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第61話 開墾しましょう

 女神様訪問から明けて翌日、別荘に珍しい訪問者が現れた。

 イデアに住まうオークたちの長、ゴランだ。


「カナタ! ちょっと来てくれるか?」


 開口一番、ゴランからそう言われ、僕は特に支度もせず別荘を出る。

 その後にはミサキが当然のようについて来ていた。

 まあ、良いけどね。


「ここだ! これを見てくれ」


 ゴランに案内された場所は丁度オークと魚人の居住区の中間地点に位置していた。

 別荘から見て北にはオークの居住区、西が魚人の居住区、そしてその二つのブロックを繋ぐようにして現れたのが北西のブロック、これが今いる現在地である。


 その北西ブロックには一軒の小屋がポツンと建っていた。

 ゴランは言葉を続ける。


「前日まではただの平地だったのに、今日になってこれが建っていてるのが発見されてな。中に入ってみようにも扉が頑丈すぎてびくともしない。それで、この空間の主であるカナタに見てもらおうと思ったって訳だ」


 外見を見たかぎりではただの一般的な小屋だ。

 だがその時、小屋の脇に隠れるように立っていた奇妙な立札に気がついた。

 僕はそれに近づき、そこに書かれている文字を確認する。


『昨日のお礼でちゅ。頑張ってこの世界を発展させるでちゅ』


 ……なるほど。

 その日本語で書かれた文字で全てを理解した僕は、警戒心を捨て去り小屋の扉に手を掛ける。

 すると、ゴラン曰くびくともしなかったという扉が、ガギの外れたような音と共にあっけなく開いた。


 その中に入っていたのは植物の苗と種。

 それらは種類ごとに分けられ、しかも何の植物の種かもご丁寧に書いてあった。


「……種?」


「ああ、どうやら昨日のお礼みたいだね」


 いったん小屋を出た僕たちは、ゴランに危険は無いことを説明し、一緒に中を見てもらう。


「ふむ、見た事の無い植物だな。これらは食えるのか?」


 それらの苗を見てゴランが質問してきた。


「……似たようなものはある。……でもこれは別物」


 ミサキもその苗を見て補足するように呟いた。


 そう言えば、別荘の庭の野菜たちも僕の知っている物と微妙に違っていたっけ。

 ここにあるものはこの世界に存在しない植物、つまり地球の植物たち、ゴランが知らないのも無理はないだろう。


「もちろんだよ。全て知っている植物だから間違いは無い」


 僕は自信を持ってゴランに回答した。


 さて、苗や種を貰ったのは良いのだがここで問題が一つ。

 それは開墾が追いついていないということである。


 今現在のイデアに存在している畑は、オークたちが森の中に所有する畑のみ。

 森林破壊になる為、むやみやたらにそれを増やすのには問題がある。

 別荘の庭にある家庭菜園は狭すぎてこれ以上は植えられない。

 う~ん、どうしたものか……。

 意見を求めるために二人にその話をすると、ゴランが至極もっともな回答をする。


「無ければ空いている土地に作るしかあるまい。ここしかないだろう」


 そして、その意見を元に決まったのが、この北西の区画を大農園の如く広大な畑にするという計画だ。

 魚人の集落にも流れ込んでいる川がこの区画の中央にあるため、畑の水源には事欠かない。

 その川を中心に左右に畑を広げていくという計画である。


「そうと決まれば、早速魚人たちと話し合わなければな! うむ、実に楽しみだ!」


 テンションの上がりきったゴランの高笑いが小屋の中に響く。

 こうして、イデア初である一大プロジェクトが始動したのである。

 



