第38話 魚人の集落
目の前には大きな湖があった。
その水面の上には板張りの歩道が張り巡らされ、歩道の終着点にはいくつかの住居が建てられている。
通路にはマイケルくんと同じような魚人の姿が見受けられた。
ここが彼の故郷、魚人の村なのだろう。
だが、その大きな湖も川と同じく濃い紫色をしていて、先ほどの嫌な予感が現実の物だと思い知らされる。
三人の魚人がこちらに気付き、警戒心をあらわに近づいてくる。
その手には三又の槍のようなものを持っていた。
彼らは僕らの目の前で槍を手前に構えたまま制止、こちらを威嚇する。
恐らくは出て行けという意思表示なのだろう。
「待ってください。僕らに敵意はありません。マイケルくんの両親宛てに手紙を持ってきました」
巾着から手紙を取り出し、彼らに見えるように前に出す。
彼らはそれぞれが仲間の顔色を窺う。
「どうする?」
「どうするって言われても……」
中々決断がされない中、一人の魚人が一歩前に進み出る。
「私の言葉は通じるか? その手紙を確認させてもらいたいのだが……」
「もちろん構いません。これがその手紙です」
手紙をひったくる様に受け取ると、魚人は封を開け中身を取り出す。
残り二人の魚人も集まってきて中身を覗いている。
「ううむ。この独特の言い回しは間違いなくマイケルのものだ」
「ああ、他にこんな言い方をする奴はいない」
魚人の話し合いがこちらにまで聞こえてくる。
――っていうか、あの口調はこの村の方言って訳では無かったんだね。
マイケルくんは一体何処で覚えたんだろう?
確認を終えたようで、魚人の一人がこちらに話しかけてきた。
「待たせたな。確認の結果、この手紙はマイケルのものに間違いないと判断した。案内しよう、ついて来るが良い。ただし、下手な動きはするなよ」
一人の魚人の後について集落に入っていく。
湖面からは腐臭のような嫌な臭いが漂っていた。
何匹かの魚が腹を上にしてその湖にぷかぷかと浮かぶ。
恐らくはそれらが発する臭いなのだろう。
その湖の上を走る板張りを僕たちは歩いて行く。
歩くたびに足元からギシッと板のきしむ音が聞こえる。
これ、底抜けないよね?
そんな不安が魚人にも伝わったらしい。
「安心しろ。通路は見た目より頑丈に作られている。それよりも着いたぞ。ここがマイケルのご両親の家だ」
こじんまりとした木造の家が湖面の板張りの上に建てられていた。
入り口は飾り気のない引き戸、外観は昔ながらの長屋といったところか。
魚人はおもむろに引き戸を開け、家の中に向かって声をかける。
「トーマスさん、いますか? 客人です」
すると、奥から一回り小さな魚人が現れた。
顎に白い髭を蓄えているところを見ると、どうやら年配の魚人の様だ。
その魚人は瞼の無い目で僕たちをぎょろりと睨む。
「マイケルの手紙を持ってきていました。――これがその手紙です」
家の主の老魚人は、渡された手紙を目だけを上下しながら器用に読んでいく。
そして、読み終わると一言。
「あの放蕩息子が、まだ帰らんとか抜かしよる。ふん、心配などしとらんわ!」
しかし、その眼はどこか寂しげに見えた。
その手紙を宝物でも扱うかのように丁寧に折りたたみ、再び僕らの方へと向き直る。
「すまんかったな。わざわざ息子の頼みをきいてこんな森の奥まで。何もない所だがゆっくり休んで欲しいと言いたいところだが、今、集落はそれどころでは無くてな」
「ひょっとして、この湖の異変に関係がありますか」
「何故それを!? ……まあ、見ればわかるか」
老魚人がため息をつき、遠い目を窓の外へ向ける。
そこから見える景色は変わり果てた湖、住処の変わり果てた姿に悲しみをこらえている様子が僕にも分かった。
「まさか! お前たちが犯人ではあるまいな!!」
僕らを案内した魚人がいきり立ち、槍を僕に向ける。
「……正当防衛」
薄っすらと怒りの表情を浮かべたミサキが炎の玉を発現する。
さすがにここで暴れるのは不味い。
しかし、この状況を止めたのは僕では無かった。
「いい加減にせんか! 犯人がわざわざ手紙を届けてくれるはずが無かろう! 焦るのは分かるが少し冷静になれ!!」
老魚人の怒声に、魚人は槍を収める。
ミサキもそれを確認し、宙に浮かんでいた火の玉を消し去った。
「すまんの。実はこの毒が流れてきてから皆精神的に参っておっての。関係の無いお主には悪かったとは思うが、許してやってくれんかの」
老魚人はそう言うと、僕に頭を下げた。
「ええ。こちらには特に実害は無いですから、気にしていません」
「ねえ、何で毒があるの?」
その会話にミウが割って入る。
「ふむ。実はの、――」
「トーマスさん!!」
若い魚人がその言葉を遮る。
「いいんだよ、キマウ。それとも、儂の判断に不服があるのか?」
「……い、いえ」
どうやらこのトーマスさんは魚人の中ではお偉いさんのようだ。
「実は、この毒はロキアス山脈にある源流から流れてきているものでの。その原因を調査すべく若者たちが上流を辿っていったのだが……」
「……誰も帰ってこなかったんだ」
若い魚人は言葉を引き継ぎ、悔しそうな表情で俯く。
その手はが固く握られ、床に血が垂れている。
「もうこの集落の若い男は数人を残すのみで、後は年寄と女子供だけ。湖の恩恵に授かれんとなると、食料の調達の為に狩りもしなくてはならん。その数人を失うわけにはいかん。しかし、儂らには水は生きるために必要不可欠。雨水を溜めたりで凌いでいるがそろそろ限界も近い。このままでは、おそらく近いうちに我らは全滅だろう」
老魚人は一呼吸おいて、僕たちを見つめる。
「あなたがたは冒険者、見たところかなりの腕があるとお見受けする。ここで会ったのも女神様の思し召し。儂からの依頼ということで、どうか、どうか助けてくれんかの」
懇願するような目でまっすぐ僕を見つめる老魚人。
「カナタ! 助けてあげようよ!」
ミウが僕の頭を揺する。
横にいるミサキも無言で頷いた。
「――わかりました。出来る限りやってみましょう」
「おお、引き受けてくれるか! ありがとう、ありがとう!」
老魚人は両手で強く僕の手を握る。
まるで自体が解決したかの喜びようだ。
――でも、期待されるのは悪くない。
魚人が帰ってこないのは気になるが、その前に僕たちなら出来る事が幾つかはある。
先ずはそこから取り掛かるとしよう。
本題に中々進めません……。
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