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第72話 同行

 マリアンさんはギルドに足繁く通う老婆について話し始めた。


「彼女は一か月ほど前から依頼をギルドに提出しているのだけれど、どうもその受け手がいなくてね。ああして毎日様子を見に来るのよ」


「それって、どんな依頼なんですか?」


「南東にある廃坑の探索依頼よ。彼女のお孫さんは生まれた時から目が見えなくて……、それ治すには廃坑の奥に行けと占い師に告げられたらしくてね。ただ、そこってかなり深くまで掘られてるから、今では結構強い魔物が住みついているのよね」


「なるほど……、大変そうな依頼ですね」


「ええ。無力なお婆ちゃんを守りながら進むには、それ相応の実力が必要になるわ。かと言って、高ランクを雇える程の金額でもないから、依頼が宙に浮いてしまっているのよ」


 確かに、偶に見る高ランクの依頼って凄い金額だったのを覚えている。

 一般の人がそれを出すのは、おいそれと無理があるのは僕でもわかる。


 ただその事よりも、僕にはマリアンさんの言葉の中のある個所に引っかかていた。

 それについてマリアンさんに質問してみる。


「でも、占いの結果を信じて高いお金を出して危険な場所に行くなんて……、大丈夫なんですか?」


 そもそも占いについて、僕はそれほど興味が無い。

 せいぜい雑誌の占い欄を見て、良い運勢だったら信じてみるか、といった程度だ。

 その為、それを信じて危険な廃坑に挑もうとしていること自体が信じられないし、お金の無駄に思えた。

 しかし、マリアンさんの返答は僕の前世での常識を覆すものだった。


「占いを馬鹿にしちゃいけないわ。現に王国の紛失したお宝を発見したなんて事もあったのよ! 百パーセントとまではいかないまでも、八十は固いわね」


「……一種の予言みたいなもの。……国のお抱えもいるくらい」


 この世界の知識に乏しい僕の為にミサキが補足してくれる。


「でも、それだと詐欺なんかが横行するんじゃないですか?」


「それは大丈夫、ライセンス制だからね。ちゃんと試験もあるし、あまりに酷いと剥奪されるわ」


 急に現実的になりましたね。

 でも、おかげで理解が出来た。 

 だから是が非でも廃坑に行きたいって訳か。


「……依頼、受けてみる?」


 ミサキが聞いてくる。


「出る魔物とその他の内容によるね。出来れば受けてあげたいけど、実力不足なら逆に迷惑だしね」


 何よりも『僕らの実力に見合っている依頼か?』が最優先だ。

 冷たいようだが、知らないお婆さんとミサキたちなら、迷わずミサキたちの安全を取る。

 それにこの依頼に関して言えば、僕らが全滅したらそのお婆さんも無事では済まないわけだから、ここは冷静に内容を吟味する必要があるだろう。


「内容は掲示板に張ってあるわ。Cランクの依頼よ。大体の出現する魔物も資料としてあるから、それと合わせて判断してね」


 Cランクだからギリギリ受けられるのか……。

 僕らはカウンターを離れ、依頼内容を確認すべく掲示板へと向かった。



 




