第44話 帰還
一休みした僕たちは、今回の後始末に取りかかる。
先ずはメタルゴーレム。
こんなものをそのまま放置はできない。
万が一、再起動でもされたら被害は甚大だ。
巾着袋の中にそのまま入れて永久に封印することにしよう。
次にマッドな地下研究所。
中にもう一度入るのは嫌だったが、そんな事も言ってられない。
隈なく見て回り、怪しい研究の全てを破壊する。
ただし、資料については全て取っておいた。
もちろん、僕がマッドな研究を引き継ぐという訳では無い。
それを食い止めるための知識が必要だと思ったからだ。
今回が正にそれである。
そして最後の仕上げ。
地下の入り口、更には建物を破壊し、二度と誰も中に入れないようにする。
これでもう安全、この場所は二度と使われる事が無いだろう。。
一通りの作業を終わらせ、僕たちは助け出した魚人たちの元へと向かう。
「すいません、お待たせしました。これから集落に戻りますが、皆さん歩けますか?」
一塊になって寄り添う姿から、まだ精神的に回復していないのだろうと推測できる。
無理ならばもう少し休んでからでも良い。
「いや、平気だ。問題ない」
一人の魚人が気丈に振る舞いながら答える。
他の人達も、俯いていた顔を上げた。
「わかりました。では、暗くなる前に出発しましょう」
先頭に僕、後方にミウを抱えたミサキ、その間に二十人余りの魚人を挟み込む形で山を下りる。
ただ黙々と歩み続け、その間の会話は一切ない。
精神の回復については僕らにはどうにも出来ないので、トーマスさんたちに任せることにする。
無言の行進は集落に着くまで続いた。
「おお、よくぞ戻られた。お前たちもよくぞ無事で――」
集落の入り口には、トーマスさんを筆頭に、帰還を聞きつけた魚人が勢ぞろいで僕らを出迎えてくれた。
家族との再会にようやく無口な魚人たちに笑みがこぼれる。
しかし、その場にあったのは笑顔だけでは無い。
「ねえ、パパはどこなの?」
一生懸命自分の父親を探す子供を抱きしめる母親。
また、その場で崩れ落ちるように蹲る人。
魚人たちの帰還がもたらしたのは、僅かな希望が潰えた瞬間でもあった。
「……私達は万能ではない。……出来る事を一生懸命するだけ」
「――ああ、分かってるよ」
ミサキの言葉に頷く。
気にならないと言えば嘘になるが、それに落ち込んでいる暇はない。
まだ全て解決したわけではないのだから……。
トーマスさんがこちらに近づいてくる。
「彼らを助け出して頂き、ありがとうございます。もう遅いので、詳しい話は明日にしましょう。今日はもうお休みください」
辺りは既に薄暗い。
出来れば今日は家族の再会を優先させてあげたいとのこと。
悲しみに打ち震える人たちについても何人かがケアをしていた。
お言葉に甘え、僕らは借りていた部屋に戻ることにした。
部屋に戻った僕たちは軽めに食事を平らげ、作業に移る。
作業とはもちろん、手に入れた資料を読み漁ることだ。
部屋の中には巾着袋から取り出された資料の山がそびえ立つ。
ミサキと2人でその一部を崩し、毒について書かれているものを探す。
静かな部屋の中では、ペラペラと紙をめくる音だけが響いた。
「カナタ。ミウも何か手伝うよ」
「いや、今回は休んでていいよ。ありがとう」
ミウの言葉は嬉しかったが、今回は気持ちだけを受け取っておく。
「う〜っ! ミウも絶対に文字を覚えるよ!」
後で文字を教える約束をさせられた。
教え方を誰かに聞いておこう。
魔法で明るく照らした部屋の中でひたすら作業に没頭する。
山の高さは大分低くなっていた。
ミウには先に寝てもらっている。
わざわざ僕たちに付き合って夜更かしをする事は無い。
活躍してもらう場面もあるだろうし、休めるときに休んでおいた方が良い。
「……あった」
ミサキがいつもより大きめな声で呟く。
「えっ!? 本当に!」
