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第66話 平穏

「ふむ。そうか……」


 翌朝、ベラーシのギルドマスターの部屋にて――。

 他の冒険者が被害に遭う可能性があることを考慮して、今回起こったことをギルドマスターへと伝える。

 しかし、ギルドマスターはそれを聞いてもそれほど驚いた風では無かった。


「噂では……な。コレットの新人冒険者の死亡ならびに流出、それに伴う自拠点での依頼達成率の低下。その原因としてあまり信じたくは無かったんだが……」


 ギルドマスターは心底がっかりした表情で言葉を発した。


「わかった。こちらに回ってきたコレットの依頼には注意しよう。わざわざすまんな」


 ベラーシギルド独自での調査を約束され、僕たちは部屋を出る。

 これで少しでも被害が無くなってくれれば良いと思うのだが……。


 今日はどうにも依頼を受ける気分では無かったので、僕たちはそのままイデアへと戻った。

 一日ゆったりと英気を養い、明日からに備えることにしよう。




「カナタ、あそぼー」


「いい天気だよ〜」


 別荘のソファーに横になっていると、妖精たちが集まってきて僕の周りを旋回する。

 彼女たちの別荘への出入りは既に当たり前のように自由になっており、こんな光景も今では珍しくない。


「うーん、そうだな。たまには気分転換も良いか」


「「「やったぁ!!」」」


 僕は妖精たちを連れて外の空気を吸うことにした。


 ちょうど玄関を出るところで会ったミウも連れて、僕は魚人の集落近くの川へと向かう。

 手には釣竿、そう、こんな時は魚釣りで心を落ち着けるのが良い。


 この釣竿は削った木の枝で作ったごく単純なもの。

 ただし、糸にはグラウンドスパイダーの糸を使っているので、よほどの大物でない限り切れることは無い。

 その丈夫さと魔物の強さから、街では高値で取引される高級品だ。

 たまたま道中に出会ったのは運が良かったと言えるだろう。


 針の先にスラ坊の用意してくれた魚の切り身をつけ、静かに糸を垂らす。

 「釣れるかな~、釣れるかな〜」と妖精たちが周りではしゃいでいるが、魚たちには聞こえないだろうから逃げられる心配は無い。

 隣ではミウも小さな釣竿を使って釣り糸を垂らしている。

 ちょこんと座って小さな手で釣竿を支えている姿が何とも可愛らしい。


 ピクンと浮きが反応する。

 慌てず騒がず、僕は静かにその時を待つ。

 その後、グッと浮きが沈み込んだところで僕は一気に竿を引き上げた。

 

 ビチビチッと打ち上げられた魚を見て、「魚キター!!」と妖精たちが騒ぐ。

 続いてミウの竿にもあたりがあり、ミウは慌てて竿を引き上げた。


「あれ? 逃げられた?」


 ミウが首をかしげる。

 妖精たちからは「あ〜あ」とため息が漏れた。


「ミウ、少し早いよ。初めは魚が餌をつついているだけだから、喰いつくまでもうちょっと待たないと……」


「そっか。次は頑張るよ!」


 気を取り直して再び釣り糸を垂らすミウ。

 時間を待たずにその糸が再度動きを見せるが、ミウはじっと我慢している。

 次の瞬間、ミウが竿を思い切り引き上げる。


「やったぁ!」


 地面には活きの良い魚が見事に打ち上げられていた。


「おおっ! もうコツを掴んだのか。凄いね」


「うん、やったよ!!」


 ミウが嬉しそうに飛び跳ねている。

 まわりの妖精たちも嬉しそうに周りを旋回する。


 妖精たちの応援が効いたのか、その後の釣果はまさに大漁、僕たちは心行くまで釣りを堪能した。



 

