第7話 決意
日差しの眩しさにたまらず僕は目を覚ます。
どうやら小屋の窓からの日差しが直接顔に当たっていたようだ。
「……もう朝か。……ミウ、朝だよ」
一緒になって毛布に包まっていたミウに声をかける。
薄っぺらい毛布よりも、もこもこのミウの方が毛布としての機能が上だったのは内緒だ。
「う〜ん。カナタ、おはよう」
「おはよう、ミウ」
朝の挨拶を済ませたところで、2人で部屋を出る。
小屋の入り口ではベルトさんがもう出発準備を始めていた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
ベルトさんがこちらに気付き、声をかけてきた。
「ええ、おかげさまで。……あれ、タフィーさんは?」
「ああ。今仮眠を取っていますよ。何せ二人しかいないんでね。あっしが早めに起きて、出発までの間に寝てもらっているんですよ」
「そうですか。結構大変なんですね」
「いえ、それほどでも。定期便と言っても7日に1回しか出てませんからね。道中含めても3日は休みは取れます。とは言っても他の日は自宅で野良仕事ですがね。どちらかというと、そちらの方が大変ですね」
「何だ。もう皆起きてやがんのか。ベルトさん、もう出るのかい?」
仮眠から目を覚ましたタフィーさんが、目をこすりながらこちらにやってきた。
ベルトさんは僕の方に目を向ける。
「カナタさん、どうしますかね。カナタさんさえ良ければもう出発しますけど……」
ベルトさんに判断を委ねられたので、僕は即座に答えた。
「はい、大丈夫です。出発しましょう」
朝食は馬車の中で食べれば問題ない。
それよりも、なるべく早く街に着いておきたかった。
その答えを聞き、ベルトさんはそそくさと残っていた準備作業を終わらせた。
「タフィーさん」
少し小声でタフィーさんに声をかけた。
馬車の騒音に紛れたその声は、タフィーさんにしか聞き取れていない。
「ん!? 何だ?」
「気を付けていきましょう。何かまた襲ってきそうな気がします」
流石に理由は言えないので、僕に言えるのはここまでだ。
「あんなことは続けて二度も起こらんだろう。……だが、気をつけてはおこう。その時は、悪いがまた手を貸してくれ」
僕の真剣な目を見て、タフィーさんはそれとなく気をつけてくれると約束してくれた。
「はい! もちろんです」
こうして馬車は再び街へと向かって走り出した。
「おい! 何だありゃあ!」
日が空の頂点に差しかかる頃、タフィーさんが何かを見て驚きの声を上げる。
それは、小高い丘の上に何十匹といるワイルドウルフ。
そしてその中心には、しっかりと二本の足で立つ巨大な狼が、悠然とこちらを見下ろしていた。
初めて見る魔物だ。
「タフィーさん、あの大きい狼は?」
「ああ、あれはウルフリーダーだな。それならばこの前の襲撃でワイルドウルフの統率が取れていたのにも納得がいく。しかし、何故こんな辺境に……」
「ワォォォォォーン!!」
ウルフリーダーの一鳴きで、ワイルドウルフたちは一斉に丘を下りてくる。
その数は、少なく見積もってもこの間の襲撃時の3倍を超えている。
「くっ! ファイアアロー!」
「キュー!」
ミウと二人で馬車内から魔法を放つ。
しかし、数の暴力の前では焼け石に水だ。
さらに悪いことには、前方にも別働隊がいたらしく、現在、馬車の足は止まってしまっている。
強引に脱出しようにも、馬は怯えてしまっていて硬直。
ある程度倒してからこのまま馬車で一点突破、という手段ももう使えないだろう。
馬車の周りを少し距離をおいて取り囲むワイルドウルフたち。
「よし、お前たち、良くやった。流石にこう囲まれては手も足も出まい。なぶり殺しにしてくれるわ!」
ウルフリーダーが勝利を確信したかの様にその囲みの中から現れる。
よし! 今だ!!
