したことをもう一度ダグラスさんに話した。

 話を聞き終わり、ダグラスさんは一言、


「ほう。坊主も大変だな」


 やはり二人は夫婦だな、と思った。




「よし、坊主。ちょっと来い」


 程よく腹がこなれた頃、僕はダグラスさんに呼ばれた。

 その手には木刀が二本、ってことはやはり――。


「腹ごなしに軽い運動をするぞ! 久しぶりに揉んでやろう」


 「確か、少し前まで大量のゴブリンと戦っていたのでは……」との考えが僕の頭をよぎるが、そんな常識はダグラスさんには通用しない。


「さあ、どこまで成長したか見せてみろ!」


 中庭に辿り着くと、ダグラスさんは両手をハの字に広げ、何処からでもかかって来いとでも言うかのように無防備な構えで僕を挑発する。

 僕は戦闘モードに頭を切り替えて、無言で気合を入れる。


 これまで苦労して強敵と戦い、僕もあれからかなり成長出来ている筈。

 敵わないまでも、一泡くらいは吹かせることが出来るかもしれない。

 心の中でそう自分に言い聞かせ、剣を構える。

 もちろん初めから全力。

 こうなったら属性剣も使ってしまおう。


「さあ、来い!」


「行きます!!」


 縁側で皆の見守る中、僕とダグラスさんの対決が始まった。















 風が僕の頬をくすぐる。

 空は雲一つ無くとても青い、今日は快晴だ。

 そんな仰向けに地面に倒れこんでいる僕を見下ろす無傷のダグラスさん。

 いや、傷どころか息一つ切らしていない、またいつものパターンだ。

 一泡吹かせるなどと思っていた数十分前の自分が恥ずかしい。

 そんな自信が折れかけている僕に対し、ダグラスさんのフォローが入る。


「いや、だいぶ強くなっているぞ。坊主に勝てる剣士はそうそういない筈だ」


 ではこの人は何なのだろう。

 やはり人間では無いのでは?


「ダグラス、やり過ぎよ。それとカナタくん、一応ダグラスは人間という分類には入っているわ。安心してちょうだい」


「いや、結構いい動きをしてきたんでつい……な。それはそうと最後のセリフは何だ!? まるで俺が怪物みたいな言い方をしやがって――」


「あら、自覚が無いの。重症ね」


 アリシアさんが軽口をたたく。


「それを言うならお前の魔法の方がえげつないだろう! 何せ昔は――」


「ダグラス……」


 その底冷えするような声に、一瞬で場の空気が凍りついた。

 アリシアさんの膝の上で何かを感じたミウがぶるぶると震えている。


「あ、いや……。そう言えば坊主、怪我は無いか。無理をしちゃいかんぞ。俺が部屋まで運んでやろう」


 ダグラスさんは僕を肩に荷物のように担ぐと、物凄いスピードで部屋の中へと避難する。

 その額には僕と対戦した時には全く無かった汗が流れていた。


 ダグラスさんにここまでの反応をさせるアリシアさんって一体……。

 そんな疑問も浮かんだが、世の中には知らない方が良いこともある。

 僕はこの件には触れないことに決めた。



 

 結局、今日は皆でダグラスさんの家に泊まることとなり、その席でアリアについて話す。

 予想通り、二人にはすんなりと受け入れて貰えた。

 やはり気にしていたのであろう、その後の夕食ではすっかり笑顔を取り戻したアリアがいた。


 こうしてあっと言う間に一日が過ぎた。



「坊主、後で寄らせてもらうぞ」


「そうね。遊びに行くからよろしくね」


「はい、お待ちしてます」


「キュ〜!」


「またなの」


「……師匠、待ってる。……また貴重な話を是非」


 ダグラスさんとアリシアさんは、僕たちの馬車が見えなくなるまで見送ってくれた。

 ベラーシとさほど距離が変わらないので、余裕が出来たらバレン村とも馬車で繋げたいな。






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