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第65話 大きな借り

 怒り冷めやらぬ中、帰り道に出現したはぐれのビックビーをタコ殴りにする。

 ほぼ八つ当たりに近い攻撃だが、おかげで少しスッキリした。

 これで依頼分の素材も確保出来たので、後はギルドに行くだけなのだが……。


 冷静になってきた僕の頭の中には今、引っかかっていることがある。

 それは、後をつけていた者たちがどうやって僕たちの依頼を知り得たかということだ。

 考えられることは二つ。

 一つは、そもそもこの依頼自体が巣の採取を目的とした罠であった可能性。

 依頼人に依頼受諾の知らせが届くことから、僕らの依頼を知ることが出来る。

 だが、これにはタイムラグの問題がある。

 僕たちはギルドを出てすぐに依頼へと向かった。

 その時にはもう誰かがつけてきていた訳だから、この考えには多少の無理があると思う。


 ――とすると、もう一つの考えが正しいような気がしてくる。

 もう一つとは、ギルドの職員がグルだということ。

 ギルド全体なのか一部なのかはわからないが、その考えが正しければ、僕たちの依頼を受け付けた職員は間違いなく黒であろう。

 そして、僕たちがギルドを出ると同時にその情報は誰かに伝えられる。

 決めつけるのはまだ早いかもしれないが、今考えられるのはこれだけだ。


「ひどい! 許せないよ!!」


 情報を共有すべく、僕は皆に自分の考えを話す。

 ミウはえらく憤慨している。

 当然と言えば当然だが……。


「……それで、これからどうするの?」


 ミサキが冷静に質問してくるが、僕には逆にその冷静さが怖い。

 同情の余地が無い奴らに少し同情の気持ちが芽生えたことからも僕の心情がわかってもらえるだろう。


「先ずはギルドに行って依頼を完了させる。そこで何かが動けば対処する」


 要は臨機応変ってことだ。

 実際、何も証拠なしではこちらも動けない。

 決めつけて暴れたりしたら、それこそ街の無法者になってしまう。


「それが良いと思うの。もしかしたら何か理由があるのかも……」


 アリアは優しいなぁ。

 僕がアリアの頭を撫でると、恥ずかしそうに俯いてしまった。


「とにかくギルドに向かおう。ミサキ、なるべく抑えてね」


「……無問題。……私はいたって冷静」


 ――そう願いたいです。






 ギルドの扉を開け、受付へと向かう。

 そこには前回とは違う職員が待ち構えていた。


「依頼完了です。確認をお願いします」


 僕はカウンターにビックビーの素材と依頼票を出す。


「はい、確認いたします。少々お待ちください」


 職員は目の前で素材の鑑定を始めた。

 その時、隣のカウンターで聞き逃せない言葉を耳にする。


「鑑定結果が出ました。ビックビーの巣一つで金貨十枚です。お受け取りください」


 僕はそちらに振り向く。

 そこにいたのは二〜三十代くらいの冒険者が数人。

 そのうち一人が僕に気づき、嘲笑うかのような笑みをこちらに向けてきた。

 僕はとっさに殴りつけたい衝動に駆られるが、その腕をミサキが握って事なきを得る。

 ミサキには『冷静に』と言ってはいたが、どうやら立場が逆になってしまったようだ。


「ん? 何だい、その目は。何か文句でもあるのか?」


 男のニヤニヤとこちらを見て笑う様がかなり腹が立つ。

 僕は何も言葉を発さず、歯ぎしりをして相手を睨み返す。


「何ですか! ギルド内で揉め事は困りますよ」


 一人の職員がカウンターの奥からこちら側に出てくる。


「いや、こちらは何もしてないのに、こいつが絡んでくるんだ。何とかしてくれよ」


 白々しく職員に告げる男。

 その男の言葉を聞き、その職員は僕たちに詰め寄る。


「貴方たちはあまり見ない顔ですね。この人たちはコレットの稼ぎ頭『青嵐の牙』の皆さんです。揉め事を起こすなら出ていってもらいますよ」


 有無を言わさず悪者にされ、その場で捲し立てられる。

 後ろでは『青嵐の牙』とやらが、嫌らしい笑みを浮かべていた。


「依頼を見ても貴方たちはビックビーを高々二匹。青嵐の風の皆さんは巣ごと持ち帰っています。その差をよく考えることですね」


 職員の言葉にぐっとこぶしを握りこむ。

 悔しいがここで暴れるのは不利、何とか深呼吸をして平静を保とうと努力する。


「まったく、変な因縁をつけないで欲しいね。あのまま殴りかかってきたら治療費を請求するところだ。まあ、ぽっと出の新米に素直にやられる気は無いけどな」


「違いねえ。さて、大金が入ったことだし、今日は大いに飲みますかね」


 男たちはカウンター越しに金貨を受け取ると、笑いながらその場を去っていった。

 職員の男もそれを確認してからカウンターの奥へと引っ込む。


「あの……、鑑定が終わりました」


 おずおずと僕らの素材を鑑定していた職員が話しかけてきた。

 僕は悔しさそのままに、出された報酬を受け取りギルドを後にした。




「あったまくるよね! あの職員も!!」


「ミウちゃん、落ち着くの。カナタさんも……」


 馬車に戻っても怒り心頭な僕とミウをアリアがなだめる。

 ミサキはというと、終始無言を貫いていた。


 後で気づいたことなのだが、あの時仲裁した職員の顔には見覚えがあった。

 確かあの時に受付をした職員だ。

 あの態度を見ると、予想通り裏で何か繋がっていそうな気がする。


 それと『青嵐の牙』だったか……。

 名前はしっかりと覚えた。

 僕はともかく、仲間たちを危険な目に遭わせた借りはきっと返す。

 そう心に誓う。



 これ以上アリアに心配させるわけにはいかないので、自分の中で一旦の区切りをつけて落ち着くことに努める。

 その間、ミウのもふもふを撫でることを忘れない。

 こうすれば僕も落ち着くしミウも落ち着く、まさに一石二鳥だ。


 だいぶ気持ちが落ち着いてきたところで、黙って座っているミサキに声をかけた。

 何やら大人しい分、禍々しいオーラを纏っているように見える。


「……問題ない。……殺る機会をじっと待つ」


 黒いです、ミサキさん。

 殺る云々はともかく、先ずは落ち着いてください。


「……カナタを狙った代償は高くつく」


 どうやら僕の為に怒ってくれているようだ。

 これは喜んで良いのか。

 そう思ってしまう僕は、かなり毒されているのかもしれない。


「ミウも! 借りは返すよ!!」


「アリアも頑張るの」


「むぅ。何か知らんが我も手伝うぞ」


 その時が来たら容赦はしない。

 そう誓い、僕らはイデアへと戻っていった。







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