第89話 産業について考えましょう
イデアロードへと戻った僕たちは、刻一刻と形になっていく街を見渡す。
大通りの一角には既に看板が取り付けられている店舗がいくつか存在し、オークや魚人たち(見た目は人間だが)が準備に追われていた。
僕はその店舗のうちの一つに立ち寄る。
大きく掲げられた看板には剣と盾の意匠がかたどられていて、一目で武器や防具を扱う店だとわかる。
「お疲れ様です」
なるべく作業の邪魔をしない様に軽く会釈をしながら中に入る。
ショーウィンドウのようなカウンターを抜けて奥の部屋に入ると、そこは作業場になっており、床には無造作にハンマーなどが転がっていた。
一人のオークが僕に気付いて近づいてくる。
「カナタさん。視察ですか?」
「いや、そんな偉そうなものではないけど、どんな感じか気になってね」
この年若いオークはラキア。
是非イデアロードで店を出したいと熱望した一人だ。
「ええ。材料も良いから、存分に腕を振るえます」
その奥には鉱石が山のように積まれている。
それらは裏山ならぬピューレ山脈から採掘したものだ。
開発当初、外壁も未完成で街の守りが弱かったため、近場での魔物退治として人数をそろえて何回か山に登った。
そんな中、一人のオークが偶然にも岩肌から鉱石を発見。
その後の調べで大量の鉱石が埋蔵されていることがわかってからは、街の完成度と相談しながら、そちらにも開発チームを送ることとなった。
さらには、掘り出し途中の採掘場も発見され、そちらも有り難く使わせてもらうことにした。
以前の街で開発していたものらしいが、しっかりと開発許可範囲に入っているので問題は無い筈だ。
それに、ピューレ山脈の魔物からは良い素材が取れる。
それらと鉱物を組み合わせれば、より良い武器や防具が出来ることだろう。
僕は仕上がっていた一本のロングソードをおもむろに握り、片手で振ってみる。
手にしっくりと馴染み、中々に良いものだということは素人の僕にでもわかった。
「これはもっと大きな製錬場とかが必要かな」
山積みになっている鉱石を見て僕は呟いた。
「南の奥の区画なら空いてるんじゃない?」
頭の上から声がする。
「うん、そうしようか」
僕はその言葉に頷いた。
これでまたひと仕事増えた、大忙しである。
次に訪れたのは野菜や魚などの直売所。
ここでは主に魚人たちが商売をする予定だ。
イデアロードだけではまだ自給自足は出来ないので、イデア産の新鮮な食料をここで販売する予定、運ばれてきた物を売るだけの商売となるので比較的楽な仕事ともいえる。
商売に慣れていない魚人たちを慣れさせる意味でも丁度良い。
「いらっしゃいませ!」
「「「「「いらっしゃいませ!」」」」
「ありがとうございました!」
「「「「ありがとうございました!」」」」
大通りにまで魚人たちの声が響いている。
実は、簡単なマニュアルのような物を皆には配布してあり、それに則って接客の基本を学んでいた。
僕がバイト経験を活かして基本ベースを作り、この世界に合うようにミサキが手直ししたものなので、少しは役に立ってくれるものと思っている。
「あとはギルドが来ればバッチリなの」
「まあね。でも、それに頼らない基盤も整えなくちゃね」
冒険者が来てくれればお金や素材が回り、街は次第に発展していくだろう。
しかし、冒険者に頼りすぎると、それが無くなったときに街は衰退してしまう。
また、考えすぎかもしれないが、そこに弱みがあるということは付け込まれる可能性があるということであり、将来を考えると宜しくないように思う。
そして「結局イデアの住民しかいなくなってしまいました」では街を作った意味が無くなってしまうしね。
出来れば何か街の目玉となるものが欲しい。
「目玉になるものか……」
人々に自信を持って売り込めるもの。
僕の心当たりは一つしかなかった。
「カナタ、何か思いついたの?」
「ああ、やってみる価値はあると思う」