手元の資料をその場に置いて、僕はミサキの傍に駆け寄る。
ミサキの見つけた資料には、実験における副産物の発生とその中和方法が書かれていた。
実験とは合成魔獣の作成。
恐らくこれで間違いないだろう。
「……薬品の材料はすぐに手に入る。……でも問題が一つ」
文献に書かれて問題。
簡単にまとめると――、
『流出注意。誤って流出してしまうと毒が抜けるまで五十年、土地が元の姿に戻るまでには百年はかかる』
「…………流出、しちゃってるね」
「……ええ」
だが、処置をしない訳にもいかない。
中和薬作りは明日(正確に言えば今日だが)行うことにして、朝まで仮眠を取ることにした。
「元気でちゅか〜! 1・2・3・だぁ〜でちゅ!!」
何処で覚えてきたんですか、そんなセリフ。
僕の目の前には女神様、どうやらまた呼ばれたようだ。
「一度やってみたかっただけでちゅ。それより、何かお困りではないでちゅか?」
女神様は全てを見透かしたように聞いてくる。
いや、実際見透かされているのだけどね。
「えっ!? ひょっとして毒を消してくれるんですか?」
さすが女神様。
女神様の力を得れば問題は解決だ。
「……それは出来ないでちゅ。地上への直接の干渉はしてはいけないと決められているのでちゅ」
え〜っ、そういう前ふりでは無かったんですか。
期待が高かっただけに心底がっかりしてしまった。
「待つでちゅ。話はまだ終わってないでちゅ。あの古い知識については私にも少し責任があるでちゅ。なので次善の策を用意したでちゅ!」
僕が顔を上げると、「凄いでしょ?」と言うかのように胸を張る女神様が視界に移る。
……うん、可愛いけど小さいな。
あっ!? 睨まれた。
余計な事は考えない様にしよう。
「別荘の隣に、魚人の住みやすい土地を拡張してあげるでちゅ」
「それって、あの空間に住んでもらうって事ですか」
「そうでちゅ。尊敬してくれて良いでちゅ」
必要な時に広がるってことか。
それは凄い!
「これからも困った種族がいたら助けてあげるでちゅ。その為の土地は広がるようにしておくでちゅ」
困った種族か……。
助けられると良いな。
「では、頑張るんでちゅよ〜〜〜」
前と同じように意識が遠のいて行った。
僕は目を覚ます。
部屋の窓からは既に日差しが差し込んでいた。
頭の中が次第にはっきりしてくる。
「よし、先ずは別荘の状態から確かめるか」
天井を見上げた状態のまま独り言を呟く。
夢ではないと思うが、一応確かめておきたい。
皆に話してから、「実は夢でした、ご免なさい」じゃあシャレにならないからね。
「……どうしたの、カナタ」
隣で寝ているミサキが僕に声をかける。
えっ!? 隣で寝ている!?
「……カナタ、昨日は凄かった。ポッ」
ミサキは頬を赤らめる。
「いやいや、何もしてないし、何も覚えて無いから……」
「……男は皆そう言う、女は泣き寝入り……」
ミサキは「よよよ……」とでもいう風に、下手な泣き真似で科を作った。
「カナタ! ミサキをいじめちゃ駄目だよ!」
いつの間にか起きていたミウに怒られる。
ミウ、気付いて! どう見たって泣き真似でしょ!
「……ミウ、ありがとう。……でも良いの。私が我慢すればそれで済む話だから……」
「カナタ! いじめちゃダメ!!」
「いやいや、いじめられているのは僕だから」
ミサキさん、そろそろ勘弁して下さい。
「……それで、何か気付いたの?」
即席の昼ドラ劇場に満足したのか、ミサキは一転して真面目な顔で聞いてきた。
「うん、実はね――」
僕は女神様とのやり取りについて、二人に話す。
「早速行ってみようよ!」
既にミウは行く気満々だ。
「よし、じゃあ行ってみるか!」
僕たちは別荘の扉へと飛び込んだ。
「……元気が出た。……よかった」
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