第67話 始動
翌朝、早速とギルドへ顔を出した僕たちは、そのまま奥へと通されギルドマスターと対面する。
「ふむ、来たか……」
そのままソファーに座るように促される。
僕たちが全員座ったことを確認して、ギルドマスターはおもむろに口を開く。
「わかっているとは思うが、この前の件について話しておこうと思ってな。調査した結果だが、そのパーティーはどうやら常習犯のようだな。辞めていった冒険者から色々な話しが聞けたぞ」
ギルドマスターは目の前の飲み物を口に含み、大きなため息をつく。
「だがな……、ギルドとの繋がりについては証拠が出なかった。それに関連して、お前さんたちに頼みがあるのだが……」
「頼み……ですか?」
「ああ。考えたくはないが、万が一にコレットのギルドが後ろ盾となると、辞めていった冒険者の証言だけではもみ消されてしまう可能性がある。そこでだ――」
「もしかして、囮になれって事ですか……」
「言い方を悪くすればな。若い見かけでそれなりに実力もある。儂にはこれ以上の適任者が見つからん。もちろんこちらからも腕利きの見張りを派遣しよう」
「……受けましょう、カナタ」
既にミサキはやる気満々だ。
「――わかりました。こちらとしても思うところがありますので受けますよ、その仕事」
「……出来れば大怪我くらいで済ませてくれ。証人が必要なんでな」
ワームやビックビーの一件で、多少は実力を認められたようだ。
張り切る僕たちを見て、ギルドマスターが多少は自重するよう言葉を補足した。
「――善処はします」
僕には横で黒いオーラを纏っている人物を完全に抑える自信はない。
努力目標ということで勘弁してもらおう。
話も終わり、馬車を走らせコレットの街へ向かう。
ギルドマスターに渡された依頼はリトルサラマンダーの討伐。
もちろんコレット発信の依頼で、近くの森で目撃されたとのこと。
名前にリトルがついているが、それはサラマンダーとの比較でのこと、実際の体長三メートル以上、その獰猛な性格から人間はもちろん、ありとあらゆる生物を襲う巨大トカゲだ。
どうやらこの皮がかなり高価な物らしく、今までの調査からも奴らが狙ってくる可能性が高い筈、とはギルドマスターの談だ。
「ミウは頑張るよ!」
「私もなの」
馬車がコレットに近づくにつれ、皆の気合が高まる。
いつものように他の馬車たちを追い越しながら、程無くしてコレットの街へと入場した。
そのまま真っ直ぐギルドへと向かう。
ギルドの中に入り、視線に注意しながらカウンターの職員に話しかける。
「これの受付をお願いします」
「はい、わかりました。少々お待ちください」
カウンターにいたのは前回とは違う職員。
態度はかなり丁寧だ。
そして待つこと数分、無事依頼は受理され、僕らはそのままギルドを出た。
「さてと、宿を取らなくちゃね」
ギルドマスターには、泊まる宿を指定され、依頼に動くのは明日にしてくれと言われている。
要するにベラーシギルドお抱えの監視員の到着を待つわけだ。
「今日はスラ坊のご飯じゃないんだね〜」
「残念なの」
スラ坊とアリアは別荘に戻れないことを心底残念がっていた。
僕はミウを撫でながら言葉で慰めておく。
「いや、宿の飯も美味しいかもしれないよ。それに一日だけだし……ね」
そんな会話をしながら歩いていると、目の前に指定の宿屋が見えてきた。
その木造三階の建物の入り口には、『熱烈歓迎 子山羊亭! 安い! 快適! 食事が美味い!!』といった看板が立てかけてある。
少々胡散臭さを感じながらも、僕たちは中へと入った。
「いらっしゃ〜い。何名様でお越しですか?」
奥からトレーを持ったポニーテールの少女が、僕たちを発見して元気よく話しかけてきた。
どうやら奥は食堂になっているらしく、そのトレーの上には綺麗に盛り付けられた料理が乗っている。
「それ、置いて来てからでも良いですよ」
「すいません。じゃあ少し待ってくださいね♪」
向日葵のような笑顔を残し、少女は再び奥へと引っ込んでいった。
この宿、実は当たりだったかな。
「……ぎるてぃ」
後ろからの危険なオーラを感じて振り返ると、ミサキの目が怖い。
何で!? 後ろからだとまともに顔も見えていない筈なのに……。
「……愛は理屈を超える」
「「おお〜っ」」
ミウとアリアの感嘆の声を背景に、ミサキがドヤ顔で小さな胸を張る。
「……カナタ。……後で大事な話がある」
どうやら僕の思考はあっさりと看破されたようだ。
はい、すいません。
今のは僕が悪いです……。
(ミサキ監視の元)宿の受付を済ませ、階段を上り二階の部屋へ入る。
部屋に中にはベッドが三つ、冒険者パーティー用に用意されたその部屋は、必要最低限の物しか置いてはいないが、清潔感のある良さそうな部屋だ。
「ふかふか〜」
「なの」
ミウは白いシーツの上で跳ね、アリアは遠慮がちにその端っこにちょこんと座る。
別荘の寝心地に慣れているミウがふかふかと喜ぶくらいなのだから、結構良いベッドのようだ。
こうなると夕飯も少しは期待が持てそうだ。
丁度良い時間になり、僕たちは一階の食堂へと向かう。
風に乗って運ばれてくる良い匂いが鼻をくすぐる。
いくつかある丸テーブルの一つに着席し、夕食が来るのを待つ。
周りを見回すが、僕ら以外の客が見当たらない。
「お待たせ。今日は名物の煮込み料理だよ」
恰幅の良い女将さんが大きな鍋を中央に置き、後から来たポニーテールの少女が取り皿を配る。
澄んだスープの中に透けて見える色とりどりの具材、そしてその良い香りが食欲をそそる。
「食材のお替りが欲しいときは言っとくれ。今日はサービスしとくよ!」
「はい、ありがとうございます」
鍋奉行さながらに均等に中身を小皿に取り分け、行きわたったところで食事を開始する。
「「「「いただきます!」」」」
先ずはスープを一口、濃厚でありながらしつこさの残らない味、鳥出汁が一番近いだろうか。
そして具材を一口、柔らかい葉野菜にスープの味が浸み込み、良い味を出している。
これは中々のヒットかもしれない。
「おいしいね、カナタ!」
「美味しいの」
「……美味」
ミウたちもその味に満足そうだ。
この味で何で僕らしか客がいないのだろう。
「あらあら、美味しそうに食べてくれて。料理人冥利に尽きるってもんだよ」
追加食材を持ってきてくれた女将さんが、笑顔でそれを鍋に投入する。
「下味はつけてあるから、しばらくしたら食べて良いからね」
僕たちはお腹が膨れるまで夕食を堪能した。
「あ〜、食べた」
僕はベッドに横になり、天井を見上げる。
「たまには宿の食事も良いね〜」
ミウも現金なもので、不満を言っていたのが嘘のようだ。
「昼間は食堂を一般開放してるらしいから、食事だけでもまた来てみようか」
「それが良いの」
街の雰囲気は良くないが、この宿だけでも来る価値はある。
「……でも、他に客がいなかった」
そう、ミサキの言う通り、僕ら以外に誰か泊まっている気配が無い。
やはり、冒険者が減っていることが影響しているのだろう。
「また来るためにも、今回は成功させなくちゃね」
ミッション成功への新たな理由が増えた。
僕たちは明日に備えて早めに就寝するのだった。
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