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第73話 廃坑の奥へ

 魔力をコーティングすることにより、白い輝きを纏う黒曜剣。

 戦闘中は魔法を使う暇がない僕の攻撃に属性を加えられないだろうか?

 そう思って以前から練習をしていた甲斐もあり、どうやら上手くいったようだ。

 臆することなく飛びかかってきた狼に対して、迷うことなくその剣を振り抜いた。


 小気味良く真っ二つに斬られたその切り口から白煙を吹き出し、溶けるかのように崩れ落ちるアンデット。

 いざ戦ってみると、思ったよりあっけないものだ。


「……カナタ、まだ来る」


 ミサキの言葉を受け、正面を見据える。

 出てきたのはレッドスコーピオン、ビックベアー、クレイタートルなど、ギルドの情報と違わぬ魔物たちが勢ぞろい。

 だが、どの魔物もアンデット化しており、鼻を覆いたくなるような異臭を放っている。

 僕は余りの臭さに耐えられず、ある決断を下す。


「ミサキ、燃やそう!」


「……了解」


 巨大な炎の渦が魔物たちに向かって放たれる。

 僕は数歩下がりながらその光景を警戒しつつ眺める。

 額からは汗が流れるが、このくらいの暑さはあの異臭に比べたら何てことは無い。


 もちろんお年寄りであるマーラさんへのフォローも忘れてはいない。

 巾着袋から取り出した冷たい水を飲んで凌いでもらっていた。



 炎が消え、再び目の前の視界が開ける。

 あの激しい炎の中でも、アンデットたちはまだ生きていた。

 いや、生きているという言い方はおかしいな……。


 溶けた身体を未だに蠢かせるアンデット、このまま放っておけばまた復活しそうな感じだ。

 それらに対し、ミウが聖魔法をこれでもかと大量に放つ。

 どうやらミウもあの臭いが我慢できなかった様子。

 アンデットたちが全て消滅したのを確認して、僕たちは一息つく。


「……私たちで良かった。……他のパーティーなら、下手すれば全滅」


 ミサキが言うには、冒険者パーティーの中に聖魔法の使い手は滅多にいないとのこと。

 そのほとんどが国のお抱え、もしくは聖教会に属する司祭。

 その為、アンデットの出現が確認されると、聖教会の司祭たちに依頼がいくケースがほとんどらしい。

 聖教会か……、初めて聞く名前だ。


「……聖教会は有名。……逆に知らないカナタがおかしい」


 いや、宗教とかは特に興味が無いしね。

 それに信仰の対象なら既に間に合っているし……。

 僕の頭の中に、美味しそうにお菓子を頬張る幼女の顔が浮かぶ。


「……聖教会は女神様信仰。……カナタのそれと変わらない」


 その思考を読んだかのようにミサキがツッコむ。


「なるほど。それなら一度訪れてみても良いかもね」


 きっとまた大人びた女神様の像が拝めることだろう。


 アンデットはその遺体を残さない為、討伐部位の剥ぎ取りなどの手間が省け、時間短縮が出来た。

 ただし、もちろんその分お金にはならない。

 アンデットの依頼達成の確認とか、普段の依頼はどうしているのだろう?

