第40話 巨人の拳
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毒々しい色をした川を横に見つつ、僕たちはひたすら上流へと進んでいく。
聞こえる音も水の流れる音と僕らの足音のみ、周りは不気味なくらい静かだ。
川縁の雑草たちは元気なく萎れ、はたまた枯れている。
徐々にではあるが植物にも影響が出ているようだ。
「何か、何も出ないね」
ミウが拍子抜けしたかの様に呟く。
ミウの言う通り、僕たちがここまで歩いて来た道のりでは魔物はおろか動物さえ姿を現さない。
「……住処を変えた可能性が大」
水場が使えないから動物がいなくなり、それを餌にしている魔物も次第にいなくなるってことか。
だが、そうすると一つの疑問が湧き上がる。
未だ帰って来ていない魚人たちには、一体何があったのだろう。
正直、魔獣に襲われてしまったのではないかと予想をしていたのだが……。
奥に進んだら大ボスがいたなんてパターンでは無い事を願う。
「何があるか分からない。警戒しながら進もう!」
元々警戒していない訳は無いのだが、改めて口に出すことで自分にも言い聞かせる。
「わかったよ、カナタ! ミウに任せといて!!」
ミウの感知能力は僕らを優に超えている。
うん、ここは頼りにさせて貰おう。
その後も魔物と遭遇する事無く森を抜け、いよいよ山岳地帯へと足を踏み入れる。
流れる水の色はやはり変わらずのまま、原因の元はまだ先にある。
時折休憩を入れながら、僕たちは山道を登っていった。
小一時間くらい歩いただろうか。
僕たちの目の前に、見慣れぬ人工物らしきものが現れた。
場所的には山の中腹だろうか。
ここから見えるのは高い石造りの壁のみ、中に何があるかはここからでは確認できない。
ただ、その壁から飛び出しているパイプは川へと繋がっており、そこから紫色の液体が垂れ流しになっていた。
より詳しく調べる為、僕は建造物に近づく。
「カナタ! 危ない!!」
ミウの警告により、僕は後ろに飛び退く。
風きり音と共に僕の目の前を何かが通り過ぎる。
それはそのまま地面へと着弾し、その衝撃は地響きとなって僕らの鼓膜を震わす。
地面の大きなへこみは、その力を否応なく僕たちに知らしめる。
そう、それは石の拳、目の前にいる岩の巨人から振るわれたものだ。
まともに喰らったら僕もミウも無事では済まなかっただろう。
嫌な汗が額から流れる。
「ピピピッ……、シンニュウシャハッケン。ハイジョシマス」
4メートル以上ある巨人は、その顔をこちらにゆっくりと向け、聞きなれない電子音を発する。
――ゴーレム。
ファンタジーの知識の中で、僕はこいつの名前を知っていた。
そして今分かることはもう一つ、このゴーレムは確実に僕らの味方では無いことだ。
ゴーレムは今まで石像のように静止していた場所からゆっくりと動き出す。
重量級の巨体が一歩踏み出すだけで地面が揺れる。
「……ファイアストーム」
後方で待機していたミサキの詠唱が聞こえた。
発現した炎の嵐が唸りを上げゴーレムを包み込む。
その隙に、僕たちは一旦ゴーレムから距離を取った。
「……駄目、効いていない」
ゴーレムは炎の嵐を物ともせず前進を続ける。
嵐が止み、ゴーレムの姿が再び僕たちの前に現れるが、何らダメージを受けた形跡はない。
ミウが僕の頭から飛び降りミサキの元へと向かう。
僕は腰の剣を抜き、ゴーレムと正面から対峙する。
「岩をも斬れるって言ってたけど……、試し切りには良い機会かな」
新しい相棒はそれに応えるかのように怪しく光る。
「ピピピッ……、シンニュウシャセイゾンカクニン、ハイジョシマス」
その大きな腕を僕目掛けて叩きつける。
だが、遅い!
