第41話 禁忌
高い塀の中には石造りの建物が存在していた。
直方体の形をした一階建て、壁に窓は無く、正面に入り口があるのみ。
外壁には何かが引っ掻いたような跡が多数存在していた。
何か血のようなものも付着している。
ただ通りかかっただけなら一切係わりを持ちたくないような建物だが、今回はそうもいかない。
僕たちは木製の扉を開け、その建物の中に入った。
扉を開け放ったことにより、中の空間が光たちに解放される。
窓はもちろん照明の類も無く、そこは只々四角い空間。
奥の部屋に入る。
光が届かない暗闇、何とも言えない嫌な臭いが鼻につく。
「……ライト」
ミサキの魔法が辺りを照らし、その部屋の全貌が明らかになる。
先程の部屋と同じく何も置かれていないが、唯一の違いが床にある穴。
大きめな石造りの階段が地下へと続いていた。
「行くしかない……か」
僕たちはその階段をゆっくりと降りて行った。
階段を降りた先には、土の壁に囲まれた通路が続く。
そのまま道なりに進むと、壁に埋め込まれた一つのの扉を発見する。
その扉を開き、中へと足を踏み入れる。
中央には長方形に長く伸びる鎖の付いた台。
壁には良く分からない薬品、液体に満たされた何かの標本、怪しげな器具などが所狭しと置かれている。
そして、人間が入るほどの大きさのカプセルが3つ、その内の一つには液体が満たされ、中には魔物が入っていた。
その魔物は鷲のような頭、肉食獣の腕、背には亀の甲羅のようなものを背負っている。
「これは……何だ……」
「……酷い」
理解は出来るものの理解したく無い。
僕は途轍もない不快感に襲われる。
「くくくくっ……。気に行って貰えたかね、侵入者諸君」
振り返るとその入り口には白衣を着た若い男の姿があった。
「誰だ! お前は、ここで何をしているんだ!!」
「くくくくっ。分かっているのだろう? 君の予想通りだよ。ありとあらゆる魔物を調べ、人間様の役に立てようという素晴らしい研究をしているのだよ」
「……この研究はたしか禁忌の筈。……どこから」
カブセルの中の魔物を見やり、ミサキが男に問いかける。
「禁忌? 何だいそれ。美味しいのかな? 昔の研究者がしていた研究を何故今してはいけない。 くくくっ……、偶然文献を見つけた時は歓喜したよ。この偉大な研究は僕が引き継ぐべきだとね」
「川に流れている毒もお前の仕業か!」
「ああ、あれかい。あれは要らない物を捨てているだけだよ。しかし、何故か魚人たちが騒ぎだしてねぇ。でも、研究材料が楽に手に入ってラッキーだったよ」
「お前、その魚人たちに何をした!」
男はさも不思議そうな顔をしてこちらを見る。
「何故人間の君が魚人なんか気にするんだい? ……まあいいか。何匹かはゴーレムが潰してしまったが、それ以外は捕獲してあるよ。何せ色々やりたい研究が有るんでね」
「…………その魚人、渡してもらおうか」
僕は男に向けて剣を構える。
男はそれに動じず、薄ら笑いを浮かべる。
「素直に渡すと思うのかい? それに何故、色々と君たちに話したと思っている。くくっ、君たちはここで死ぬ、それが決まっているからさ」
男が口笛を鳴らすと、その男を庇うように2匹の魔物が現れる。
1匹はトカゲのような頭をした魔物、大きさは成人男性程、四本足で地を這い、後ろにはサソリのような尾がついている。
もう一匹は虎のような頭をした二足歩行の魔物、体長は3メートル程、その身体には堅そうな鱗がついていた。
「どうだい、僕の最高傑作たちは! 素晴らしいだろう!! 君たちも是非素晴らしさを感じてくれたまえ! その命でね」
もう興味が無いとばかりに後ろを向き手をひらひらと振ると、そのまま男は部屋から出ていく。
それが合図となったのか、残された魔物2体は僕たちに向かって飛びかかってきた。
迫りくる虎もどきの爪を黒曜剣でガードする。
くっ! 重い!! 力は向こうの方が上か。
巨大トカゲは地を這い、僕の横をすり抜けミウとミサキに迫る。
助けに行こうにも、虎がその隙を与えてくれない。
ミウたちは何とか追撃しているようだ。
「カナタ! こっちは2人で何とかするよ!」
ミウの言葉を受け、僕は虎との戦闘に集中する。
どうやら虎は力押しタイプの魔物らしく、力任せにその鋭い爪を振り回す。
その爪を剣で受け、時にはいなして対処する。
力押しとはいってもパワーはゴーレムに遠く及ばない。
それに、このタイプの相手には慣れているつもりだ。