それには、アルフレッド商会に話しを持っていかなければ――。
明日にでもまた寄ってみよう。
次の日、早速とベラーシに向かいアルフレッドさんの協力を取り付けた僕は、とんぼ返りでイデアロードに戻り、その準備へと取り掛かる。
数日をかけて、簡単な記念品を始めとした土産物、幾らか保存の効く加工食品など、なるべく他の街では見受けられない物を中央通りの店の店頭に並べる。
もちろんそこにスラ坊の協力は欠かせない。
店頭に並んでいる漬物を一つ、試しにつまみ食いしてみる。
その味は十分合格点をあげられるものに仕上がっていた。
「うん、これなら大丈夫かな」
「別荘の味とほとんど変わらないね」
レシピはスラ坊作、だがそれらを作っているのはオークや魚人たちで、彼らがかなり頑張ってくれた。
片や、宿屋の準備も現在急ピッチで行っていた。
あちらには監督としてミサキとアリアがついている。
予定日が迫っている、それまでに満足いくものに仕上げなければならない。
そして五日後、予定の日がやってきた。
街の建物に赤みが差してきた頃、入り口にて入場のチェックを受けた大型馬車が街の中に入ってくる。
その馬車は『美食亭』の前でゆっくりと停車した。
緊急依頼で配った広告の効果もあり、馬車からは六組のお客がイデアロードの大地へと初上陸した。
「お待たせいたしました。こちらが今回の『グルメツアー』のメイン、知る人ぞ知る名店、『美食亭』でございます!」
僕は添乗員が解説しているのを遠巻きに見つめる。
ここまでは問題なさそうだ。
お客が中に入るのを見計らってから、僕は様子を見るために厨房の中に入る。
そこではスラ坊とその助手たちが慌ただしく料理を作っていた。
だが、忙しい割にどこか皆嬉しそうだ。
今日のメインは肉料理、ワイルドウルフの肉という一般的な食材を使った一品だが、それがスラ坊にかかると高級食材も顔負けの味になる。
ツアー自体はリーズナブルなだけに、お客にとってはきっと大満足のツアーとなるだろう。
口コミで広がってくれれば、後は宣伝しなくてもお客が来てくれる。
最終的にはそうなることが理想だ。
さらには、付け合わせやサイドメニューのいくつかは土産物でも売っている物を作り、そちらの購買意欲も促す。
食材自体はイデアの余剰食糧を使っているので、保存問題も解決して一石二鳥だ。
「おお、これは! こんな美味しい料理初めて食べました!」
「ママ、美味しいね♪」
「ええ、来てよかったわね」
食事が運ばれた次の瞬間には賛辞の言葉が厨房まで聞こえてくる。
助手たちは苦労を労うかのように固く手を握り合っていた。
食事が終わったら、近くの宿へと移動。
温かいふわふわのベッドでぐっすりと睡眠をとってもらう。
食べ足りない、飲み足りないという人は宿屋の一階にある酒場を利用、軽い軽食も出すので、十分欲求は満たせるであろう。
朝食も、朝方は酒場から食堂へと変わるこの場所で食べてもらう予定だ。
そして翌日、中央通りにて大量のお土産(主に食品)を買い込んだツアー客は、満足げな笑みを浮かべて帰っていった。
しかし、見た目だけではわからない事もあると思ったので、馬車内でのアンケートをアルフレッド商会に委託してある。
後でそれを確認し、足りないところを補うつもりだ。
「また来ると良いね〜」
「これでお客が来るようになれば、店も増やしやすいしね」
そうすれば必然的に人を雇うことになる。
そして、その人はイデアロードの住人となるわけだ。
店が増えたらツアーも長めにして商店街での買い物ツアーも良いな。
色々とアイデアは尽きないが、それにはお客様を増やすことが先決。
「私は腕が振るえて大満足です」
スラ坊が満足げにぷるんと震える。
こうして美食亭の開店兼グルメツアーは無事に終了した。
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