第6話 いざ街へ
「坊主、元気でな。近くに寄る事があったら顔を出せよ」
「そうね。少し遠いから気軽にという訳にはいかないけれど、良かったらまた来て頂戴」
「はい、お世話になりました。落ち着いたら絶対連絡します」
「キュ〜(またね)」
バレン村滞在から8日、今日は街への定期馬車の出る日だ。
目の前には馬二頭が引くタイプの馬車が停車している。
乗客は僕たちしかいないので、僕たちが乗ったら出発するとの事。
もっともミウはタダなので、乗客としては一人だけだが……。
御者のおじさんは人当たりの良さそうな人で、こうして僕たちが別れを惜しんでいる間も、嫌な顔一つせずニコニコして待ってくれている。
そして、ダグラスさんとアリシアさんへの挨拶も終わり馬車へと乗り込んだ。
「坊主、またいつでも来い」
「また会いましょう」
「はい! また来ます」
「キュ〜(また来るね)」
二人に見送られながら、馬車はゆっくりと出発した。
馬車に揺られること数時間。
始めこそ、窓から吹き付ける風を感じながら、ミウと供に馬車から見る外の景色を眺めていたが、流石に同じ様な景色が続いた為、それに飽きたミウはすやすやとご就寝、僕は寝ているミウの横で手荷物の確認をしている。
先ずはダグラスさんが持たせてくれた荷物の確認、保存の効く食料三日分とこの世界での通貨、そして腰に下げているロングソードと皮の鎧だ。
通貨は現在手持ちが銀貨二枚と銅貨七十枚。
貰ったのは銀貨三枚(借りると言ったのだが結局貰ってしまった)だったが、そこから馬車賃の銅貨三十枚が引かれている。
この世界の通貨の単位だが、それぞれ上から白金貨、金貨、銀貨、銅貨があり、それぞれ百枚で上位の通貨の価値になる。
ちなみに、金貨一枚あれば、夫婦が半年間贅沢せずに暮らせるそうだ。
次に、スラリと腰のロングソードを抜いてみる。
実戦訓練の時に使っていたものをそのまま貰ってしまったのだが、よく見ると剣の柄の部分に何かの意匠が彫られていた。
これについてダグラスさんに聞いてみると、『気にするな、ただの飾りだ』とのこと。
価値あるものを貰ってしまったのではないかと思ったが、実際無いと困るものなので、それ以上は聞かなかった。
「お客さん、街へは何しに行かれるんです?」
御者のおじさんの質問にはっと我に返る。
「驚かせちまいましたか、すいません」
「いえ、大丈夫です。街へは冒険者になる為にギルドに行こうと思ってます」
「ほぉ、冒険者ですか。冒険者は色々危険も多いと聞いてます、気を付けてくださいね。あっしにもお客さんと同い年くらいの息子がいましてね。いや、その息子が――」
それから三十分、ベルトさん(御者のおじさん)の息子さん自慢をひたすら聞かされている。
ベルトさんは馬車の操縦を護衛の人に任せて、まだまだ客席でガッツリ話しこむ体勢になっていた。
あまりに話が長いので、僕は数分前から適当に相槌を打っている。
「そうなんですよ! その時、息子が何をしたかというと――」
「そこまでにしてくれ! 何か来る!」
御者台から野太い声で静止がかかる。
声の主はこの馬車の護衛をしている軽鎧の男だ。
「何だって! 盗賊かい?」
「いや、こんな辺ぴなところに盗賊なんて出やしねえよ。魔物だな。ほら、あそこだ」
僕も護衛の男が指差す方向を確認してみる。
あれは――ワイルドウルフか?
