第51話 先ずは調査です
森に入った僕たちは、周りの景色が以前と少し違っていることに気付く。
「かなり伐採されてるな」
まだ森の一部分ではあるが、綺麗に木が切り倒されている。
あの村長は森を無くしてしまうつもりなのだろうか?
何の意図があるかはわからないが、そのせいで祠に影響しては不味い。
「彼らに会ってみるか」
「……それが良いと思う」
そうと決まれば早速とばかりに別荘への扉を開く。
帰還していたユニ助を再度呼び戻し、その背中に飛び乗った。
以前の反省も踏まえ、背には鞍に似たような物をつけてもらっている。
何人かが固定して乗れるような仕様だ。
「我にこのような物を着けるとは……」
ユニ助は不満そうだが、この際我慢してもらう。
「ユニ助、以前行った祠の場所はわかる?」
「ふん、まかせておけ。嫌でも覚えておるわ」
ユニ助はこちらに振り向き、ジト目で僕を睨む。
だから悪かったって……。
僕らを乗せたユニ助がゆっくりと走り出す。
その馬体は徐々に風を切り、宙に浮く。
「す、すごいの!」
「アリア、舌噛むから気をつけて」
短い言葉でアリアに注意を促した。
どうも以前よりも速度が増したような気がする。
僕は懸命にユニ助にしがみついた。
そして数分後、へろへろの僕たちは愛しの大地との再会を喜ぶ。
特に、アリアにとっての初めての体験となる『ユニ助乗馬』は、文字通り身が震えるほど刺激的なものだったようだ。
「アリア、大丈夫?」
「ミウちゃん、お空が回ってるの」
アリアの看病はミウに任せ、僕は辺りを見回す。
祠の姿は見えないが、まだ所々にあの時の激しい戦闘の後が残っているので、場所はここで間違いないだろう。
後はオークたちがこちらを見つけてくれれば手間が省けるのだが……。
その時、タイミング良く奥の茂みでガサッと音がする。
出てきたのは予想通りのオークたち、先頭は族長のゴランのようだ。
「おお、カナタたちではないか。元気そうで何よりだ」
ゴランは、侵入者が僕らだとわかると険しい顔が途端に破顔へと変わった。
「お久しぶり、ゴランたちも元気そうで良かったよ」
僕も笑顔であいさつを交わし、再会を喜んだ。
「それで、どうしてここに。……まさか遊びに来たわけでもあるまい」
一通りの再会の挨拶も終わったところで、ゴランが真顔で問いかけてくる。
「うん、近くの村の動きが活発になってきているので平気かなと思って……」
「ああ、そういえば最近、何人かがこの近辺をうろうろしていたな。ここに何も無いとわかるとそのまま帰っていったがな」
祠の結界は今のところ上手く作用しているみたいだ。
「じゃあ、森の木が切り倒されている事については?」
「何!? それは初耳だぞ!」
「……本当。……今日も騎士と村人が十数人、森に入るのを見た」
ミサキが情報を補足する。
「ううむ……。不味い、非常に不味いぞ。森自体が無くなってしまえば隠蔽の意味が無くなる」
「やっぱり、そうだよね」
「何とか止められんのか?」
「どんな目的で開発を行ってるかわからないので何とも言えないけど、出来る限りのことはしてみるよ」
「頼む」
ゴランが頭を下げる。
「その間、ゴランたちは人が来てもなるべく姿を現さないで欲しい。余計な騒ぎでこじらせたくない」
「わかった。だが、儂らに危害が及ぶようならその限りではないぞ」
「それはわかってるよ。……まったく、懲りたかと思ったんだけどね」
あの村長は、またワームが暴れだすとは思わなかったのだろうか。
何の解決にもならないが、愚痴を言わずにはいられない。
でも、実際問題どうしたものか……。
ワーム騒ぎの情報はギルドにも報告がいっているだろうから、介入して貰うのも有りなのかな。
その場合はゴランたちの事はもちろん伏せなくてはならない。
あと考えられるとすると……。
情報も少なく、どうにも今すぐには考えがまとまりそうに無いので、一旦ゴランたちとは別れて別荘に戻ることにした。
別荘のリビングで一息。
