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第63話 コレットの街

「あら、カナタくん。いらっしゃい」


「こんにちは、マリアンさん。これ、お願いします」


 僕はマリアンさんに依頼票を渡す。


「何か最近、カナタくんが農夫になったって聞いたけれど、間違いだったのかしら?」


 マリアンさんがこちらをちらっと確認するように尋ねてくる。

 どうやら僕が農具を買いあさっていたことが噂になっているようだ。

 まさかマリアンさんのところまで届いているとは――。


「僕は今でも冒険者ですよ。ギルドが僕を首にするって言うなら別ですけど……」


「あら、そんなことしないわよ。むさくるしい男たちの中にあって、カナタくんは貴重だもの」


 そう言って僕にウインクするマリアンさん。

 まあ、とりあえず好印象だということで良しとしておこう。


「えっと、依頼だったわね。あら、こんなのが流れてきてるのね。コレットのギルドは何をやっているのかしら」


「えっ、どうしたんですか?」


「ごめんなさい。こっちの話よ」


 僕の問いに何でもないとばかりにかぶりを振る。


「これで受け付け終了。素材についてはコレットのギルドに直接渡してちょうだい。場所はわかるかしら?」


「はい。確か王都の南でしたよね」


「ええ。ここからだと南西に向かえば着くはずよ。ビックビーの生息区域も近い筈だから、そこで宿を取ると良いわ。気をつけて行ってらっしゃい」


 マリアンさんの笑顔に見送られ、僕はギルドを出る。

 馬車の中では既に出発準備を整えたミウたちが待っていた。


「カナタ、遅っそ〜い!」


「わ、私はそんなに待って無いの」


「……はっ!? ……まさか浮気?」


「いや、そんなにかかってないと思うんだけど……」


 ごめんねとばかりにミウの頭を撫でる。


「……それで依頼は?」


「ああ、特に問題なく受けてきたよ」


 依頼内容はビックビーの素材調達。

 選ぶところまでは皆と一緒だったので内容の説明をする必要はない。


「ユニ助。ここから南西のコレットの街まで頼む。確か街道が舗装されている筈だ」


「うむ、承知した」


 御者台にて馬を操っている振りをしつつユニ助に目的地を告げる。

 後はいつも通りの自動運転だ。


「しゅっぱ〜つ!」


 ミウの掛け声を合図に、僕たちはコレットの街へと向かった。




 太陽が照りつける中、ひた走る馬車。

 馬車内へ草の香りを含んだ風が流れ込むのが気持ち良い。

 目に優しい緑を何も考えずに窓からぼーっと眺めていると、ミウから「お腹すいた!」との催促を受けた。

 丁度良い時間だったので、街道から横道に逸れて見通しの良い適当な場所を探すことにした。



 シートを広げてピクニック気分でスラ坊特製お弁当を味わっていると、アリアが何故だか涙ぐんでいた。


「外で賑やかに食事って初めてなの。とても楽しいの」


 そうか……、今まで一人だったんだよな。


「アリア、泣かないで。これからは皆一緒だから」


 ミウの小さな手で頭を撫でられ、「ありがとう、ミウちゃん」と抱きついている。

 たまにはこうして外で食事っていうのも良いかもしれない。

 また機会があれば実施しよう。


 ちなみに、その間にワイルドウルフが何匹か近寄ってきていたが、ミサキによるおにぎりを食べながらの片手間魔法一発で黒焦げになっていた。


「……無粋」


 ごもっともです。



 ベラーシ出発から数時間後、僕たちはコレットの街へ辿り着く。

 その頃には、今までの青空が嘘だったかのような曇り空が空全体に広がっていた。

 その空模様に比例するかのように、街全体がどんよりとした雰囲気に包まれている。


「何だか寂しい感じの街だね」


 僕は小声でミサキにその印象を伝える。


「……特筆した産業があまり無い街。……王都が近いから商売人はそちらに移住する。……だから――」


「何だか店も閉まっている所が多いね」


 僕の頭の上からミウが会話に入ってくる。

 ミウとしては、商店街や露店の買い食いを楽しみにしていたのだろう。

 残念そうにしているのが顔を見なくてもわかる。


「何か嫌な雰囲気がするの」


 アリアもその街並みを見て呟く。

 まあ、活気の無い街だからそう思うのも仕方がない。

 僕たちはそのまま寂れた商店街通りを進んでいった。



 ギルドの意匠が飾られた建物を発見したのでその中に入る。

 何処となく薄暗い雰囲気は、ベラーシのギルドとはまた違った印象を受けた。

 言うならば、『酒場の延長でギルドやってます』というのが一番近いだろうか。

 ギルドカウンターと依頼の掲示板はともかく、奥の空間は酒場そのもの、まだ暗くもないのに既にくだをまいている冒険者も見受けられる。

 絡まれると面倒なので、なるべくそちらを刺激しない様にしながらカウンターの職員へと声をかけた。


「すいません。この依頼をベラーシのギルドから受けたので、先ずは報告に寄りました」


 僕は、『重複するといけないので、目的地に行く前にコレットのギルドに依頼を受けた旨を伝えて欲しい』とマリアンさんに頼まれていた。

 カウンター越しにベラーシで発行した依頼受理の用紙を職員の男性に見せる。

 

「はい、確認しました。では、こちらの掲示板からは削除しておきます。お気をつけて」


 手続きも終わりギルドを出ようとしたその時、奥から何やら視線を感じたような気がした。

 振り向いてその視線を確認したが、それらしい人物は見当たらない。


「……カナタ?」


「いや、何でもない」

 

 多分、気のせいだろう。




 今回の依頼対象であるビックビーは、簡単に言ってしまえば巨大な肉食の蜂。

 体長は一メートル程、数十匹単位で森に巣を作り生息している。

 一匹、二匹ではそれほど強くはないのだが、分蜂してその数が増えすぎると被害が甚大になる為、国からの依頼で駆除が出ることもある魔物だ。

 だが、今回の依頼はビックビーの牙と針を二匹分、ふらふらと単独でさまよっているビックビーを見つけて倒せばOKなので、比較的楽な依頼と言えるだろう。


「カナタ、馬車がついて来てるよ」


「うまく言えないけど、嫌な感じがするの」


 街を出てビックビーの生息地を目指しているのだが、一台の馬車がつかず離れず一定の距離を保ち、ピッタリと後をついて来ていた。

 はたして偶然なのだろうか?

 目的地が遠ければ、ユニ助に飛ばしてもらって一気に引き離すのだが、既に目的地が近い為にそれも出来ない。

 アリアの予感も何だか気になるが、さし当たっての問題が一つ。


「馬車をどうするかだな……」


 森には馬車のままでは入れない。

 普段ならイデアに置いてくるのだが、人の目があるとそれが出来ないのが痛い。


「終わる時間が大体わかれば、その間に我はどこかに行っているぞ」


「でも、無人で走る馬車を見られるのはどうだろう?」


「その場に置いて行くより良いんじゃない」


「……馬が言う事を聞かなくて逃げ出したとでも思わせれば良い。……何とでも言い訳は出来る」


「それが良いと思うの」


 四対一の多数決で、ユニ助にはその場をしばらく離れてもらうことになった。

 僕も特に代替案は無かったので、決まった以上は反対はしない。

 ユニ助には日が暮れるころに戻って来てもらうことにする。


 そして、僕たちは後ろを気にしながらも、そのまま森に入っていった。



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