第45話 住人が増えました
第44話の最後の一言を修正しました。
自分でもしっくりいかなかったもので……。
確かに拡張されていた。
土地が広がる西側の柵にはご丁寧に開き戸までついている。
そこから百メートルもない場所には広い川があり、北から南へゆるやかに流れていた。
透き通るような水面の下には大小さまざまな魚が自由気ままに泳いでいる。
後で釣ってみようかな?
いや、マイケルくんのときの二の舞になりそうだ。
やめておこう。
更に探索してみた。
川伝いに北に進むと、見えない壁にぶつかる。
南側でも同様、水と魚だけがその壁をすり抜けていた。
仕組みはわからないが、恐らく考えても無駄なので気にしないことにする。
また、大きな橋が北、南、中央に架けられていた。
その一つを使い、川を越え西に進むと小さな森があり、そこもまた途中で行き止まり。
別荘まではおよそ3キロメートルの距離。
うん、これだけ広ければ十分だね。
一通り確認した僕たちは、再び魚人の集落へと戻った。
古風な板張りの広間へと通される。
正面にはトーマスさん、部屋の両脇には魚人たちが一列に座っていた。
どうやらトーマスさんの地位は思ったより高かったらしい。
一族の長といったところか。
案内の人に促され、僕たちはその正面に座った。
まず口火を切ったのはトーマスさんだ。
「カナタ殿、ミサキ殿、ミウ殿。捕らわれていた者を助けて下さり感謝する。一族一同、この恩を生涯忘れることはない」
一斉に魚人たちが手をつき頭を垂れる。
そういうのは慣れていないので止めてほしいのだが……。
「いえ、困ったときはお互い様ですから、どうか頭を上げてください」
こんな時に気の利いたセリフが言えない自分がもどかしい。
とりあえず土下座だけはやめてもらった。
さて、ここからが話し合いの本番だ。
納得してくれれば良いが……。
「では、儂らが住む土地を用意してくれるというのかの?」
暫くはこの地域に住めない事を丁寧に説明した後、用意した土地への移住を勧める。
用意したのは女神様だけどね。
魚人たちには、「本当にそんな都合の良い場所があるのか?」とでも言うかの様な怪訝な目で見られている。
「ええ、それはもちろん。ただし移住には条件があります」
条件と聞いて周りがざわつく。
いや、そんな無理難題を吹っかけませんって……。
「ほう、その条件とは何かの?」
代表してトーマスさんが質問する。
「はい。その土地で他種族と争い、傷つける事の禁止。その一点のみです」
僕の言葉にトーマスさんは少し考えてから、真剣な面持ちで意見を述べる。
「儂らは命を守るためには戦わなければならん。無抵抗で殺されることは出来んの」
「「「「そうだ、そうだ!」」」」
周りの魚人たちも騒ぎ出す。
説明が悪かったか?
どうやら人間やその他の種族への無条件降伏のように捉えられてしまったようだ。
この世界の常識からすると当然なのかな。
「それについては大丈夫です。貴方たちを故意に傷つける人はそこにはいません」
「…………本当にそんな場所があるのかの?」
「そこは信じてくださいとしか言えません」
この約束が出来ないのならば、連れていくことはできない。
唯一、僕たちが譲れない点だ。
「――話し合う時間が欲しい。明日の朝までに答えを出そうと思う」
「わかりました。では、僕らは中和薬の作成に移ります」
そのまま立ち上がり一礼をして、これから魚人たちの議論が行われるであろう場所を中座した。
「もし約束出来ないって言われたらどうするの?」
「う〜ん、住む場所は自力で探してもらうしかないかな」
ミウの問いに僕は答える。
「……それは仕方ない。……何処にでも決まりごとはある。こちらが提案したのは最低限」
「まあ、なるようになるさ」
これから移住が増えるとなると、異種族間のトラブルが必ずあるだろう。
トラブル回避とまではいかないが、傷つけ合わないという決まりを作っておくことで、最悪の事態は避けられる筈。
今後、他にも色々と考えなければならないとは思うが、現在思いつく最低限の決まり事がこれだ。
受け入れてもらえなければ連れていけない。
