第82話 突入
ディエルはすぐに見つかった。
彼のいた場所は入り口付近にある乗合馬車の停留所、恐らくは王都を脱出するだろうとの僕らの予想は見事に的中した。
「あれ、貴方たちは先ほどの……」
「ディエルさんですね。貴方に聞きたいことがあります。ついて来てもらえますか?」
その言葉を聞いた途端、ディエルはその場から逃げ出そうとする。
だが、ミサキが軽く出した足に蹴躓き、そのまま前のめりに倒れこんだ。
それと同時に、持っていたズタ袋の中身が地面に散らばる。
「おおっ! 何だ!?」
「金だ!!」
近くにいた人たちから驚きや羨望の言葉が漏れる。
その目線の先には、ズタ袋から飛び出した大量の金貨が転がっていた。
「くっ!」
地面に這いつくばりながらも、急いでそれらをかき集めるディエル。
その肩に手を置き、僕は彼に最後通告を行う。
「ついて来てくれますね」
その手を払いのけるようにして立ち上がり、ディエルは僕に拳を振り上げる。
しかし、僕にとってその攻撃はスローも良いところ、難なくそれを掴み、そのまま後ろ手に捻り上げた。
「あいたたたっ!」
背中を反らせて痛がるディエルの目の前にはミサキが立ち、掌に大きめな炎を発現させる。
そして一言――、
「……消し炭になる? ……それとも黙ってついて来る?」
周りの人が引いているのが多少気になるが、お蔭でディエルの抵抗する力が弱まった。
「何だ! 何の騒ぎだ!」
その時、城下町の入り口を警備していた騎士らしき人が数人、こちらの騒ぎを聞きつけて駆けてきた。
ミサキは素早く炎を消すと、何食わぬ顔で彼らを迎える。
「……重要参考人」
「はぁ!?」
説明不足のようなので、僕はその捻り上げた手を離さぬまま、騎士たちに応対する。
「実はギルドからの依頼で、ある事件に関係しているであろう男を捕まえました。疑うようでしたら、どなたかがギルドへと同行して下さい」
僕の言葉を受けて、騎士たちは怪訝そうな顔でお互い顔を見合わせていたが、暫くして一人の騎士が前に進み出る。
「わかった、私がついて行こう」
「ほら、お前らも散った、散った!」
周りに集まった野次馬たちは、その他の騎士たちによって追い払われる。
その間に僕は巾着袋からロープを取り出し、それでディエルを縛った。
漸く諦めてたのか、ディエルは暴れることなく成すがままになっている。
周りに散らばった金貨や衣類は、アリアが拾って再度ズタ袋に詰め込むと、それをその小さな身体に背負いこんだ。
「アリア、大丈夫?」
「平気なの」
見た目は全く辛そうでは無い。
僕自身はディエルを捕まえているので手が離せない為、荷物はアリアにそのまま任せることにした。
あれほど大きな弓を引く位なのだから力は十分に備わっているのだろう。
でも、傍から見ると小さい子を虐待しているように見えるので、今回のような時以外は頼まないことにしようと思う。
ギルドへと向かう道中では特に会話も無く、何とも言えない雰囲気を変えぬまま、本部ギルドへと到着する。
カウンターに声をかけて依頼の証明をお願いすると、その奥からギルドマスターが現われた。
ギルドマスターが騎士に対して王国の印の入った紙のような物を見せると、騎士はそれに納得して元の場所へと帰っていった。
「ふむ……、彼がそれを手引きしたということですね」
「嘘だ! 何の証拠があってそんな事を!」
ギルドの奥の部屋にて、ギルドマスターに経緯を説明した僕らに喰ってかかるディエル。
どうやらまだ諦めていなかったようだ。
「……あの金貨は何?」
「へ、へそくりだ! 文句あるのか!」
「……仕方ない」
ミサキが前に進み出て、再び魔法を展開させようとしたところで、ギルドマスターから静止がかかる。
「まあ待て。――ディエルとやら。お前は先程言っていたことは何もやっていない、そう言うのだね」
「ああ、間違いない! 俺は無実だ!」
「では、証明して見せると良い」
ギルドマスターが呼び鈴を鳴らすと、何人かの男が現われ、そのままディエルの両脇を抱えて連行する。
「あの……、何が――」
展開について行けなかった僕はギルドマスターに質問する。
「ああ、軽めの幻覚魔法を使う。冒険者ならともかく、魔法抵抗の少ない一般人ならば間違いなく情報を引き出せる筈だ」
なるほど、そういう方法もあるのか。
感心していた僕を見ながら、ギルドマスターが続ける。
「君たちに足りないのは経験のようだね。だが、それがわからず意固地になる冒険者が多い中、すぐにギルドまで連行したのは少しは自分がわかっていると言えよう。そういう人間はまだ伸びる筈、ザックスも良い人材を引き当てた様だ」
小一時間が過ぎ、部屋に入ってきた職員からギルドマスターと僕にそれぞれメモのような紙が渡される。
そこに書かれていたのは、とある魔術師の経歴と屋敷の所在だ。
「彼が犯人ということですか?」
「ああ。正体は隠していたようだが、恐らくは間違いない。あの精度の魔術を準備も無しに使える人間は限られてくる。後は細かい情報による消去法だな。後から応援は送るので、君たちには早速乗り込んでもらいたい」
「わかりました」
ギルドマスターの命を受け、僕たちは目的の屋敷へと辿り着く。
その屋敷の所有者の名はカストール。
魔術の研究のみを生きがいとし、魔術の腕は一流だが、奇行ゆえに周りからは変人と揶揄されている人物。
噂では夜な夜な人体実験を行っているとか、悪魔に魂を売っているとか、数々の悪評が絶えない老人とのこと。
その噂からか両隣の建物は空き家になっており、そこにまで屋敷の雑草や蔦が侵食、もちろん屋敷の壁にもびっしりと蔦が生い茂っており、グリーンカーテンも真っ青な状態になっている。
その不気味な魔女の館のような建物を目の前にして、僕が足踏みしても果たして誰が責められようか。
「これに入るんだよね。カナタ」
「自然がいっぱい、でも何か違うの」
「……これも仕事」
ミサキに促され、仕方なしに長めの雑草を踏みしめながら正面の扉を目指す。
距離自体はそれ程無く、すぐに玄関の石畳に辿り着き、扉に手を掛ける。
不用心にも鍵はかかっておらず、その扉はすんなりと開いた。
目の前に広がるのは巨大なホール。
正面には螺旋状の階段があり、その両脇には鷲のような鳥の像が二体、台座の上からこちらを睨みつけている。
思わず後ずさってしまいそうなリアルな迫力だ。
「何か、嫌な予感がするんですけど……」
「……たぶん正解」
その二つの像の目が赤く輝く。
そして、まるで生きているかのように台座から飛び立つ。
「やっぱりかい!」
「カナタ、来るよ!」
「……喰らって」
ミサキの放った二本の炎の矢、それが開戦の合図となり僕たちは戦闘に突入した。
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