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第71話 モテモテ?

 イデアの一大イベントも終わり、僕たちは久々にベラーシのギルドに顔を出した。

 カウンターでは何時もの様にマリアンさんが応対してくれている。


「カナタくん。久しぶりね。大工に転向したって噂があったけど間違いだったみたいね」


 農夫の次は大工ですか……。

 確かに大工用具を例によって買い漁りましたけどね。


「相変わらず情報が早いですね。でも、僕の職業は変わらず冒険者ですよ」


 マリアンさんの言葉を受け流しつつ、カウンターに依頼表を提出する。

 それを受け取ったマリアンさんは、真剣な表情で内容をチェック、流れるような動作で諸々の手続きを終わらせた。

 ギルドマスターに『仕事だけは一流』と言われているのも頷ける。


「確かに受け付けたわ。Dランクのビックシープ討伐ね。ランクが上がった分、魔物が強力になっているから気をつけて行ってらっしゃい」


「はい、行ってきます」


 目撃場所に向かうべくギルドを出ようとしたその時、何やらこちらをじっと見ている冒険者が僕の視界に入る。

 その冒険者は僕たちというよりも、ミサキをじっと見つめているようだ。

 そして一言――


「……可憐だ」


 金髪のイケメン冒険者はボソッと呟いたかと思うと、僕たちの行く手を塞ぐかのようにギルドの出入り口に移動してきた。


「君、名前を教えてくれないか!」


 片目にかかった金髪の髪をかき上げながら、その男はミサキの正面に立つ。

 見た目は二十代半ばの面長な美青年で、高そうな鎧を着てはいるがその所々には戦いの傷跡が見て取れる。

 どうやらただの貴族のお坊ちゃんという訳ではなさそうだ。


「……行きましょう」


 興味ないといった風にミサキがそれを避けてギルドを出ようとする。

 しかし、金髪男はさらに回り込んで再びミサキに語りかける。


「私の名前はスターク・ハイドン。これから先、偉大なる勇者として世に轟く名前だ。お嬢様、是非貴方のお名前も教えて欲しい」


 それに対し、小さくため息をつきながらミサキが口を開いた。


「……虎蔵」


 ……トラゾウ? 誰だそれ。


「虎蔵……。何て可憐な名前なんだ! まさに貴方にピッタリの名前だ!!」


 ……いや、断じてそんな事は無いと思うぞ。

 この人、頭に膿でも溜まっているのではなかろうか?

 ふとカウンターを見ると、マリアンさんが笑みをこぼしながら成り行きを見守っていた。

 あれは、絶対面白がっているな。


「……出発する。……どいて」


「うむ、依頼の邪魔をしても悪い。またお会いしよう!! その時は是非一緒に食事でも……」


 金髪男の視界にはミサキ以外入っていない。

 僕たち三人は彼にとって完全に空気となっているようだ。


「……さよなら」


 金髪男の最後の言葉を無視するかのように別れを告げるミサキ。

 後方から「僕の誘いを断るとは、何て奥ゆかしいんだ……」との呟きが聞こえる。

 どうやら彼の頭の中では都合よく今の出来事が脳内変換されているらしい。

 






「ユニ助さん、行くの!」


「うむ。まかせておけ!」


 アリアを御者台に乗せ、馬車が目的地に向けて出発する。

 もちろんアリアは見せかけの御者、人目が無くなった時点で中に移動する手筈になっている。



「ミサキ、モテるんだね♪」


 馬車が軽快に走る中、ミウが先ほどの出来事についてミサキに話しかける。

 しかし、ミサキは関係ないという風にかぶりを振った。


「……私の欲しい愛情は一つだけ」


 何やらじっとこちらを見つめてくる視線に耐えられず、僕は少しだけ話題を逸らすことにした。


「そ、それにしても虎蔵は無かったんじゃないか? 嘘だと気づいたら全力で追っかけてきそうだぞ」


「……問題ない。……その時は殲滅する」


「ミウも手伝うよ!」

 

「いや、お願いだから穏便にね……」


 そんな会話をしていると、アリアが馬車内に戻ってきた。


「外で見ると凄い速いの! びっくりしたの!」


 窓から景色を眺めると、心なしかいつもより速い気がする。

 どうやらアリアの喜ぶ様を見たユニ助が張り切った結果のようだ。


 そういえば最近あまりユニ助の相手をしてあげられなかったな。

 イデアでも偶には馬小屋に寄ることにしよう。

 