僕らは集落の魚人すべての人格を知っている訳ではないから――。
まあ、今後移住者が増えない可能性だってあるんだけど、その時はその時だ。
「確かに、ミウたちがいない間、スラ坊とかに何かあったら困るね」
「そうだね。一応、別荘のセキュリティーも確認しておくか」
もちろん、目指すのはそんなものが無くても過ごせる場所。
理想と現実の違いってやつだ。
早くその二つを近づけるために努力していきたい。
「……あった」
ミサキが唐突に立ちどまる。
どうやら中和薬の素材を見つけた様だ。
まだ集落を出たばかりなのに、意外と早く見つかるものだ。
「うん、結構固まって自生しているね。この一帯全て採取しておこう」
中和剤は川の上流から下流までまんべんなく流す予定でいる。
素材は多いに越したことは無い。
手分けして刈取り、全て巾着袋に放り込んだ。
そして数時間後、必要な素材を全て採取し終えた僕たちは、そのまま森から別荘へと移動する。
裏庭に採取した中和薬の材料を山積みした後は、ミサキ先生の調合教室が始まった。
「……ここをこうしてこう。……そうするとこうなる」
「ごめんミサキ。良くわからない」
「ミウもわかんない」
改めて思えば当たり前だが、調合には細かい技術が必要なようだ。
女神様特典で何とかなると思った僕が甘かった。
せっかく集めた素材を駄目にする訳にはいかないので、申し訳ないが今回の調合はミサキに全て任せることにする。
「……出来る女性をアピール。……師匠、頑張ります」
時折、「……ふふふ」と笑みを浮かべながら、嬉々として作業をするミサキ。
――ちょっと怖いです。
中和薬が完成した頃には日が傾いていた。
面倒なので集落には戻らず、今日はそのまま別荘に泊まることにした。
「ミサキ、お疲れさま」
「おつかれ〜」
「……頑張った私。……ご褒美があるととても喜ぶ。……好感度大幅アップ間違いなし」
目を閉じて何かを訴えかけてくるミサキ。
「それとは別なもので考えておきます」
いつものように冷静に対処する。
しかし、この後のミサキの反応がいつもと違った。
「……ん、楽しみ」
ミサキはゆっくり目を開けてから微笑む。
ううっ、これは破壊力抜群だ。
理性を総動員し何とかその場は踏みとどまる。
「カナタ、顔赤いよ。大丈夫?」
「ああ、問題ない。それより早く片づけて食事にしよう」
平静を保ちつつ、僕は中和薬を巾着袋に放り込んでいった。
そして翌朝、別荘を出て集落に辿り着くと、
「カナタ殿。条件は受け入れる。その土地への移住をお願いしたい」
入り口には魚人たちが待ち構えていて、開口一番トーマスさんにそう言われた。
もちろん条件を受け入れてくれるのならばこちらも異論はない。
「わかりました。では、先ずは土地を確認してもらいます」
僕は再び別荘への扉を展開する。
何もない空間から扉が現れたのを見て、魚人の中には身構える者もいた。
「危険はありませんので安心して下さい。扉を開きますので中に入りましょう」
僕たちが躊躇せず中に入るのを見て、魚人たちも恐る恐る扉に飛び込む。
「おお……、これは……」
移動先に広がる穏やかな空間は、魚人たちを驚かせるのには十分だったようだ。
「この川の水は素晴らしい! 本当にこの一帯に住居を構えて良いのか?」
若い魚人が興奮気味に話しかけてくる。
「ええ、もちろん」
既に川に入り素潜りしている者もいた。
あれ? あそこで泳いでいるのはトーマスさんか。
まあ、気に行ってもらえて何よりだ。
その後はトントン拍子に移住の準備が進み、夕方には集落の住人全員が別荘の西へと移住を完了していた。
トーマスさんには、いたく感謝された。
家を建てるなど色々やることはあるけれど、水の中でも過ごせるのでそちらはぼちぼちやっていくとのこと。
魚人総勢67名、別荘に新しい住人が増えました。
いや、正確には別荘の外だけどね。
こうなるとこの場所の名前を考えないといけないかな。
あっ、そういえばパーティー名も決めてない。
さて、何と名づけようか……。
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