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第60話 集落訪問②

「よく来たな! まあ茶でも飲んでってくれ」


 デザートを平らげた後、魚人の集落に引き続いてオークの集落に足を踏み入れた僕たちは、そこで出迎えてくれたゴランから歓待を受けた。

 森の中には立派な丸太小屋が何軒も連なっていたが、それらを含めた景色は見事に周囲の自然と調和している。

 よくもまあ短期間でこれだけのものを作れたものだ。


「どうだ、立派なものだろう! ここは危険がほとんど無いからな。集落作りに全力を注いだ結果がこれだ。この出来には我ながら満足している」


 誇らしげに胸を張るゴラン。

 さらにある一角では、大きな切り株が引き抜かれ、周辺を耕すオークたちも見受けられた。

 彼らの生活基盤作りは至って順調なようだ。


「むやみに自然は破壊しないから安心してくれ。きっちりと必要最小限にとどめるつもりだ」


 僕の目線が転がっていた切り株に注がれていたため、どうやら誤解されたようだ。

 このゴランの言葉をどこかの馬鹿貴族に聞かせてあげたい。 


「いや、その心配はしていないよ。前に住んでいた森の状態を見ればわかる」


「うむ、そう言ってもらえると有り難い」


 僕たちはゴランに案内されるがままに、一軒の丸太小屋へと足を踏み入れた。




 部屋の中央にある囲炉裏を囲むように円になって座る。

 天井からは形の加工された元防具が吊るされていた。

 おそらく鍋として使うのだろう。


「どうだ? 風情があって良いだろう。これは儂の趣味だ。この際とことん凝ってみようと思ってな」


 どうもゴランにはガサツな印象しか無かったのだが、人を見かけで判断しちゃいけないな、反省しよう。


「それで、その娘は初めて見る顔だが、紹介はしてくれんのか?」


 ゴランに促され、僕は女神様を紹介する。


「この人はアテナさん、忙しい合間を縫って今日は遊びに来て頂いたんだよ」


「アテナでちゅ。よろしく頼むでちゅ!」


 満面の笑顔を視界に入れ、思わず目が眩んだような反応をするゴラン。

 ゴランの表情は瞬く間に驚きに変わる。


「カナタ!? このお方は一体……」


「『知り合いのアテナさん』だよ。それ以上でもそれ以下でもない」


 暗に詮索するなと目くばせをする。


「……そうか、そうだよな! 儂は何を言っているんだか……。がはははは」


「そうだよ、ゴラン。はははははっ」


 お互いの乾いた笑いのみが部屋の中に響いた。





 一息入れた後、魚人の集落の時と同じく、オークたちの生活の様子を見学させてもらうことにする。

 初めに案内されたのは、先ほどオークたちが開墾していた土地だった。


「だいぶ形になってきただろう。まだ狭いので人数分の食糧をという訳にはいかないがな」


「う〜ん。成長速度を早めてみるのも有りでちゅね」


 ゴランの言葉を受け、独り言を言う女神様。

 幸いなことに、ゴランにその声は届いていなかった。


「向こうで種をまいてるの」


「本当だ! やりたい!」


 オークたちが種まきを始めたのを見て、アリアとミウが自分たちもやってみたいと主張する。


「ゴラン、良いかい?」


「ああ、構わないぞ。むしろ助かる」


 許しを得て現場に駆けていく三人。

 ん!? 三人!?


「ちょっと待ってください!!」


 僕は即座にその三人目に制止をかける。


「何でちゅか! もう!! 気持ちがそがれるでちゅよ」


 不満そうな顔を隠そうともしない女神様に近づき、僕は小声で話しかけた。


「いや、さすがに女神様に種まきをして貰う訳には……」


「細かい事は気にしちゃダメでちゅ。本人が気にしなければ全く問題ないのでちゅ」


「まあ、そこまで仰るなら――、でもくれぐれも自重してくださいね。まさか種をまいた途端に一気に成長するとかは無いですよね」

 

「……あ、あるわけないでちゅ! まったく、心配性でちゅね……」


 これは絶対やる気でしたね。

 『お願いですから、普通に種をまくだけにして下さい』と念を押してから女神様を解放した。


 三人はオークたちと一緒に嬉々として一定間隔で種をまいている。

 アテナさん(仮)のその姿だけを見れば、だれも女神様だとは思わないだろう。


「ミサキはやらなくて良いの?」


「……良い」

 

 どうやら野良仕事にはあまり興味は無いようだ。


 


 オークたちの訓練場も見せてもらった。

 訓練場とは言っても中に器具の類は無く、そこはただ屋根が存在するだけの広場で、雨風のみ凌げるようになっている。

 そういえば、この空間って雨って降ったっけ?


「もちろん降るでちゅよ。そうでないと植物が育たないでちゅ」


 そりゃそうですよね。

 きっと僕たちのいない間に雨の日もあったのだろう。


 オークたちは、軍隊さながらの一糸乱れぬ動きで素振りをしている。

 元々体格が大きいだけに、その光景にはかなりの迫力があった。


「いくら平和だと言っても、日々の訓練をしないとなまってしまうからな。何かあったらいつでも言ってくれ! 力になるぞ!!」


 ゴランが力強く宣言する。

 なるべくなら何かが無い事を祈りたいが、取りあえず気持ちだけは受け取っておく。


 見学で回っている場所場所には、先程からちらほらと魚人の姿が見え隠れしていた。

 どうやらオークと魚人たちとの関係は良好のようだ。


 ゴランに聞いたところ、現在は主に食料の交換を行っているらしい。

 今後のお互いの発展により、更なる交流も増えるだろうと力説されたので、僕たちも何かあれば協力することをしっかりと伝えておいた。




 辺りも暗くなったところで、僕たちはオークたちと別れ、帰路に着く。


「順調に発展していて良い感じでちゅね。今日は楽しめたでちゅ」


 そう言うと、女神様は満足そうな笑みを浮かべる。


「はい。住人が増えた当初はどうなる事かと不安でしたが、僕も安心しました」


「皆、笑顔だったね〜」


 ミウの言う通り、どちらの集落も笑顔があふれていた。

 僕はそれが何よりも嬉しかった。

 



「さて、そろそろ帰るでちゅ」


 夕飯を食べ終わったところで、女神様が立ち上がる。


「え〜っ! 帰っちゃうの〜」


「とてもさみしいの」


 ミウとアリアが『まだ居てほしい』と主張するが、女神様とて忙しいのだから引き留めるわけにもいかない。


「また来るでちゅよ。その時は美味しい物をまた作って欲しいでちゅ」


 そして僕たちの見送る中、女神様は別荘から霞のように消えていった。




「行っちゃったね……」


「……ええ」


 賑やかな一日だったが楽しかった。

 次回女神様が来た時には、さらに発展させたこの空間を見せようと心に誓う。


 ……うん、いつまでも『この空間』じゃあ不味いね。

 今後の為にも、そろそろ『この空間』に名前をつけよう。


 そして、皆と話し合った結果、決まった名前は『イデア』。

 色々な種族がお互いに協力し合う理想郷を目指すという意味合いでつけた。

 名前負けしない様に頑張らなくちゃね。





 

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