「この度は依頼を受けて下さって、ありがとうございます」


 白髪の老婆が僕たちに向かって丁寧にお辞儀をする。

 一見、何処にでもいる小柄なお婆さんといった風だが、目の奥には年齢を感じさせない力強さがあった。


「こちらこそよろしくお願いします。馬車はこの通り用意してありますので、これに乗って廃坑まで行きましょう」


 マーラさんの乗車に手を貸しながら、僕らも馬車に乗り込む。

 そしてそのまま馬車は南東に向けて出発。

 速度に関しては、あまり速くなり過ぎないようにユニ助には言い含めてある。


「マーラさん、一つ聞きたいんですけど……、廃坑の奥には何があるんですか?」


 僕は今回の依頼で唯一わからなかったことを直接聞いてみた。


「それは私にもわかりません。ただ、娘を治すためには冒険者と供に廃坑の奥を目指せと……」


 どうやらその占いでは細かいところまではわからなかったらしい。

 王都お抱えのような力のある占い師ならわかるかもしれないが、それには多くの金額がかかる。

 冒険者を雇うお金の捻出もあり、これ以上は断念したとのこと。


「わかりました。とりあえず向かってみましょう。ただし、危険だと判断した時は引き返すことも了承してください」


 今回の行動では、こちらの指示に従って貰うことを約束してもらった。

 何が起こるかわからない中で勝手に動かれると非常に危険、ある意味念押しの意味合いも含んでいる。




 出発が朝早かったため、昼前には目的の廃坑に到着。

 周りを警戒しつつ、一旦外でお昼にすることにする。


「どうぞ。良かったら食べてください」


 どうやらマーラさんが僕たちの分も昼食を作って来てくれたようだ。

 折角なので、僕らの用意してきたお弁当は出さず、そちらを頂くことにする。


「うん、美味しいの」


 お弁当の中身は野菜中心のヘルシーな食事だ。

 少し塩加減が多いのは、保存食を作る上では仕方のないことなのだろうか。

 ただ、中に入っている漬物は絶品で、一緒にご飯が欲しいところだが、改めて自分たちの弁当を出すわけにもいかず、何とか我慢をした。


 

 マーラさんを気遣い、食休みを経てから廃坑へと侵入、暗い坑道を魔法で明るく照らす。

 中は意外と広く、中央にはレールのようなものが引かれている。

 恐らくトロッコのようなものでも走っていたのだろう。

 もっとも、もう既にボロボロでその機能を果たすことは無いが……。


「マーラさん。足元に気をつけてくださいね」


 僕は後ろを振り返ってマーラさんに注意を促す。

 僕とミウが正面、そしてマーラさんを囲むように左右にミサキとアリアが位置している。

 マーラさんを中心とした正三角形のような陣形だ。


 ふと岩肌に触れると、ひんやりと冷たい。

 その上部には以前使っていたであろう明かりを灯すような箇所が点在していて、中にはまだ使えそうな物もあったが、大部分は長年の風化により朽ち果てていた。


 僕らはゆっくりと奥へと進んでいく。

 ペースはいつもよりも遅め、これはマーラさんがいるから仕方が無い。

 後ろを振り返り、マーラさんの様子を確認する。

 彼女は気丈さを失わず、しっかりとした足取りで僕の後についてきていた。


「マーラさん、疲れたら言ってくださいね。無理は禁物です」


「はい。お心使いありがとうございます」


 そのしっかりした受け答えに安心し、僕は前方に注意を集中することにした。

 後ろにはミサキとアリアもいるので問題は無いだろう。


 さらに奥に進んでいくと、道が二股に分かれていた。

 朽ち果てたレールがどちらにも走っている為、二つとも人が掘り進めたものであることには間違いがない。


「さて、どうしようか? ミウ」


「う〜ん、左!」


 いつものようにミウの予感を信じて、僕らは左へと進む。

 他の二人からも異論は出ない。

 それもその筈、ミウの予感は今まででハズレなし、ある意味特殊能力ではないかと僕たちは思っている。


「キキキッ!!」


 甲高い鳴き声とともに、天井に張り付いていた蝙蝠が僕たちに牙をむく。

 もちろん、そこにいることは既に探知済み。

 サイズ的には前の世界とは違うため、十分な迫力ではあるが――。


「させないよ!」


 しかし、そんな蝙蝠たちに活躍の場は与えられなかった。

 ミウの魔法により一瞬にして細切れ。

 いつもながら見事なものだ。


 頭の上のミウを撫でつつ、先へと進む。

 その後数回、蝙蝠と遭遇するが結果は同じ。

 僕は特に何もしていない。


「かんたんだね〜♪」


 ミウは鼻歌まじりに僕の頭の上を飛び跳ねる。

 しかし、恐らくこれからが本番。

 気が抜けないように少しだけ嗜めておく。


「ミウ。強い魔物がいるらしいから油断は禁物だよ」


「うん、わかった!」


 返事と同時に僕の髪をぎゅっと掴む。

 気合が入ったのは良いけど、痛いから程ほどにね。



 僕らが進んでいる坑道には傾斜がついており、ゆっくりと僕たちを地下深くへと運んでいた。

 しつこかった蝙蝠たちが鳴りを潜めた頃、ふと嫌な臭いが鼻をくすぐる。


「……大丈夫、毒ではない」


 僕が思うよりも早く、ミサキが答える。

 ただ、嫌な臭いなのは変わらない。


「カナタ、何か来るよ」


 ミウの探知した通り、しばらくしてその臭さの原因が僕らの前に現れた。


「グルルルルル……」


 見た目は狼系の魔物。

 だが、その肌は崩れ、目玉は飛び出し、口からは涎を垂らしている。


「これは……、アンデットか!?」


 以前やったゲームの知識から、僕の頭がそいつの正体を割り出す。

 マリアンさん、ギルドの情報、ちょっと古いみたいですよ。

 そんなことを思いつつ、僕は剣に聖魔法を這わせ、それと対峙した。





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