段々と大振りになっていくその攻撃の隙を突き、僕は相手の胴を払う。
「くっ! 固い!!」
ゴーレムをも輪切りにした黒曜剣、その軌跡が途中で途切れる。
だが、ダメージは入った筈。
虎の肉に食い込んだ剣を抜き、一旦距離を取る。
虎の脇腹からは緑の体液が流れ出していた。
「ぐがあああっ!!」
虎が雄たけびをあげ、怒りの形相で突進してくる。
本能の成せる技なのか、四つ足での突進だ。
まともに受ける訳にはいかない。
虎が一定の距離まで近づいたところで素早くかわす。
石の壁がその頭の形そのままに凹む。
僕はその後ろから鱗の無い首部分を横凪ぎに払う。
噴水の様に緑の血を流し、虎は崩れ落ちる。
もう動かないことをしっかりと確認して、僕は2人の救援へと向かった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「……ダークサークル」
闇の囲いが、迫りくるトカゲの周りに壁のように発生し、その行く手を阻む。
強行突破を仕掛けようとしたトカゲは頭ごと闇に喰われる。
一瞬で終わったかに思われた戦闘だが、次の瞬間、トカゲの切断された首元が怪しく蠢く。
そして、トカゲはまた新たな頭を生やし、何事も無かったかのようにミサキたちの前に再び現れた。
「うわ〜。気持ち悪い」
「……再生機能。……ゴーレムのそれとは違う。……何か弱点は――」
しかし、トカゲは考える暇を与えてはくれない。
しゅるしゅる(・・・・・・)とくねる様に地を這い2人に迫る。
「ウインドカッター!」
最近、発現する本数が増えたミウお得意の風の刃。
その全てがトカゲ一匹に集中する。
キンッ! という金属がぶつかり合ったような音が辺りに響く。
トカゲは後ろ向きになり尻尾を回転させ、ミウの魔法を弾いていた。
赤く長い舌をチロチロと出してミウたちをじっと観察するトカゲ。
小さいミウに狙いをつけたのか、うねりながらミウのいる場所へと前進する。
「ファイアボール!」
「ウインドカッター!!」
「アイスシュート!」
気持ち悪いとばかりに、ミウは連続で魔法を唱えた。
その手数の多さでトカゲの足止めを図る。
トカゲは自分に向かってくる魔法を素早く避け、躱し切れない分は長い尾で対処する。
命中はしなかったものの、トカゲはその場で足を止めざるを得なくなる。
それを見て、ミサキが何かに気付く。
「……ミウ。水属性の矢をもう一度打って」
「うん、わかったよ」
ミウは再び氷の矢を放つ。
すると、トカゲは長い尾を使うことなく、それらを器用に避ける。
「……やはり、そう。……ミウ、もっと強いのをお願い」
「うん!」
ミウは最近覚えた水属性の魔法を詠唱する。
「コールドプリズン!」
トカゲを中心に冷気が発生し、その動きを止める。
次第に空気中に含まれていた水分が固まり始め、数秒後には氷の塊が出来上がった。
「……やはり氷が弱点」
氷の中に閉じ込められたトカゲに動く気配はない。
これ以上の危険が無いと判断し、ミサキは軽く息を吐く。
「……活躍できなかった」
ゴーレムには魔法を弾かれ、トカゲとの戦闘でも止めを刺せなかったことを気にしているようだ。
「そんなこと無いよ! ミサキが弱点に気付いたんだよ!」
その呟きを横で聞いていたミウに慰められるのであった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「ミウ、ミサキ! ごめん、遅くなった」
駆け付けた時には、既に戦闘は終わっていた。
僕の目の前には氷の芸術が鎮座している。
その中身は酷いものだが……。
万が一、このまま氷が解けて復活されても面倒なので、そのまま巾着の中に芸術を放り込む。
これで、もうこの魔獣がこの世界に姿を見せることは無いだろう。
さて、かなり時間を食ってしまった。
あの男は何処に行ったのだろうか。
捕えられている魚人も急いで探さなくては――。
休んでいる暇はない。
でも、その前にやらなければいけない事がある。
「ごめんな……」
そう呟き、魔獣の入ったカプセルを壊す。
作りかけの合成魔獣は、そのまま溶けて跡形もなくなった。
何も出来ない悔しさが込み上げてくる。
「……これ以上増やさない、それしか出来ることは無い」
「急ごう、カナタ!」
そうだ! これ以上は犠牲者を出したくない!
部屋を出た僕たちは、急ぎ地下通路の奥へと向かった。
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