第69話 昇格
「確かなのだな」
「はい。間違いありません」
とある一室。
執事風の男が頭を下げつつ、主人に報告する。
報告を受けた主人は軽く考える仕草をした後、表情を一切変えずに執事風の男に指示を出した。
「わかった。繋がりを示すものは全て始末しろ。もちろん、人も含めてな」
「ギルドの連中はいかがいたしましょうか? 彼らについては始末すると目立ちますが……」
「ふむ……、私との繋がりの証拠は何もない筈、放っておけ。その為の金だけの関係だ。何しろ顔は知られていないのだからな」
「ご慧眼かと存じます。では、そのように――」
「うむ、頼むぞ」
執事が去った部屋で、主人は一人煙草をふかす。
「何も問題は無い。計画は上手くいっている……」
その独り言を聞くものは誰もいなかった――
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「カナタくん、大手柄じゃない!」
マリアンさんが抱きつかんばかりに喜んでくれている。
「はい、ありがとうございます」
「……近づきすぎ」
ミサキがマリアンさんを牽制する。
その圧力に、マリアンさんは多少トーンダウンしながらも話は続けた。
「コレットの副ギルド長と半数の職員がお縄でしょ。酷い汚職もあったものね。それにしても大殊勲よ、私の見る目に狂いは無かったわ」
マリアンさんは「うん、うん」と納得したように頷く。
どうやらコレットのギルド職員は芋づる式に捕まったようだ。
はたしてギルドの運営は大丈夫なのだろうか。
「でも、これからはあの町にも活気が出るわよ。冒険者が戻ってくれば、それだけで周りの商売も増えるしね。カナタ君のお蔭よ」
マリアンさんは笑顔で言葉を付け加える。
こうして成功を一緒になって喜んでくれる人がいるのはうれしいことだ。
僕としてはこのままマリアンさんの話を聞いていても良いのだが、背後からの圧が気になる。
それに、ギルドマスターも奥で待っているとのこと。
マリアンさん、自分で言っていて忘れてないですかね。
「あの、それでギルドマスターは……」
「あら、ごめんなさい。つい興奮しちゃって、嫌だわ♪」
マリアンさんはばつが悪そうに舌を出す。
「ちょっと位待たせても問題ないわ、暇なんだから。奥にいるからそのまま中に入って頂戴」
開けてくれたカウンターの扉よりギルドの奥へと入る。
もう何度目の訪問になるだろうか。
ドアをノックし、入出の許可を得てギルドマスターの部屋に入った。
「忙しいところすまんな。まあ、掛けてくれ」
僕らは促されてソファーへと座る。
「ふむ。この前の結果を最後まで知りたいだろうと思ってな。余計なお世話だったか?」
「いえ、ありがとうございます」
僕は軽く頭を下げる。
その返事を聞き、早速とばかりにギルドマスターは話し出した。
「お喋りのマリアンからもう聞いとるかもしれんが、コレットの副ギルド長ならびに職員の半数が関わっていた。そいつらを全てお縄に出来たのはお前らのお蔭だ。まあ、これからあそこのギルドは大変かもしれんが、いつかは出さねばならなかった膿が出ただけのこと。少しずつ正常な状態に戻っていくだろう。本部からの監視兼手伝いもあるらしいからな」
僕たちは黙って頷きながらギルドマスターの話を聞いている。
「だが、わからんのが今回の狙いだ。冒険者連中は只の楽して金儲けが目的、ギルドの連中はどこかから金を貰っていたらしいが……」
さらに裏で手引きした人間がいるってことか……。
「そのお金、誰からとかはわからないんですね」
「ああ。どうやら相手の素性を何も知らんらしい。もっとも、奴らからすれば金さえ手に入れば良かったのだから、気にもしていなかったようだ。冒険者連中とも接触していたらしいが、恐らくそちらも調べるだけ無駄だな」
「そうですか……」
心底残念そうに話すギルドマスター。
こちらも気の利いた返しのセリフが思いつかず、ただ一言で相槌を打った。
「儂もギルドの信頼を取り戻す為に、これまで以上に頑張らなければならん。その為にはお前らの協力も必要不可欠。これからもよろしく頼むぞ」
そう言うと、ギルドマスターはおもむろにテーブルの上に何かを出す。
それは何と僕らのギルドカード、それもDランクだ!
おまけにアリアのまである。
「えっ!? これは……」
「今回の功績と、報告によるお前たちの実力を考えての判断だ。他にも色々と迷惑もかけているしな。嬢ちゃんのはこちらで勝手に作らせてもらった。種族は見えない様になっているから騒ぎにはなるまい」
僕はそのカードをまじまじと見る。
いきなりの昇格に嬉しさよりも驚きの方が勝っていた。
固まっていた僕に、ギルドマスターが声をかける。
「何だ? ひょっとして要らんのか?」
「……有り難く貰う」
僕の代わりにミサキが答える。
僕の手の中から二枚のカードを奪うと、一枚をアリアに渡していた。
アリアもどことなく嬉しそうだ。
「うむ、話はこれだけだ。では、期待しているぞ」
そう言うと、ギルドマスターは席を立つ。
僕たちはそのまま部屋を後にした。
街を出てイデアに戻ると、元気に駆け寄ってくる二つの影があった。
先日助けた小熊たち、タロとジロだ。
一年も放っておいた訳ではないのだが、どうやら寂しかったらしく、そのまま僕に向かって(正確に言うと僕の頭の上のミウに向かって)嬉しそうに突進してきた。
「ぐはっ!!!」
小熊と言えどその破壊力は馬鹿には出来ず、鳩尾にまともに喰らい悶絶を余儀なくされる。
「ガルゥ?」
「グルゥ?」
小熊たちはその僕の姿を見て、不思議そうに小首をかしげる。
「タロもジロもダメ! 怪我するから手加減しなさい!」
ミウがお姉さんらしく二匹に注意する。
「ガルゥ……」
「グルゥ……」
二匹はしゅんとして首を垂れる。
言葉は通じなくても、反省しているのは僕にでもわかった。
「いいよ。次からは気をつけてね」
痛みがまだ抜け切れていないが、精いっぱいの笑顔をつくって二匹に語りかける。
「ガルッ!」
「グルッ!」
僕の態度から許されたのがわかったのか、右手を軽く上げてそれに答える。
その姿はちょっと可愛い。
「お帰りなさい、皆さん。食事が出来ていますよ。タロとジロの分もありますからね」
「ガルッ! ガルッ!!」
「グルッ! グルッ!!」
スラ坊がいつものように僕らを出迎えてくれた。
すでにスラ坊による餌付けは完了しているらしく、タロとジロの喜び方が尋常ではない。
興奮する小熊二匹を宥めつつ、昼食を取るべく皆で別荘の中に入っていった。
「何故、我だけ中に入れないのだ……」
とある小屋からその姿を見ていた誰かの呟きは、イデアの空にそのまま吸収され、カナタ達に届く事は無かった。
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