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第34話 人間の括り

 フレイムリザードの素材調達から七日。

 僕たちは素材を求め、ルブルス山とは別の山へと向かっていた。


 今回の目的はワイバーン。

 体長約五〜六メートル、翼を広げれば十メートル程になる翼竜、その名前は前の世界ではあまりにも有名だ。

 ギルドの資料を見る限り、僕の知っているそれとほぼ変わらなかった。

 討伐にはBランク以上の実力が必要とされており、現在の僕たちでは倒すのは力不足だが、今回に関しては何の心配もしていない。

 何故なら――。



「この馬車は速くていいな、坊主」


 通常の馬車では考えられない速度にダグラスさんが唸る。

 そう、今回は助っ人としてダグラスさんがついて来てくれていた。

 ゼノンさんのメモ書きには、「ワイバーンの鉤爪 ダグラスを連れて行け 嫌とは言わんだろう」と書いてあった。

 多少気が引けたが、そのメモをダグラスさんに見せると同行を快諾してくれた。


 「俺が奴を紹介した手前、嫌とは言えんだろう。奴に後で酒でもおごってもらうから坊主は気にするな」とは、ダグラスさんの談である。

 僕も折角の機会なので、ダグラスさんの戦闘を見て勉強させてもらおうと思う。

 いや、もちろん自分の為の素材だから戦闘もするつもりですよ。

 邪魔にならない程度に……。


 程無くして、山のふもとへと到着する。

 ユニ助には申し訳ないが、今回はここで待機してもらう事にした。

 危険があったら馬車を置いて自分の判断で逃げても良いとは言い含めてある。

 別に貴重品が置いてある訳でもないので、馬車だけの損害ですむ。

 ユニ助が生き延びてくれたらそれだけで良い。

 まあ、何も無いと思うのでいらぬ心配だとは思うが……。


「坊主、早くしろ。置いてくぞ!」


 ダグラスさんは何故か結構やる気になってくれている。

 もちろん良い事ではあるが、ついて行けるか心配だ。




 ダグラスさんを先頭に、その後を僕たちがついて行く。

 ルブルス山の時と違い魔物とほとんど遭遇しない、というかこれまで一匹も出会っていない。

 「あまり魔物がいない山なんだなぁ」と思っていた僕の思考が間違っていたと分かったのは、今日初めて遭遇した巨大な熊のような魔物と対面した時である。

 燃えるような真っ赤な身体に鋭い爪、その大きな口からは鋭い牙がむき出しになっており、その堂々とした様はこの場所の生態系の上位に君臨する風格がありありと感じられた。


 だが、その熊の魔物(レッドベアーというらしい)は、僕たち、というかダグラスさんを見て、一瞬身体をビクッ!! と震わせたかと思うと、獲物に追われた小動物のように一目散にわき目も振らず逃げてしまった。

 ………あの魔物って、どう見てもフレイムリザードより格上ですよね。

 そのフレイムリザードでさえ、僕たちは結構倒すのに苦労したのに……。

 どうやら僕の目標への道のりはまだまだ遠いようだ。


 山の中腹を越えると、周りの木々の姿がまばらになり、視界がかなり開けてくる。

 一部には平地のような場所も存在し、ようやくここで一息つけそうである。


「残念だが休憩はまだだ。上を見ろ」


 その場で休もうとした僕たちにダグラスさんから制止がかかる。

 言われた通りに上を見上げると、何やら僕らの上空には鳥が旋回していた。

 その鳥は徐々に大きくなって、僕の視界に飛び込んでくる。

 いや、鳥じゃない! ワイバーンだ!!

 あまりに上空な為に、その姿が小さく見えていただけだ。


「動くなよ! ここで受け止める」


 ダグラスさんは魔法詠唱を開始しようとしていたミウとミサキを庇うように前に陣取る。

 ワイバーンはもう間近に迫っていた。


「うおおりゃあ!!」


 ワイバーンの鋭い鉤爪による攻撃を剣で受け止め、力任せに押し返す。


「グギャアアア!!」


 そのまま勢いに押されたワイバーンは、地響きのような音と共に山の岩肌に叩きつけられる。

 ワイバーンがその体勢を立て直すより前に、ダグラスさんは次の攻撃に移る。

 

 それは一瞬だった。

 何の気なしに横に振るわれたと思しき剣が、そのままワイバーンの首を飛ばす。

 まさに一撃必殺。

 首を飛ばされたワイバーンはそのまま生命活動を停止した。




「お〜い。終わったぞ」


 呆けている僕らをダグラスさんの声が正気に戻す。

 その気張ることの無い普段通りの声が、この人の強さの奥深さを感じさせる。


「すごいね〜!」


「…………人間?」


 ミサキが失礼なことを呟いたが、心情的には同意したい。

 あれだけの魔物をパワーで押し切って一撃って……。


「ほら、何やってる。鉤爪が必要なんだろ、とっとと取れ。その他は俺が貰うからな。たまには村の財政に貢献してやらんと……。それから嬢ちゃん。一応俺は人間だぞ! 昔から何故か信じてくれる人が少ないんだがな。がはははっ!」


