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第88話 住民を募集しましょう

街づくり第二弾です。

「街を作るって挨拶しに来て以来か。いや、今はもう子爵さまだからこの口調は失礼かな」


 ベラーシのギルドの一室にて、ギルドマスターが笑みを浮かべながら僕に語りかける。


「そんなの名前だけですよ。いつも通りでお願いします」


「まあ、その方がこちらとしても楽だが。――で、今回の要件は何だ」


「はい、ギルドの誘致です」


 僕のその言葉にギルドマスターは顎に手を当てて軽く考えるような仕草をする。


「ふむ、わかった、話は通しておこう。視察に関しては近いうちに行われるだろうが、何分人手不足だから、実際ギルドが出来るのには時間がかかるかもしれんぞ」


「はい、それは構いません。ありがとうございます」


「それで……、ぶっちゃけどうなんだ。街の開発状況は?」


 ギルドマスターが身を乗り出す。


「はい、思った以上に順調です。この分ならあと一ヶ月もしない内に完成しますね。もっとも箱だけですが……」


「住民か?」


「はい。これから募集をかけるつもりですが、それだけはまだ先が見えません」


 苦笑いする僕に対し、ギルドマスターは達観したような表情で語る。


「まあ、焦りなさんな。そう全てが順調にいったら、逆につまらんだろう。遊び心を持つことも大事だぞ」

 

