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第53話 前祝い

 一旦森を離れた僕たちはベラーシの街へと向かう。

 周りは既に薄暗くなっており、到着するころには恐らく日が沈んでいるだろう。

 しかし、どのみち運転はユニ助任せ、馬車にただ乗っていれば良いだけなので別段僕たちにとって変わりは無いのだが……。

 ユニ助の頑張りに応えるためにも、せめて馬車内では話し合いを行い、時間を有効利用させてもらおう。


「私のアクセサリーもあの木で作ったの」


 どうやらアリアは、森で過ごしていた時期にその木を見つけ、枝でアクセサリーを作っていたとのこと。

 アリアの作成能力を差し引いても、あれだけの力を持つアクセサリーの材料だと考えれば、その貴重さは推して知るべしだ。


「……噂では存在は知っていた。森一帯となれば一財産どころではない筈」


 珍しい木なので、群生しているなど聞いたことが無いとのこと。

 今までよく発見されなかったものだ。

 言い方は悪いが、何もない田舎の村近辺の森ということで見逃されていたのだろう。


「先ずはギルドマスターに報告だな。あとは予定通り他の貴族を動かせるかだけど……」


「……そこはギルドが考えること。頑張ってもらう」


 そりゃそうなんだけどさ。


 だが、あの村人のこき使い方は酷かった。

 あれではまるで奴隷か何かだ。

 それについても話さなくてはなるまい。



 そのまま馬車ごと街に入り、寄り道はせず真っ直ぐギルドへと向かう。

 中に入ると、カウンターに男の職員が立っているのが見えた。

 珍しくマリアンさんの姿は見受けられない。


「すいません。ギルドマスターに取り次いでもらえますか」


 カウンターの上にギルドカードを提示し、その男性職員に話しかける。


「何のご用でしょうか?」


 職員は事務的な口調で応対する。


「はい、昨日ギルドマスターに話した件についてなんですけど……」


 どこまで話して良いかわからない為、言葉を濁しておく。

 すると、ぶっきら棒に紙のようなものを渡された。


「この申請書類に名前、ランク、要件を書いて提出してください。問題が無ければ明日か明後日位には受理されていると思います」


 明日か明後日って……、さすがにそれじゃあ遅い。

 

「いや、ギルドマスターに一言、僕が来ていることを伝えてもらえますか。急ぎなんです」


 職員は迷惑そうな顔をして答える。


「ギルドマスターはお忙しい身です。明日また来てください」


 手を変え品を変え頼んでみるが、『規則ですので』の一点張りで埒が明かない。

 どうしたものかと思案に暮れていると、奥から見覚えのある女性が現れた。


「あら、カナタくん。どうしたの?」


 私服姿のマリアンさんだ。

 一瞬、誰だかわからなかった。

 どうやら帰宅するところだったらしい。


「いや、実は――」


 僕はマリアンさんに経緯を説明する。

 するとマリアンさんは一言、


「わかったわ。マスターを呼んでくる」


「ちょっ、待ってください、マリアンさ――」


 男性職員が慌ててマリアンさんを制止するが、振り向きざまに睨みつけられ、その男の言葉が詰まる。


「何! 私がやる事に文句あるの!」


「い、いや……」


「あったま堅いわね! 急ぎだって言ってるんだから、マスターに伝えるくらいは出来るでしょうに。そんなだからギルドは行動が遅いとか言われるのよ!」


 マリアンさんは肩を怒らせながらギルドマスターを呼びに行ってくれた。

 その場に呆然と立ち尽くす男性職員との間に気まずい空間が生まれ、沈黙のまま時間だけが経過する。


「カナタくん、入って良いってよ」


 マリアンさんから面会OKとの返事をもらうと、僕はその重い空気からとっとと逃れる為に、そそくさとギルドマスターの元へと向かった。


 



「そうか、こちらの情報と同じだな」


 ギルドマスターは顎鬚を弄りながら呟く。

 既にギルドでも魔力の木の情報を掴んでいたようだ。


「でも、保存を考えずに全部伐採するなんて、やり方としてどうなんですか?」


「ふん。独り占めにしたいのだろう。ちまちま伐採していたら同じ貴族に気付かれる。そうしたら自由に伐採など出来んからな。ならば見つかる前に全部切り倒して確保してしまおうってことだろうよ」


