第90話 妖精女王!?
ある日別荘に戻ると、ソファーには潰れたようにうつ伏せになっているもふもふが僕の目に入る。
何かあったのかと思い、僕は急ぎ駆け寄り声をかけた。
「ミウ、大丈夫? どこか具合が悪いの?」
そっと触れるくらいの力加減で軽く揺すると、ミウは突っ伏した顔をこちらに向けて訴えてきた。
「カナタ、ミウは疲れたよ」
どうやらここ最近の過密スケジュールが原因のようだ。
確かに、ここ数か月は忙しかったからなぁ……。
見た感じでは体力よりも精神的に参っている様子、無理をさせ過ぎてしまったのかもしれない。
「ごめん、ミウ。無理をさせたね。暫くの間、別荘で休んでいて良いから」
僕はミウの頭を優しく撫でた。
ミウは気持ちよさそうに目を瞑っている。
ある程度撫でたところで、僕はソファーから立ち上がる。
「さて、僕は行かなくちゃ。ゆっくり休むんだよ、ミウ」
ミウの頭から手を離し、イデアロードに向かおうとしたその時、小さい手で指先をぎゅむりと掴まれる。
「違うよ! カナタも休むの!」
ミウが僕に向かい要求する。
その顔はいつに無く真剣だ。
「……そうね。……カナタは働き過ぎ」
いつの間にかリビングにいたミサキも僕に休むよう提案してくる。
「いや、でも約束が……」
僕の指先を握るミウの手に力がこもる。
「……私とアリアで問題ない。……ミウを心配させちゃ駄目」
その言葉を残して、ミサキはリビングを出ていった。
「カナタ……」
不安そうな目でこちらを見るミウ。
仕方が無い、今日は休むか。
「わかったよ、今日は一緒に遊ぶか」
「やったぁ!」
ミウが僕の胸に飛びついてきた。
たまにはこんな日も良いよね。
早速ミウにやりたい事を聞いてみる。
ミウ曰く「ゆっくりお散歩したい」とのことなので、一緒に出掛けることにした。
「こうやって出かけるのは久しぶりだね〜♪」
ミウは頭の上でご機嫌だ。
さて、何処に行こう?
イデアロードは仕事になってしまいそうなので却下。
そうすると選択肢は大まかに二つ。
イデア、もしくは現在ゲートの繋がっているベラーシのどちらかだ。
考えながら別荘の外に出ると、タロとジロが目の前でお座りして、じっとこちらを見つめている。
「ガル?」 「グル?」
その小首をかしげる様子から「どこに行くの?」とでも言っているようだ。
「お散歩だよ。タロ、ジロも一緒に来る?」
ミウが二匹に声をかける。
「ガルッ!」 「グルッ!」
当然とでもいう様に一鳴きした二匹は、そのまま僕たちの後をついて来た。
尻尾を嬉しそうに振りながらついて来るその様子を見て、思えばタロとジロとも久しく遊んでいなかったと思い、少々反省した。
二匹がついて来たことにより行き先がイデアでの散歩に決まる。
僕たちはそのまま魚人の集落の方へと足を運んだ。
僕らの目の前に川が見えてくる。
それに向かって猛スピードで駆け出したタロとジロは、そのまま迷うこと無く川に飛び込んだ。
そして僕とミウが川縁まで辿り着く頃に再び水面から顔を出す。
その口にはピチピチと跳ねる元気の良い魚が咥えられている。
陸に上がり、身体を振るわせて水気をはらうと、僕とミウの前に来て、捉えていた魚を地面へと置いた。
「ガル!」 「グル!」
どうやら褒めて欲しいようだ。
僕はタロジロの頭を撫でまわして褒めてあげた。
「ミウたちが留守の時は、よく川で遊んでたんだって」
ミウから補足情報が入る。
なるほど、以前より魚を取る腕が上がっているのはそういう訳か。
「ミウも魚なら捕れるよ! えっとね、電撃魔法を使って――」
「いや、危ないからやめようね」
そんな事をして、浮かんできたのが魚人だったりしたら目も当てられない。
「わかった。捕るときは釣りにしとくよ」
うん、それが安全だね。
暫く川辺で過ごしてから、橋を渡り畑方面へと向かう。
そこで僕らを見つけた妖精たちが突風のような勢いで近づいてくる。
「カナタ、久しぶり〜!」
「カナタ! ミウ! 元気?」
「ねえ、お土産は?」
僕らの周りを賑やかに旋回する妖精たち。
遠くの方からも続々と妖精が飛んでくるのが見えた。
このままでは移動もままならないので、一旦近くにあった空地に移動することにする。
「しかし、随分増えてないか?」
僕の疑問に妖精が答える。
「ここは過ごしやすいから、自然と増えたのよ」
「そうそう、いい場所だよ」
自然にしては増えすぎだと思うが……。
何年後かにはイデアが妖精で埋め尽くされるのではなかろうか。
「でも、わたしたちが増えたから作物が良く育つのよ」