 さすが先達、その言葉には人生経験が籠っている。


「そんなものですかね」


「そうさ。年がら年中張りつめて切羽詰っているような領主の所になんか、お前も移住したくないだろう?」


 なるほど、それもそうだ。


「気をつけます」


「うむ、頑張れ。住民については儂も気にかけておこう」


 話を終えた僕は、そのままギルドを後にした。





「さて、次は住民か」


「どうするの、カナタ?」


 買い出しに行っていた三人と合流してからイデアへと戻った僕たちは、現在の最重要課題である住人募集について話し合う。


「魅力が無いと駄目なの」


「……安全性の宣伝も必要」


 アリアとミサキの言うこともはもっともだ。


「やはり始めは税金の軽減とか免除とかになるんだろうね」


 幸い僕一代までの国税は免除されている。

 ――とすると、住民から取るのは街の税のみ、街の維持や開発費、すなわち僕の取り分だ。

 これを必要最低限に抑えれば、移住に興味を持つ人が多少なりとも現われてくれるのではないか。

 特に税収で利益は出さなくても良い、街が破綻しない程度の収入さえあれば僕としては問題ない。


 ミサキによると、普通の街の税率は収入の約三割が一般的とのこと。

 国税が一割五分、街の税が一割五分の内訳だ。

 それを考えると、単純計算だが国税が無いというだけで税を一割五分に抑えられる。


「移住初年度は五分の税金、それ以降は一割なんてどうだろう」


「良いんじゃない」


 そうすると、税を管理する人が必要になってくるな。

 なるべく信頼のおける人が良いのだが、誰かいないだろうか。


「キマウで良いんじゃない。言う事とか細かいし、計算も出来たと思うよ」


 キマウさんか……。

 魚人の集落の事も有るので無理強いは出来ないが、駄目元で頼んでみるか。

 部署的なものは街が軌道に乗ってから考えよう。


 また、店舗・住居の格安販売、貸物件、貸店舗についても安くしておくことにした。

 「いつまでに買えば」とか「○○件限定」とかの宣伝も一緒につければ効果的だろう。

 人はそう言う文句に弱いからね。


 交通の便も重要だ。

 ここから近い街というと、北にあるベラーシと北西のコレットがほぼ同距離に存在している。

 ベラーシからの定期馬車はどう考えても必須なので、万一利益が出なければこちらで補填するという計画でどこかに話を持っていくことにする。

 資金ならまだ十分有るからね。

 コレットの街については、ベラーシとの便が上手くいってから手を付けることにした。

 寂れた街とは言っても一応は王都に近いし、そういう街の方が移住者は多いかもしれないので、定期馬車を作らないという選択肢は無い。


「後は宣伝をどうするかだな」


「国に頼めないの?」


 ミウが聞いてくる。


「いや、止めた方が良い。下手に他の貴族のやっかみを受けたくないからね」


「……ええ、街の発展速度としてはかなり異常。……優遇措置の件も有るから、どんな横やりがあるかわからない」


 ただでさえ貴族にはウンザリしているところに、あえてこちらから係わりを持つことはしたくないというのが僕の心情だ。

 ミサキもそれを肯定する。

 まあ、そんな僕も貴族になってしまったわけだが、他人にそう思われないように努力したい。


 結局、人を雇ってビラを配ってもらううのが一番良いという結論になった。

 早急にビラを作っておこう。

 こういう時に魔法って便利だよね。


「お疲れさまです。お茶が入りましたよ」


 一息ついたところで、タイミング良くスラ坊がお茶を持ってくる。

 そんなスラ坊に僕は話しかけた。


「スラ坊も意見があったら遠慮なく言ってね。何なら話に加わってくれると嬉しいんだけど――」


「いえいえ、私は食堂を作らせて頂いただけで十分です」


 そう言い残すと、そのままキッチンへと消えていった。

 相変わらずの奥ゆかしさだが、食堂の建設に関してはかなり拘っていたことを僕は知っている。

 スラ坊にはそちらを頑張ってもらうことにしよう。


 その後、さらに細かい部分を四人で詰めていった。

 それと同時に、決まっていなかった街の名前も決めた。

 その名前は『イデアロード』、その名の通りイデアへと繋がる道という意味である。




 次の日、僕たちは久々にベルトさんの元を訪ねた。

 もちろん、その雇い主を紹介してもらう為だ。

 そして今、僕の目の前には恰幅の良い男がにこやかに右手を差し出している。


「はじめまして。アルフレッド商会のアルフレッドと申します。お会いできて光栄です」


「カナタです。こちらこそ貴重な時間を割いて頂きありがとうございます」


「……ミサキです」


 僕の一歩後ろで軽く会釈するミサキ。

 今回はミウとアリアは別荘でお留守番だ。


「それで、子爵様。今回はどのようなご用件でしょうか」


「はい。新しい街への定期馬車の誘致に来ました」


「なるほど、噂には聞き及んでおります。しかし私どもも商売人。利益が見込め無い場所に馬車を出すことは出来ません」


 アルフレッドさんは探るような目でこちらを窺っている。


「その点はご心配いりません。万一利益が出なかった場合はこちらで一定額を補償いたします」


「ほう……、補填ですか」


「確かバレン村の定期馬車も国と同じような契約を結んでいるとか――。それよりは色をつけられると思いますが、如何でしょうか?」


 もちろんこれはミサキに事前に聞いた知識だ。


「――条件を聞かせて頂きましょう」


 僕たちはアルフレッドさんと馬車の数と補償金について交渉する。

 結局、馬車については一日一便で様子見、今後の人の動きにより増減させることで落ち着いた。

 さらには、イデアロードに興味を持ったアルフレッドさんから一度街を見学したいとの申し入れがあった。

 手広く商売をしている商会なので、もしかしたら店舗購入第一号になってくれるかもしれない。



 次に辿り着いたのは昨日に引き続いての冒険者ギルド。

 いつもと違うのは、今回は依頼を出す側だということだ。


「あら、カナタくん、ミサキちゃん。いらっしゃい」


 こちらはいつもと同じで、マリアンさんが笑顔で迎えてくれた。

 それは僕が子爵になっても変わらない。


「こんにちは、マリアンさん。今回は依頼を出したいんですけど――」


「あら、どんな依頼かしら?」


「はい、ビラを配る仕事の依頼です」


 僕は巾着袋からビラを一枚取り出しマリアンさんに見せた。

 それを見てマリアンさんが一言、


「あら、もう募集するの」


 マリアンさんが驚いた顔で僕を見る。


「はい、受け入れ準備は出来ています」


「へぇ、この住宅なんて安いじゃない! 店舗も安いわ。実際に見て良ければ、私も実家ごと引っ越そうかしら」


「ははっ、マリアンさんにそう言ってもらえると、ビラの内容に自信がつきます」


 少なくとも目を引く広告にはなっているようだ。


「そうそう、依頼だったわよね。これに内容を記入してちょうだい」


 僕はマリアンさんに出された紙に詳細を記入する。

 どうやらHランクの依頼となるようだ。

 金額はミサキと相談して、百枚配布で銅貨五枚に設定した。


「じゃあ、今からビラを持ってきます」


 僕は一旦表に出て、建物の陰で巾着袋からビラの束を取り出す。

 ビラはしっかりと百枚ごとに小分けしてあり、それを何往復かすることによりカウンターの前に運び込んだ。


「全部で一万枚あります。これは依頼料です」


 僕はカウンターに銀貨五枚と銅貨五十枚を出す。

 銅貨五十枚はギルドへの手数料だ。


「うん、確かに。ここに書いてある通り、しばらく継続の依頼で良いのね」


「はい。また後でビラを持ってきます」


 これで今日の予定が終わり、どこにも寄り道することなくそのまま帰路に着く。

 さて、ビラの効果が出てくれれば良いが……。

 色々と不安もあるが、こればかりは待つしかないよね。





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