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第68話 安全が一番

 森の奥へと踏み込んだ僕たちは、地面に残っている奇妙な形跡を発見する。


「何かが這った跡……かな?」


 何かを引きずったように、草花が一定の幅で根元から倒れこんでいる。


「……ええ。……この大きさは恐らくそう」


 その幅の大きさから、リトルサラマンダーであろうと推測。

 僕たちはその跡をゆっくりと辿っていく。


 歩きながら後方にも注意を配る。

 僕たちが警戒しなければならないのは、リトルサラマンダーだけでは無い。

 感じるのは人の気配、間違いなく奴らがつけて来ているのがわかる。


 ギルドの助っ人の気配が無いのは、恐らくその後方にいるからだろうか。

 結局、僕たちはその助っ人の姿をまだ見ていない。

 朝方、宿に届けられた手紙にはただ一言、『予定通りに』とだけ書かれていた。

 不安が無いと言えば嘘になるが、ついてきているものと信じたい。


 しばらく歩いたところで、嫌な臭いが風に乗って僕の鼻に届く。

 その臭気に我慢しながら進むと、僕の視界がその原因を突き止めた。


 辺り一面がまさに血の海、動物の死骸というか残骸だ。

 無残に噛み殺されたであろうそれは、もう何の生物かもわからない。

 ただ食い散らかされ、その場に存在するのみだ。


「うわぁ……」


「すごいの……」


 若干引いているミウとアリア。


「……まだ新しい。……そろそろ近い」


 ミサキはそれを見て冷静に分析する。


「よし、慎重に進もう」


 ミウがいるから大丈夫だとは思うが、出会い頭の遭遇だけは注意していかなければ……。

 さすがにあれを見た後での接近戦は、なるべく勘弁してもらいたいからね。

 血の海を迂回するように回り込み、僕らは再び地面の跡を辿った。




「何か暴れてる気配がする。向こうだよ!」


 程無くして、ミウが何かを察知し僕に知らせてきた。

 僕の探知にはまだかからないが、ミウが言うのなら間違いない。

 その気配がするという方角に足早に急ぐ。



 リトルサラマンダーは確かにそこにいた。

 巨体をくねらせ、大暴れという表現が何よりもしっくり来るその動きは、まさしく森の獰猛生物。

 だが、リトルサラマンダーはその身体に傷を負い、血だらけになっている。

 対峙しているのは巨大な熊。

 巨体から繰り出すリトルサラマンダーの飛びつきの一撃をその太い腕で見事に叩き落としていた。


 しかし、その熊も無事であるとは言えなかった。

 ところどころを負傷し、こちらから見るに互角の展開である。

 どれくらい戦っているのだろうか。

 お互いにどこか疲弊しているのが僕にもわかる。


「……カナタ、どうするの」


 思わずその戦いに見入ってしまった僕をミサキの一言が正気に戻す。


「うん、そうだな……」


 その考えがまとまるよりも早く、後方から僕たちに向けて何かの攻撃が飛んできた。

 前回の教訓もあり、僕は風の魔法でその軌道を逸らす。


「ひゃっは〜! 待つまでもねえ、全部殺っちまおうぜ!」


「おら、お前ら邪魔だ! 死んじまいな!!」


 男たちは森の影から次々に飛び出してくる。

 その数およそ十数人、どうやら今回は物量に物をいわせるつもりのようだ。


 僕らが攻撃を避けたことで、相手のリーダーらしき人物が手で仲間を制す。

 その見かけ三十半ば程の男は、落ち着いた口調で僕らに話しかけてきた。


「小僧ども、悪いがあの獲物は俺たちが頂いた。このまま去るなら何もしないがどうかね」


 「影から攻撃してきて何を言っている!」という思いが僕の心に強く芽生える。

 どうせ普段からなりふり構わずこうやって獲物を横取りしてきたんだろう。


「――断ると言ったら?」


 僕の言葉に男はニヤリと笑う。


「無論、ただでは帰さん。どのみち獲物は俺たちのものさ」


 リーダーのセリフを聞き、後ろで控えていた男たちが剣を構える。

 後方での魔物たちの戦いはまだ終わっていない。

 ならば――全力でこちらに力を注げる。


「もちろん――断る!!」


 その僕の言葉と同時にミウの魔法が男たちに襲い掛かる。

 避けきれずに膝をついたのが数人、上出来だ。


 アリアの矢が命中した男たちも、付与されていた雷に感電しそのまま戦闘不能となる。

 そして、今まさにミサキの詠唱が終わろうとしている。