「フレイムサークル!!」
僕は馬車を囲むように炎のサークルを出現させた。
先頭に立って取り囲んでいたワイルドウルフは、その炎に焼かれ黒焦げになる。
必然的に、そのサークルの中に残されたのは、すんでの所で炎を躱したウルフリーダーのみ。
他のワイルドウルフたちは、まだ炎が燃え盛っていてサークルの中側に入ってこれないでいる。
「タフィーさん! 炎はそれほど持ちません」
「ああ、分かっている!」
タフィーさん、僕、ミウが馬車から飛び出す。
タフィーさんはウルフリーダーに向かって剣を振るう。
しかし、その剣はウルフリーダーの持つ大きな斧によって受け止められてしまう。
「ぬう! 人間どもめ。許さん、許さんぞ!」
ウルフリーダーは怒りの雄叫びを上げてタフィーさんと打ち合う。
タフィーさんは、その怒りまかせの斬撃を何とかしのいではいるが、徐々に押されている。
僕は僕で炎の魔力を維持しなければならず、手が出せない。
「ウィンドカッター!」
ミウが魔法を唱える。
数本の風の刃の内の一つがウルフリーダーの脇腹をえぐる。
その時、ウルフリーダーに一瞬硬直が生まれた。
「だあっ!」
その隙を見逃さず、タフィーさんの一撃が相手の喉笛を貫く。
ウルフリーダーは目玉だけを動かし、ギロリとタフィーさんを睨むが、程無くしてその巨体は力を無くし、そのまま崩れ落ちて行った。
「タフィーさん! 炎を消します!」
今まで炎を維持してきたが、そろそろ魔力量が少ない。
それに、これからの戦闘を考えて、少しでも魔力は維持しておきたかった。
炎の壁は次第に低くなり、炎の外で囲んでいたワイルドウルフたちが姿を現す。
彼らは、倒れていたウルフリーダーを見て混乱しているようだ。
「今です! きついけれど、ここが踏ん張りどころです!」
「ああ、分かっている」
「キュー!」
先頭のワイルドウルフたちを蹴散らすと、残りのウルフたちは徐々に散開して行く。
そして戦闘が終わり、その場には二十数匹のウルフの死体を残すのみとなった。
「ふぅ……、終わったな」
タフィーさんがその場にどかっとしりもちをつく。
「ええ、何とか終わりましたね」
昨日のポイント分で広範囲魔法を取っておいてよかった。
あれが無かったら正直危なかった。
「やったね、カナタ♪」
ミウが褒めてとばかりに身体を擦り付けてくる。
僕は、活躍したミウの頭をゆっくりと撫でてあげた。
その後、それぞれの討伐部位を剥ぎ取り、一つにまとめた。
さすがに焼け焦げているウルフたちからは何も取れなかったので、そのまま放置してある。
「ほら、お前さんの取り分だ」
タフィーさんに渡された部位の中にはウルフリーダーの牙も含まれていた。
これはタフィーさんが倒したはず――。
疑問の目でタフィーさんを見返すと、
「俺一人では倒せなかったからな。まあ、冒険者になる前祝いも兼ねてってとこだ。いくらかの資金の足しにはなるだろう」
「はい、ありがとうございます!」
僕は、先輩冒険者の気持ちを素直に受け取っておくことにした。
それからの道中は平和そのもので、馬車は順調に街へと向かっていた。
その揺られる馬車の中で僕は考える。
どうやら僕はミウだけでなく、特殊な魔物の声を理解できるようだ。
ならば、話し合えばお互い理解できる種族もいるのではないか――。
人間にも良い人と悪い人がいるように、魔物を含む他種族にもそれがいてもおかしくないと思う。
ただ種族が違うだけなのだから――。
今回は残念ながらこういう結果になったが、僕はただ魔物というだけで殺すことはしたくない。
これから冒険者になっても、それだけは変えたくないと思った。
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