ソファーに座ると、スラ坊が手早くお茶を持ってきてくれる。
「ありがとう、スラ坊」
「いえいえ、どういたしまして」
お礼に応えつつ、再びキッチンへと引っ込むスラ坊。
どうやら続けてお茶請けが出てくるようだ。
スラ坊の気遣いに感謝しつつ、僕は口火を切る。
「どうすれば良いと思う?」
僕の問いに膝の上のミウが答える。
「村の人に状況を聞いてみるのは?」
続けてミサキも意見を述べる。
「……ギルドに調べてもらうのも有り。……もしかしたら抑止力になる」
アリアの意見は二人と同じとのことなので、とりあえずこの二つの方針で進めることにする。
僕もギルドを巻き込むのは賛成だ。
ユニ助に再び頑張ってもらい、その日のうちにギルドに到着した僕らは、依頼の完了報告と共に森の件をマリアンさんに相談する。
「う〜ん。私じゃ処理しきれなさそうだからマスターを呼んでくるわ」
しばらくして、マリアンさんから奥に入るように促された。
僕たちはそのまま二階に上がり、右手のドアをノックする。
「おう、開いとるぞ! 入れ」
中の声に従いドアを開けると、丸い眼鏡をかけて書類とにらめっこしているギルドマスターの姿があった。
「ちょっと座って待っててくれ。きりの良いところまで片づけるからな」
来客用のソファーに腰を掛け、ただじっとギルドマスターの仕事が終わるのを待つ。
只々、書類をめくる音だけが僕の耳に届く。
ミウのまぶたが徐々に閉じかけているが、これは仕方の無い事だろう。
「待たせたな。話を聞かせてもらおうか」
書類の一角を片付けたギルドマスターは、そのまま倒れこむように正面のソファーにどかっと座り、身を乗り出してテーブルに肘をつく。
強面がいきなり近くに迫り、無意識の内に少しのけ反っていた僕だが、気を取り直して森の件を話し始める。
「いや、実は――」
「…………ふむ。ワームの話は緑の旅団から報告をうけているが、同じ事が起こる可能性があるというわけだな。よし、先ずは儂の方で何が起こっているか確認してみよう。調べるだけなら1日とかからんだろうから、明日の夕方にまた来い」
「はい、ありがとうございます!」
僕たちはギルドマスターに頭を下げた。
「いや、また暴れだしたらギルドとしても困るしな。これは当然の処置だ、礼など要らん」
「わかりました。では、また明日来ます」
ソファーから立ち上がり退室しようとした時、ギルドマスターから制止の声がかかる。
「ちょっとまて。……その嬢ちゃん、ダークエルフか」
突然の言葉に、僕はギルドマスターの方をぱっと振り返った。
その横でミサキはアリアを後ろに庇っている。
「祭りで目撃したという噂があったからな。もしかしたらとカマをかけさせてもらった」
その言葉に僕は唾を飲み込む。
どうする? このまま逃げ出すか。
幸いドアはすぐ後ろにある、脱出は可能なはずだ。
長く感じられた短い時間の沈黙。
その静寂を破ったのは、ギルドマスターの一言だった。
「こら、勘違いするな。そんな警戒しなくても何もせんわい。かく言う儂もドワーフの血が半分入っておるし、偏見は特にないぞ」
そのセリフを聞き、僕は少し様子を観察してから緊張を解く。
どうやら嘘をついている訳ではなさそうだ。
「まあ、人間の街では正体を隠すのは仕方がないとして、そっちも何かあったら相談に乗ってやるからいつでも来い」
僕らは再び頭を下げ、部屋の外へ出る。
何度か深呼吸をすることにより、心臓の鼓動がようやく落ち着きをとりもどした。
「ビックリしたね〜」
「うん、ミウちゃん。怖かったの」
ビックリしたのは僕も同じだ。
まさか気づかれるとは……。
でも、これで味方が増えたと思えば結果オーライなのだろう。
「よし、屋台を適当に梯子してから帰るか」
「やった〜♪」
僕の頭の上で飛び跳ねるミウを軽く撫で、ギルドを後にするのだった。
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