 先ず始めに僕が向かったのはベラーシの雑貨屋。

 何軒か回り、丈夫そうな鍬をかき集める。

 その数は通常のタイプと三又に分かれているタイプの二種類を合わせて百本。

 「どんな広い土地を耕すつもりですか?」と雑貨屋の店員さんにツッコまれたが、そこは適当に誤魔化しておいた。


 物は一旦馬車へと載せてもらい、その中で周りに見えない様に巾着袋へとしまう。

 店員に勧められて買った肥料も同様にしまっておいた。

 買い物も終わり、皆が首を長くして待っているであろうイデアへと帰る。


 北西の区画では、既に手持ちの道具で作業が開始されていた。

 僕は買ってきた道具を巾着から取り出し、手持無沙汰にしていた人たちに配る。

 予定よりも人数が集まっているようだ。

 もう少し道具を用意しなければ……。



 僕たちが冒険者としてお金を稼ぐ。

 そのお金で必要な機材を購入する。

 イデアが発展し、また何かが必要になる。

 そういった循環の中、開墾は着々と進んでいった。


 耕運機のような便利なものは無いので、ひたすら人海戦術にて土地を耕していく。

 水路も作り、川から水も引いた。

 その境目には金網を設置し、大きな魚が入らない様にしてある。


 日を追うにつれて、徐々に畑が形になってくる。

 そして二週間後、ようやく川の東側部分の開墾および種まきが終了する。

 小屋にある種や苗は見事に使い切った。

 どうやら土地は区画の半分で事足りたようだ。


「こう見ると素晴らしい出来栄えですの」


「ああ、満足いく出来だ」


 トーマスさんがその広大な畑を見て感慨深げに頷き、ゴランがそれに同調する。

 最終的には魚人とオークが総出で作業してくれていた。

 それもあって、こんな早くに完成したと言っていい。


「蝶々がたくさん飛んでるよ。蝶々も嬉しいみたいだね♪」


「うん。きれいなの、ミウちゃん」


「うん? そんなものいないぞ! 気のせいでは無いか?」


 ミウやアリアの言葉にゴランが反論する。


「え〜っ!? あんなにいっぱいいるのに見えないの?」


 ミウが小さな指を差した方向には、確かに色とりどりな蝶が飛んでいた。

 だが、確認したところゴランやトーマスさんにはそれが見えないらしい。

 何やら気になったので、僕はゆっくりとその蝶たちの元に向かう。


 近づくにつれ、ささやくような声が何処からともなく聞こえる……。


「見た事ない植物だ。気に入ったよ!」


「うん。この蜜もおいしいね」


「あ〜っ。ボクも吸うよ!」


 それは蝶では無かった。

 その人間の形をした何かは、トンボのような四枚の羽を起用に羽ばたかせ、辺りを飛び回っている。


「蝶々じゃ無かったね、カナタ」


 僕の頭の上に乗っていたミウがそう口にすると、彼女らの何人かが驚いたような顔をする。


「なあ、あいつら私たちが見えてるみたいだぜ!」


「まっさか〜。ありえない。気のせいだよ」


「そうだよ! ボクもそんなの聞いた事ない」


 少なくともこちらの言葉を理解できるようだ。

 僕は驚かさないように彼らに声をかける。


「こんにちは。何をしているんだい」


「そんなの、花の蜜を吸っているに決まってるじゃないか」


「ちょっ! あなた、わたしたちが見えるの?」


「わ〜、すごいね〜」


 いたずらっ子のように僕の周りを縦横無尽に飛び回る。

 賑やか過ぎて耳が痛い。


 どうやら彼らは人間に妖精と呼ばれているものらしい。

 しかし、なぜ彼らがイデアにいるのだろう?


「女神様に連れてこられたんだぜ!」


「そうよ! わたしたちがいると植物たちが喜ぶんだから!」


「すごいんだぞ〜」


「どうだ! おそれいったか!」


 女神様が連れてきたのなら害は無さそうだ。

 そのまま放置しても問題は無いだろう。

 植物も喜ぶとのことなので、そのまま彼らの好きなようにやらせることにした。


「凄いんだね。じゃあ、この植物たちもお願いね」


「任されたぞ!」


「おっけ〜」


「わかったわ、チュッ」


 妖精の一人に頬にキスをされた。

 女性型の妖精たちがいたずらっ子のように「わたしも〜」と群がる。

 しかし、僕の後ろから発せられた底冷えするような声により、一瞬周りの時間が止まる。


「……害虫ね。……駆除しましょう」


 振り向くと、そこにはミサキが背後に青白い炎を纏って立っていた。

 そして掌には真っ赤な炎の塊が……。


「駄目! ストップ! せっかく作った畑が灰になる!」


 その後のミサキをなだめるのに苦労したのは言うまでもない。



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