 最高の気分転換を終えて別荘に戻った僕は、皆が集まったところである話題を振った。


「そろそろパーティー名を決めようと思うんだけど、どうかな?」


 例の件もあり、僕はパーティーの名前を売る必要性を少なからず感じた。

 その上でパーティー名は欠かせない。


「う〜ん。カナタに任せるよ」


「私もなの」


 ミウとアリアには一任されてしまった。

 だからといって、僕も良いのがあまり思い浮かばないのだが……。


「『女神の寵児』というのはどうでちゅ?」


「いや、それはさすがに恐れ多いと思うよ」


「問題ないでちゅ。本人が良いと言ってるんでちゅから」


「そうですか……、って、ええっ!?」


 いつの間にかテーブルの一席には女神様が座っていて、スラ坊から出されたお茶を『ふーふー』と冷ましながら美味しそうに啜っていた。


「ふぅ……、やっぱりお茶は落ち着くでちゅねぇ……」


「――っていうか、何を普通に和んでいるんですか!」


 いきなりの女神様のご登場に思わず叫んでしまう僕。


「ううっ……。この前は歓迎するとか言っていたのに……。ミサキちゃん、カナタくんが冷たいでちゅよ」


 科をつくって泣きまねをする女神様。

 いや、その見た目だと色気を出すのは少々無理があります。


「……カナタ、冷たくしちゃ駄目」


 ミサキにたしなめられてしまった。

 いや、この場合仕方が無いんじゃないのだろうか。


 その後、何故か女神様も含めた話し合いの末、チーム名は『アテナの寵児』に決定した。

 『女神の寵児』だと直接的過ぎて、どこぞの宗教団体からクレームが来そうだったからだ。

 もちろんアテナとは女神様の偽名から取ったものだ。


「問題ないでちゅのに……。――ところで、今日の夕食は何でちゅか?」


 女神様が唐突に話題を変える。

 気づけば夕食の良い匂いがこちらまで漂ってきていた。

 女神様はどうやらそのまま夕食をご馳走になる気満々だ。

 もちろん、良いんですけどね。


「はい、今日は取れたての魚づくしです。カナタさんたちがたくさん釣って来てくれましたので……」


「おおっ! それは楽しみでちゅ!」


 台所からちょうど出てきたスラ坊の返答に、女神様は満面の笑みを浮かべる。

 テーブルに次々と並ぶ料理にミウと供に歓声を上げる女神様。

 生け作り、煮つけ、塩焼き……、うん、確かにどれをとっても美味しそうだ。


「「「「「いただきま〜す!」」」」」


 食事の開始の合図と同時に、女神様は幸せそうな表情で魚を頬張る。

 どうやら僕らと同じくスラ坊の食事の魅力にはまったようだ。


 僕はというと、隣にいるミウの口元を布で拭ってあげていた。


「ありがとう、カナタ♪」


「慌てて食べなくて良いからね」


「はい。まだまだありますので、ゆっくり召し上がってください」


 僕の言葉にスラ坊が補足する。


「それならお土産に包んでほしいでちゅ!」


「はい、お任せください」


 女神様、まだ食べてる途中なんだから後にしましょうよ。


 そんなこんなで、賑やかな夕食会は楽しく過ぎていくのであった。





「わかったわ。『アテナの寵児』ね。ちなみにアテナって?」


「まあ、何というか、スポンサーのようなものです」


 翌日。

 ギルドにて早速チーム名を登録する。

 名前についてマリアンさんにツッコまれたが、一応間違ったことは言っていない。


「あっ、そうそう。マスターがカナタくんに用事があるみたいよ。あいにく今日は外出しているから、明日以降にまた来てくれると嬉しいわ」


 恐らくはあの件だな。

 ならば、今日は依頼を受けない方が良いか……。


 明日また寄ることをマリアンさんに告げて、僕たちはギルドを後にする。


 さて、今日の空いた時間は雑貨屋にでも行くとしますか。

 イデアの発展に役立つ掘り出し物があるかもしれないしね。

 


 




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