 いつもとは違ってかなり長い詠唱、どんな魔法が発動するか味方である僕も少し怖い。


「……ファイアストーム」


 僕の予想に反して、どうやらいつもと同じ魔法だ。

 だが、威力が格段に違う。


「……不本意だけど大怪我で済ませる。……調整が難しい」


 どうやらギリギリを狙っての選択らしい。


「くそっ! 何なんだ、お前らは!」


 その男は叫びながら斬りかかってくる。

 だが遅い。

 とても高ランクの冒険者とは思えない。

 どうせ卑怯な真似ばかりしていて、鍛練を怠っていたのだろう。 

 その剣をあっさりと避け、その腕に一撃を入れる。


「うぎゃあ! う、腕が……」


 この男たちの所業はギルドマスターから聞いている。

 引退とは言葉ばかり、今まで再起不能にされた新人冒険者は山ほどいるそうだ。

 これで少しはその人たちの気持ちがわかれば良い。


「……カナタ、魔物たちが――」


 魔物たちの戦闘に我先にと群がる男たち。

 その目にあるのは欲望のみ。

 通常であれば歯牙にもかけないであろうその攻撃は、弱りきった巨大熊とリトルサラマンダーに致命傷を負わせる。


「これって、一応奴らが倒したことになるのか?」


「いえ、なりませんね。貴方たちを攻撃した時点で獲物の横取りとなります。先に魔物に手を出していれば違ったかもしれませんが……、頭が足りませんね」


 その声に振り向くと、何時ぞやの黒装束の男がいつの間にか後ろに立っていた。


「…………出てくるのが遅くないですかね」


 今さらのように出てきた助っ人に僕は嫌味をぶつける。


「いえ、手を出す暇がありませんでした。中々の腕前、こちらの予想以上です」


 黒装束の男は特に悪びれることも無く言葉を続ける。

 同じ格好をした数人が、すでに男たちの拘束を始めていた。


「これで証拠も十分、後は裏のつながりを吐かせるだけです。ご苦労様でした」


 それだけ言い残すと、ギルドの助っ人たちは男たちを連行してこの場を去っていった。

 残された僕たちはただただ拍子抜けしてしまう。


「何か、思ったより楽勝だったね……」


「……少し不満」


「安全が一番なの」


 アリアの言う通りかもしれないが、ミサキの気持ちもわからなくはない。

 あれだけ意気込んで取りかかったものの、あっさりと終わってしまったのだから……。

 多少なりともストレスが溜まっているのだろう。


 それはともかく、いつまでもこうしてても仕方が無いので、先ずは討伐部位を取るべくリトルサラマンダーの死骸に近づく。

 その近くには巨大熊、何本もの矢に貫かれ、立ったまま息を引き取っていた。


「ガルゥ……」


「グルゥ……」


 ふと、森の奥から何かの声がする。

 恐る恐る近づくと、木の根元に大きな穴倉があり、二匹の小熊がその中からこちらを警戒するように威嚇していた。


「怖がらなくて良いよ」


 そう声をかけるも、どうやら通じていない。

 どうしようか思案していると、ミウがその小熊たちに話しかけた。


「怖がらないで……。大丈夫、こっちにおいで」


 ミウの語りかけに、今まで警戒していたのが嘘のように、二匹の小熊は穴から這い出してきた。

 そこで二匹が目にしたのは巨大熊の遺体。


「ガルゥ、ガルゥ!」


「グルゥ、グルゥ!」


 小熊たちは必死に巨大熊に話しかけているようだが、もちろんその声に答える筈もない。

 その後、何かを悟ったような二匹は、巨大熊に寄り添うようにその場で丸くなる。


「ガルゥ」


「グルゥ」


「駄目だよ、そんなの。母親もそんなこと望んでないよ!」


 ミウが小熊をたしなめる。


「……ガルゥ」


「……グルゥ」


 何となく内容はわかる。

 どうやら小熊たちは母親に寄り添いながらの死を望んでいるのだろう。

 ミウは必死に説得を続けた。

 ここは任せるしかない。



 

 僕は魔法で穴を掘り、その中に巨大熊を埋葬する。

 その上にはこれまた魔法で作った墓石を乗せた。


「これで、いつでも会いに来れるからね」


 結局、ミウの要望もあり、小熊たちはイデアに連れて行くことにした。

 ミウの言葉が理解できるのなら特に問題は無いだろう。


「ガルゥ」


「グルゥ」


 母親に別れを告げ、扉へと飛び込む二匹の小熊。

 悲しみを乗り越えて、きっと成長してくれることだろう。

 



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