それにしては数が多い。
「おい! 何だい、あの数は! どうなってんだよ!」
「俺が知るかよ! だが、少なくとも三十匹はいるな」
「あんた護衛なんだから何とかしてくれ!」
「馬鹿言っちゃいけねえ! 数が多すぎだ。逃げ切るしかねえ」
護衛の男は馬に鞭を入れ、馬車の速度を上げる。
しかし、ワイルドウルフの迫る速度の方が速く、徐々にその距離が狭まっていく。
「くそっ! これまでか」
「ひぃぃ〜っ!」
ベルトさんは、もう駄目だとばかりに頭を抱えてその場にうずくまる。
このまま黙って見ている訳にもいかない。
僕は護衛のおじさんに声をかけた。
「おじさん、馬車を止めてください。数は多いですけどワイルドウルフなら戦ったことがあります。このまま逃げ切れないなら戦いましょう!」
「本当か? ……よし、一か八かやってみるか。ベルトさん、あんたは馬車の中で待機してくれ」
「頼んだよ。あっしはまだ死にたくない……」
護衛のおじさんは手綱を操り馬車を停止させる。
怯えるベルトさんに見送られ、僕たちは馬車を降り地面を踏みしめた。
「あんた、名前は何ていうんだ。最後……とは言わないが、一応聞いておこうと思ってな」
「カナタです。この子はミウ。ミウも戦えますから戦力は三人ですよ」
「そうか……。ちなみに俺はタフィーだ。生き残ったらよろしくな」
「ええ、生き残りましょう。必ず!」
「キュ〜!(当然だよ!)」
そうしているうちに、ワイルドウルフの先頭集団が近づいてきた。
「よし、先ずは先頭を叩くぞ! ミウ!」
「まかせといて!」
僕とミウが魔法の詠唱に入る。
「ストーンニードル!」
「ウィンドカッター!」
地面から無数の針状となった土が、向かってくるワイルドウルフ目掛けて斜めにせり上がる。
駆けてきた勢いもあり、何匹かがそのまま串刺しとなる。
さらに、土の針を掻い潜ってきたワイルドウルフには無数の風の刃が襲い掛かる。
そこでも何匹かが切り刻まれ、そのまま地に伏せ動かなくなる。
「ははっ、お前ら魔法使いだったのか! それならば勝ち目は見えてきたぞ! 俺も行くぜ!」
魔法二つを運良く突破したワイルドウルフをタフィーさんがロングソードで仕留めていく。
僕とミウも、更なる新手に対し、魔法の手を緩めない。
続々と集まってくるワイルドウルフ。
これ、三十匹じゃきかないんじゃないか?
終わりはまだ見えないが、只々ひたすら魔法を打ち続けた。
「アオオオオオオ〜ン!!!」
何匹くらい倒しただろうか。
今だ戦う僕の耳に、遠くからの狼の遠吠えが聞こえた。
その直後、今まで襲い掛かってきたワイルドウルフたちが退却を始める。
僕たちは特に追撃することなく守りを優先、その場に留まった。
辺りも静まり返り、これ以上の追撃は無いだろうと判断し、僕たちは警戒を解く。
「……助かった……のか」
恐る恐る馬車から顔を出したベルトさんにタフィーさんは笑顔で答える。
「ああ、生き残ったぜ! こいつらのお蔭だ!」
あの魔物の襲撃以降何事もなく、馬車は三時間ほど進み、予定の野営地へと着く。
定期馬車用に出来た駅みたいなものと言えば聞こえは良いが、そこにはただ小屋が建っているだけである。
小屋自体は丸太で出来ており、頑丈そうではあるが――。
「いや〜、お客さん。今日はありがとうございます。おかげで命拾いしました」
小屋の中に入り、落ち着いたところで改めてベルトさんからお礼を言われた。
「いえ、それはお互い様ですよ」
僕の答えを聞き、近くにいたタフィーさんが会話に加わる。
「謙遜するな。カナタが魔法使いで助かったのは事実だ。そうでなかったら数的に危なかった。いや、ミウもいたな」
「キュー、キュー!(ミウ、頑張ったよ!)」
戦闘の話題になった所で、ちょっと気になっていた事をタフィーさんに聞いてみた。
「こういう事って、よくあるんですか?」
「いや、めったに……というか、この地域では聞いたことが無いな」
タフィーさんの言葉にベルトさんも同調する。
「ええ、あっしも二十年、この定期馬車をやっているけれど、今回のような事は初めてです。この地域は比較的安全なはずなんですが……」
「…………そうですか」
外も暗くなってきたので、僕はミウと供に客専用の毛布にくるまって横になる。
タフィーさんは小屋周辺の見回り、ベルトさんは既にいびきをかいている。
「ミウ、さっきの戦闘の時、聞こえたかい?」
「うん、聞こえたよ。たぶん、また来るよ」
そう、僕とミウにはあの遠吠えが言葉として聞こえていた。
あの声はこう言っていた。
「退却だ! 相手は手強い、仲間を集めろ!」と――
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