 そんな疑問を抱きつつ、僕たちは休憩を終え、マーラさんの様子を確認しながら奥へと進んだ。




 次に現れたのは巨大な魔物が二体。

 頭が天井に届くほどの大きさのオーガが、僕たちの前に言葉の通り立ちふさがる。

 もちろん、こいつらもアンデットだ。


「フシュルルル……」


 その手には巨大な棍棒、狭い廃坑内で辺り構わず振り回す。


「うおっ! 危ない!!」


 僕はとっさに後方へと跳ね、その一撃を躱す。

 脳のリミッターを外したかのような一撃が、岩肌を力任せに打ちつける。

 壁だけでなく天井からもパラパラと岩の破片が地面へと降りそそいだ。


「危ないの。坑道が崩れちゃうの」


 後方でマーラさんを守りつつ、弓矢で牽制しているアリアが危険を伝えてくる。

 もちろん、それは僕もわかっている。

 ただ、あまりにも規則性の無い滅茶苦茶な動きなため、懐に入る事が出来ず、こちらの攻撃が届かない。

 ミウとミサキはもう一体を相手してもらっている。

 あちらは前衛がいない分、足止めに苦労している様子、援護射撃は望めない。


「フシュルルル……、ガアアッ!!」


 そんな事を考えている間も、オーガの攻撃は止まらない。

 ボサボサの髪を振り乱し、狂ったように棍棒を振り回す。


「えいっ! なの」


 アリアの雷の矢がオーガの胸へ突き刺さる。

 バチバチッと音を立てつつ紫電がオーガの全身を包むが、オーガはそれに対し効いたそぶりを見せず、その大きな腕で胸の矢を強引に抜き去った。


「駄目、効かないの……」


「まだだ、アリア! 効かないと決まった訳じゃない!!」


 振り下ろす棍棒を避けつつ、その腕に一撃を入れる。


「くそっ! 浅かったか」


 踏み込みが足りない為、かすり傷程度しか与えられていない。


「ガアアアアッ!!」


 それでもオーガにとっては癪に障ったらしく、棍棒で叩き潰さんと僕に狙いをつける。


「させないの!!」


 後方から矢の三連撃が発射され、オーガの太い利き手へと突き刺さった。

 そこから冷気が発生し、纏わりつくようにオーガの腕を固める。

 オーガは力任せに腕を振りそれを振りほどく。

 だが、そのことがほんの数秒、オーガの動きを鈍らせる。


「ありがとう、アリア! 十分だ!!」


 僕はその隙をついてオーガの懐に入る。

 僕の気合に呼応して、黒曜剣も眩いばかりの光を発する。


 その光の剣がオーガの腹を切り裂く。

 何かが蒸発するような白い煙が切り口から吹き上がる。


「まだまだっ!」


 続けざまにオーガの太い腕に対しても斬撃を加える。

 前の時とは違って十分な手応え!

 その感触通り、オーガの腕は地面へと転がる。


 攻撃手段を失ったオーガは僕らの敵では無かった。

 身体のあらゆる部位から蒸発が始まり、最後には何も残らなかった。


「もう一体は!?」


 ミウとミサキの戦況が気になり目をやると、ちょうどオーガが消滅している場面が視界に映る。

 どうやらあちらも終わったようだ。


「マーラさん、大丈夫ですか?」


 激しい戦闘を間近で目撃したのだ、さぞ恐怖だっただろう。

 しかし、マーラさんは動揺するそぶりさえ見せずに、


「私は大丈夫です。先を急ぎましょう」


 あれだけの戦闘を目撃してもマーラさんの態度は全く変わらない。

 お孫さんの為を思っての火事場の馬鹿力なのだろうか?

 本当に疲れていないようなので、僕たちは言われた通りに先を急ぐことにした。




 あれから更に何度かのアンデットとの戦闘を経て、僕たちは終着点と思しき場所に到着する。

 目の前には大きな開き扉。

 およそ廃坑の風景に似つかわしくないその扉は、不気味な意匠と相まって異様な存在感を醸し出している。


「廃坑にこんな扉が必要なの?」


 ミウが僕に質問する。

 

「いや、そんな事は無い。これは後から付けた物だね」


「……何かいる」


 それは僕も感じる。

 扉の向こうから感じる威圧感、恐らく只者ではないだろう。

 だが、いつまでもこうしていても仕方がない。


「開けるよ」


 その扉に鍵などはかかっておらず、まるで僕らを迎え入れるかのようにすんなりと左右に開く。

 目の前に映るのはドーム状の広い空間。

 そしてその中心には、黒いフードをかぶった男が一人佇んでいた。

 その雰囲気からして、どうやら先ほど感じた威圧感の主であることには間違いない。


「良くここまでたどり着きましたね、冒険者の皆さん。そして……、会いたかったですよ、マーラ」


 男の目が怪しく光る。

 その顔には肉が一切ついていない――そう、髑髏(どくろ)であった。




 


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