「そうだよ〜」
「まあ、それは感謝してるよ。これはお土産ね」
巾着袋に保存してあったスラ坊特製のケーキを取り出し、シートの上に置く。
この間、女神様が食べていた物と同じケーキだ。
「いただき〜!!」
「あっ、わたしの分!」
「独り占めはダメだぞ!」
巣穴に群がる蜂のように、ケーキに一斉に突撃する妖精たち。
中には頭からクリームに突っ込んでいる妖精もいるが、息は出来るのだろうか? 少し心配だ。
少々離れた場所で僕たちも弁当を拡げる。
それを見たタロとジロが僕に頭を擦り付けてきた。
先程魚を食べた筈なのに、どうもまだ食べ足りない様子。
僕は手ごろなおかずを取り出して二匹の口に放り込む。
「ガルルッ!」 「グルルッ!」
「美味しいって」
ミウの通訳を聞かずとも、さすがに今の言葉の意味は分かった。
その尻尾も千切れんばかりに振られている。
「カナタ、もう無い? もう無い?」
「もっと食べたい!」
何人かの妖精たちがこちらに飛んできた。
もうケーキが無くなってしまったらしい。
「ごめんね、また今度持ってくるよ」
「ほんとね! 約束よ!」
「カナタ、また来て」
近いうちにまた来る約束をさせられた。
今度はもっと大量に必要だな。
昼食を終えた僕らは、続いてオークの住む森の方角へと向かう。
その先頭には二人の妖精、僕たちはその後について行く形だ。
「わたしたちの住処に案内するわ。会って欲しい人がいるの」
妖精たちの言葉を受けて、その住処とやらに向かっている最中である。
その周りの景色を見て、僕の頭に疑問が浮かぶ。
「あれ、ここまでで行き止まりの筈だけど――」
オークの森をそのまま北へと進んでいたのだが、あるはずの壁が無い。
イデア全土はしっかりと探索していたので、記憶違いはありえない。
「ほら、ここがそうよ!」
森が一気に開けたその先に見えるのは、何色の絵の具でも再現できないような色とりどりの景色。
辺り一面に鮮やかな花が咲いたその土地は、まさしくお花畑という単語が世界で一番ふさわしいと思われる場所だった。
その花の周りを、煌びやかな残像を残すかのように妖精たちが飛び回っている。
「カナタ、きれいだね〜」
「ガル!」
「グル!」
その一部が芝生の道になっていたので、僕らはそこから花畑へと足を踏み入れる。
見ただけではどこまで続いているかわからない花畑だが、妖精の案内されるままに進んだ。
暫くすると、ある場所に妖精たちがより多く集まっているのが視界に映る。
あそこが中心なのだろうか。
その場所に近づくにつれ、目の前の妖精たちが左右に分かれるようにして道を開く。
そしてその先には一つの大きな花。
妖精たちがその周りに浮かび頭を垂れる。
彼女たちの普段からは珍しく、重々しい雰囲気が辺りを支配している。
そしてとうとう巨大なチューリップを思わせる花弁がゆっくりと開き、その中から人影が現れる。
その人影は僕らに笑顔で話しかけてきた。
「よく来たでちゅね」
ギャグ漫画ならここはズッコケる場面であろう。
「何をやっているんですか、女神様……」
僕の口から自然とため息が漏れる。
傍から見れば恐らく呆れ顔をしていることだろう。
「ちょっと演出をしてみたでちゅ。気に入らなかったでちゅか?」
巨大な花の中で女神様が首を傾げる。
その仕草がちょっと可愛いのが困りものだ。
「妖精の子たちも、もう良いでちゅよ。協力感謝でちゅ」
女神様の言葉に、集まっていた妖精たちは思い思いの方向に飛んで行った。
「女神様〜♪」
「ミウちゃんは元気でちゅね」
ミウと女神様が挨拶を交わす。
先程の出来事はいつの間にか無かったことにされているようだ。
「――それで、要件は何でしょうか?」
「つれないでちゅね、せっかちは嫌われるでちゅよ。見ての通りイデアが拡張したので知らせに来ただけでちゅ」
「先程の凝った演出は……」
「ただの遊び心でちゅ。心のゆとりを持つには必要なものでちゅよ。さあ、時間はまだあるでちゅ、一緒に遊ぶでちゅよ!」
駆け出す女神様にミウとタロジロがついて行く。
妖精たちも再びその周りに集まってきていた。
その姿は皆が皆、とても楽しそうだ。
――ひょっとして女神様は、心に余裕が無かった僕を諭しに来てくれたのかな。
その真意は定かではないが、僕も今日一日は何も考えず目一杯遊ぶことに決めた。
僕は遠くで笑う皆の後を急いで追いかけていった。
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