 着いた場所はベラーシの北にある平原、名前は特に無い。

 今回の討伐対象であるビックシープとは、名前の通り巨大な羊の魔物だ。

 警戒しなければならないのはその突進力。

 頭に付いている丸まった角を武器に突進し、その威力は巨大な岩をも破壊するとのこと。

 うん、なるべく正面から対峙することは避けよう。


 ふと思ったのだが、『シープ』などの英単語の発音がこの世界でもそのまま通じるのは、やはり同じ女神様が管理する世界だからなのだろうか。

 大体の外見の特徴がわかるので、僕としては有り難い。

 だた、あくまでここは異世界、前の世界とは違った特徴を持っていることが多々あるので、先入観にとらわれることなく下調べは十分に行うようにしている。


「カナタ! あっちに何かいるよ!」


 ミウの気配探知を頼りに、僕たちは馬車を降りてミウの示す場所に向かう。

 数百メートル歩いたところで目的の魔物を発見、どうやら食事中のようだ。

 食べているのは野生動物か何かの肉、三匹というか三頭が寄って集って貪るさまは僕の羊のイメージとだいぶかけ離れていた。


「ビックシープって、やっぱり肉食なんだね……」


「……ええ、もちろん」


 何の疑問も無くミサキが返答する。

 こちらの世界に生まれた人にとってはそれが当たり前、僕のように特別なグロさは感じていないようだ。


「弓で狙うの」


 ビックシープは食べることに夢中で、まだこちらには気づいていない様子。

 先制攻撃ということで、先ずはアリアが三本の矢をまとめて引き絞り狙いをつける。


「発射っ! なの」


 雷を纏った矢は、寸分たがわず三頭に命中、さらにはそこを中心に紫電が舞う。

 その電撃に二頭はそのまま地面に崩れ落ちるが、残りの一頭にはあまり効いていない。

 どうやら急所を外した様だ。

 他の二頭と比較して二回りほど大きいそのビックシープは、こちらに視線を向け、怒りを顕わにして突進してくる。


「ウィンドカッター!」


 無数の風の刃がビックシープを襲う。

 しかし、身体から血を吹き出しながらも、その突進の勢いは止まらない。


「……私の番」


 ミサキの詠唱が完成し、目の前に炎の嵐が発生。

 ビックシープを黒焦げにするべく、その巨体を飲み込む。


「ヴモモモモモーッ!!」


 ビックシープの悲鳴とも言うべき叫びが辺りに響く。

 終わったかと思われたその瞬間、炎の嵐を突き破る様に黒い塊が目の前に現れた。


「ヴモモーッ!!」


 その黒い塊は迷いなど一切見せず、僕らに向かって襲い掛かる。

 だが、ダメージが深いのだろう、その突進力は当初に比べ数段落ちていた。

 僕は三人を庇うように正面に対峙し、黒曜剣を真上から振り下ろす。


 叩きつけるかのように振り抜いた黒曜剣は、ビックシープの頭を両断。

 突進が止まり、もう動かないのを確認してから、僕は剣を鞘に収めた。



「う〜ん。この毛皮は使えないね」


「……ええ」


 目の前には黒焦げのビックシープ。

 ビックシープの毛皮は高く売れるのだそうだが、これでは1文にもなりそうにない。

 まあ、討伐部位は角なので依頼達成には問題ない筈。

 安全最優先だし、仕方ないと思って諦めよう。

 

 残り二頭に関しては特に問題なく素材の剥ぎ取りを行う。

 切り取った羊肉もしっかりと巾着袋に回収、この肉はスラ坊へと渡されることになる。

 夕食が今から楽しみだ。



 まだ日も高かったので、今日中にギルドに戻って依頼達成の手続きを取ることにした。

 急ぎ馬車を走らせ、夕方前にはベラーシに到着。

 中央通りの屋台で多少の買い食いをしながらギルドへと辿り着く。

 中に入ると、マリアンさんが何やら疲れた顔で僕らを出迎えてくれた。


「マリアンさん、どうしたんですか?」


「それがね、聞いてよカナタくん。例の金髪くんがひっきりなしに現れては、『私の虎蔵姫は戻られてませんか』とか『住んでいる場所を教えてください』とか、相手にするのも疲れるっていうか、あれは一種の営業妨害よ」


「何というか……、ご愁傷様です」


「――かといって、高ランクの冒険者をあからさまに邪険にする訳にもいかないから厄介なのよね。責任を取ってミサキちゃんが付き合ってくれないかしら」


「……ストーカーは嫌い」


 ミサキがそっぽを向く。


「あの人、高ランクなんですか?」


「ええ、現在Bランクの最近売り出し中のソロ冒険者で、次期Aランクの有力候補ね。何でも、現在の王国騎士団長よりも強いって噂よ」


「それって凄く強くないですか?」


「一般的にはそうだけど、私に言わせればそれなりかな。今の王国騎士団は昔に比べてレベルが低いから」


「そうなんですか?」


「ええ。何よりも前任の王国騎士団長が凄すぎたわ。だってドラゴンを単独で討伐できるのよ! ちょうどその時、私は両親に連れられて王都にいたの。その光景は今でもはっきりと覚えているわ。巨大なドラゴンを引きずって王都の大通りを歩く騎士――その姿は子供ながらに鮮烈だったわ」


「へぇ〜! どこにでも凄い人はいるもんですね」


「それに比べたら他の冒険者なんかはまだまだ迫力不足ね。私がこうしてギルドの仕事を怯まず出来ているのは、その経験が生きているのかもしれないわ」


「ははっ、子供の頃の経験って大事ですからね」


 一通りの談笑も終わり、僕は毛皮と討伐依頼の角をカウンターの上に出す。


「毛皮はギルドで買い取りで良いのかな」


「はい、お願いします」


「わかったわ。状態の確認をするからちょっとだけ座って待っててね」


 マリアンさんが奥に引っ込んだのを受けて、僕らも待合の長椅子に座る。

 その時、杖をついた老婆が僕らの目の前を横切った。

 どう見てもその姿が冒険者とは思えなかったからか、僕は無意識にその老婆を目で追っていた。

 

「あの〜。どなたか依頼を受けてくれましたかね」


「あ〜、あの依頼ね。まだ誰も受けていませんね。受注があったら連絡するから、毎日来てくれなくても良いですよ」


「そうですか……」


 何処か寂しそうな足取りでとぼとぼとギルドを出ていく老婆。

 程なくして、マリアンさんから声がかかる。

 依頼金の受け取りついでに、僕はマリアンさんに先ほどの老婆について聞いてみた。


「さっきのお婆さんなんですけど、何かあったんですか?」


「ああ。マーラお婆ちゃんの事ね。実は――」


 マリアンさんは僕らに事の詳細を話し始めた。






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