 ……欲にまみれた考えだ。

 やはり貴族という人種はあまり好きになれそうもない。


「それと、村の人たちなんですが、かなり酷い扱いを受けていました」


 僕は目撃した光景をそのままギルドマスターへと伝える。


「――ふむ。そちらは早急に手を打たなければならんな。現場に職員を送ろう。牽制くらいにはなる筈だ」


「はい、お願いします」


 今後の方針としては、ライバルとなる貴族に情報を流すこと、ギルドが国に対して警告を行うこと、この二本立てで作戦を進めることとなった。





「そうか、上手くいきそうか」


「ああ、まだ確定ではないけれど、恐らくは大丈夫だって話だよ」


 翌朝、もう何度目かわからない街から村への旅路を経て森に侵入、ゴランに会い現在の状況を説明した。


「これで封印も安泰。いや、良かった、良かった」


 他のオークたちも皆ほっとした表情を見せる。

 この前の戦闘で懲りている部分もあるのだろう。


「そうだ! 今から儂らの集落に来ないか? 前祝いだ、パーッとやるのも偶には良いだろう」


 ゴランたちの折角の好意だ。

 受けないのも悪い。


「皆もそれで良い?」


 ミサキたちが頷いたのを確認し、僕らはオークの集落への招待を受けることにした。



 そこで行われたのは飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。

 中央のたき火を皆で輪になって囲み、それぞれに晩酌していた。

 何やら変な踊りを踊っているオークまでいる。

 森の奥でこんなことが行われているとは、恐らく誰も想像がつくまい。


「カナタも飲め! 遠慮するな!」


 強いアルコールの匂いが僕の鼻を刺激する。

 このオーク特製の地酒を強引に勧められすぎて、何だか頭が朦朧としてきている。

 そういえば、こっちの世界って何歳から成人なんだろう。

 既に酒を口にした後に思うことでは無いが、何となく頭に浮かんだ。

 まあ、この世界では関係ないとは思うが……。


「カナタ〜♪」


 ミウが膝の上に乗り、身体を擦り付けてくる。

 その様子から見て、ミウもかなり酔っぱらっている、っていうかミウはまだ0歳だよな!

 誰だ! 飲ませたのは。


「ミウ、もう飲んじゃ駄目だよ」


「え〜っ! 何で〜?」


「とにかく駄目!」


 そのままミウを膝の上で寝かせ、ふと隣のミサキを見る。

 そこには普段通りの何も変わらないミサキがいた。


「ミサキ、平気なの」


「……無問題」


 ミサキさん、強いですね。

 よく見ると、その膝の上にはアリアの頭が乗っていた。

 どうやらアリアもダウンしていたようだ。


「お兄ちゃん、はい、お替りだよ」


 空いた容器に地酒を注いでくれる小さいオーク。


「うん、ありがとう」


 僕はお礼を言い、その酒に一口だけ口をつける。


「どうだ、カナタ! 楽しんでいるか!」


 赤ら顔のゴランが酒を片手にふらつきながら現れる。


「ああ、十分楽しんでいるよ」


「それは良かった。おい、グラン。もっとカナタに注いでやれ」


「うん、パパ」


 この小さいオークはゴランの息子のようだ。

 子供がいるなんて意外だった。


「何を驚いている。儂だって息子ぐらいおるぞ」


 心外だという表情を隠さないゴラン。

 少し失礼だったかなと思い、ここは素直に謝っておくことにした。






 ……そして目が覚める。

 いつの間にか日が高く昇っていた。

 まだ覚めきっていない目を擦りながら、僕は身体を起こす。

 周りには、地面に寝そべったままのオークもまだちらほらと見受けられた。


「……起きた?」


 ミサキの声に横を振り向くと、昨日と同じ体勢のままにアリアを寝かしつけている姿が目に映る。


「ミサキ、寝てないの?」


「……ちゃんと寝た。問題ない」


 しかし、その目は少し赤くなっていた。


「ごめん、ミサキ」


「……良い」


 どうやら周りを警戒してくれていたようだ。

 ここは森のど真ん中、オークたちも酔っぱらっていた。

 周囲の警戒は必要だったかもしれない。


「馬車で寝て良いよ。今度は僕たちが起きてるから」


 幸い頭はすっきりしている。

 女神様にもらった身体はお酒にある程度強いようだ。

 ミウを起こさないように腕の中に抱え上げ、僕は立ち上がる。



 出立する前に挨拶をするべく、僕はゴランの元へ向かう。

 たしか、あの小屋が住まいだったよな。



「何!? それは本当か!!」


「はい、間違いないです!」


 どうも中が騒がしい。

 何かあったのだろうか?


 小屋に足を踏み入れた僕の姿を認め、ゴランが深刻な顔で僕に告げた。


「大変だ、カナタ。封印が弱まってきている。本体の復活とまではいかないが、下手するとまたワームが出てくるぞ!」




 

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