 さも冗談を言うかの様にダグラスさんは豪快に笑った。

 ――そりゃあそうでしょ。

 それに、どうやら聴覚まで人間離れしている様子、迂闊なことは言わないように気を付けよう。



 ワイバーンの死体については、僕の巾着にまとめて入れることにした。

 それを見たダグラスさんが僕に注意する。


「坊主、便利なアイテムなのは良いが、あまり人に見せびらくすんじゃ無いぞ! 魔法のアイテムは貴重だ。下手するとアイテム欲しさに命を狙われかねんからな」


「はい、それは分かってます。ダグラスさんだからですよ」


「がはははっ! そうか。ならば信用には答えてやらんとな」


 背中を叩かれ痛い思いをしたのはいつもの事だ。


 

 さて、これでワイバーンの素材も手に入り、残す素材はあと一つ。

 どんな剣が出来るか分からないが今から楽しみだ。


 その時、ふとダグラスさんの方に目をやると、何やら空を見上げている。

 つられて見上げた僕の視界には、あまり考えたくない光景が飛び込んできた。

 何あれ!? ひょっとしなくてもワイバーンの群れ!?


 上空には先程と同種のワイバーンが十数匹集まってきていた。

 もしかして、仲間をやられて怒っているってやつですか?


「坊主たち、急いで山を下りるぞ! お前たちを守りながらでは万が一があるからな」


 魔法の使えないダグラスさんでは、どうしても一度に1〜2匹の相手しか出来ない。

 その間に僕たちがやられてしまえば元も子もない。

 それでも万が一と言い切るダグラスさんは凄いとは思うが……。


 無言で頷いた僕たちは、来た道を急いで引き返す。

 殿はもちろんダグラスさんだ。


 先陣とばかりにワイバーン数匹が僕たちに襲い掛かってくる。

 その迫力たるや、今まで経験した戦闘の比ではない。


「ぬうううん!!」


 気合一閃、ダグラスさんが剣を振るう。

 その刃から発せられた何かが一匹のワイバーンを切り裂く。


「グギャアアアアアア!!」


 断末魔を上げてワイバーンが崩れ落ちる。

 しかし、ワイバーンの攻撃は終わらない。

 さらに迫りくるワイバーン達の攻撃を剣でしっかり受け止めていた。


 僕たちはひた走る。

 ある程度下山すれば、大きな木々も増えてくる。

 そこまで辿り着けば、ワイバーンの巨体では侵入できない筈だ。


 どれくらい走っているのか時間の感覚が無い。

 ミウは僕の頭にしがみつき、ミサキは僕の隣を走る。

 このハイペースにも何とかついて来ているようだ。


 そして、ようやく目的の木々たちが目の前に現れる。

 樹齢数百年のそれらは僕たちを優しく出迎えてくれていた。


「坊主!! 一匹行ったぞ!!」


 ダグラスさんの攻撃を避け、こちらに迫りくる一匹のワイバーン。

 僕はとっさに頭の上のミウを目の前に迫る木々の間に向かって下手で放り投げ、ミサキを庇うようにして接近するワイバーンを迎え撃つ。


 直後、ダンプカーに衝突されたような衝撃が襲う。


「ぐはっ!!」


 衝撃をまともに受けた僕はそのまま後方へ飛ばされ、樹木の幹に背中から激突する。


「「カナタ!!」」


 ミウ、ミサキが駆け寄ってきた。

 来ちゃ駄目だ! まだ危ない!!


「ヒール!!」


 ミウの魔法で目まいのしていた頭と背中の痛みが回復する。

 だが、安心はできない。

 僕たちを視界に入れたワイバーンは、大きな口から涎を垂らし、再び僕と言う獲物に襲い掛かる。


「……ファイアストーム」


 ミサキの魔法による炎が迫りくるワイバーンに直撃、だがその勢いは殺せない。


「グギャアアアアアア!!」


 その距離あと数十センチ、突如目の前のワイバーンが静止画のようにその動きを止める。

 その胴体には斜めの筋が入り、そこからワイバーンの体液が漏れる。


「グギャアアアアン!!」


 獰猛な肉食竜は、今や只の肉塊へと成り果てていた。

 その後方には、剣を片手に気まずそうな顔をしたダグラスさんが……。


「悪いな、一匹逃しちまった。この件は内緒でな。俺がアリシアに怒られちまう」


 軽口をたたくダグラスさんは既に戦闘態勢を解除している。

 ふと周りをみると、他のワイバーンの姿が何処にも見当たらない。


「あの……、ワイバーンたちは……」


 まさかとは思ったが一応聞いてみる。


「ああ、この一匹が最後だ。久々なんで少々手間取っちまったが、まあそこは勘弁してくれ」


「「「……………」」」


 やっぱりこの人を人間の括りに入れるのは間違っている。




 その後、最高性能の魔物バリアに守られた僕たちは、今度は何事も無く下山する。

 登り口には馬車とユニ助の姿があった。

 どうやらこちらは何事も無かったようだ。


 そのまま高速馬車はバレン村に向かって走り続ける。

 距離からして通常五日、ユニ助なら約二日でたどり着けるだろう。


 今日はもう色々と疲れた。

 残す素材はあと一つ、次は何事も無ければいいなぁ……。

 




 


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