ズゥゥン!! と大きな音が辺りに響く。
その大きな音に違わず地面は陥没しているが、もちろんそこにはもう僕はいない。
振り下ろしたゴーレムの右腕目掛け、黒曜剣を振り下ろす。
豆腐を斬るかの様な手応えだった。
しかし、僕の目の前に転がるのは間違いなくゴーレムの右腕。
肘から下の部分がまるで鏡の様に綺麗な断面で切断されていた。
「カナタ、すご〜い!!」
後方でミウが感嘆の声を上げる。
うん、確かに凄いね、この剣。
ゼノンさんの言葉に嘘は無かった。
ゴーレムの速度は遅い、しかももう片腕。
あとは時間の問題、慎重に倒していけば良い。
しかし、次の瞬間、この世界はそんなに甘くない事を痛感させられる。
「ピピピッ……、ダメージカクニン。シュウフクシマス」
ゴーレムの右腕の断面から、もこもこと何かが伸びてくる。
嘘だろ、おい!
そして数秒後、何事も無かったかのように両腕の揃ったゴーレムは、再びこちらに迫る。
ショック冷めやらぬままにゴーレムの拳を避け、僕は体勢を整えた。
それから何度となくゴーレムの腕や足を斬り落とすが、その度に修復・再生されジリ貧となる。
頭を狙おうにもその太い腕でガードされ、高い位置にある事も相まって、まだ有効打は届いていない。
魔法に関しても、ミウとミサキが色々と試してはいるが、これといって効果的なものは無く、今は牽制といった役割が大きい。
我らが知恵袋のミサキ大先生も初めて見る魔物?らしく、弱点が分からない。
妖○の笛でもあったら是非欲しいところだ。
「くそっ! どうする!?」
呟くが答えは出ない。
いったん引き揚げようか? それも一つの手ではある。
だが、この後のミサキの一言で大きく戦況が動くことになった。
「……カナタ、良く見て。一回り小さい」
ミサキの言葉を受け、僕はゴーレムをよく観察する。
…………確かに、ミサキの言った通りだ。
始め見たときは4メートル超の大きさだと思ったが、今は3メートル半ば程しかない。
何故気づかなかったのか!? ちょっと反省。
よし、そうと分かれば……。
萎えかけていた気力を取り戻した僕は、続けざまにゴーレムの手足を切り落とす。
その度に再生を図るが、ゴーレムはその都度、次第に小さくなっていく。
落ちているゴーレムの破片についても、なるべく近づけさせない様に位置を考えて戦闘する。
破片を材料にして再生を図る能力も既にお見通し。
そんな事を許していたらそれこそジリ貧だ。
予想通り、ゴーレムは再生を続け、さらに小さくなっていく。
この機会を無駄にはしない。
既に楽に届く位置にまで下りてきているその頭に向かって、僕はジャンプして全体重を乗せ、黒曜剣を振り下ろした。
黒い軌跡が弧を描きゴーレムの頭に命中、そのままゴーレムを一刀両断、真っ二つにする。
しばらく待っても再生しない事を確認して、僕はその場に座り込んだ。
「カナタ! やったね♪」
「……あまり役に立たなかった」
ミウは勝利に喜び、ミサキは戦闘であまり活躍できなかったことに落ち込んでいるようだった。
「いや、牽制だけでも助かったよ。一人で相手にしたら危なかった。それに小さくなっているのを気づいたのもミサキだしね」
慰めの言葉、というか本音の言葉をそのままミサキにぶつける。
「……次は頑張る」
ミサキはぐっと拳を握った。
落ち着いたところで、僕たちはゴーレムの残骸を調べる。
そこで、岩の残骸たちに紛れたある物体を発見した。
それはまるで機械のような金属球の割れた姿、どうやらゴーレムの胸の中心部分に埋め込まれていたようだ。
既に黒曜剣にて半分にされているので確かめようもないが、これがゴーレムの核か何かの役割をしているのだろう。
次からはこの部分に剣を突き立てれば直ぐに倒せるかもしれない。
出来ればもう戦いたくはないが……。
ゴーレムを排除した僕たちは、再び目の前の高い壁を観察する。
川とは逆側に位置する壁に大きな扉を発見、見た感じ入り口はこれのみ、どうやらここから入るしか無いようだ。
恐らく中には更なる危険が待ち受けているだろう。
何故なら――。
「あれだけ速度の遅いゴーレムに魚人が全てやられたとは思わない。絶対中に何かあるはずだ。気を付けて行こう!」
その扉には鍵はかかっておらず、まるで僕らをその大きな口で飲み込むかのように軽く開いた。
――行くしかない。
僕たちは誘われるがまま中へと足を踏み入れた。
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